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 この世界の人間は、誰もが不思議な力を使える素養を持っている。だが、それが明るみに出たのも、つい二十年ほど前の話であった。

 そして、この不思議な力の事を、人は個別術式【インディヴィジュアルパターン】と呼ぶ。

 元々は新大陸の先住民族たちが使っていた呪術の一種であり、体や道具に文様を入れることで、その力を発揮する、というものだ。


 先住民と旧大陸からの移民たちとの会合が三百年以上前のものであるのに、明るみになったのが二十年前とは少々遅く感じられるかもしれない。この技術が使われていなかった理由は主に二つ、先住民たちが扱っている段階では、旧大陸側の科学技術の方が進んでいたこと。そして奇跡にも似た不思議な力を、植民者たちが悪魔の法だと忌み嫌ったからであった。

 特に後者の比重は大きく、元々奇跡は聖典の神の力であり、不思議な力を使う先住民の存在は植民者たちにとって認められないものであったし、同時に精神的な脅威であったのだろう。


 それでも、初期は比較的友好的に――先住民と争うことなしに、旧大陸からの植民が進んでいた。新大陸のもたらす経済的な恩恵も大きかったし、戦うより交易した方が良し、と判断されたからだ。

 だか時が進むにつれて、植民者たちは征服者となり、先住民を荒れ地へと追いやるようになっていった。このため先住民たちの中には、征服者たちの文明や生活様式、宗教を受け入れ帰化したものも居れば、今でも保留地でひっそりと暮らす者もいるし、未だに征服者たちと戦う者もいれば、その結果滅亡してしまった部族もありと、その有り様は色々である。


 では、何故このようにうとまれた技術、個別術式が日の目を浴びたのか。勿論、早い段階から先住民たちの呪術に興味を持ち、盛んに研究する者もいた。しかしその多くは、宗教的な倒錯者で、旧来の信仰に反抗するため、悪魔崇拝的に没頭する者が大半だった。

 だが、中には科学的にこの技術の解析を進めようとする先鋭的な者も確かに存在した。これらの研究者たちが残した記録も今日の技術に多大な影響を与えているのは言うまでも無いが、大きな転機は別の所にある。

 それが、国を南北に二分して戦われた内乱、国民戦争であった。


 戦争は技術を促進させる、とは言ったもので、十年に続く内乱の最中、眼を付けられたのがこの先住民の技術であり、元来の科学技術に上乗せして、この呪術を取り入れて、戦力の増強を図ったのだ。最初こそ抵抗意識も持たれたが、征服者たちによって理解、改良された技術は、先住民の邪法ではなく、新しい技術として、最終的に受け入れられたのである。


 この改良された新技術であるが、未だに全てが解明されているとは言い難いものの、確定して言えることは二つある。


 まず、前述したように体や道具に、自分に合った文様を刻むことで、身体能力の上昇と、一人一つ、何か不思議な力が使えること。この不思議な力で何が起こせるかは、千差万別で、やれ人種であるとか、血統であるとか、環境であるとか、その能力が決定される要因は様々に調査がなされたが、どれも推測の域を出るものではない。とにかく一つ、一般の物理法則に囚われないような不思議な現象を引き起こすことができる、ということだ。


 もう一つは、この能力を引き上げる方法がある、ということである。そもそも先住民たちの多くは征服者たちの火器に服従せざるを得なかったので、この増強方法が無ければ戦線に投入されなかったはずであった。


 増強するためには、輝石、エーテルライトと言われる鼈甲色べっこういろの輝きを放つ石が使われる。この石を熱することで得られるエネルギーが、文様のもたらす力を増強させる。そして消費されたエネルギーは蒸気となって発散させられる。

 更に、輝石のエネルギーを効率よく運搬するために増幅連結装置【エーテルシリンダー】という円筒状の小細工を、術式を扱う者は衣服や武器に取りつけているのが一般的だ。ネッドはブーツの踵に仕込んでいるし、ネイという少女はグローブの甲に取りつけているのだろう。


 勿論、欠点もある。第一に輝石が消耗品ということ。ある一定量の力を使った後は輝きを失い、ただの石になるか、灰になってしまう。第二に、輝石の発動には予備動作が必要だという点。そのため、引き金を引くだけで必殺の武器になり得る銃器は、未だにこの荒野で存在意義が大きい。


