1-2 夢見心地はすぐに消えた

百合恵を救い出した後、俺たちはぞろぞろと繁華街を歩いていた。

ざわめきが徐々に遠くに聞こえるようになり、通りの店が騒がしいものから静かなものに移り変わっていく。

繁華街から普通の商店街の通りへと街並みは表情を変わらせていった。

更にそこから歩いていき、商店街が終わりかけて大きな道路が顔を見せるようになったあたりに、彼女の親戚の家はあった。

それは古ぼけた木目調の店構えに、黄色をベース色とした大きな看板には[南谷珈琲店]と素っ気ないフォントの文字が茶色で書かれている。辺りには店から漏れる珈琲の香しい匂いが漂っていた。


「ここが私の叔父さんのお店よ」

「随分と古めかしい喫茶店なんだな」

「すげえ珈琲のいい匂いがする」


こんばんは、叔父さんと百合恵が店のドアを開いて挨拶をした。

店はやや狭く、15人も入れば満員になってしまうようなこじんまりとした店構えである。カウンター席には瓶詰された焙煎済みの、様々な生産地の珈琲豆がずらりと並べられている。そのどれもが普通の街によくある喫茶店で売られているような豆よりも値段が高い。それだけ品質にこだわっているという事なのだろうか。

カウンターの向こう側の焙煎器は香ばしい煙をもうもうと立てながらじっくりと豆を焙煎していた。表に漏れ出ていた香りの正体はこれだろう。

そしてカウンターの奥から、丸メガネを掛けた穏やかそうな人相の中年男性が姿を現した。


「やあ百合恵ちゃん、よく来たね。君のお父さんが欲しがっていたキリマンジャロ産の珈琲豆だよ。…ところで、後ろの二人組は誰だい?」


初めて会う男子高校生二人組(しかも一人はかなりいかつい感じ)に警戒の色をあらわにする叔父さん。

無理もないが、決して怪しい連中ではございませんよ?


「繁華街で絡まれてた私を助けてくれた蟹江君と、そのお友達の海老沼君よ。クラスメイトなの」

「絡まれてた!?ケガはなかったのか?」

「ええ、おかげで大丈夫だったわ」

「それは大変だったなぁ…蟹江君、どうもありがとう。これはほんのお礼だ」


叔父さんは俺に深々と頭を下げ、お土産にと先ほど焙煎したばかりの珈琲豆を挽いたものを渡してくれた。

全く珈琲などには疎いが、そんなド素人にもわかるほど芳醇で鼻腔をくすぐられるような匂いがする。

しかし俺は挽いた珈琲豆というものを今まで飲んだ事がない。


「これ、どうやって飲めばいいんですか?」

「カップに紙フィルターをセットして、その中に挽いた豆を入れてお湯を注げば良いよ。これはペーパードリップ向けに挽いたものだから、それが一番美味しい飲み方だね」

「なるほど…」

「時々ウチの店にも寄って珈琲を飲みに来てほしいな。珈琲に合うデザートや軽食も扱ってるから小腹が空いた時なんかにもよろしくね。友達や親御さんにも、ウチの珈琲をぜひおすすめして頂戴!」


叔父さん、中々抜け目のない商売人の姿も見え隠れするな…。いや、自営業ともなれば当然の事かな。商売というのはそういうものだし。


「ところで百合恵ちゃん、今日はこれからどうするんだ?」

「…怖い目にも遭ったし一人で帰るのはちょっと危ないかなと思って…」


ちらりと俺に目をやる百合恵。さっき歩きがてら、家の方向などについて話をしていたのだが、俺の家とは全く方向が逆だ。

…とはいえ、ここでそそくさと別れて帰るのは、何かが惜しい気がしてならない。俺の中の直感がそう告げている。好機は逃してはならないと。けして親御さんの車を呼び寄せて帰らせるようなことがあってはならない。

思うや否や口から言葉が飛び出すのは早かった。


「俺が彼女を家まで送り届けようかと思います」

「そうか、君なら安心して家まで送ってあげられるだろう。申し訳ないが宜しく頼むよ」

「ええ、任せてください」

「…お前の家逆方こモガッ」


余計な事をしゃべろうとする口を無理やりふさぎ、俺は彼女とともに再び街を歩き出した。

願ってもないシチュエーションを自らの手で手繰り寄せられたぞ。一人邪魔者がいるが…どう排除したものかな。

俺はぶつくさ何かを言っている泰司にアイコンタクトを試みた。今の状況を鑑みて察せない奴ではないはずだ…。もし察せないならそれは様々な妄想あふれる男子高校生ではない。

