1-4
「……いや、結構食うのね、君」
青年が思わず感嘆の息を漏らす証拠に、少女の席の前には小皿が数個積まれている。
あの後、衆人の視線に耐えきれなかったためか、とうとうネイの方が観念してくれて、なんとか一緒の食事にありつくことができた。
「……あんだよ、食ったらわりーのかよ」
一瞬左手のフォークを動かすのを止めて、少女が悪態をついてきた。
「いやぁ、若いんだから、いいんじゃないかな?」
「そういうお前は、オッサンだもんな」
少女としては、ここまでからかわれたちょっとした反撃のつもりだったのだろう、青年が返す言葉が無くなると上機嫌になり、再びフォークを動かし始めた。
「あのなぁ……君から見たらオッサンかもしれないが……って、君は何歳なんだ?」
「ふぁくはい」
「食べながら喋るのは、行儀が悪いぞ、おばあちゃん」
そう言われてネイは、一瞬咀嚼を止め、バツの悪そうな表情を浮かべた後に、黙って口の中の物を飲みこみ、左手でコップを取り水で流しこんだ。
「うるせーな。お前はアタシの保護者かなんかか?」
「どちらかと言えば、飼い主かな?」
「ぶっ飛ばされたいのか!?」
少女が声を荒げると、店主がこちらを眺めてきた。遅い昼食なので、他に客が居なかったのが不幸中の幸いであっただろう。咳払いを一つして、今度は声を抑えて、「次下らないことを言ったら本当にぶっ飛ばすぞ」と釘を刺してきた。
「いやぁ、それで、本当に百歳なのか?」
「そんなわきゃねーだろ……多分、十七くらいだ」
多分とは、歯切れが悪い。先ほど列車でも、どこの出身かという質問に対して妙な答えが返ってきた。
「もしかして……」
「別に、記憶に障害があるわけじゃねー。ただ、何時、どこで生まれたか分からないだけさ」
そう言う少女は、あっけらかんとしている様子であった。別に、自分が何者であるかなどは、あまり気にしていない様子だ。
「……こんななりだ。どこぞの馬の骨が衝動的に、先住民を孕ませた結果なんだろうよ」
少女は右の包帯巻きの手で頬杖をつき、眼を閉じながらそう続けた。
別段、混血が珍しい訳ではない。少女の言うように、刺激を求めた若い女の先住民が部族を抜けだし、町で情婦をやる、というのはよくある話である。地域によっては普通に先住民との結婚も有り得るし、混血児が普通に育てられることもあり得る。だが、やはり未だに民族的な垣根も高く、生まれてくる混血児は望まれて生まれぬ場合も多い。
そしてその結果、捨てられる混血児も多い。どうやら少女は、自分がそういう存在であると認識しているようだった。
「おっと、しんきくせー顔をするんじゃねーぞ? 別に、アタシは気にしてないんだからな」
どうやら、こちらが辛気臭い顔になっていたようだ。青年は努めて、笑顔を作った。
「そうか。ちなみに俺は二十歳だからな。三歳差位なら、オッサンって程でもないだろ?」
「んがっ!? マジか!? もっといってるかと思ったぞ」
「……そんな老け顔に見えるか?」
「あぁ、いや、何と言うか、その……人生に疲れてる感じ?」
「……海千山千の男の顔、と言って欲しいな」
「……? どういう意味だ、それ」
自身がロクデナシと自負しているから出た言葉だったのであるが、知らないなら好都合である。
「色々経験している、男の中の男って意味さ」
「あ、なんか今、悪い顔したなお前。多分、それ嘘だろう」
自分で言っておいて、本当に言葉どおりの意味になってしまった。
「本当は、色々経験していて、悪い知恵が働くという意味です」
「あはは、なんだ。成程、後半部分はお前にピッタリじゃないか」
割と面白かったらしい、少女は、けらけら笑っている。その笑顔は屈託なく、十七という年相応の笑顔を、初めて見れた気がした。
「……お、おい、なんだよじっと見て……」
「いやぁ、そんな風に笑うんだな、なんて思ってさ」
