第19話

 そんな時、忠泰達は歩みの足を止めることなく、浅葱達について話をしていた。

「え!まだ子供だった藤吉をいじめて遊んでた?」

「違うよ。人聞きが悪いねぇ。アタシはまだ子供だったあさちゃんをたんだよ」

 そこに違いがあるのか?

 と聞きたかったが、天津は構わず話を続ける。

「あの子はまだ小ちゃくてねぇ。ただ、生意気だっんでついつい遊んだんだよ」

 遊んであげた、のではないらしい。

「天津さん。そりゃ、いくら何でも大人気ないんじゃ……」

「アタシだってまだ中学生か高校生の時さ」

 ……十分大人気無い。

「それでも藤吉が子供の頃なんて、魔法だって大して使えないでしょう」

「あさちゃんが?」

 その天津の反応に、忠泰は何処か釈然としなかった。

「……? だって、小学生くらいだったんでしょ?」

「いや、幼稚園だったかな?」

 ちょっと待ってよ、と言いかけたところで、思いもしない台詞が聞こえた。

「でもねぇ、あの子はあの時すでに使

「藤吉が……⁉︎でも、今は藤吉が退治できなかった幽霊を追っ払ったじゃないですか」

 昨日から見てきた浅葱とのギャップかけ離れていて忠泰は耳を疑う。

「アタシは天津として業を磨いてきたからさ」

 そこだけは負けない、と言いたげに言っていた。

「だが、他の分野じゃ無駄さ。いくら磨いてもどんどん先に行く。今はもう距離が離れて何処へ行けば良いのかすら見失ったよ」

 何でもないような語りからは想像できないくらいに天津の表情にはくらさがあった。

 それは、どれほどの辛さなのか。

 今まで培った技術をほんの子供が抜いていく。

「正直にいえば辛かったさ。魔法は世界を変えるはずなのに、その世界に裏切られたような、そんな気分になったもんだね」

 それがからかっていた理由というなら、浅葱からすれば理不尽だろう。だが、天津からしてみれば浅葱の才能はそれに輪をかけて理不尽だったに違い無い。

「天津さんはそれでも続けられたんですか?魔法使いの道を」

 それに対して、軽く笑うと天津は言った。

「アタシだってくさってた時代はあったけどねぇ」

 懐かしそうにそう言うと、

「才能や優劣なんて、いくらでもリカバリーできるって分かったんだよ。時間と努力でねぇ」

 そう言って右手のライフルをクルリと回す。

「その銃って……」

「魔導具だよ。あさちゃんから何か聞いてないかい?」

「確か、魔法の力が込められた道具だっけ?」

「まぁ大体合ってるねぇ。アタシも幾つか持ってるよ」

 すると、その中で一番大掛かりなものは……。

「この銃だねぇ。梓弓。日本神道に伝わる弓なんだけど、それと銃を対応させているんだよ」

 梓弓。聞いたことがあるような、ないような。

「宮司とかが神事で弦を弾いたりしてるところは見たことはないかい?」

 まあ、忠泰ても、テレビで映るくらいなら見た事はある。

「でも、それ銃ですよね。それって効果あるんですか?」

「なに、大した違いはないさ。遠くの敵に攻撃できる機構を備え、たまを番えて射出できるんだからねぇ」

 その条件だと割とたくさんのものが当てはまりそうだか……。

「まぁ、色々と改造くふうが必要だけどねぇ。木の素材の一部を梓の木に変えるとか、魔力を通しやすい素材に変えたりだとかねぇ」

 そう言うと、コンパクトにしているとはいえ、女性の手にはかなり大きい銃であるにも関わらず、ガンマンのようなガンプレイのパフォーマンスで越しのガンホルターに綺麗に納める。

「……」

「どうかしたかい?」

「いえ……」

 銃を梓弓の代わりにしても問題がないことは理解したが……、

(この銃を選んだことは間違いなく天津さんの趣味だろうな)

「でもねぇ。あの子は魔導具こんなものなんて要らない」

「? 要らないって?」

 話を聞いている限り、魔導具がなくても"不思議"は起こせそうだが……、

「遠い昔。まだ科学が発達していない時代には不思議が起こせるって事は、それだけで凄いことだった」

「?」

 突然の昔に戸惑うが、天津は構わずに話し続ける。

「だが、今はどうなんだろうねぇ。人が空を飛び、遠く離れた相手と話ができて、機械がものを作り、これからは人が命を作れるらしい。分かるかい?"不思議"は不思議じゃ無くなっているんだよ」

 発達した科学は魔法と区別がつかない。

 そんな言葉を忠泰は聞いたことがある。

「魔法使いはこれまでのままじゃ廃れてしまう。魔法使いはそれを悟った時から"効率的"ではなく、"効果的"な魔法の運用を追究するようになったのさ」

「効果的?」

 その具体的な違いにピンと来ない。

「効率的とは、無駄を省いた運用の方法さ。魔力を最大限に活かし、最もパワフルに結果を出せるようにマネジメントする」

「それって、今は違うんですか?」

 当然のような忠泰の疑問に「もちろんやっているけどねぇ」と付け加えつつ、言葉を続ける。

「今はそればかりに固執すると効果的じゃないのさ。例えば、今の世の中では新幹線を使えばたったの数時間、たったの数万円で何百キロの距離を移動できる。魔法で同じことをやろうとしたら数日かけて数十万円かかる事もあるんだ。さて、忠泰ならどちらを選ぶ?」

「……まぁ新幹線かな」

「そうだね。余程の物好きで無い限りはそっちを選ぶさ。科学が未熟な中世に先人が開発した魔力と効果の黄金比だけでは、今の世では限界がくる。黄金比をわざと崩してから、魔力、時間、資金のコストパフォーマンスががきっちり取れていることが、"いい魔法"の条件なのさ」

 それ故に魔法使いは、時間のかかる儀式や詠唱ではなく、準備の短い魔導具を発達させた。

「でも、それと藤吉にどんな関係があるんですか?」

 気がつくと全然違う話をしていた。

 天津は、ようやくその部分に踏み込んだ。

「あの子はね、私が今言った""使

「え?」

 いい魔法使いではなくて、いい魔法を使う。言葉を使って言いくるめられているような言い回しに多少混乱する。

「普通なら、目的があって手段を見つけ、そこから何をするのか選択し実行する。それが、儀式やなのか、詠唱なのか、魔導具が必要なのか。その魔導具は既存のものでいいのか、いちから作らなけばならないのか、とまぁこんな具合にねぇ」

 魔力とやらがあれば何でもかんでも無秩序に理不尽な不思議を起こせると思っていたが、どうやらそんなに単純な話でも無いらしい。

 だがしかし、浅葱が彼の前で数度魔法を使った時は……。

「気づいたみたいだねぇ。そう、あの子は一言。"我が意のままに世界を歪め"とこう唱えればどんな魔法でも完成する」

「手段と選択をすっ飛ばせるって事ですか?」

 天津は「そうだね」と言って立ち止まる。つられて忠泰も立ち止まると天津は口を開いた。

「チュー坊。アンタ、あさちゃんの弟子を辞めな」

 突然、そんな事を言い出した。

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