俺の真剣な眼差しを見て、何かを悟った表情をした泰司はこくりと頷いた後、ぽんと手を叩きワザとらしい大根役者ぶりを発揮し始めた。


「あ、悪い!俺、急用を思い出したから急いで帰るわ!じゃあな!」


ダッシュで駅まで走り去っていく泰司の背中を見送り、俺と百合絵二人だけが残された。

後で泰司には学食の味噌ラーメン大盛をおごってやらなくちゃあいけないな…。


彼女の自宅は叔父さんの喫茶店から歩いて15分ほどの距離だという。

二人で並んで街並みを歩いていくと、商店街をぬけて閑静な住宅が広がる地域に入った。新興住宅地でどこも同じような建物が並ぶ場所で、道案内でも無ければちょっと迷う場所だ。

等間隔に配置された街灯と、三日月が夜の住宅街の道を照らしている。月の光が俺と彼女の影をすーっと伸ばしていく。

改めて、今俺はクラスメイトの女の子と二人きりだという事を自覚する。

…俺はこんないかつい風貌だから、今まで女子は近寄ってくることがほとんどなかった。まさかこのような好機があるとは思わなかった。自分で引き寄せた状況とはいえ結構驚いている。

とはいえ、何を話したものだろうか。

間に泰司が居ればふざけあい、茶化しあいながら三人で会話もスムーズに回せるものだが、いざ二人きりとなると妙な気恥ずかしさが先行する。

不良たちをなぎ倒した時の態度は勢いでなんとかしたものだが…頭が冷静になるとどうも上手く会話できないもんだな。

少しばかり気まずい沈黙の時間が続く。


「…ねえ、蟹江くん」


最初に口を開いたのは百合恵の方だった。


「今日は本当にありがとう。あの時助けられなかったら私、どうなってたか…」

「ああ。俺も無事に、ケガなく君を助けられて良かったよ。相手が武器でも持っていたら無事で済んだかどうかはわからなかった。運が良かった」


改めてのお礼。一呼吸おいて、彼女は少しばかり言いづらそうに話を切り出した。


「蟹江くんはさ、カニの遺伝子を持ってるんだよね?」

「そうだな」

「しかも、より特徴が強く出てるよね。…こういうのは何だけど、他の人とは少し違う外見の為に辛い目に遭ったりしたの?」


ちらり、と百合絵が歩道沿いにある看板の文字を眺めながら聞いてきた。黒塗りの看板には黄色い文字でこう書かれている。

[純然たるヒトであれ 獣の遺伝子を有する事なかれ]

…いくらあらゆる人たちが様々な生物の遺伝子を持つ世の中になったとしても、いわゆる純血種にこだわる人々は存在する。俺から見ればそんな価値観に拘る事ほどくだらないものはない。その前に、先ほど述べたように受け継いだ遺伝子の特徴が強く出る現象というのはあまり多くない。見た目を派手にしようと羽や牙、角を後からつけようとしない限り。

特にガキの頃ともなれば、子供はオブラートに包む事を知らないから率直な言い方になるし、何より心から素直な行動に出る。変なものは変、なのだ。つまり俺の容姿は恰好の対象だった。


「…ガキの頃は結構いじめられたりしたな。…まあカニだからな。でもやられっぱなしってわけじゃなくて、俺も結構やり返してたからそうでも無かったよ」


俺は自らの左腕をじっと見ながら言う。肌の色もそうだが、人より際立って大きい左腕が特にクリーチャー扱いされた原因だった。


「昔からケンカしてたから、今も腕っぷしには自信、あるんだ?」

「その言い方はちょっと違うな。俺んち、総合格闘技のジムやってるんだよ。子供の頃からずっと、プロ格闘家の人と一緒に遊びがてらスパーリングしてたんだ。そしたらいつの間にか強くなってた。体ができてきた中学の頃にはそこらの大人に負けないくらいになってたよ」