「……テメーを笑ったんだぞ? まったく、おめでてーな」
笑顔が見れたのである。別に道化になることなど、青年にとっては安い対価であった。ついで、先ほどの路上での話の続きをすることにする。
「さて、それじゃ本題だな……報酬の件なんだが、どうして受け取る気が無いんだ?」
半分持ってけ、と言った所で例の押し問答が再開されるだけだ。まず、その理由を問いただしてみることにする。
「……誰かの自由を売って、自分の自由を買う、というのが、どうにも気に入らないだけだよ」
言われて、はっとした。賞金首を捕らえて鐘を稼ぐという行為――確かに自分がやってきた行為は、そういうものかもしれない。
「あぁ、気を悪くするなよ。別に、お前が悪いって言ってるんじゃない。ロクデナシどもをのさばらせて、もっと多くの人が迷惑を被るのが間違ってるってのも分かってる。だから、賞金稼ぎが必要ってのも納得してる。ただ、アタシはそれで金をもらいたくない。一言で言えば、主義の問題だよ」
「……ご立派な主義で」
「イヤミか?」
「いいや、素直な感想さ」
そう、別にどう言われた所で、今の生き方を変えるつもりがあるわけではない。単純に少女の意見ももっともだと、納得しただけである。
「でも、意外だったな。てっきり、君は同業者かと思ってたんだが……」
少女が賞金稼ぎでないのなら、一人でどうやって生計を立てているのだろうか。そもそも、今一人でいるだけで、他に仲間でもいるのかもしれない――だが、列車で一人でやってくのに、と言っていたはずであるし、何よりあの腕っ節である。南部式銃型演武を使える程の腕前なのだ、単純な戦闘能力は、ネッドを凌駕している可能性が高い。それほどの腕があるのだから、何かしらの訓練を受けているのは間違いないし、何かしら荒っぽいことで生計を立てていると考えないと、どうにも辻褄が合いにくい感じがする。
「いや、当たらずとも遠からず……だな」
そう言うネイは赤く包まれた右の手を顎にあて、少し考え事をし始めた。見ると、悩ましい表情をしたかと思えば、今度は少し笑って、その後頭をぶんぶんふって、また悩んだ表情を浮かべて――そんなことを十秒繰り返したあと、やっと腹が決まったのか、少女は真剣な面持ちで青年に向き直った。
「……なぁ、お前さ。一つ、頼みがあるんだが」
「お、おう! 任せとけって!」
まさか、少女の方から頼んでくるとは、青年は驚きが隠せなかった。そのため、つい勢いで承諾してしまった。
「お、おい……内容を聞いてから決めろよ、この馬鹿」
少女の方は少し戸惑ったような、でも、少し嬉しいような、はにかんだ表情でツッコミを入れてきた。確かに、自分の手に負えないことかもしれない。でも、この子のお願いだったら少しくらい無茶をしてもいい。青年は、なんとなくそう思っていた。
「まあ、なるべくいい返事が出来ると思うけど……それじゃ、仕事の内容を教えてくれ」
「あぁ、仕事はな……これだ」
そう言うと、ネイは羊皮紙を机の上に取り出した。
「さっき、駅舎で貼られてるのを見つけたんだ」
そこには、報酬三千ボル、普通の賞金首で言うなら、ちょっぴりやる悪、位の値段である。だが、額面の上に書かれている文字が違う。本来ならばDead or Alive(生死を問わず)なのだが、Corpse Only(死体だけ)となっている。
「……賞金稼ぎは賞金稼ぎでも、暴走体【オーバーロード】専門なのね」
「そういうこと」
暴走体とは、突然変異の魔獣である。ほんのごく稀に、動物の死骸が息を吹き返し、動く屍となるとなる。どうすると暴走体になってしまうのか、そのメカニズムは確実なことは分かっていない。青年もいくつか与太話を聞いたことがあるくらいであった。
「だけど、報酬三千は安すぎるんじゃないか? オーバーロードの相場は三万、最低でも一万以上って聞くぞ?」
