第4話 コンビニエンス ……小倉真澄

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 コンビニにだって色がある。一言で『コンビニ』ってくくれないくらい、違いがある。

 みんな「コンビニ」「コンビニ」って気軽に呼ぶけどさ、人が一人一人違うみたいに、コンビニにだって個性くらいあるんだよ。十人十色って言葉があるなら、十コンビニ十色って言葉があってもいいっていうくらいにはね。

 私がコンビニでアルバイトを始めて今年で七年目になる。一つのバイトをそんなに長く続けられるなんて偉いね、すごいね。なんていろはちゃんに褒められたこともあるけどさ、実際は『コンビニのアルバイト』を七年続けてるってだけで、店自体はころころ変わってたりする。今働いている店の中で、一番長く続いている店は今年で三年目かな? コンビニのバイトを続けてるのは、ほかにできることもないし辞める理由もないからってだけなのだ。私はコンビニがものすごく好きってわけじゃない。むしろ、幼い頃から親父にはコンビニは敵だって教え込まれてきた。実家は小さな商店でさ、近所にコンビニができた数年後にあっけなく潰れたってわけ。

 まぁでも、とはいえ、それは実家の商店に競争力がなかったってことだしさ、仕方ないじゃん。親父はずっとコンビニを毛嫌いしてたけど、今の私のバイト先の一つは、実家の商店を潰したのとおんなじコンビニチェーン。細かいことにこだわってたら、生きていくの、しんどくて仕方ないもんね。

 普段から、お気楽だね、能天気だね、ってみんなから言われることが多かった。コンビニのアルバイトをしてたって正社員になれるわけじゃないし、将来不安にならないの? なんて訊かれて、首を傾げることもよくある。

 ――食べてくのにも困っていないし、将来なんて生きてるかもわかんないし?

 私の答えに、質問した友だちまで首を傾げちゃって、二人して首を傾げ合ったところでその話題は終了。友だちは私の答えを理解できなくて、私は逆に友だちがどうしてそんな質問をしてくるのかまったく理解できない。だって十人十色だし? 人間なんてそんなもんだよね。

 コンビニのバイトを三つもかけ持ちしている理由は単純、一つの店にしばられたくなかったからだ。どこか一ヶ所に留まってさ、ベテランさんみたいになって、重い責任を負わされるのはイヤ。そんなのまったく私らしくないし。それにそれに? 潰れたお店のこと、ずっとずっとずーっと引きずってた親父のこと思い出したらさ、ひとところに留まるなんて、考えただけでゾゾゾッとするわけよ。

 その点、今住んでいるハウスは、ホントに気楽な場所。

 私の生き方についてごちゃごちゃ口を出す人もいないし。それに、いろはちゃんみたいな自由な人を見てると、ホント安心する。私なんてまだまだ自由じゃないじゃーんって。もっとお気楽でもいいかもーって。

 そう、私は、気楽に生きたいんだ。

 もっともっとお気楽に、ふわふわと、へらへらと。ただそれだけが望み。



 午後九時過ぎにバイトが終わった。おつかれさまでしたー、ってあいさつして早々に店を出る。今日はクマ野郎がいなかったので、ゆったりまったりした気持ちで働けてとってもよかった。これ、かなり大事。

 私が三年前から勤めてる駅前のコンビニには、私よりも古株で、かれこれ五年も働いてる男子大学生がいる。体がクマみたいに大きいから、私は密かに『クマ野郎』ってあだ名をつけてる(もちろん、心の中で呼ぶだけだ)。社員さんの前ではヘコヘコしてるけど、私たちバイトの前ではどこの王様かってくらい、とにかく横柄なヤツだった。

 そして私は、一応年上だっていうのに、あろうことかそいつに目をつけられている。

 ――トロいんですよ、小倉さん。

 ――この店でもう何年働いてるんスか?

 クマ野郎は私の行動も言動もとにかく何もかもが気に入らない。こういうの、慇懃無礼ってゆーんじゃないかね。敬語は使ってくるけど、細かいことをネチネチネチネチ言ってくる。

 ――その無駄に丁寧な一人称、気持ち悪くて仕方ないんスけど。

 でも、私は気にしない。大人だしね。これくらいのこと、なんでもない。

 お気楽な人生を送る私は、こんな些細なこと、気にしないんだ。

 コンビニからハウスまでは徒歩十分くらい。途中に、区が管理している体育館の脇を通る。廃校になった小学校の体育館を一般開放してるんだとかで、いつも夜には社会人サークルなどがスポーツや楽器の練習をしてた。今夜は体育館でバレーボールをやってるのか、かけ声とボールが床に叩きつけられる音が夜の住宅街に響いてる。いわゆるママさんバレーってヤツかもしれない。週に何度かその音は聞こえてくる。夜遅くまでみんな元気なんだなぁなんて、ふんわり生きてる私は感心する。漏れ聞こえてくる声は、空気は、どれもこれも必死だった。みんな真剣、本気で生きてるって感じ。

 最近、必死に何かをやったことってあったかな?