「へぇ~、ジムかぁ~。体動かすの私意外と好きだから、一回やってみようかな?楽しいだろうなぁ」


いやウチはガチな格闘技のジムだから…たぶん想像してるのとはだいぶ違うと思うがね。

とはいえレディースの部門もあるので体験したいのであれば是非とも我がジム「アーマードクラブ」をよろしくお願いいたします。宣伝です。


「百合恵…さんは」

「百合恵、でいいよ。私も敬一くんって呼びたいけどいいかな?」


こちらをすっと見上げてくる百合恵。…素直に可愛い。


「ああ、いいよ。…今度はこっちから何か聞いてもいいか?」

「うん、わたしがしゃべれることならね」


といっても、何を話せばよいものか…。何もかもが初めてだからまったく考えが浮かばないぞ。困った。

またも沈黙が続く。歩きながら、リズムに任せながら、ふっと頭に浮かんだ。俺は気づけばその一連の言葉を口にしていた。


「…百合恵は、俺と違って普通の人間だよね」

「うん。何も遺伝子とか入れてないよ」

「俺みたいなのとか、ほかにも鳥の羽を背中にはやした奴とか、そういうのはどう思う?」


この質問、聞き方によってはなんか危うい気がするが…止めておけばよかったか?少しばかり悔いる。

んー、と一寸考えてから、彼女は口を開いた。


「見た目がちょっとくらい奇抜でも私は気にしないよ。何よりもその人と私の考えや好みが合致するか、フィーリングが合うかの方が大事じゃないかな」

「じゃあ、自分に何らかの遺伝子を組み込んだりとか、そういうのは考えたりしない?」

「んー…今の所は特にないよ。別に純粋な人間であるべき、とかそういう考えとかじゃあないけど、特に他の遺伝子を組み込む必要性を感じないだけね」

「なるほど」

「それに見た目ばかり弄ってもしょうがないし、芯の部分がしっかりしてなきゃダメだと思うな」


百合恵ははっきりと言い放った。その最後の言葉は強く、ゆるぎない意志を感じる。

そこは俺も全く同じ考えだ。遺伝子を組み込んで外見をもてあそぶ奴らが後を絶たない。気軽に入れたり除去出来たりするだけに更に性質が悪い。外見が変わりすぎて誰が誰だか判別が付かない時もある。

それ程までに遺伝子技術は発達してしまったからこそ、外面よりも精神面を重視するべきだと思う。

俺と百合恵の考え方は割と近い気がする。


「あと、カニってわたし好きなんだよね」

「え?」


深く聞こうとすると彼女の家の目前まで来てしまっていた。時間が経つのが早い気がする。

もっと二人の時間を共有していたかったが…仕方ない。


「ふふっ。じゃあね、敬一くん。また学校で」

「…ああ、またな」


百合恵が玄関を開け、ただいま!と元気に戻っていく背中を見届けたのち、俺はゆっくりと踵を返し、来た道を戻ろうとした瞬間。


「あ、そうだ!」


と元気な声が聞こえて振り向くと、デフォルメされた可愛らしい猫のストラップが付いたスマートフォンを持っている百合恵の姿があった。


「メールアドレスと電話番号、SNSのアカウント教えるから敬一くんのも教えて!」

「メアドと番号はいいけど、俺SNSやってねーんだ」

「じゃあアカウント作ろうよ!やり方教えるから!メールよりも手軽だしいろいろ楽しいよ」


そして半ば強引にアカウントを作らされ、彼女をフォローしたわけで。これはかなりの進展と捉えても良いのではないか?なるべく無表情を貫いてはいるが、内心浮かれずにはいられなかった。


「じゃあ今度こそ帰るね。また学校でね」

「ああ」


等間隔に並んだ街灯と月の灯りに交互に照らされながら、夜の住宅街を歩く。不思議と寂しくはなかった。二人で歩いた道を戻る。二人で歩いていた時間の余韻をまだ味わっていた。

また同じように二人で肩を並べて歩く事が出来るだろうか。それを考えると、自然と顔が緩む。

幾度かそれを繰り返していずれは…という希望的観測。今までなかった機会を掴むんだ。

俺はひとつの決意を心の中に固め、自宅へと帰っていった。


---


翌日の目覚めといえば最高だった。普段しない早起きに加えて、早朝トレーニングまでやってしまった。

理由は言うまでもない。完璧に浮かれていた。

いつも俺より1時間半は早く起きてトレーニングをしているおやじが、俺がジムに姿を現したのを見て驚愕していた顔は何度思い出しても中々面白いものだった。

軽く汗を流した後、気まぐれにおやじとスパーリングもしてみたが、まるで体のキレも違った。

自分のイメージ通りに体が動き、相手の思考が読めるような感覚があった。いつもはおやじに圧倒されて最終的にギブアップするのだが、今日は互角の戦いを展開できた。

これまたおやじはびっくりして目を丸くしていた。何かヤバい薬でもやってるのかと聞かれたが、そんなものは勿論やっていない。今までのトレーニングの成果だろと適当にお茶を濁して俺は朝のシャワーを浴びに風呂場に行ったのだった。