「まぁ、そうだな……と言っても、今他に仕事が無いんだ。これをやるしかないだろ?」
「なんだ、やっぱり金が必要なんじゃないか」
「それでも、アタシは主義は曲げたくないんでね」
青年自身、オーバーロードと直接やりあったことは無いが、恐らく、いや確実に手に余る相手だ。暴走体の多くは筋力が極限まで、むしろそれを振り切って、何倍にも強化されている。元々、武装術式が開発される前には、百人単位の討伐隊でもってやっと倒していたような化け物。青年の繊維では、捕えることすらできないはずなのである。
「……俺、足手まといじゃない?」
「戦うのはアタシだけでじゅーぶんだよ。お前にやって欲しいのは、荷物運びだけさ」
「うん? やるのは全然構わないんだが……別に、一人で馬に乗っていくのでもいいんじゃないか?」
倒した魔獣の体の一部分を運んでいけば良いだけであるし、荷物を持って行くにしても、武器と食料、寝袋などの最低限のサバイバル用品で事足りる。何日も獲物を捜索するのでなければ、馬一頭いれば済む話であるはずだ。
「まぁ、それもそうなんだけど……笑わないで聞いてくれるか?」
そう言うと、少女は少し恥ずかしそうに目線を逸らしてきた。ここまでしおらしくされると、これは全力で笑ってあげないと失礼だな、青年はそう思った。
「まぁ、内容によるけどな。でも、笑わないように努めるよ」
言ってもらえなければ笑えない。続く言葉を言いやすいように、青年は優しい笑顔で答えた。
「……馬、乗れないんだ」
「……マジで?」
結局笑うよりも、純粋な疑問の方が先に出てしまった。この大陸西部では、子供でも馬に乗ることができる。というより、乗れないとどこにも行けない、試される大地なのである。
「し、しょーがねーだろ? 生き物、苦手なんだからさ……」
そういうこともあるかもしれない。この少女の事だ、馬に乗るにも馬に遠慮しそうだった。
「ということは、アレか。俺のお仕事は、馬車を引いて、君と荷物を獲物の所まで運んで、ことが済んだら獲物の遺体を運んで……あと、君が寂しくないように、会話の相手になるってところかな?」
「お前の仕事は、黙ってアタシを獲物の所まで連れて行くことだ。報酬は、お前の言うさっき賞金首連中の分、五千ボル。あと、賞金以外で鉄道屋からの報酬をお前に全部にやる。そんで、暴走体の分がアタシの取り分だ。いいか、黙る所まで賃金の内だからな?」
「そ、そんなぁ……」
ウィットに富んだセリフも、バッサリ切られてしまった。ちなみに鉄道屋からの謝礼金はおよそ二千程、とのことであったが、損害等諸々社内で話し合って、おって計算して出す、とのことで、もう数日後に取りに来るようにと言われている。
しかし、鉄道から二千もらえるとすると、賞金首五人分と、その魔獣を討伐すれば、締めて一万である。勿論、討伐には準備が必要であるが、順当に分けるなら五千ずつ。それを少女は七千はお前にやる、と言っていることになる。
「……安くしてもいいから、喋ったらダメかな?」
「は、はぁ!?」
「むしろ、君とお話しするためにお金を払うね、俺は!」
力強く、青年は言いきった。というのも勿論冗談ではある。本心を言えば、なんだかんだと理由をつけて、公平でいたい、それが一番だった。
「はぁ……分かった、分かったよ。少しは喋ってもいいから……というか、そんな本気にするなよな」
少女の方は、青年の真意は察してくれなかったようだ。改めて真面目に本心を言うのも気恥かしいので、青年は思いっきりおどけて答えることにした。
「うぉっしゃああああああ! 喋って良いんですね!?」
「うぉっ!? ウルセ―ぞ、黙れ!」
「しゅん……」
「大の男が、しゅん、とか言うな! 気色わりー!」
こうやって思いっきり反応してくれるから、青年が調子に乗っていることに、少女はまだ気付けていないようであった。少女は叫び疲れたのか、肩で息をしている。
