2-6

 気がつくと、ハウスが視界の先にあった。

 二人きりの時間ももう終わり。あっという間だった。こうやって時間は無慈悲に流れて、私はきっとすぐにおばさんになって、おばあちゃんになるんだろう。大袈裟なって言われるかもしれないけど、人生なんてそんなもんでしょ? ちょっと前まで学生だったはずなのに、今じゃ三十路が射程圏内。体ばっかり老いてって、メンタルは全然追いつかない。幼い頃は、大きくなったら、自動的に立派な大人になれるんだって思ってた。でも、現実はそんなに甘くない。幼い頃の私の延長上にしか今の私はありえない。自動的に立派になんてなれない。やりたいことも見つけられない。なんとなく楽そうな方に流されて、ただただ年を重ねてく。

 ……本当に、そんな風に、流されるままでいいの?

 玄関の前で立ち止まり、悟はジーパンのポケットから鍵を取り出した。静かに門扉を開け、その鍵を玄関に差し込む。

 さっきは伸ばせなかった手を、私は今度こそ伸ばした。

「あの」

 悟のコートの裾を引っ張った。ドアを開けかけたままの体勢で、悟ははたとした顔になる。眼鏡の奥の瞳が、不思議そうに私の姿を捉えている。後悔しかけた。でも、ここでこの手を離したら、私はきっともっと後悔する。

 小さく息を吸って言葉を続けた。

「わかってると思ってたんだけど」

 そう。私はずっとそう思ってたんだ。気づいて当たり前だろっていうくらい、あれやこれやと色々とアピールしてきたつもりだったのだ。

 ――でも。

 そんなの、私の怠慢だったんだって今ならわかる。

 私だって、悟のことはこんなに知らなかった。だったら、悟が私のことを知ってるわけなんて、絶対にない。

 一つ呼吸をして、まっすぐに悟を見つめて。

 流されるだけで人生終わらせない。この人に、私を知ってほしい。知ってもらうための言葉を伝えたい。

「私、悟のこと好きだ」

 口にしてから、くらっとした。熱が上がったのかもしれない。見つめる先の、悟の表情には特段の変化は見られなかった。

 にわかに、私が何を言ったのかこの人は理解してるのかなって不安になった。それとも、言い方がまずかった? でも、この状況でほかにどう解釈しようがあるんだろう。いや、私の物差しで考えるのが間違ってるのかも。今までのことを考えたら――

 視界のはしっこで何かが動いて、思考が中断された。

 悟が開けたドアの向こう。廊下があって、その奥のダイニングのドアが開け放たれてて、冷蔵庫とダイニングテーブルの間のスペースがちょうど見えてて。

「……誰?」

 上半身裸の黒髪の見知らぬ若い男が、首からタオルをかけ、冷蔵庫に手をかけた格好でこちらをぽかんと見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る