やはり今の自分は絶好調だ。これから先の人生上り調子で行き続けるに違いない。そんな予感を感じさせる素晴らしい朝だ――。


と思っていた…。

いまこの現状を鑑みてみると、朝の思いは全くの考え違いで合ったことに気づかされるのだが。


「…はぁ。昨日の今日でよくもまあ懲りない奴らだな」


放課後、俺はいつものように帰宅の為に学校の校門を出ようとしたところを、先日ぶちのめした連中が着ていた制服の集団に囲まれたのだった。

白い色の学ランといえば、この辺では悪名高い白虎高校の連中である。運動・武道系のインターハイでは常連だが、金さえ積めばどんな馬鹿や素行に問題がある奴でも入学させる。また、部活でドロップアウトした連中が不良になる事も多々あり、街の治安を悪化させている要因の一つとして問題視されている。

現にこうやって集団で迷惑を掛けているしな。


…数を数えればおそらく20人以上は居そうである。俺にリベンジしにくるには随分と過大評価だとは思うが念には念を入れてという事だろう。しかも物騒な武器、チェーンやバタフライナイフや鉄パイプといった得物をこれ見よがしに手に持っている奴らもいる。これはどうしたものか。

帰る際に、妙に校門前の人気が無いことに気づいていればなと少しばかり後悔した。

実際普段の俺であれば、そういった気配や物音にはふつうに気づいていたはずだ。だが今日は、先述の通り浮かれていて騒ぎを聞き逃していた。

連中は呑気に歩いてくる俺を見て、取り囲みに来たというわけだ。

集団を取りまとめている、茶髪でロン毛の男が一歩踏み出してきた。


「昨日はウチの学校の連中が世話になったなぁ蟹江ぇ?」

「俺の事を知ってるのか」

「この辺で粋がってるバカなら知らなきゃいけない奴の一人だぜ?残念ながら昨日のアホどもは覚えてないからお前にぶっ飛ばされたわけだが」

「それは光栄だな。で、この集団は一体なんのつもりだ?まさか20人がかりでないと俺を倒せないとか、情けない事を言うのか?」


ギリ、という歯ぎしりの音が男から聞こえ、眉間に皺が寄ってこちらを睨みつけている。

図星…。だが、一呼吸置いた後に平静を装う表情に戻った。


「お前は格闘技経験がある。そのうえ、その左腕と鋏、皮膚の硬さがある。対して俺等はお前ほど遺伝子が強く発現してるわけでもねえ。化け物狩りには相応の人数が必要だ。…何よりもここらでお前を潰しておかないとこっちのメンツが立たねえんだよ!」


ヤンキー集団特有のメンツやらプライドやらを保つためのリンチか。まあこういう連中は、舐められたら御仕舞だからな。暴力と威圧で周囲を支配できなくなるからやむを得ない、という所だろうか。

流石にこの人数では、いくら俺とはいえ敵わない可能性の方が高い。

しかし。


「…お前ら、集団で掛かってくるからには覚悟してんだろうな」

「あ?」


俺は素早く茶髪の男に駆け寄って片腕を取り、一本背負いを仕掛けた。

ふわっと綺麗に浮いたその男は、ズンという鈍い音とともに強かに背中を打ち付け、呼吸が出来ずにのたうちまわっている。


「全員病院送りにしてやるぜ!掛かってこいや!」

「ざけんな!てめぇこそすりつぶしてがん汁にしてやらぁ!」


啖呵を切った事でワッと不良が一斉に掛かってきた。昨日のように、ある程度狭い場所での不意打ちに近い戦いならともかく、十分に広さがある場所での複数戦は明らかに不利。周りを囲まれているのでどうにかして抜け出して分断して一人ずつ倒していきたい所だが…。

四方をまず武器もちに囲まれ、その周辺を更に仲間で囲っていくという状態では抜け出す事も出来やしない。相手も俺の攻撃を警戒して、一気に叩かずにじわじわとなぶっていくつもりだ。

