1-3


 列車が街に到着し、ネッドとネイは駅舎で会話を、もとい、青年の方がほとんど独り相撲をしていた。


「君も戦ったんだから、報酬は二人でさぁ……て、ちょっと待ってくれって!」

「……だから、いらないって言ってるだろ?」


 少女はそうは言うが、強盗対峙は青年一人でやった訳ではない。勿論、報酬を一人占めできるのだったら、それはそれで美味しい話なのではあるが、ネッド・アークライトはこういった所で変に借りは作らない主義であった。


 だが、本心はもっと別の所にある。やはり、この少女の事が気になるのだ。


「それじゃ、今度こそ……アタシは行くから」

「ちょ、ちょっと待ってくれって!」


 先ほどから数回、押し問答が続いていた。賞金も、鉄道からの謝礼もいらない、もう行くと言うネイを、待ってくれ、せめてお尋ね者達の引き渡しが済むまで――そう言って、ネッドがずっと引きとめていた。ちなみに、駅舎の出入り口の付近に、二人が捕まえた計五名のならず者たちが、手足を縛られ座っている。


「はぁ……お前、それしか喋れねーのか?」

「待ってくれるなら、他の事も喋れるんだけどなぁ」

「……分かった分かった。でも、金は受け取らねーからな?」


 やっと根負けしてくれたらしい、ネイはネッドが座っている前の座席に腰掛けてくれた。


「……隣に座ってくれないの?」


 二人が腰かけている椅子は、哀しいことに対面式ではなかった。


「別にテメーと話をするために、座ったんじゃねーしな」


 そう言いながら、少女は左の手をひらひらと振ってみせた。背もたれがあって全部は見えないが、今は外しているフードの奥に三つ編みが見える。だが、視線を感じたのか、少女はそのまま再びフードを被ってしまった。


「あぁ、そんな顔隠しちゃって。可愛いのに、もったいない」

「なっ……!? 馬鹿言ってんじゃねーぞ!?」


 少女が全力で振り返って、真っ赤な顔でツッコミを入れてきた。


「お? 照れてるの? ネイちゃん可愛いなぁ!」

「だから、ちゃんを付けて呼ぶな!」

「……ネイちゃんって言うと、なんだか大自然感あるよな」

「それはネイチャーだろ!? さてはお前、馬鹿だな!?」


 なかなか、キレが良い。青年はなんだか気持ち良くなってきた。


「いやぁ、俺はいつだって本気なんだぜ?」

「……やっぱり、もう行く」

「めんごめんご……あ、待って立ち上がらないで置いてかないでー!」


 少女が立ち上がったちょうどその時、駅舎の前に砂塵を巻き上げて二台の馬車が止まった。荷台のうち片方は簡易な布で覆われた幌馬車ほろばしゃで、もう一つは立派な四輪箱型の物だった。

 そして、箱型の方の車の扉が開いたと思うと、中からフロックコートを纏った壮年の男性が姿を現した。綺麗にそろえられた口髭に、黒い中折れ帽子といった出で立ちで、眼光は鷹のように鋭い。そして、ゆっくりと、しかし威厳のある足取りで、青年の方へと近づいてきた。


「マクダウェル一派の者どもを捕えたというのは、君かね?」


 表情一つ変えず、そう質問してきた。当然、このタイミングで来るということは、警察関係者か、保安官か――青年はこの男の胸の部分を盗み見した。やはり、銀色に輝く星が、コートの下に覗いて見える。


