クロス×クロシズ ~ヒモの賞金稼ぎと包帯少女~
五島七夫
俺たちに明日はあるのか -Nei and Ned-
第1話 俺たちに明日はあるのか 上
1-1
汽車が州境のトンネルを抜け、煙突から噴出していた黒煙が晴れた先には、赤茶けた大地と青い空がどこまでも広がっていた。
しかし見渡す限りの荒野など、窓枠に頬杖をついている青年にとっては見慣れた光景であった。
この青年、ただいま汽車に揺られて、以前の縄張りより人が集まる、より稼げそうな場所に移動中である。
青年の家業は報酬も多いが、経費もかさむ。一つ仕事をこなして金が入っても、消費したものを補充すれば、すぐに文無しになってしまう。その上、どこに仕事が転がっているかも分からない。それ故、その日暮らしの根なし草となっていた。
もっと言えば、楽にならない原因は、大いに青年の
中々に根が小市民なのであるが、その癖堅実なことに耐えられない。要領が悪いわけでもないのだが、何か一つコレといった点もなければ、その実績も無い。
要するにこの世界における、平均そこら、それよりやや上、といった立ち位置にいる。少なくとも、青年は自分の事をそのように考えていた。結局そこそこやる、その程度の男なのである。
それならば普通に働けばよいのだが、まだ若いせいか、淡い夢か何かに期待させてられてしまっているせいであろうか――青年はなんとなく、明日には何か素敵なことでも起こるのではないかという期待を捨て切れずにいた。
だが、待っていても幸せは歩いて来てくれない。なので、都会に出てみることにした。人が多ければ金の流れも多い。そんな場所であるならば、実入りも多くなるのは必然であると青年は考えたのだ。
(だけど……危険も多い)
都会を避けていた理由は単純で、報酬に比例して、危険度も高くなるから。自らの腕を卑下する程でないものの、絶対の自信のない青年にとって、一攫千金は縁遠い話であった。
だが、このままでは埒が明かない。時は放っておいても流れていく。いつまでその日暮らしが出来るとも限らない。なので、こうしてとうとう重い腰を上げることにしたのだ。
さて、色々考えに
だが眼前にあったのは、希望などと正反対の物騒な物だった。
「うごくな!」
青年も最初こそ驚いたが、聞こえてきた声の可愛らしさと、銃口の形のお粗末さに、すぐさま警戒を解いた。
「れんぽーほあんかんだぞ! 手をあげろー!」
一字一句のたどたどしさは、意味も良く分かっていないのだろう、なんとなくどこかで聞いて、カッコいいから、子供のごっこ遊びなんて、それで十分。座席の上に置かれた玩具の銃口の横に、十にも満たないような男の子の満面の笑みが並んだ。
「いやぁ……保安官様には勝てませんな。降参です」
長旅で退屈だったのであろうし、青年も考えがまとまった所で、丁度暇をしていたところだ。子供の遊びに付き合うのもいいか、そんな風に思い、青年はゆっくりと両手を上げた。
「さぁ、手は上げましたぞ。これからどうするつもりですかな?」
「しばりくびだー!」
開口一言、物騒な文句が飛び出した。子供が銃口を突き付けながら縛り首だなどと、まったく世も末である。
だが、始めてしまったのなら楽しむべきだ。中途半端な大人の姿を見せてしまっては、今後の少年の未来に悪い影響を与えてしまうかもしれない。遊ぶにも全力、演技にも全力、それがカッコいい大人の姿だ。
「お、お待ちください保安官様! わたくしにも色々と事情がございまして……!」
「す、すいません、うちの子が……!」
そこで、少年は彼の母親に止められてしまった。子供を両腕で抱きかかえ、何やら周りを気にしている。見れば、周りの客席の視線がこちらに集まっている。物騒な単語が聞こえたのだから、それも当然であった。とは言っても皆すぐに事情を察し、驚きというよりは微笑ましいというような目でこちらを見ていたのだが。
「あ、いえ……お気になさらず」
むしろ、興が削がれてしまったというべきか、確かに見ず知らずの大人を標的に遊ぶのは失礼であるし、教育上よろしくないのであろうが、せっかくできた暇つぶしをすぐに止められてしまって、青年は少しつまらなく感じた。
