第10話

 今まで入ったこともないであろう庭に対して、全く遠慮せずにズカズカと入り込む。まるで浅葱が先導するように真ん中まで足を踏み入れる。

 外に出ると外は相も変わらず殺人的な日射が二人に襲いかかっているにもかかわらず浅葱は割と軽い足取りで進む。

 忠泰はいつもこんな中を掃除しているのでまだマシだが、浅葱は明らかにへばっていても不思議ではないと思っていたので、忠泰からすればかなり意外だ。

「てっきり、こんな風に外に出るのが嫌がるかと思ったけど」

「嫌に決まってんじゃん。でも、ここでやらなきゃダメなんだよ」

 嫌なら中でやればいいのに、と思わなくもないが、真剣な浅葱を見ていると、これ以上口を出すのも野暮な気がするので、忠泰は黙って見ていることにした。

 そもそも忠泰は教えを請う立場なわけだから、余り偉そうな事は言えない。

 ふと見れば、浅葱はキョロキョロしながら辺りを何かを探す素振りを見せる。

「何探してんの?」

 浅葱はその返事に答える間もなく、目的のモノを見つけたらしく、そちらへ向かって歩きだした。

 それを拾い上げて戻ってくる浅葱の手元をよく見れば何でもない様な木の枝だった。

「何に使うのソレ?」

「雰囲気作り」

 そう言って、その枝でガリガリと地面に線を引き、徐々に円に近い形を作っていく。

「魔法の練習、つまり鍛錬を行う前準備をする必要がある」

 円を書く手を緩めることなく、浅葱は続ける。

「魔法使いは不思議を起こす。それは今までに説明したけど、それでも魔法使いは無制限に魔法を使えるわけじゃない」

「制限って、"魔力"みたいな?」

「もちろんそれはある」

 言外に他にあるとも言っていた。

「世界征服とか、神にをたおすとか、そんな壮大なことを考え無ければ、大抵の魔法使いなら魔力で困る事なんか殆どないよ。むしろ行動を制限されるという点では、"掟"の縛りの方が大きいかもね」