「はぁ……はぁ……それで、今日は……」
「あぁ、もうそろそろ日も傾いてきたし、今日はこのまま必要な物を買い足して、出発は明日にするのがいいだろう。そう言えば、場所はどこなんだ?」
「ん、あぁ、えぇっと……ストーンルックっていう、ここから北にしばらくいった村が依頼したみてーだ。詳しくは、村役場で聞いてくれってさ」
そう言って、少女は左の白い指で羊皮紙の一部分を指した。ここから馬で行けば、三時間といった距離であるようだ。
「それじゃなおのこと明日だな。今からじゃ、出発する頃には夜になっちまうし……それでいいだろ?」
「あぁ、異議なしだ……まぁ、村の連中にとっちゃ、はえー方がいいんだろうけどな」
下手に夜に強行軍をするよりは、しっかり日が出てから行く方が安全だ。夜の荒れ地で馬が怪我でもしたら、何キロも荒野を歩いて戻る羽目になる。
「さて、と……そんじゃ、明日の朝、ここの店の前に集合だ。わりーけど、馬車の手配、頼むぞ」
そう言いながら少女はフードを被って立ち上がり、机の袖に置いてあった布包みのライフルを、ベルトを使って背中に背負った。
「え、どこに行くんだ? ここ、二階が宿屋になってるし、ここに泊まればいいじゃないか」
「まぁ、それもそーなんだが……なんかお前と同じ宿っていうのがイヤだ」
「おかしい。一緒に食事をして、距離は縮まったと思っていたというのに」
「残念、勘違いだったな」
「……ちょっと待て、もしかして、金が無くて野宿するつもりとか……」
なんだか、ありえそうな話である。しかし、この西部に治安が良い場所なんて存在しない。それは、あの連邦保安官が居ても、むしろ人が多いからこそ、夜の街は危険だ。如何に少女が強いと言っても、寝込みを襲われでもしたら――青年がそんなことを考えていると、少女は机の上にドン、と、掌を置いた。別に、ネイは怒っている訳ではない。派手に手を置くことで、青年の視線をそちらへ向けるつもりであったのだろう。
「金が必要なのは当たり前……でも、こう見えてやるほうなんでね。別に、困っちゃいねーよ」
そう言って手をポンチョの下に隠してしまい、颯爽と出入り口の方へと向かって行ってしまう。
「……それに一緒に居れば、アタシの言ったことの意味も、分かるだろうさ」
少女は振り返りもしないで木製のスイングドアを開けて、茜色に染まる大路へと消えて行ってしまった。気がつけばガラス窓から差し込む日の光が、随分と弱くなっている。少女が手を置いた場所に眼を見やると、紙幣が何枚か置かれてた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ここの勘定を俺の分まで払っても、お釣りがくるな、こりゃ」
なんとなく分かった。彼女は、相手に多く支払う事で、絶対に借りを作らないようにするタイプ。良く言えば気前が良いが、悪く言えば面倒を金で解決する性分なのだ。もっと言えば、面倒事を進んで買って、礼も求めずに去っていくタイプで――。
別に、自分は他人にどうこう言える程偉い訳ではない。他人の主義主張を歪める権利が無いのも分かっている。そしてきっと、この仕事が終われば、今のように少女は自分の元から去って行ってしまうだろう。
ならば、どうこうする必要も無い。義理も無い。為るようにして、自分は干渉しなければいい。少なくとも、今までそう生きてきたはずだ。面倒事は背負い込まず、自分のテリトリーを護って生きていけば良い――そのはずなのだ。
だが、青年の胸に浮かぶ違和感は、何と自分に言い聞かせても解消できそうもなかった。とにもかくにも、明日の出発の準備をするため、ため息を一つ吐いて立ち上がり、青年も夕陽の中へと消えて行った。
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