そんな折、列車が荒野の真ん中で停車した。何事かと思い窓の外を見ると、給水塔が列車の横に鎮座していた。次の駅までは、どうやらまだまだ到着まで時間がかかりそうだった。
親子の引っ込んだ前の座席から小さく子供を叱る声がしばらく続き、ややしてから、申し訳なさそうに少年が再び顔を出した。
「……ごめんなさい」
「いや、別にイイよ……ただし、遊び相手は選んだ方がいいぞ? 本当にこわーいお兄さんだったら、大変なことになるんだからな」
世の中には二通りの人間がいる。シャレの通じる人間、通じない人間である。勿論、青年は前者のつもりであった。
「……おじちゃん、悪い人じゃないの?」
成程、少年は正義感から自分に銃口を向けていたのだと、青年は悟った。今だけはシャレの通じない人間になり、思いっきりこのガキをへこましてやろうか、その正義感が仇になることを教えてやるぜ、などとも思ったが、小さく少年の尻が母に叩かれる音が聞こえたので、怒りをそっと胸に仕舞うことにした。
「あのな? お兄さん……そう、お兄さんは、全然怖い人じゃないぞ?」
「でも、なんだか目がしんでるし……」
再び、少年を小さく叩く音が聞こえた。叩くくらいなら、少年を引っ込めればいいのに、などとも思ったのだが、これも暇つぶし。もう少し少年に付き合ってあげることにした。
「いやいや、保安官に縛り首にされるような悪い奴っていうのはな? もっとだいだい、見た目からしてこう、粗暴そうというか……」
「そぼう? そぼうって、どんな感じ?」
前言撤回だ。これだから子供の相手は疲れる。言葉を慎重に選ばなければ、コミュニケーションが成り立たないのだ。
「あー、そうだなぁ……なんて言えばいいかなぁ……」
額に人差し指をあてて、オコチャマにも通じる言葉をあれこれ考えていると、車両の外からなんだか慌ただしい物音が聞こえてきた。そして、荒々しく客車のドアが開け放たれ――その扉の奥には、まさしく粗暴が服を着て歩いているような、下品な顔立ちの男が立っていた。
「お、そうそう、丁度あんな感じで……」
「動くなぁ!」
粗暴な男から発せられた声は、外見に負けじと下品であった。そして後ろからもう一人、客車に侵入して来た。手には小銃一挺、ちなみに最初に扉を開け放った男も、当然のごとくにその手には回転式拳銃が握られている。
「強盗だぁ! 手を上げろぉ!」
小銃の小太りが荒々しい声を上げると、ズボンに乗っかった下っ腹がぶるんと揺れた。
この大陸では、一日の内にどこかで一件も強盗が起こらぬ方が珍しい――とは言い過ぎであるが、こういうのは生きていれば一度は遭遇してもおかしくない場面。幸なのか不幸なのか、どうやら結構手慣れた強盗団らしい、乗客たちを扉付近の踊り場へとゆっくりと集めている。下手な連中だと神経質になり、ちょっとしたことで引き金を引く恐れもあるが、こいつらならば下手を打たなければ返って安全そうだ。まあ、あくまでも安全そうなだけで、いつ爆発するとも限らないのだが。
しかし、こいつらの目的は一体何であろうか。列車強盗といえば、移送中の金庫、もしくは武器などを狙うのが一般的なのだが――青年はそんなものを載せてる列車だとは聞いてなかったし、何台も貨物が連結されていたとも記憶していない。強いてを言えば、最後尾に一台、厳重な鉄の
ついで、果たして何人居るのか? 客車に現在二人、恐らくこの先の運転室に一人、ないし二人。後ろの積荷をさばくのに二、三人程であろうか。給水塔の付近に潜んでいたのであろうし、そんなに大人数ではないとは思われるが――。
そんな風に思考を巡らしていると、次は青年の出番になった。拳銃を突きつけながら、粗暴そうな男が口を開いた。
「おう、とっぽい兄ちゃん……お腰の物を、外させてもらうぜぇ」
ひひひ、と繋げながら、男は青年の裾の長いコート、いわゆるダスターコートの裾を持ち上げた。しかしこの男、歯並びが悪いな、青年は呑気にそんなことを思った。
