第9話
平城忠泰が知る
その高みは如何程のものか、言葉にするのも難しいが、敢えて言うのであれば、才能・適性のみで言えば、世界最高のもので間違いないと断言されるくらいだ。
世界に散らばる数万の魔法使いの中の頂点。
"世界最高"の魔法使い。それにもっとも近いと囁かれる。
そのせいと言うべきか、そのおかげと言うべきか浅葱は物心ついた頃には、魔法使いとして生きて行きたいと思うようになった。
だが、魔法使いである彼女の母はその事を一度だって褒めた事はない。
むしろ、母はその他の事を何一つ出来ずにいた浅葱を叱りつけてばかりだった。
「浅葱。あなたは全く勉強が出来てないわね。もっと点数を伸ばせないの?」
勉強はその時の調子が悪かった。授業は真面目に受けていたのに……。
「あなた、家の手伝いもしないでフラフラと……。お姉ちゃんを見習いなさい!」
お姉ちゃんはなんだって出来るんだよ……。
「また、食器を壊して!余計な手間をかけさせないで!」
手伝えって言ったからやったのに……。
徹頭徹尾。何に
どうして? と聞いてもそんな事ないと怒るばかり。
だが、浅葱にとって、どうにも我慢できなかったのは、姉は決して叱られる事などなかったことと、その姉が本当に凄かったこと。
姉は何でも出来て、自分は魔法以外は何も出来なかった。それが深い劣等感となって浅葱を襲う。この状況を割り切って過ごすには、彼女は若く、未熟だった。
それでも浅葱がそこで頑張れたのは、魔法の実力に圧倒的な自信があった事。
だが先日、母は言った。
「あなた、最低でも一年は修行をしちゃダメよ」
言われた時に何を思ったか覚えていない。
感じたのは絶望か失望か、それとももっと深い感情か。
当然ながら聞き返した。「どうして」と「何で?」を何度繰り返しても、何日続けようが、答えは変わる事も、翻る事もなく、妥協の余地すらも見せなかった。
魔法使いになる為には、この家を出なくてはならないと、理解したのはほんの数日前のことだった。
藤吉浅葱はと言えば、目を覚ましたのは忠泰の墓参りから数時間経って日が完全に昇ってからだった。
正確に言えば午前一〇時。
夏の日差しは相も変わらず強烈で、屋内であっても身を焦がす。
それは決して魔法使いと言えども例外ではないのだ。
もっとも、彼女は少々以上に気を抜きすぎであるのは否定できないが。
「ヤな夢に見たなぁ」
廊下を歩く足取りも心なしか思い。
朝から気分の悪いモノを見てしまった。
『惰眠を貪っといて、言い分は勝手なやな』
と意地の悪い事を言うのが聞こえる。
その声の主は忠泰ではなく、ましてや人間ですらない。
『随分と寝とったな。御主人』
足元によってきたエルだった。魔法使いは魔法を使う事で彼らと会話が出来る。
「朝からご挨拶もなしに失礼だね」
『これが自分なりの挨拶なんやけどね』
ムッとした浅葱は右脚で蹴飛ばそうとするも、ひょい、と軽い身のこなしでそれを交わすと窓の隙間から逃げて行った。
「おはよう。朝から元気だね」
「キミほどじゃないと思うな」
寝ぼけ眼で目がショボショボしている浅葱からすれば、忠泰はお世辞でも何でもなく元気過ぎるくらいに元気だった。
浅葱からすればこの元気は何処から来ているのか非常に気になる。
朝五時頃に起床した事など夢にも思うまい。
「ところで、さっき猫と喧嘩してた?」
苛めちゃダメだろう、と忠泰は咎めるが浅葱からすれば余計な御世話。あれはアイツが悪い。こちらに引く意思も道理もない。
「あれは、エルが余計な事を言うから」
「余計な事?」
「エルったらひどいんだよ。『惰眠を貪っておきながら贅沢だー』って」
「それってエルが言ったの?」
「そ、"念話"の魔法ってので、意思疎通が出来るんだよ」
「魔法使いってのはペットと会話ができるんだね」
と言うと、浅葱は嫌そうな顔をして、「今の絶対にエルに言わないでね」と忠告した。
「何で?」
「アイツ、ペットって言われたら素人でも容赦しないよ」
怪我人も出してるからね、と言って前に行くとお腹ぎ減っているのを感じる。
「あ、お腹空いた?」
確かに考えれば昨日から殆ど何も食べていない。夕飯も部屋の準備に追われてそのまま寝てしまったせいか、ご飯どころじゃなかった。
「一応、朝ご飯を準備してるよ。食べる?」
食べる、と言って食堂へ向かう。
食堂のドアを開ければ、テーブルの上にはトーストとサラダが載っていた。
普通に美味しそうなメニューに思わず喉が鳴る。
一人暮らしの男子高校生が朝からこんな立派なメニューを用意しているとは思わなかった。
そもそも自分だけなら良くても水と生卵だ。
よし、気合を入れて浅葱は言った。
「ご飯食べたら始めようか」
何を? と忠泰が聞く前に彼女は答える。
「魔法の練習」
こんなご馳走をもらっては、それなりの報酬を、渡さなくてはならないだろう。
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