「いえ、連邦保安官マーシャル、俺だけじゃなくてでですね……あとそっちの子でです」


 相手が立場のある、それもお金を渡してくれる相手なのだ。普段あまり使わない敬語も使って、失礼のないようにしなければならない。


「そんな若い子が? ふむ……」


 連邦保安官は、しばらく少女をじっと眺めた。それに対しネイの方は居心地が悪いのか、右の手でフードを深くかぶり直し、ぷい、と横を向いてしまった。


「……まぁ、このご時世、誰が強いかなど見た目では分からぬからな。失礼、私ははフランク・ダゲット、君の言うように、連邦保安官だ」

「ご丁寧にどうも、ネッド・アークライトです、それで……」

「あぁ、分かっている……賞金だな。えぇと……」


 ダゲットは、再びネイの方を見た。一方で保安官の視線を横目で流してそのまま背中を向け、ネイは壁の張り紙を眺めている。


「……そっちの男に、全額渡しておいてくれ」

「分かった。それでは、こいつらは……」


 言いながら、保安官は胸元から手帳を出した。懸賞金の確認をしているのだろう。


「……せめて、ペデロでも居れば、まとまった金になったのにな」


 もう男たちの目星がついたのだろう、手帳を閉じて、胸ポケットに戻した。


「ペデロってのは、あのでっかい大男のことですか?」

「そうだ。賞金は八千だな」


 これで勝てたのにも納得である。やはり賞金額一万ボルがライン論は、当てになると言う事だった。


「では、賞金を手渡そう。五名しめて……」


 そう言いながら保安官はしゃがみこみ、手に持っていたバッグを開けて、紙幣の勘定をし始めた。青年の換算では賞金五千、二人で割っても二千五百、輝石を二千で買い足しても、まだ数週間程度なら困らない金は残る。


「……マクダウェルを追う気か?」


 紙幣を数えながら、保安官が声をかけてきた。青年は、本物のジーン・マクダウェルには勝てる気がしなかった。如何に繊維を強化したとて、あの恐ろしく鋭い一閃は防ぎきれないだろうし、まして避けることなど不可能であろう。


「……折角もらった賞金を、使えなくなる様な馬鹿なことはしませんよ」

「そうか、それが賢明だな」


 そして、ダゲットが紙幣の束を持って立ち上がった、まさにその瞬間の出来事であった。


「お前! 俺たちを置いて逃げるな!」


 駅舎の入り口の方から、怒声が発せられた。見れば、五人居たはずの男の内、一人が居なくなっている。ずっと気絶していた男が眼を覚まし、隠していたナイフか何かで拘束していた布を切ったのだろう。


「ま、待て! 俺の賞金!」


 そう言って慌てて、青年は駅舎の外へと駆け出た。見れば、既に百メートル程、男は大通りを走って逃げている。


「いや、私に任せてくれたまえ」


 青年の背中に、そんな言葉が刺さる。気がつけば隣をすり抜け、保安官がネッドの前に立っていた。


「で、でも……」

「ここは、私の管轄だ」


 そう言いながら、ダゲットは胸元から、銃身の長いリボルバーを取り出した。一般に出回っているリボルバーは、どんなに腕のいい者が使っても射程五十メートル程なはずで――つまり、既に届く距離ではないはずだった。


 マーシャルは木製のストックを取り出し、銃に装着した。そして、タバコを一本取り出し口にくわえ、マッチを銃床に取りつけられている輝石にこすりつけた。するとストックに刻まれた黒い文様が赤く光り出す。


 ダゲットはタバコに火を付け、煙を吸い込み、撃鉄を起こし、バレルを標的に合わせ、左手で右の手首を抑えた。既に、百数十メートルは間が開いている。だが、そんなことなど意にも介してもいないかのように、男は引き金を引いた。正午をとっくに過ぎた午後三時、まだまだ明るい大路に、切り裂くような銃声が響く。男の口と銃の口と輝石から、それぞれ煙が上がり、しかしこれ程離れているというのにも関わらず、煙と同時に遠くで男が倒れ込むのが見えた。


「これが……必殺の撃鉄【バントラインスペシャル】」


 保安官は呟いた後、もう一度煙を吸い、そして吐き出しながら銃を仕舞った。


「……お見事」

「昔取ったなんとやらだ。大したことではないよ」


 ダゲットはそう答えてから、二吸いしかしていないタバコを地面に捨てて踵で火を消してしまった。まるで、この町で起こる火種はすぐにでも消す、とでも言わんばかりだった。そしてそのままネッドに紙幣を手渡してくる。


「一人千ずつ、計五千の賞金だ。ようこそ、アンダーゲートへ。君たちの訪問を一人の住民として歓迎しようじゃないか」

「はぁ、どうも……」


 そしてその後、保安官は流れるような動きで布の屋根の馬車の中に四人の男を押し込め、自身は再び箱型に乗り込み、大路を去って行ってしまった。


「……どうやら、死んではいないみてーだな」


 馬車が、先ほど倒れた男も回収しているのをぼんやりと眺めていると、いつの間にか少女が横に立っていた。青年の視力では、撃たれた男の安否は分からなかった。


「そうなのか? 俺には見えないんだが……」

「綺麗にももを撃ち抜いてる。あのオッサン、ただものじゃねーな」


 伊達に、アンダーゲートという都会で連邦保安官をやっていないということだろうか。しかしかなりの距離を命中させた上、弾が貫通している、というのは普通に考えたらとあり得ないことだ。恐らく、それを偶然にしない能力が、フランク・ダゲットの能力なのであろう。