「……なんだい、こりゃ?」
男が訝しんだのも無理はないだろう、青年のいでたちがガンスリンガーのそれであったのならば、腰にガンベルトがあると予想していたに違いない。だが、腰に巻いていたベルトには、銃も弾丸の実包も付いていなかった。
「あぁ、これはボビンっつぅんですよ。糸や紐を巻いておくためのもんでさぁ」
へっへっへ、とつけたして、青年は返した。
「いやぁ、ガンマンに憧れて、こう、カッコつけて付けてるんですけど……」
「……紛らわしい格好をするんじゃねえや。ほら、行くぞ」
さて、一瞬どうしたものか、と青年は悩んだ。別にこの場で反抗しても、自分の命を護るだけの自信はある。銃を突きつけられている現状でもだ。
だが、やめておいた。自分は正義漢でもないが、悪漢でもない。自分の身を護って他の乗客が死んだりしたら寝ざめも悪い。ここは大人しく従うことにした。
「……優しくエスコートしてくださいよ?」
「気持ちわりぃこと言うな! とっとと歩け!」
「へへっ、へい」
青年は背中に当たる鉄の固さを感じながら、やっぱり都会になんか行くもんじゃなかったのかもしれない、などと後悔し始めていた。
次は、前の座席の少年とその母親の番である。見れば、母親は怯えきった表情をしている。子供の方は、事態がよく飲みこめていないのだろう、茫然とした表情でこちらへ向かってくる。だが、周りの尋常ならざる雰囲気が、少年にも伝播しているせいであろうか、少々恐怖の色もうかがえた。
「……!? おいガキ! てめぇ、何を持っていやがる!?」
どうやら、少年の持っていた玩具を、一瞬本物と見間違えたらしい。歯並びの悪い男は少年を後ろから蹴り倒し、そのまま銃口を少年の後頭部に突き刺した。
「おいおい……そりゃ玩具だよ。よく見ろよ、可哀そうによ」
大声に振り返った小太りの方が、歯並びの悪い男に皮肉そうに言う。
「ちっ……うるせぇな。おい、さっさと立ちあがって歩け!」
そうは言うが、少年の方はもはや大パニックだ。とうとう、怖いことが起こっていると合点してしまったのだろう、蹴り倒された痛みだって当然あって――少年がそのままそこで泣きだしてしまうのも、致し方が無いことであった。
「あぁ! うるせぇ! 俺はガキの泣き声が大っきれぇなんだ! おい! どうにかしろ!」
しかし、母も母でパニックになっている。我が子のピンチに動転して子供に覆いかぶさり、「この子だけは」をうわ言の様に繰り返していた。
これだから、子供は嫌いだ――青年はそう思った。放っておけば、賊は盗る物をとって去って行ってくれたかもしれないのに。だが、この荒野の無頼漢の沸点の低さと引き金の軽さはどうしようもない。それを知ってしまっているからこそ、これから起こることが分かってしまうし、分かっている以上、どうにも放っておくこともできなかった。
(……俺は正義の味方なんかじゃないんだぞ?)
心の中で憎々しげに、自分に対して吐き捨てながら、青年は右足の踵を少し上げた。こっそりやれば、バレないはずだ。
「こうなりゃ見せしめだ! 親子ともども、黙らせて……!」
「……待ちな!!」
その声に驚き、青年は足を元に戻した。最初は賊の増援が来たのかと思ったのだが、すぐにその疑念は消えた。増援が来なかったのも理由の一つだが、何よりその声が列車強盗をやるような粗暴な男の声でなく、女の子の声であったからだ。
見れば歯並びの悪い男の後ろで、手を上げたままではあるが、一つの人影が見える。上半身はポンチョで覆われ、その上フードを深くかぶっていて、顔はよく見えない。だが、やはり女の子の様である。下半身は短いレザーのパンツに、足には膝上までソックスで覆われている。背丈も青年の胸のあたりであろうか、青年がそこそこの長身であることを鑑みても、女性の平均よりは余程低い位だ。
何より目を引いたのは、右手であった。きっと普段は、アレを隠すために外套を纏っているのだろう――真っ赤な包帯が、グルグルに巻かれていた。目を凝らして見れば、何か包帯に黒い線の様な物が無数に見える。
(アレは……まさか?)