 以上を以て、文様、改め個別術式と、輝石エーテルライト増幅連結装置エーテルシリンダーによる能力増強によって扱われる技術を蒸機術式兵装、または武装術式、アームドシステムなどという。


 この技術を扱うのには、特別な才能が必要な訳ではない。誰もが多少の訓練で、扱う事が可能になる。だが、未だに世間一般に浸透していないのは、輝石は希少な石なので、高価であるからだ。ちなみにネッドの家計が火の車なのも、この輝石を買い足すのに苦労している、という点が大きい。


 さて、内乱が終わったのも十年前になるが、その後が問題であった。多くの退役兵たちは十年の内乱で荒れ果てた国土で、職に窮した。そのため多くは、未開拓の西部へと流れつき、未だ掘り当てられていない金脈や、輝石の鉱脈を求めて一攫千金を目指した。だが、成功するのはほんの一握りで、多くは路頭に迷い、貧困にあえいだ。


 そうなれば後は早い。退役兵を中心に、ゴロツキども跋扈ばっこする、犯罪天国の完成だった。とりわけ法や警察機構の完成されていない未開拓地では、凶悪な犯罪者に懸賞金をかけ、賞金稼ぎに捕えさせて、最低限の秩序を保っているわけである。


「……ちなみに懸賞金の多くは生死を問わないが、死体を引き渡す場合は二割減になる。最低限の人権問題ってやつだな。なので……」


 そう小さく呟きながら、ネッドは運転席の窓の下に静かに座り込み、鉄の戸を二回叩いた。


「なん……だぁっ!?」


 阿呆にも上半身丸ごと乗り出した、眼付の悪い男の両肩に、ネッドの意思で自在に動く紐が巻き付いた。青年はそのまますぐにもう一つボビンを引き抜き、すぐに窓から中を覗いた。中には、鉄道屋の制服に身を包んだ男性が二人と、窓のすぐ下でもがいている哀れな下半身が見えるのみである。ネッドはそのまま悪漢の目と口を紐で封じ、両足を縛りつけて、腕を柱に縛りつけて後、紐を切った。この間、実に十秒にも満たない。


「雑魚はこうやって生け捕りにするのが一番なわけだな」


 青年は誰に言う訳でもなく、なんとなく一人ごちた。


 再び車両の中を見ると、二人の車掌のうち、年上の方が声をかけてきた。


「た、助かったよ……」

「いいや、まだ助かってないぜ。ちゃんと助かりたいんなら、列車を動かしてくれ」

「え、でも……」

「いいから、頼む……いや、待てよ。おたくら、こいつらが何の一味か知ってるか?」


 そう質問すると、車掌は少し苦い顔をする。


「……あんた、腕に自信はあるかね?」

「まぁ、そこそこだな……具体的に言えば、賞金額一万ボル以下なら、どうにかできる自信はあるぜ」


 青年が自負する所の実力は、そんな所だ。ちなみに、既に捕縛した三人の小悪党程度なら一人あたり千ボル、武装術式を使う小悪党なら五千程度、そこそこの術者から一万以上になる。掴まえるのならば自分より格下でないと、確約はできない。


「あぁ、ただし今は助っ人がいるからな。それより上でもどうにかなるかもしれんが……」

「……八万だ」

「はぁ?」

「だから、八万だ……この列車の最後尾に、元八万の賞金首、銀刀【シルバーカタナ】のジーン・マクダウェルが居る」


 成程、つまりこの列車は犯罪者を搬送中で、涙ぐましくも部下たちがボスを強盗に来た、ということなのであろう。

 だが、八万の賞金首ともなると、大陸に数人しか存在しない程度――それを捕まえたのも相当な手だれであったのだろうが、残念ながら青年には手に負える相手ではない。


「……銀刀の能力は、身体の超強化……だっけか」


 元々片田舎で、小悪党を相手にしていたネッドでも知っている程の賞金首。しかも、シンプルに強い相手……もっとも苦手とする手合いである。


「だけど、それなら余計に列車を動かす必要が出てきたな……別に、多少貨物を置き去りにするのは許してくれるだろう?」

「……致し方ないな。なるべく多くの車両を残してくれれば、謝礼は弾むように会社にもお願いしよう」


 鉄道屋は高慢ちきな奴が多いのだが、こいつは話が分かるようで助かった。

 ともかく、そんな危険な賞金首を載せていたのならば、一刻も早くネイと合流しなければならない。


「それじゃ、頼んだぞ!」


 そう言ってネッドは、機関車の煙突に紐を引っ掛けて跳び、屋根の上へと登った。後続車の方へと駆けだした瞬間、スチームロコモーションの煙突から出始めた煙が、青年に直撃した。こんなことなら格好つけて上にのぼるんじゃなかったと、咳をしつつ後続車両を目指す。


