もう一人の魔法使い
第11話
夕暮れが迫る時間になると、世界は段々と薄暗くなっていく。
コンクリートが剥き出しになった廃墟もその例にもれず、光が採りにくい屋内でもその変化がはっきりと分かる。
コツンコツンと無人の建物に規則正しい足音が響く。履いているブーツの底が硬いのか、足音の質も乾いた印象だ。
髪型はショート。その足音の主は線の細い女性。服装は眩しいほどに白いシャツと踝までかかる長さの燃えるような緋いスカート。
おおよそ、こんな廃墟に足を踏み入れるような人間には見えない。
手にした猟銃を見るまでは。
「全く、こりゃ何とかならんもんかねぇ」
若い女性らしくない老いた喋り方。
手にした銃をクルリと回してから、引き金をひく。
そうすることで、本来は銃声が響くところを、不思議な甲高い音が辺りに響く。
その音が響くと、周囲に潜んだ"何か"かき消えていくのを彼女は感じていた。
「まだ、かかりそうだねえ」
彼女が手にした猟銃は、未だ現存しているのが信じられないくらいの
呪われた企業と言われたウィンチェスター社の製造した名品、ウィンチェスターm1892のランダル
このタイプの銃は、ソード・オフを行い(
その銃は、先ほど述べたように100年以上前の骨董品。おおよそ実用に耐えるはずのない代物だ。
「なんだか楽しいねぇ」
引き金をを引けば、先ほどのように甲高い音が辺りに響く。何度も続けていくと徐々に何かが減ってきたのが分かる。
「お。やっと終わるかねえ」
確実な手応えを感じるようで、手の動きが軽やかに動いていた。
そうして何度か繰り返し、完全になくなる時間がやってきた。
「これで……終わり!」
そうして幾度繰り返したか分からない銃声(?)
が響く。
それを確認して構えたその手をダランと下ろすと、ポケットから赤い箱を取り出す。
片手でその箱を揺らしてタバコを一本取り出して咥えた。
ライターを取り出し、火をつけながら、ふと視線を上げる。
すると彼女は舌打ちを打つ。
「こんなのがいるなんて聞いてないんだけどねぇ」
その視線の向こう。常人が視えない先にそれがいた。
よくないもの。
今までと同じと言えば同じだが、サイズが完全に異なる。
"力"は大体他の物の十倍。ここまでくれば別物と呼んで差し支えない。
それは、今までと同じ方法での対処は難しいことを意味していた。
(さらに都合が悪いことに、アレはスピードも別物だ。眠ってた大物を起こしてしまったみたいだねぇ)
空砲程度の一発二発では変わることもないだろう。このままでは強烈な
このままでは、
「奥の手は最後まで取っておかなくちゃねぇ!」
どこから取り出したか、銃把を握る手と反対側の左手に握るのは一発の銃弾。
そう、そもそも銃はこれがなければ役割が果たせないもの。
薬室に弾を込め、リングレバーに指を引っ掛けて、クルリと一回転させる。
ランダルタイプとはそういう仕様。片手でも
そうして万全の状態で向けた銃口はよくないものを狙っていた。
その銃から嫌なものを感じ取ったのだろう。強烈な警戒の意思が剥き出しになる。
それを見て口角が吊りあがる。
「ハッ‼︎」
遅い。遅すぎる。ここで怯む位ならサッサと逃げれば良かったろうに。
恐らくは生前も引き際を間違えたのだろう。馬鹿は死んでも治らないと言ったのは誰だったか。
「終わりだよ!これで本当にね‼︎」
そして引き金が引かれると、特殊な弾丸が射出される。
それが力の塊にぶつかると、消しゴムでなぞるかのようにかき消える。
残った部分も風に流される砂像のように形が崩れ始める。
その消失を完全に確認すると、ため息と一緒に紫煙を吐きだす。
タバコを咥えたまま左ポケットから携帯電話を取り出し、メモリーからとある番号を呼び出す。
数回の呼び出し音の後に相手が出た。
「もしもし、仕事は今終わったよ」
最初こそ落ち着いていたが、数節の言葉を聞いただけで怒号が上がる。
「お疲れ様です、じゃないよ! 大物が潜んでるなんて聞いてもないよ!」
彼女も命をかけて戦っている。その怒りは当然だ。
「アンタ。ひょっとして報酬を値切るつもりじゃないだろうねぇ」
相手は滅相もないと言いつつもその意図が透けて見えていた。大方、危険な"よくないもの"が出てくれば、報酬を釣り上げられると思ったのだろう。
「良いだろう。もっとも危険手当は付けてもらうよ」
相手は何かしらの提案があったようだが、彼女はなおも声を荒らげて首を縦に振る事はなかった。
「それっぽっちだって? 子供の小遣いでも今時もっと出るよ!」
本当はまずまずいい条件ではあったが、そのままでは腹が立っていたので、さらにその分の報酬を釣り上げる。この程度の役得があってもいいだろう。
「良いだろう。その位で勘弁してやろうじゃないか」
しぶしぶ、という感じを強調して本来の相場よりも吊り上げた報酬で手を打とうとした時。
「なんだい? まだ何かあるのかい?」
そして相手が切り出したのは、新しい任務。
それ自身は別に珍しいことでもないし、別にかなり危険な任務と言う訳でも無いが、わざわざ彼女が出向く程の事でも無い気がした。
「どうしてあんなトコへ行かなきゃいけないんだい?」
ふと沸き立つ当然の疑問を口にするも、相手はそれ以上話す事はないとでも言うように電話を切った。
「なんだってんだい?」
そうは言ってもある程度の予想はついてはいるが。
もう一回転回すと空薬莢が排出されて、カランと床とぶつかって高い音を出した。
「やな奴らだよ」
だが、あそこまで一方的な態度に出るという事は彼らも本気という事か、ここで無理に突っぱねても素直に言う事を聞くとは思えない。
敢えてここは、乗っかるのも一興か。
彼女は
次の仕事の指定先は魔法使いなら一度は聞いた事がある
蔵守町。
とある少年が魔法使いと出会った町に、もう一人。現実から外れた異邦人が訪れようとしていた。
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