合間合間に一撃を叩きこんでなんとか5人くらいは気絶させているも、これでは埒があかない。

戦いの最中に、俺と不良の乱闘を止めようと一人の体育教師が間に割り込もうとしたが、逆に不良に殴られて気絶してしまった。正直一人で止めるなんざ無理だから警察呼んでくれよな。


「おう、警察呼ばれると面倒だ。一気に行くぞ」


その一声を皮切りに武器による殴打が激しくなり、俺も手出しする事が中々できなくなってきた。

鉄パイプによる打撃を側頭部にもらい、意識が飛びかけて地面に倒れる。相手が勢いを増して俺をフクロにしようと集団で駆け寄ってきた。


(チッ、ここまでかよ…)

「ぐわーっ!?」


いきなり不良の一人が叫び声を上げて吹っ飛んでいったのが見えた。なんだ?


「騒ぎを聞いて来てみたら面白い事やってるじゃねーか。俺も仲間に入れてくれよ」

「誰だテメェ!」

「ただの喧嘩好きなバカだよ!」


言うと同時にパーカーのフードをかぶった男は外周部の不良を次々となぎ倒していく。いきなりの奇襲で動揺した不良連中は明らかに動きが悪くなり、こちらへの攻撃も鈍って来た。チャンスだ。


「おらぁ!」

「ぶへっ!?」


俺は素早く立ち上がり、鉄パイプで散々殴打してくれた不良に左腕の渾身のストレートを叩き込んで吹っ飛ばす。手から零れ落ちた鉄パイプを拾って武器を持ってる奴の顎にぶち当て、脳を揺らして昏倒させる。

形勢逆転。乱入してきた奴も俺と同等くらいに強い上にケンカにも慣れているようで、相手を盾にしたり、連中の持っていた道具を逆に利用したりとその手並みは鮮やかだった。

いつの間にか不良たちは逃げ出すか、そうでなければ気を失って地面に転がっていた。

乱入してきた男は服についた埃を払いながら、独り言をつぶやいた。


「ったく、ケンカで負けたからって集団でリンチしに来る奴らが一番気に入らねえってんだ。プライドの欠片もねえ。武器も使うわで勝てばそれでいいと思ってやがる」

「…誰だか知らんが助かったよ」

「誰だか知らんって、お前クラスメイトなのにそりゃねえよ」


男はかぶっていたフードを取り、俺に顔を見せた。そこにはいつもの見慣れた顔がある。


「…香田じゃねえか。どういう風の吹き回しだ?」

「さっきも言っただろ。俺はケンカが好きなんだよ。格闘技の試合も含めてな。まあ、流石に一対二十ってのは気に入らなかったから助太刀しただけだ」

「…」

「それはさておき、見た所そこまで深手ってわけでもなさそうだな?流石怪人カニ男ってだけはある」

「怪人は余計だ。なんの用だ」


香田は制服の上着とパーカーを脱いで身軽になり、ファイティングポーズを取った。

Tシャツとズボンのみになった香田の上半身は、見事に鍛えられている。おそらく下半身も筋肉の鎧が出来ているのだろう。

高校生がここまでの肉体を作り上げるというのは、どれだけトレーニングを積み上げてきたのだろうか。


「お前と戦いたい。それだけだよ。構えろ」

「問答無用ってか。いいだろ、助けてもらった恩と言っては何だが相手になってやる」


俺も上着とワイシャツを脱ぎ、構えを取る。緊迫した空気が流れる。こいつ、やはりスキがない。

どこから攻めを組み立てるべきか、考えあぐむ。しかしそれは香田も同じようで、奴も構えを取ったままこちらの動きを伺っている様子だ。

膠着した状況が続く中、ひょっこりと一人の男が姿を現した。白虎高校の制服を着ているが白人だ。留学生か何かだろうか?金髪碧眼で容姿端麗、細身ではあるが引き締まった肉体をしている。アスリート系のしなやかな筋肉を持っていると予想できる。