 客車の上を抜ける頃には、列車は走り出していた。そのまま屋根つきの貨物車の上を一台、二台と通り越し、屋根のない荷台で二人、共にハゲた髭男が手から流血して気絶しているのを確認した。どうやら武器を撃ち落とされた後に頭を思いっきり殴られたらしい、二つの輝く頭部に大きなこぶが出来ている。恐らく、ネイの持っていた棒状の何かでぶっ叩かれたのであろうな、などと思いながら、伸びている男の横に着地し、ネッドはそのまま更に奥の車両の扉の窓から中を覗いた。


 中でネイが二人の男と戦っているのが見える。

 一人の男が、少女に向けて発砲した。

 だが、弾丸は少女には刺さらない。

 立て続けにもう一人が発砲するが、弾丸は空しくも後ろの荷物に刺さった。


 そのまま二発、三発、四発……何も男たちの銃の腕がヘッポコな訳ではない。少女は、避けているのだ。時には微細な動きで、時には大きく動いて――それは、青年の眼には舞っているように見えた。


 男たちの銃の撃鉄が下がらなくなり、少女は一気に踏み込み、持っていた布の包みを思いきり横薙ぎにした。一人の男が荷台の壁に激突し、そのまま動かなくなった。そのまますかさず少女は拳銃を残りの男に向けたが、男は慌てた表情を浮かべた後に、後ろのドアを開けて奥に消えて行った。


 そこまで見届けて、ネッドは扉の窓を叩いた。少女は一瞬険しい表情でこちらを見たが、青年の顔を確認すると落ち着いた表情になった。そして、青年は扉を開けた。


「……見てたんなら、手伝えよ」

「いや、突然後ろの扉が開いたら、敵の増援と勘違いしない?」

「あー……まぁ、それは確かにな」


 すぐに少女は手元に視線を落とし、リボルバーの銃倉を横に出した。そのまま一気に空薬莢を取り出すと、新たに六発の実包を手慣れた手つきで装填した。


「え、なにその銃!? メッチャ珍しくない!?」


 驚いたのはネッドの方である。流通している拳銃は、弾倉が固定されている、所謂ソリッドフレームが一般的だからだ。


「うっせーな……一人でやってくのに、ちまちま一発ずつ弾を出し入れしてたらあぶねーだろ?」

「いや、そりゃそうだけど……」

「ま、こいつは特注品でね……ある男から預かった、アタシの相棒の一つだよ」


 そして、銃を横に振ると、綺麗にシリンダーが銃に収まった。その一連の美しい動きに感嘆の息をもらしながら、青年は一つ質問をぶつけてみることにした。


「しかし、南部式銃型演武サウザンステップの使い手ね……てことは、南部出身?」


 南部式銃型演武とは、国民戦争時に、南部が開発した戦闘技術の一つである。言えば簡単、術式で強化された動体視力と判断力でもって、相手の動きや銃口の位置から発砲される弾丸の軌道を見切り、事前に安全な位置に移動する、そういう技術。当然やるのは難しいし、かなり強力な術者でなければ扱う事は出来ない。


「……さぁな、むしろアタシが聞きてーよ」

「うん? それって、どういう……!?」


 そこでネッドが言葉を切った。青年が入ってきたのと反対側の扉、その窓の外、これまた屋根の無い荷台の上に、物騒なものが見えたからだ。


「ネイ! 俺の後ろから動くんじゃないぞ!?」

「……え?」


 素っ頓狂な声が聞こえるが、細かく説明している暇などない。ネッドはネイの前に立ち、輝石を使いきる覚悟で力を込める。全身に――とりわけ、自身の術式の刻まれているコートの背中部分に、熱い電流が駆け巡る。


「これが俺の……鋼の戦衣【フルメタルジャケット】!」


 別に叫ぶ必要などないのだが、要は気合を入れるため、自らの能力名を叫んだ。そして、両の腕で顔を隠したのと同時に、窓の外の大男が、手に持ったガトリングガンを掃射し始めた。