「掟?」

 なおも大きな円を描きながら、忠泰の周囲を回る様に徐々に前進する浅葱をゆっくりと回りながら眺める。

「そう。もし魔法使いとして生きていくつもりじゃなかったとしても、魔法を習うならこの掟は守らなくてはいけないから、覚えとかなきゃいけないよ」

 そう言って彼女の顔を見た忠泰はハッとする。そこにいたのは、先程までの自堕落な女子高生としての藤吉浅葱ではなく、

 日常と常識の外に住み、不思議を司る魔法使いとしての藤吉浅葱だった。

 表情は先ほどの危なっかしい少女はなりを潜め、凛々しくも気高い淑女が顔を出す。

 その挙措にほんの少しだが見惚れていると、浅葱が人指し指を一本だけ伸ばし、

「一つ、魔法使いは人をあやめてはならない」

 次に中指を伸ばし、

「二つ、魔法使いは可能な限り魔法の存在を隠匿しなければならない」

 そして薬指を伸ばす。

「三つ、魔法使いは七大秘蹟セブン=ワンダーに触れてはならない」

「それが掟?」

 意外と少ない、というのが感想だった。

「もちろん、そもそもの任務ミッションは人を守り、助ける事。それに沿って動けば、大体の悪い事はできないけどね。それでもこの三つは絶対に守らなきゃいけない」

 そう言って、勢い良く枝を振って、円を完成させた。地面に枝だけで描いたにしては正円に近い。

「よしっ!」

 その出来に満足したのか、満足そうに微笑む。

 何に使うのか不思議に思っていると、手にした枝を指揮者の様に軽く振ると、描いた円の縁が淡く光る。

「我が意のままに世界よ歪め」

 この言葉は知っている。最初、浅葱が見せてくれた、魔法の前に見せてくれただ。

 大円の縁の光がじんわりと伸びていき、やがて正円を中心として、半径3m程度の大きさのドームが出来る。

「これって?」

 忠泰は知らなかったが、これは結界魔法。ここで起こった事を見聞きされない様にするための目隠しだ。

「二つ、魔法使いは可能な限り魔法の存在を隠匿しなければならない」

 そう言って、枝を忠泰に向ける。

「どうしてかわかる?」

「えーっと、信じてもらえないとか、変な目で見られるとか?」

 ブーッ、と口で間違いを指摘し、

「魔法っていうのは、この前も言ったけど"よく分からない"って事。それは今の世界じょうしきでは、完全に掌握する事が出来ない。それは魔法は異物であるという事」

 異物とは、厳しい自己評価の様に感じるが、確かに今の世界に魔法という力を受け入れるには未熟かもしれない。

「魔法使いは、いつか世界が万全の状態で受け入れる事が出来れば世界に魔法の存在を公にする、っていう役割も背負ってるの」

「ふーん」

「まぁ最も、きっとそれは遠い未来だと思うけど」

 そう言って手を下ろす。

「そう言えば、一つと三つの説明は?」

 その質問に浅葱は口に手を当て「うーん」と数秒考える。

 言いにくい事でもあるのか、と身構えていると、

「今はいいや」

 と、何でもない様に言い放った。

「は?」

「一つ目なんてワザワザいう事もないでしょ」

 人を殺すな。

 確かに魔法使いであろうがなかろうが、改めて説明を受けることもない。

「三つ目は……普通に魔法使いしてたら出逢うのは一生に一度あるかないかだしね」

 普通に魔法使いしてるヤツに会うこと自体が一生に一度あるかないかだと言おうとしたが、それほど珍しいという例えだろう。

「まぁ、もし逢う機会があれば細かく教えようか」

 そう言って、魔法使いが両手を広げてくるりと回る。

「まぁ、とにかく魔法のことを話すときはこんな風に周囲に配慮が必要なの」

「だったら、屋内で話せば良かったんじゃないの?」

 そのもっともな様に思える質問に対して浅葱は枝を軽く振った。

「残念だけど魔法使いにとって家の壁なんてモノは大した障害にならないんだよ。遠見の魔法、感覚共有の魔法に、五感の強化」

 それを聞いて理解した。現代の科学しられたわざでも盗聴器などを使えばその程度の事は出来る。

「ここなら物理的にも魔法的にも遮断される」

「藤吉が言いたい事は分かったけど、早く鍛錬ってのをしようよ」

 忠泰がそう言うと、彼の台詞に呆れた様に深くため息を吐く。

「な、何?」

「前準備はこれからが本番なんだよ。」

 その言葉に忠泰は眉をひそめる。先ほどの説明がそうだったのでは無いのか?

「さっき説明した"掟"をしっかりと守ってもらう為に、まず魔導機関と契約しなくてはならない」

「魔導機関?」

 聞いた事も無い用語に思わず聞き返す。

「魔法使い達が集まる組合みたいな組織だよ。魔法使いを取り締まったり、サポートしたりするのが主な仕事になる。さっき言ってた"掟"もここで管理されてる」

「今からそこと契約するって事?」

 得体の知れない組織と契約など、何だかぞっとしないが、ここまでくれば何もしないというわけにもいかないだろう。

「で、何をすればいいの?」

 そう言うと出てきたのは、新聞紙程度の大きさの一枚の紙切れ。ミミズがのたうったようにしか見えないどこかの文字が書かれていた。

「三つの掟を守れるを問う誓約書。ここにサインする事で魔法使いとして認められる」

 差し出された羽根ペンを取り書類に向かい合うとやはり少し躊躇いが出てくるが、「よし」と肚をくくって気合いを入れると自分の名前を書き足した。

 そうすると黒く書かれた文字が白く光りだし、徐々に光が落ち着くとともに文字が紅く変化した。

「これでオッケーだよ。これからよろしくね。新入りさん」

 忠泰が想像していたよりも大掛かりだった魔法の契約は終了した。

 魔法を知らない魔法使いが、今ここに生まれた瞬間。何でもないような魔法契約であったが、このきっかけで魔法せかいが大きく動くことになる。

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