しかしそれ以上に、この男は異様な雰囲気を漂わせていた。例えるならば肉食獣が持つ、食物連鎖の頂点に立つものの威圧感とでもいうべきか。


「あーあー。青流高校の蟹江君をシメるからって人数引き連れていった結果がこれ?ホント使えない連中ばっかりだな」

「…誰だよお前?こいつらの仲間か?」


あからさまに興を削がれて不機嫌な香田が問い詰めた。


「僕は仲間だと思った事は一度もないけどね。…あと、お前みたいな凡人に名乗る名前なんかないよ」


冷たく言い放った白人の男は素早く香田の懐に入り、腹に右足の膝蹴りを加えた。


「ぐおっ…!」


鳩尾に鋭く、正確に入った打撃は呼吸すら許さない。前のめりになり膝を折る香田に更に、足刀蹴りで顎を打ち抜いた。速度だけで威力はない打撃だったが、脳を揺らすにはそれが一番効果がある。

ぐるんと白目を剥いて、香田は気を失って倒れてしまった。

こいつは明らかにほかの連中と違う。何らかの格闘技経験と路上での実戦経験を積んでいると思われる。それに先ほど香田の懐に入った時のスピードが常人ではまず不可能なほどの速さだった。

さながら野生動物の瞬発力を目の当たりにしたような錯覚に襲われた。

もしやこいつは…同類か?


「全く手間の掛かる…。さて、と」


男はこちらを向いて、言った。


「最近、街を歩いていると君の噂を色んな所で聞くんだよね。ヤンキーの理屈とかメンツとかそんなのには興味ないんだけど、いい加減ウザったくなってきたし。ちょうど、ウチの連中がやられたし折角だからちょっと懲らしめてやろうと思ったのさ」

「で、このバカ共をけしかけたってわけか?」

「そ。だけど横槍入って上手くいかなかった。全く人生は思い通りにいかなくてムカつくよね。最初から僕が出張れば良かった」


ふぅ、とため息を吐いて不良の一人の脇腹を踏みにじる男。

まるで周りの人間を駒としか考えていないようだ。反吐が出る。


「それで、どうするつもりだ?今ここで勝負でもするか?」

「まさか。こんな所で今から戦ってもすぐに警察が来て邪魔されるだけさ。君には僕たちの溜まり場まで来てもらおうと思う」

「都合よくノコノコ俺が出向くとでも思ってるのかね」

「勿論、そんな都合の良い事考えていないよ。…おい」


男が校門に向けて声を掛ける。すると、一人の不良が女を羽交い絞めにして姿を現した。その女子生徒はいつも見慣れている姿の、眼鏡を掛けて、前髪を切りそろえた綺麗なロングの髪を伸ばしている子だった。


「あれは…百合恵?貴様、どういうつもりだ!」

「可愛い子が居るからナンパしてみたんだけど、抵抗されたから拘束したんだよね。スマートフォン調べてみたら君の番号が入っているのを見て、まさかとは思ったが…思った以上の効果があったねぇ」

「…彼女を離せ」

「おっとその要求は聞けないな。今の状況が理解できてる?君は僕の言う事を聞くしかない。わかるよね?」


彼女に危害を加えられたくなければ…というわけか。


「…いいだろう。お前の言う事を聞いてやる。とっとと場所まで連れていけ」

「聞き分けの良い人は嫌いじゃないよ。邪魔者が来る前に行こうか」


男は携帯で何処かに電話をすると、程なくして黒塗りの高級車が迎えに来た。明らかに、高校生が扱えるような車種ではない。何らかの組織のトップでも無ければ…。


「お待たせしました。クレオさん」

「お客を乗せるぞ。丁重に扱え。いいな。…蟹江君、遠慮なくどうぞ」


冷ややかな笑みを浮かべながら、クレオと呼ばれた男が先に車に乗り込み、こちらに手を差し伸べた。

俺はそれを無視して車の後部座席に乗る。車内はゆったりとした作りになっており、かなり多くの人間が乗れる広さがあった。

百合絵はクレオの隣に無理やり座らされていた。不快な表情をあらわにし、クレオに対して明らかに抵抗の意を見せている。


「フフフ、いいねぇ。安易に靡かない意志の強さ。実に良い。何時までそれが持つか楽しみだ」


新しいおもちゃを得たような、愉悦と子供っぽい笑みを浮かべているクレオ。

目の前でこのような嫌がらせを見せられて腹の底から怒りがわいてくる。

彼女はおもちゃなんかじゃない。貴様の好きにさせてたまるか。…絶対に許さん。

何があろうとも、俺は彼女を守り抜かねば。


車はいずこへと走り出し、奴らの根城へと向かっていった…。

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1-2:夢見心地はすぐに消えた END

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