 荒れ狂うような音、そして体に刺さる痛み。木製の荷車など紙に等しいというように、弾丸が辺りに突き刺さる。何時までも続くと思われるような暴音、鼓膜も体も焼き切れそうだ。


 そして、銃声が止み、空の薬莢が落ちる音がした後、今度は何かが軋む音。少しの後に、弾丸で穴だらけになった貨物車両は床を残して、脆くも崩れさった。


 空には間抜けなほど青い空、そしてその下には、白煙が立ち込めている。


「……へへっ、どうだい。これだけの弾丸は、避けきれねぇだろぉ?」


 二メートルをゆうに超す巨漢は、右腕を振りあげてその体躯に相応しいガトリングを背中に担いだ。晴れていく白煙を、下卑た笑顔で眺めている。

 そして、その笑顔は、白煙が薄れゆくのに合わせて、次第に驚愕の表情へと変わっていった。


 鉛の玉が落ちていく音――雨のように、バラバラと――それは、衣服に刺さった弾丸が床と衝突して奏でられる音だった。崩れた車両の中心で煙を巻き上げながら、間違いなく、ネッド・アークライトは立っていた。


「……おい、ネイ……大丈夫か?」


 青年の声が少し辛そうであるのは、体中に痛みを覚えているからである。


「お、おぉ……だけど、お前、それ……?」

「あぁ、これが俺の武装術式、その名も……おぉ!?」


 青年が再び驚きで言葉を切ったのは、巨体がこちらへ向けて走ってきたからだ。大男は咆哮と同時に、持っていたガトリングを横薙ぎにしてくる。


「うぉおおおおおおおお!?」


 青年は、それを左の腕で受け止める。普通ならば腕の骨が砕け、吹き飛ぶほどの衝撃。実際には妙な金属音鳴り響き、青年の体が吹き飛ばされて終わった――いや、それはそれでマズイ。もはや青年の体を受け止めてくれるはずの壁は無いのだから――そのまま、車外の方へと青年の体は宙を舞った。


(……何か掴まれる者は……ある!)


 ネッドはすぐにベルトからボビンを引き抜き、大男の方へと振りかざした。そして、機関銃を振り切ったその太い右腕に、紐を二重三重に巻き付ける。


「うぉ!? なんだ!?」

「いいから! そのまましっかり立っててくれよ!?」


 もう一つ、空いている手で帯状の繊維の巻き付いたボビンを取り出し、その繊維に電流を通す。帯は重力に逆らって硬直し、鋼並の硬度を持って、青年の手に収まった。そして大男に巻きつけている紐を強く引っ張ると、車両の方へと青年の体が宙を泳ぐ。


「なっ……お前……!?」


 男の目が、驚愕に見開かれた。


「踏ん張ってくれてありがとうよ! それじゃあ……な!」


 ネッドの足が車両に付くのと同時に、硬化した繊維の刃が巨躯の胸を切り裂いた。男は苦痛に大声を上げたが、それも束の間、刃にしたリボンを猿轡にして男の口を塞ぎ、右手に巻きつけていた紐でそのまま両手を拘束した。


「……ふぅ! 意外になんとかなったな」


 大きく息を一つ吐いた途端、必死になっていた青年の頭は冷静になってきた。まさか、賞金額八万ボルを自分が掴まえてしまうとは夢にも思わなかった。緊張から解放されたからか、はたまた喜びからか、体が少し震えてきた。


「お、おい……お前、大丈夫か?」


 ネイの方から、心配そうな声が聞こえる。青年は良い気になって向き直った。


「いやぁ、君こそ大丈夫ですか、お嬢さん」

「あ、あぁ……なんか、変わった能力だな、お前のは」

「うん? 気になっちゃいます? 俺の能力が!」

「いや、気になるっちゃ気になるけど……」

「どうしようかなー!? 賞金稼ぎにとっては自分の能力をベラベラ喋んのも良くないしなー!?」


 そこで一旦区切って、ネッドは掌を額に当てて、大仰に周って再び少女に背を向けた。その背中に冷たく刺さる視線を感じる。青年はなんだか楽しくなってきた。


「でも、どうしても気になるって言うなら……いいよ?」


 首だけ回し、ちら、と少女の方を見る。案の定、呆れた表情を浮かべてくれていた。


「……いや、いいや。アタシには関係ねーし」

「そんなこと言ってぇー、ホントは気になって……って、あだだ!?」


 今になって、再び痛みを感じ始めた。先ほどまで緊張で、感覚が鈍くなっていたのだろう、体中に猛烈な痛みが走った。


「お、おい!? 本当に大丈夫なんだろうな?」


 一転して、少女の顔に浮かぶのは、心配そうな表情である。つっけんどんな態度をとってはいるが、やはり根は良い子なのだろう。変に心配を掛けるのも悪いので、ネッドは手早く説明することにした。


