第20話

 浅葱がかつて天津にからかわれて、遊ばれていた過去の話をした際に、エルはひとしきり笑い、さらにもう一ラウンドやり合って数分。エルの様子がおかしいことに、浅葱は割と早くに気づいたようだ。

「どうかした?エル」

『別に何もあらへんよ』

「そう?」

 どうも浅葱が急に様子がおかしくなったエルを不審がっているのも、浅葱がそんな言葉で納得していないのも彼自身にもよう伝わる。付き合いが長い、というのもあるが、彼が浅葱の使い魔だから、というのが大きい。

 そのため、主人である浅葱なら無理やりに命令して言うことを聞かせる、という事も出来なくは無いが、彼女は好んでやらない。

 こういった面もエルが浅葱に忠誠を誓う理由の一つだ。

 故に、彼は浅葱に対してなるべく隠し事はしない様に心掛けている。

(それでも、そないな事言えるわけ無いやろ……)

 使い魔の役割はいろいろある。

 ここに挙げられるのが全てでは無いが、大体は主人を導き間違った道へ進まないようにする事。主人の魔法のサポート役。そして、主人の身を守る事。

 一級の使い魔であるエルは主人の警護のために少し離れた場所の会話を聞き取る事も可能。

 つまり、その能力を使って忠泰の天津の会話を聞いてしまったのだ。

(あの男に御主人の弟子を辞めろやと……何言うとんねん。あの女!)

 それはあの男に御主人がふさわしく無いのか、御主人があの男の弟子に不適格だとでもいうのか。万一、後者であった場合は天津と呼ばれたあの女にはそれなりの"ケジメ"を付けてもらう必要がある。だが、あの女は一筋縄には行かないクチだろう。本当はあの弟子から話を聞きたいが、彼はまだ魔力を練れないので、会話をする事は出来ないのだ。

「エル。ひょっとしてさっきの喧嘩の事気にしてる?」

『はい?』

 考え事をし過ぎて、遅れてしまって間抜けな声を出す。

「何か様子が変だし……」

 トンチンカンな浅葱の指摘に、フッとエルは笑う。

『無い無い。そんな事はもう忘れてもうたわ。それよりも、サッサと帰りましょうや』

 そう言って、数メートルを、ピョンと一足で駆けて先行する。

 浅葱が「ちょっと、一人で勝手に行かないでよ」と後ろから声がするが振り返らない。

(御主人のいないトコで、あの女と話をつけなアカンな……)

 何より全てはあの愛すべき御主人のため。

 エルを呼びかける浅葱の声を聞きながら、彼は夜の山道を駆けていく。

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