第6話

 魔法使い。

 どんな人でも多分一度は憧れるのではないだろうか。

 箒を使って空を飛び、杖を握れば火を出して、お付きの猫と会話が出来る。

 忠泰の貧弱な経験で語れる魔法使いのイメージなどその程度のものだが、概ねの人がそうではなかろうか?

 何故なら魔法使いと会った事がある人など忠泰は聞いた事が無かったし、彼自身もそうであったからだ。

 だが、自称であるがが目の前にいる。

 そのシチュエーションに軽い感動を覚えながらと目の前の少女を眺める。

 顔は結構、いやかなり整っていて、身にまとうのは真っ白なワンピースに麦わら帽子。

 整った顔立ちはさておいて、見たところ世間でイメージされている魔法使いとは違う気がする。

 いや、日本の"チョンマゲ"のようなもので今となっては誰もやってない風習なのかもしれない。

 ひょっとしたら、口にしていたら凄く失礼なのかもしれないと思うと、口にしなくて良かった、と思う。

「ねぇ、藤吉さん」

「藤吉、でいいよ。タダヤス君。"さん付け"みたいなヨソヨソしいのは好きじゃないんだ」

 彼女はそう言って麦茶を一口飲んだ。

「じゃあ、藤吉は本当に魔法を使えるのか?」

「まあ、魔法は使えるけどね。けど、中々信じて貰えないかも。手品って言われても言い返せないよ」

 複雑そうな表情を浮かべると、両手を打ってパンと鳴らす。

 不意打ちのようなその衝撃に忠泰は動きを止める。その隙を突くかのように浅葱は呟く、

「我が意のままに世界よ歪め」

 その言葉を引き金にして奇跡が起こる。

 周囲の空気が変化して、コップの中の麦茶が浮き上がり水球が作られる。宇宙で見られると言われている、地上ではおおよそ見られないような現実がそこにはあった。思わず忠泰は手を伸ばすと、触れることができた。

 表面に水紋が浮かび、指先に水滴がつく。

 よくよく見れば、表面は細波さざなみ以上に細かい波が、ゴルフボールのような凹凸を作る。

 忠泰が目を見張ると、浅葱はその反応に満足そうに微笑むと、パチンとフィンガースナップを鳴らす。

 そうすると水球が三つに分かれて再びコップに戻る。

「これが私の魔法。時間をくれたら、もっと本格的なヤツも出せ無いこともないけど」

 見てみる? と言っているように見えた。

「いや、もう十分だよ」

 確かに、これ以上の奇跡に興味がないと言えば嘘だ。しかし、これ以上見たら自分の世界観が崩れそうな恐怖がある。

「何ていうか、うまいこと言えないよ。不思議だ」

 その言葉に、浅葱は更に気を良くした様子で、にひひ、と笑うと麦茶を飲み干した。

「ありがとう。それは私にとって最大の褒め言葉だよ」

「? そんなに喜ばれる事言ったかな?」

 うまいこと言えないは、そんなに褒めているとも思えない。

「藤吉はどこの文句が気に入ったの?」

「不思議だ、だよ」

 最初の「不思議だ」の部分をちょっと忠泰のモノマネを意識しているのか、多少口調を変えて言った。

「魔法って何か分かる?」

 魔法の正体。

 字面で捉えれば、超常現象や心霊写真を科学的に捉えた際の「正体」だろうが、浅葱が言いたい事がそこでは無いことぐらいは分かる。

 その質問は、円周率のような、永遠に答えの出ない類の問いでは無いか?

「魔法はね、科学的に"良く分からないもの"なんだよ」

 そんな忠泰の心を察してかどうかは分からないが、浅葱の口から出た答えは、問題の裏をかかれたような核心こたえだった。

「いや、確かにそうだけど……。魔法使いとしてそれでいいの?」

「あ、勘違いしないでね。魔法を使うのに知識や理論が必要の無いデタラメなチカラってわけじゃないよ」

 訂正すると、浅葱は説明を続ける。

「魔法は今の常識では説明出来ないってだけの事。魔力をエネルギーとして発動する奇跡を指すの」

 説明出来ない、つまりは不思議。

「じゃあ、もし、魔法が科学的に証明されたりしたら……」

「魔法って名前じゃ無くなるかもね」

 まぁ、遠い未来のお話だけど、と言った。

「ともあれ、不思議って事は魔法の真理に近いっことになるわけ」

 だとすれば、確かに褒め言葉。

 魔法の高みに近いと告げられたようなものだ。

「そして魔法はそれだけじゃない」

 ここからが本題とばかりに強調し、

「魔法はこの世の常識ではどうにも出来ない事をどうにかするために使われる。本来はそうしなければ助けられない誰かを救うための技能」

 ここが、要点とばかりに言い放つ。

「そして、魔法そんてものを使ってまでして助けられない誰かを救おうとするもの。それが魔法使い。ただ単に魔法が上手く使える事が優れた魔法使いってわけじゃないの」

 思ったよりも簡単な話ではない事を感じながらよ、ふと感じた疑問をぶつけた。

「だけど、悪い事をする魔法使いだっているんじゃないの?」

「もちろん居るよ」

 って言ったでしょ、と当然のように言って、魔法使いは続けた。

「witch《ウィッチ》と言うのはそういうもの。呪いみたいな魔法を中心に使う」

「ウィッチ……」

「それに対して、私達のように善なる魔法、例えば人を殺したり傷つけたりするための魔法じゃなくて、人を助けたり癒したりするための魔法。そう言った魔法を中心に使う魔法使いをwicca《ウィッカ》って言うの」

「ウィッカ……?」

 ウィッチと言う言葉は魔法と関わりの無かった忠泰でも「魔女の事か」と思う程度には聞いた事があった。

 だが、ウィッカとは聞いたこともなく、その語感から漠然としたイメージを持つことも難しかった。

「まぁ、ホントのこと言うと、そんなに単純な話じゃないから、結構例外があると思うけど。自分でウィッカって思い込んでても周りから見ればウィッチってこともあるしね。でも、大体はウィッチは悪いヤツでウィッカは良いヤツって覚えてもらっても大丈夫だと思うよ」

「それで良いんだ……」

 思ったよりもユルいな、と思いながらも敢えて口に出さなかった。

 その詳細を耳にしたところで忠泰に違いが分かるはずもない。

 そして、そんなことよりも、どうしても聞いておきたい事がある。

「ねぇ、藤吉……」

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