青年が目を細めて、その包帯の正体を見極めようとしている間に、男は少年から銃口を引き下げて、今度は背後に立っている少女の方へと向き直った。
「おうおう……へへっ、勇ましいこったなぁ」
男は少女の方へ銃口を向け、下卑た笑いを上げながらそちらへ向かって行く。
「泣かせるじゃねぇか、ガキを護るために女が立ちあがってくるなんてよぉ……」
青年の周りの乗客たちは、申し訳ない様な、悔しいような表情をしている。確かに、悪漢をのさばらせておいて、子供が泣いて、女の子が立ちあがったのでは面目も無い。だが、それは周りの人たちも苦渋の決断であって、卑劣漢どもを刺激しないためにも仕方なかったのだ。むしろ糾弾されるべきはあの少女である。なぜなら、奴らの邪魔をしては、回避できたかもしれない惨劇が始まる可能性があるのだから。
それも、どうにか打開できるという自信があれば、別かもしれないが。
そして、歯並びの悪い男が少女の前に立った。少女は少女で、粗暴が眼の前に現れても、微動だにしていない。
「健気なこったなぁ……どれ、顔を見せてごらん?」
言いながら、男は少女のフードを外した。現れたのは、光を吸い込むような黒髪と、淡い、少々つり上がった気の強そうな碧眼が印象的な、可愛らしい女の子の顔であった。しかし、碧眼で黒髪とは珍しい。
「あぁ? ……おめぇ、
「そういうお前は、歯並び悪いな?」
世の中には、洒落が通じる人間、通じない人間がいる。歯並びの悪い男は当然後者であったのだろうし、また少女は洒落で言ったつもりも無いのだろう。
「……てめぇ!」
男は空いている左手で、少女の右手を壁に押し付けた。少女の方は少し顔を歪めたが、すぐに毅然とした表情に戻り――青年は、少女の左手が僅かに動くのを見逃さなかった。
「気に入らねぇな……てめぇ、酷い目に会わせて……!」
「アタシの右手に……!」
そう言いかけた瞬間、少女は左手の甲を、後ろの壁に擦りつけた。グローブの後ろから、僅かに蒸気が発せられ、少女の包帯の黒い部分が真っ赤に染まる。
「触るんじゃねぇ!」
そして言い終わる頃には、鈍い音と共に、男の体が宙を舞っていた。少女の右足が、大の男を蹴りあげたのだ。
「なっ!? お前……!」
太っちょが腹を揺らしながら、後ろを振り返る――気が反れた、動くなら今しかない。青年はブーツの踵を、床に擦りつけた。足から熱と共に、電流にも似た痺れが全身を駆け巡った。そのまま左手をベルトにかけ、ボビンを引き抜く。
「動く……むぐっ!?」
太っちょの口の首に、繊維の帯が巻かれる。そして数秒、今度は腹を縦に揺らしながら、男は膝を付き倒れた。
「……殺したのか?」
成程、手助けは必要なかったかもしれない。少女は既に左手に銃を構えていた。少女は二人の襲撃者が倒れたのを確認して撃鉄を下ろし、ポンチョを少し上げ、肩から掛けているホルスターに、リボルバーをクルクル回しながら収めた。
「いいや、意識を落としただけさ。生きていた方が、多くお小遣いももらえるだろうしね」
「……お前、賞金稼ぎかよ」
少女は青年の方へと歩み寄ってきた。その華奢な足の近くで、先ほど蹴りあげられた男が股を抑えて呻いている。あんなに飛ぶほどの威力の蹴りをくらったのだ。そう思うと、青年もなんだか股のあたりが冷たくなった。
「そういう君は、正義の味方?」
言われると、少女は顔をしかめた。青年も冗談のつもりだったのだが、確かに返しにくいジョークだったかもしれない。
「それで……どうするよ、お嬢さん。人助けとはいえ、列車強盗をのしちまったんだ。仲間が駆けつけてきたら、報復されるぜ?」
「あぁ、分かってるよ……」
少女はつかつかと歩みを進め、座っていた場所からこれまた布でぐるぐる巻きにされた長い棒状の物を担ぎ、そのまま戻ってくると、人を掻き分けて後部車両への扉に手をかけた。
「お、おいおい。どうするかって聞いてるんだぜ、こっちは」
「……打って出る。待ってるのは、性に合わないからな」
放っておいたら、本気で出て行きそうな雰囲気だった。
「ちょ、待てよ! 相手が何者で、何人いるかもわからないんだぞ!?」
「何人いようと、やることは変わらないだろ?」
少女は、面倒くさそうに振り向いて答えた。何人いようと、誰が相手でも勝つ自信があるということなのか、それとも思慮の足らない大馬鹿なのか。
だが、恐らくは本当の所は、面倒事を引き起こした責任を取りに行こうとしているのだろう。青年はなんとなくだが、そう思った。
「まぁ待てって! 幸い、この場は銃を一発も撃たずに切り抜けられたんだ……他の連中は、まだ呑気に自分の持ち場を護っているだろうさ」
少女が蹴り飛ばしたせいで大きな音がしたはずだが、増援が来る気配は無い。聞こえていたとしても、今伸びている二人が少々暴れた、程度に認識されているのだろう。