 ぱっと思い出せないってことは、多分ないんだろーって結論がすぐに出た。

 私は、昔から決められたとおりのことをコツコツコツコツやるのは得意だった。小学生の頃は、算数のドリルとか漢字ドリルが好きだった。出された学校の宿題は、必ず期限までにきっちり終わらせた。量と期限を決められたものをこなせなかった記憶はほとんどない。今はこんな感じだし、いろはちゃんとかに言っても信じてもらえないけどさ。だから実は私、学生時代は勉強はそこそこできたんだよね。そこそこの偏差値の高校、大学にも進学した。私は常に、与えられたものを地道に着実にコツコツやってきた。

 でも、就職できなかった。

 友人たちと一緒に就職セミナーに出て、就活サイトに登録して、『あなたにオススメの企業』の一覧に表示された企業を順番に受験した。四十社近く受けた。でも、面接まで進めた企業はたったの三社だった。ショックもあったけど、まず先にびっくりした。こんなこと、なんとなく順調だった私の人生でも初めてだったのだ。

 友だちが次々と就職先を決めてく中、途方に暮れた私はどうしょーもなくなって、大学の就職課に相談しに行った。履歴書とか企業のエントリーシートとか、そういうの、見てもらえないかなーって思ったんだ。根本的にそれがダメで落ちまくってるのかもって。添削してもらえれば、ちゃんと直せる自信はあった。なのに。

 ――自主性や積極性が感じられませんね、小倉さんはその企業で何をやりたいんですか?

 期待してたアドバイスとは違った。答えられなくて黙ってたら、あれをやりたい、これをやりたいという熱意が伝わってこないんですよ、なんてため息つかれて面談は終了。だって無理ないじゃん。そんなもの、私には一つもなかったし。

 結局、就職先が決まらないまま、大学を卒業してしまった。単位だけはしっかりコツコツ取ってたからね。まぁくよくよしてても仕方ない、学生時代からやってたコンビニのアルバイトを続けることにした。

 コンビニは楽だった。

 マニュアルどおりに仕事をこなせばお給料をもらえた。やりたいことはなんですか? なんて訊いてくる人もいないし。ただひたすらに、コツコツやれればよかった私にはちょうどいい。

 でも、親父はそんな私を罵倒した。そんな腑抜けは出てけって怒鳴られた。それじゃあってことで、素直な私は実家を出た。これでまた面倒がなくなった、またお気楽になっちゃったって笑った。

 振り返ってみると。私の人生、どんどんお気楽な方に流れてってるな。いいことだよ。



「おかえりー、マスミン」

 ハウスに帰宅すると、愛しのいろはちゃんに迎えられて頬が緩んだ。いろはちゃんは年上だけど、変に着飾ってないのがよかった。かわいい妹みたいで大好き。ちょっと年上だけど、そんなの関係ないし。

「ただいまー、いろはちゃん」

 いつもみたいに、いろはちゃんの頭をなでなでしてから気がついた。ダイニングテーブルに、悟くんと、そして見知らぬ男がいることに。

 男は黒いジャージ姿で、ずいぶんくつろいでる様子だった。中背中肉。私は自分からペコっと頭を下げた。あいさつは人間関係の基本だ、とか偉そうに口にしたのは親父だったっけ。小倉真澄です、と少しかしこまって名乗ってから訊いてみる。

「悟くんの友だちですか?」

 男が答える前に悟くんが教えてくれた。

「湊さんの彼氏だって」

 男と、いろはちゃんの顔を見比べた。彼氏……彼氏?

「何それ何それ何それ!」

 思わずいろはちゃんに掴みかかってしまった。そんな私をいさめるみたいに、男は一歩前に出て名乗った。

「レイです、よろしく」

 沖縄の血でも入ってるのかしらんって思うような、目鼻立ちのはっきりとした顔の中で、綺麗な三日月型に笑んだ口から白い歯が覗いてた。元気が良さそうな人を見ると、こっちもなんだか元気にしなくちゃって気になる。こちらこそー、って負けないように明るく答えて、私はとりあえずモッズコートを脱いだ。そんなやり取りをしてたら、悟くんはいつの間にかいなくなってた。

 いろはちゃんから、レイがいろはちゃんの部屋にこの何日か転がり込んでたっていう衝撃の事実を聞かされた。なんてこった、まったく気がつかなかったよ。別にさ、いろはちゃんの部屋に誰がいようが、私は気にしない……けど。

 嘘。ちょっと強がっちゃった。ホントは、ちょっとは気になる。いや、ちょっとっていうか、すごく気になる。

 こういうのを一番気にするのは泉美ちゃんじゃないのかなって思ったけど、泉美ちゃんは風邪で寝込んでるんだという。体調悪かったなんて、それまた気がつかなかった。今朝の泉美ちゃんの様子を思い出す。なんかもっと、気遣ってあげられればよかったのかな。

 あぁもうホント、世の中は私が知らないことだらけだ。

「隠しててごめんね」

 いろはちゃんの言葉に首を振った。

「私は別に、気にしないし」

 またしても強がっちゃった。でもでも、気にするよ、なんて言えないし。あぁ、大人ってツライ。

「どうぞよろしく」

 レイに手を差し出され、握り返した。指も太くて大きな手だ。私の小さな手はすっぽり覆われてちゃって、その手は温かいのに私の中はすぅっと冷静になってく感じがした。いろはちゃんに彼氏。今さらながらその事実に打ちのめされてしまう。いろはちゃんとは仲良しのつもりだったのに。うーん、ちょっとショック。

「真澄って、良い名前だね」

 レイと握手をしたままだった。

「そう?」

 握った手の力が緩まる気配はなくて、そのままにしておいた。人とこんなに長々と握手することなんて、そんなにない気がする。

「親がこだわってつけた名前だったりする?」

 ――お前の名前は生まれる前から決まってたんだよ。

 幼い頃に聞いた、親父の言葉を思い出してイヤな気分になった。こういうことを思い出しちゃう自分、ちょっとイヤだ。イヤだイヤだイヤだ。

 なんで人は、思い出す生きものなんだろ。

 常にお気楽でいるのって難しい。

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