第12話

 平城忠泰が魔法使いとしての契約を結んだ次の日。

 藤吉浅葱としては毎日でも修行を付けたいところだが、残念ながら、そうもいかない。

「なんだかなー」

 忠泰といえば、魔法の修行どころでは無く、掃除に洗濯、料理と買い物と忙しそうにしている。

 師匠としては、「タダヤス君!魔法の鍛錬もしっかりしなきゃダメでしょ!」と言えればどれだけ楽か分からないが、それが出来ない理由もある。

「藤吉。今日の晩御飯は何がいい?」

「そうだね!今日はチャーハンなんかがいいな! あ、ついでに漬け物とか無い?」

 潑刺としたその声に「了解」と、機嫌良く再び台所へと消えた。

 そうして浅葱はため息をつく。

「何やってんの? 私」

 何から何まで世話をしてもらって、魔法の指導どころか自分の修行すらままならない。

 間違い無い。忠泰は女をダメにするタイプの男だろう。

「タダヤス君は尽くすタイプだなー」とか考えながらゴロゴロしている。

 何だかこんな事を数時間続けただけだというのに、もうすでにダラけた生活に順応しつつある。

 エルは「このままなら家で魔法の修行禁止されてても一緒じゃん」とでも言いたげに、そんなご主人を心配そうに見ているが、その主人は気づかない。

「いやー、でもこんな快適生活を送ってたらそうなっちゃうでしょ」

 と、養って貰いながらかなり勝手な事を言っている。

 だが、全てが彼女の思う通りにはならない。

 廊下をバタバタと走る音がなったかと思えば、徐々に近づいてきた。

「ち、ちょっと藤吉!」

 傍目にも可哀想な位に狼狽ろうばいした忠泰が飛び込んできた、と言うような勢いで顔を覗かせた。

「どしたのー」

「どしたのー、じゃないよ! パ、パ、パ、パンツ位自分で洗ってって言ったじゃん‼︎」

 あー、と浅葱が言ったと思えば、

「いいじゃん、役得でしょ」

 と言って、浅葱はぐでー、っとしていた。

「……本気で言ってんの?」

「別に減るもんじゃ無いしねー」

 忠泰は微妙な表情を浮かべ、「と、とにかく! 下着ぐらい自分で洗ってよ!」

 そう言って庭に出て行くも浅葱は動く事無く、返事すらしない。

「いやー、ご飯も美味しいし、洗濯もしてくれるなんて、いたせりつくせりだねー」

『いい加減にせーや、御主人』

 浅葱の頭に直接語りかけて来るのは彼女の使い魔である白猫のエルだ。

『確かにあの男は尽くすタイプやけどな、仮にも師匠やろうが。このまま、してもらってばっかりでええ訳あるかい』

「そう言うけどさぁ、エルだってここのご飯美味しいでしょ?」

 その言葉に、ぐっ、と言葉を詰まらせる。

 浅葱は知っている。エサとして出されたネコマンマに最初は「こんなモン食えるか!」と息巻いていたが、一口食べていたく気に入ったらしいという事を。

 だが、エルも首を大きく振り、浅葱の事を思って『それとこれとは話が別や!』と強く言う。

『それにアイツは魔法使いになりたいワケや無い。先代の蔵の魔法使いの事を知りたいとの事やろ? やったら、無理に弟子にまでする事はなかったんやないか?』

「確かにそうだけどさ、ほっとけなかったんだよね」

『何で?』

「魔法使いの家系にいながら、魔法使いとして生きる事が許されなかったんだよ」

『……なるほど』

 浅葱にもエルにもその彼が過ごした境遇など知る由も無いが、確かに似ている。世界最高の才能を持ちながら魔法の修行を許されなかった浅葱と、強大な力を秘めた家系に属しながら魔法の存在を知る事すら許されなかった忠泰。

 泊まる場所が欲しかったというのも嘘ではないが、そう言った考えがあったのも事実。

『やったらもうちょいマジメにやりゃええやん』

 その言葉に浅葱はうーんと悩む。

「だってさぁ、昨日の事、覚えてるでしょ」

 話はやや遡り、昨日の契約直後の事だった。

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