「……うっせーな。なんかいい考えがあるのかよ?」
「あぁ、とりあえず、君が蹴り飛ばしたそいつに、情報を吐かせよう」
青年はボビンを片手に、繊維に電流を流した。そして男の股を抑えている両手と両足を紐で巻いて、動けないようにしてからしゃがみこみ、優しく声をかけた。
「もしもし? 大丈夫か? お前らのボスは誰だ? 後何人いる?」
「お……お……」
「お? なんだ?」
「女になっちゃう……」
「……」
青年はゆっくりと立ちあがった。そしてその背中に、少女が声を掛けてくる。
「それで? なんか分かったかよ?」
「あぁ、一つ分かったぞ」
「あ?」
「急所をつかれると、人はまともに喋れなくなる」
「……そうかよ」
少女は呆れたようにそう返し、再び扉に手を掛けた。
「いやいや、もうちょっと待ってくれ。それならそれで、策はあるんだ。さっき両手を上げてる暇な間に、あれこれ考えてたからな……とりあえず、列車を動かそう」
「……あぁ? 返って危ないんじゃないのか? それ」
「いや、相手が雑魚なら逃がすのを防げるし、強敵相手なら、後続車両を切り捨てれば、こっちが逃げられる」
一番危険なのは、手に負えないような連中だった場合、客車が強襲されることだ。少女もそれを察したらしい。左の手を顎に当てて、少し考えてから口を開いた。
「……で? アタシはどうすればいい?」
「とりあえず、そのまま扉を開けて、敵をなるべく客車から離してくれ。ただし、一気に進まないでくれよ?」
「それで、お前は?」
「俺は反対側さ。なぁに、すぐに合流するよ」
客車の前が炭水車、そのすぐ前が運転室だ。恐らく、その場に最低一人、ないし二人程で車掌を拘束しているはずである。
「あぁ、分かった……それじゃ」
「いや、ちょっと待ってくれよ」
「あぁ? まだあんのか?」
三度止められて、少女は多少いらついている。だが、青年には興味があったのだ。目の前の少女に。
「俺はネッド・アークライトだ。君は?」
相手を知るには、まず自分から。そして次に返してくる言葉も、だいたい見当がついていた。
「別に……名乗る程のもんでもねーよ」
「成程、ナノルホドノ・モンデモ・ネーヨちゃんか。変わった名前だな」
この手の相手は、適当なことを言っていれば、ムキになって本当のことを言ってくれるに違いない。そうでなくとも、適当なことを言うのはネッドと名乗った青年の趣味であった。
「はぁ!? ち、ちがっ……!」
「呼びにくいなぁ……ナノちゃんって呼んでいい? うん、決定!」
「バカなこと言ってんじゃねー! アタシは……!」
「いやぁ、他の奴らが様子を見にこっちに来ちゃうかもなぁ! よし、そろそろ行こうか、ナノちゃん!」
ネッドは、なんだかこのままナノちゃんでも良い気がしてきた。何故なら、響きが可愛いらしく、なかなかこの少女に合っているなと思ったからだ。
「…………だ」
「え? なんだって? 遠くて聞こえないなぁ!?」
「だから、ネイだ!」
「ほうほう、ネイちゃ……」
「ちゃん付けで呼ぶな!」
そう言うと、ネイと名乗った少女は勢いよく扉を開けて出て行ってしまった。自己紹介もそぞろに終わってしまって少々哀しかったが、賽は投げられてしまったのだ、こちらも急ぐしかない。ネッドはネイという少女が出て行ったのと反対の扉に手を掛けた。
と、その時、先ほど蹴り倒されて泣いていた少年が声を掛けてきた。
「あの……ありがとう」
「いや、別に……自分のためさ。とにかく、お兄さんは行くから、良い子にしてるんだぞ?」
「うん……あの、おじちゃんたち、なにものなの?」
先手を打ってお兄さんと言ったのに、少年の心には響かなかったらしい。そして何者かと問われても、名は言ったし、素姓も先ほど少女に言い当てられている。だが、少年には賞金稼ぎという言葉が理解できなかったのかもしれないし、おじちゃん達という所から、あの女の子の素姓も気になっているのだろう。もっと言えば、自分たちが今使った力の答えを、少年は求めているのだ。
「そうだなぁ……俺は……俺たちは……」
ならば、もっと分かりやすい言葉で、もっと端的に、それでいて少年の夢を壊さないような、そんな気の効いた一言が必要だ。当意即妙、これが大人のカッコいい姿である。
「……魔法使いさ」
そう言って、青年は少年の反応も見ずに扉を開けた。決まった、と思ったのだが、客車の方から小さく笑い声が聞こえる。確かに、二十にもなった男が真顔で魔法使いはなかったかもしれない。こうして、消したい黒歴史をまた一つ刻んで、青年は明日に向かって進み始めた。
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