センセイ
第21話
「いいねいいねぇ。腕を上げたじゃないか」
右手で箸を握りながら嬉しそうにそう語っていた。その箸先には茹でた砂ずりにポン酢おろしをかけたものが出ている。
左手のグラスには本人持参の焼酎の水割りが注がれており、グイッと一気にあおる。
「前もって言っておいてくれれば、ちゃんとご飯を用意したのに……」
「タダヤス君。こんなのにそんな事はしなくてもいいよ。のたれ死んだら困るから水くらいは上げてもいいけど、もてなしなんてそんなモンで充分だよ!」
「そこまで言わなくても……」
相変わらず嫌われてるなぁ、と忠泰は思いながらおつまみをさらに追加する。
「お!これは中々!」
「これ、好きでしたよね」
それは以前に来た時も喜んで食べていたオイルサーディン。イワシの缶詰を鍋の代わりにしてニンニクとオリーブオイルで煮た簡単ながらも濃い旨味が引き出された料理。
しっかりと煮込まれており、ほんのちょっぴりの焦げもアクセントになっている。
「いいねぇ。もう何年も前なのによく覚えていたねぇ」
ますます進む箸を緩める気など微塵も見せず、どんどんと料理が無くなっていく。
もともと大量に作ったわけではないので、アッと言う間に無くなってしまった。
「ちょっと、タダヤス君!私の時にはオイルサーディン何て出てこなかったよ!」
「だって、イワシの缶詰が一個しか無かったんだよ」
「フハハ。あさちゃんはいやしんぼだねぇ」
「ああん⁉︎」
「ちょっと、天津さんも刺激しないで!」
やっぱり仲が悪い。いや天津さんには敵意の様なものは全く感じられず、むしろ浅葱の反応を楽しんでいる様に見える。
そう言っている間にも、グラスは空になり、ボトルを一本空けたところでようやく天津は止まった。
「はぁ、満足満足」
そう言って、後ろ向きに大の字に倒れてリラックスモードになる。
「ちょっと。タダヤス君。私にも今度作ってよ!」
また、今度。その言葉で先程、天津に言われた事が頭によぎる。
(藤吉の弟子を辞める……)
結局、その事に対して忠泰は天津に何も言ってはいない。と、いうよりも何も言えなかった。
天津の言い分にも理があって、納得があって、そして決して浅葱を
「どうかした?」
「いや、何でも」と言って、食器を片付けていく。
「ちょっと!タダヤス君。作ってくれるの?くれないの?」
その答えに対して「また、作るよ」そう笑って言って立ち上がる。
「これから片付けなんだよ。作る話はしたくないなぁ」
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