「あ、あぁ、本当に大丈夫さ……俺の能力、フルメタルジャケットは、繊維を自在に操れるんだ。その強度や弾力も、ある程度自由に調整できて……それで、ガトリングも防いだ訳だな」


 強度を増せば刃にもできるし、着ている服を防弾服にもすることが可能。とはいえ、着弾の衝撃その物を無くせる訳では無いので、ダメージを負っていることには違いない。


「……成程。雑魚にはすげー有効そうな能力だ」

「んがっ!? ……いや、まぁね……」


 少女の言い分はもっともで、西部で一般的な殺傷兵器である銃にはほぼ無敵、しかも相手を捕縛するのにも優れているので、青年にとって安い賞金首はいいカモな訳だ。逆に青年の防御力を上回る攻撃力を持つ術者は、青年の手に負えるものではない。誰もが不思議な力を使うことが出来るが、結局才能の差という物はあり、青年の身体能力の向上はやはりそこそこ止まりであるし、繊維を自在に操れるというのもそこそこの能力でしかない。やはり、そこそこなのである。


 ネッドは座り込み、ブーツの踵に仕込んでいるエーテルシリンダーを外し、内側に仕込まれている輝石の様子を見た。本来ならば淡い、鼈甲色の光を発しているのだが、今は輝きを失い、普通の黒い石のようになってしまっている。


「やっぱり使いきったか。だけど、別に賞金さえ手に入れば、買い直してもたくさんお釣りが……」


 その瞬間である――大男が立っていた屋根なしの貨物の、更に奥の鉄製車両のくろがねの扉が、音を立てて崩れ去ったのは。その扉の奥に、拘束衣を身に纏った――とはいえ手足のベルトは外されており、衣は既にその意義を失っているが――妖しく煌めく、鍔の部分が鼈甲色に輝く片刃を持った女が立っていた。長くウェーブのかかった銀の髪の奥に、鋭くも美しい目が光を放っている。


 ネッドが、自分が倒した男がジーン・マクダウェルだと思ったのも無理はない。手配書の人相を見たことがあったわけでもないし、何よりジーンは、男にも使われる名前だからである。


 しかし今、眼前に居る女の気迫はどうであろうか。先ほどの巨漢など、比べ物にならない。睨まれただけで、竦むような鬼気。青年は無意識のうちに固唾を飲んでいた。


「アイツ……どこかで……」


 隣に居るネイから、小さく声が漏れた。そして相手側も、何か感じる所があったのであろうか――少女の方を見て一瞬、いぶかしんだ表情を浮かべた。

 だが、それも束の間、音も無く刃を鞘に仕舞ったと思うと、少し腰を落とし、構えを取り、何かぽつりとつぶやく。


「……我が魂に憐れみを【オルターコール】」


 直後、日の光を跳ね返す美しい銀が疾駆してきた。迫りくる危機に対し、なんとか正気を保って、青年は少女の居る後方へと飛んだ。

 鞘から振り抜かれる銀の一閃、女の太刀から蒸気が吹き上がる。その筋は、青年の眼には追いきれない速さであった。だが、それは敵対する自分たちに向けられたものではなく、青年と倒れる巨体との間を走り――気付けば車両は一刀両断され、銀の女、つまり本物のジーン・マクダウェルと、恐らくその腹心であろう巨大の男、ついでに先ほど少女に殴られて気絶していた男とが残された車両の半分が、どんどん遠ざかっていく。


「……ちっ!」


 ネッドの横でネイが小さく舌打ちをし、持っていた布に覆われていた長い棒を包んでいる布の留め金を外した。中から現れたのは、少女の身の丈程もある、後装式ライフル銃であった。

 ネイは素早く弾丸を込め、そのまますぐにしゃがみこんで構えて、一瞬、息を飲んだと思うと、そのまま発射した。


「……どうだ?」


 青年の視力では、人影は見えるが、細かい動きまでは見えない。だが、答えはなんとなくわかっていた。


「……切り落とされたよ」


 そう、刀身が日の光を返すのは、青年にも僅かながらに見えていたのだ。


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