 などと考えて後、成程ね、と相槌を打ったものの、その後ネイからの答えは何もない。とりあえず沈黙を打破すべく、なんとなく思いついた質問を投げかけて見ることにした。


「それにしても、なんだか君はアレだな。妙に他人の生き死にを気にするんだな」


 この西部では、人の命は比較的軽い。人道的な問題で、賞金首であっても生きて引き渡すことが推奨されているものの、お尋ね者を生きて捕縛することは難しいため、死体を引きわたすケースの方が多い位である。いわんや、賞金首たちが殺している人数は、推して知るべしである。もちろん、影に葬られた殺人も多く存在するだろう。


「別に……そんなに気にしちゃいねーよ」


 そう言うと、少女は青年に背を向けて離れていってしまう。青年は慌てて追いかけて、横に並んだ。


「だから待ってくれって!」

「なんでだよ。約束通り、賞金の引き渡しまで待ったぞ?」

「いや、それでその賞金を半々に……」

「いらないって言ってんだろ? あと何回言えば理解できんだ、お前」


 そして少女は、少し歩調を早めた。負けじと青年も歩調を早め、再び横に並んだ。


「あ、腹減らない? 昼飯も食ってないしさぁ、俺、お腹ぺこぺこで……」

「お前一人で食えばいいだろ? アタシは別に、減ってな……」


 その瞬間、腹の虫が鳴る音が聞こえた。それは、青年の体から発せられたものではない。フードの奥を覗き込むと、少女がやや顔を赤くしている。


「……ね?」

「ね、じゃねーよ! アタシは、その……一人で食うのが好きなんだよ!」

「俺は二人で食いたいなぁ」

「テメーは人の話聞いてんのか!? いい加減にしろよ!」


 そう言うと、ほとんど走るのに近い早歩きになって、青年から遠ざかろうとする。しかし、所詮は少女の歩幅だ。青年に追いつけぬ道理は無い。


「もう少し話がしたいだけなんだよ。いいだろ? 飯くらいさ」

「……テメーの場合、その後もあーだこーだ理由をつけて付き纏ってきそうだ」


 少女のジト、とした眼がなんだか気持ちイイ。しかし、それで満足する訳にはいかない。


「一緒に戦ったんだ、これも何かの縁だろ? なぁ、頼むよ」


 これは、勿論本心である。今まで、一人が気楽だと一匹狼を気取ってはいたが、やはり限界を感じ始めていた。都会に来たのは、何か出会いを期待して――というのが理由の一つである。しかも、それが可愛い女の子なら尚更おいしいではないか。


 しかし、本当にそれだけであろうか。別に、ここまで拒まれるのならば、変に構わなくたって良い。賞金を全部もらえるのならば、それでいいではずだ。だが、それでも構ってしまう理由が、確かにあるのだ。


 そして思いついた。なんだかこの少女から、何とも言えない寂しさを感じる、と。本当は温もりを求めているのに、不器用で、それを上手く表現できないような、そんな寂しさ。


 気付けば、少女の歩調はゆっくりになっていたようであった。それに気付かず、少し先に行ってしまっていた青年は、後ろを振り返り見た。大通りは先ほど、銃声に緊張したのが嘘のように賑わっている。そんな喧騒の中、少女はまるで世界から切り離されたかのように、静かに立ち止まっていた。


「……アタシと居ると、不幸になるんだ」


 人々の行き交う雑踏の中、それでも確かに、小さく絞り出された呟き。フードの奥には、泣くのをぐっとこらえている子供のような、でも何かを諦めきれずにいるような、そんな表情が見えた。


「それって、どういう……」

「……お前には、関係ねーよ」


 少女はきびすを返し、元来た道を引き返そうとする。それも今度は歩きではなく、駆け足になってしまった。


 こうなれば、奥の手である。ネッドはボビンを引き抜き、リボン状の布をネイの方に向かって放った。それが少女の首に見事に巻かれ、あたかも犬の散歩かのような外見になる。少女が立ち止まった、というか立ち止まらざるを得なくなった瞬間、ポンチョの下から垂れさがっている三つ編みが、尻尾のように揺れた。


「……さっき、使いきったんじゃなかったのかよ?」


 恨めしそうに振り向く少女。それに対して青年は、本日一番の笑顔で答えた。


「いやだなぁ……スペアがあるに決まってるじゃん」


 そして捕縛は、青年の一番得意とする所なのである。



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