第22話
どうしてこうなったか?
「ほらほら、あさちゃん。早く動かさないと時間切れだよ」
時間などもうとっくに使い切っているので、実質はもう負けだ。しかし、天津はそれを見なかった事にしている様で勝負は延々と続いている。
それ自体が屈辱だが、逆転して見返してやるとばかりに意気込んでいるが、気持ちばかりが先を行き、思った様に手は進まない。
途中まではいい線を言ってたはずなのに、気がつけばこんな事になっていた。
ギリギリと歯ぎしりが自分の頭に響いて聞こえる。
『何しとんねん?』
気がつくといつの間にか現れていたエルは向かい合った二人を眺めていたて言った。
「何って、見て分からない? 将棋だよ。将棋!エル、悪いけど集中してるから話しかけないで」
その言葉に反応して、止せばいいのに天津が
「何がおかしいの⁉︎」と反応する浅葱もやや正気を失っている。
「いや、だって『集中してるから』なんてさ、
改めて盤面を見直してみると、不利とか劣勢の話では無く、もう色々と無理だった。
駒はあらかた取り尽くされ、守りとなるはずの囲いはボロボロで、何だか銀行に立て籠もった強盗の様な気分だった。
全く手の動かない今の状況は、「オマエら、人質がどうなってもいいのか! アアン‼︎」と、言いながら、特殊部隊による突入を牽制しているに過ぎなかった。
おそらく名人だろう天才だろうとひっくり返ることはないだろう。
エルも御主人が馬鹿にされている事がわかるのだろうが、浅葱の反応を見てどうしようもないほどの差があるのも分かるのだろう。口を出せば、御主人の格を落とすと察して黙って見ていた。
しばらくは眺めていた様だが、全く手が動かないので退屈になったのか、ふいっといなくなってしまった。
(薄情な使い魔め)
忠泰は後片付けや洗濯に追われているので、今はいない。
つまり、完全に二人きりになったのだった。
「ところで、何であさちゃんがここにいるんだい?」
天津もそこそこ飽きてきたのか、そんな話を浅葱に振ってきた。
「言わなかったっけ? 魔法の修行だって。セツさんに師事を仰ぎたかったんだよ」
ギクリとしたが、浅葱は全く表情に出さずに言った。
「嘘だね」
が、すぐに見破られた。
「あの師匠があの平城セツの死去を知らないなんてありえないよ。そもそも娘の魔法の出来よりも
「やっぱり天津にはバレるかぁ」
そう言って頭を抱える。
朝来天津は"蔵"の魔法使いである平城セツの弟子でもあったが、本来は浅葱の母に師事していた。浅葱からすれば天津は兄弟子にあたる。
そして、そんな妹分のことを天津は分かりきっていた。
「それで、何だって家出なんてしたんだい?」
そこまで勘付かれているならば、これ以上は隠してもしょうがなかったので、今までの経緯を観念して話すと、
「バカだねぇ」
と、バッサリと切り捨てられた。
「大方、魔法ばかりにかまけて他の事は何もしてなかったんだろう」
「だ、だって私は魔法使いなんだよ。魔法を極めたいって思うのは普通じゃない!」
違う。
「だから、私は魔法を高めなきゃいけないんだよ」
違う!
「他の事をやっている暇なんてないんだ!」
違う‼︎
「……あさちゃんが言うならそれで良いよ。
アタシには別に師匠に報告する義理も義務もないからねぇ」
師匠に対して割と薄情な物言いだったが、浅葱としては都合がいい。天津はタバコに火をつけようとして動きを止める。
「そう言えば、ここは禁煙だったねぇ」
そう言ってタバコをしまって、「ちょっとタバコ吸ってくるよ」と部屋を出て行ってしまった。
(あさちゃんがそう言うなら、それでも良いよ)
「いい訳ないじゃないか……」
それ位は、浅葱にもわかっているのだ。
ふと見つめた将棋盤。
動いてないと言うよりも、互いに牽制しあっている様にも見えた。きっと、今もたくさんの駒は戦い続けている。ほんの数枚しか無い浅葱の持ち駒も劣勢で窮地に立たされている事など関係無く、バックヤードできっとコンディションを整えているに違いない。
「私は、そこまで頑張れ無いよ」
そう言って、両手で顔をパチンと挟む様に叩く。
「今更だよね。こんなセンチな気分になっちゃって……」
魔法以外が何も出来無い事など今更だ。
だったら今できることをすれば良いだけのお話。
「そう、今できる事……は……」
ちょっとした出来心が芽生えた。
「今の内に……と……」
忠泰やエルにはとても見せられない様な顔で、浅葱は天津の駒に手を伸ばそうとしていたところ、
「コマを動かすんじゃないよ」
と、天津がどこからか釘をさす。
慌てて姿勢を正して「分かってるよ!」と、いつも通りに返すも、
「分かりやすい子だねぇ」
と、言っているのが聞こえた。
……どうやら、天津には全てお見通しらしい。
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