第5話

 蔵守町は江戸時代から栄えた町。

 蔵を守るとは仰々しい名前だが、その名前はこの町の人間であれば誰もが知る伝承から付けられた名前だ。


 蔵守山くらもりやまというものがこの町にはある。さほど立派でもない、どちらかと言えば「丘」という表現のほうが似つかわしいが、遠い昔にこの山のてっぺんに魔女が住んでいたらしい。

 その魔女はその蔵にたくさんの魔法の道具を隠し持っていて、その道具を使ってたくさんの奇跡を起こした。

 曰く、魔法の薬草を使って集落の民の病を癒し。

 曰く、魔法の水晶を使って洪水を予知して民を避難させ。

 曰く、魔法の杖を使って野生の狼を追い払い民の命を救う。

 その魔女は黒い羽織を着て、黒い猫を連れていたそうな。

 この日本で語られるには、魔女のあり方が些《いささ》か西洋にかぶれている気がする。

 それは藤吉浅葱にとって、さして重要ではない。

 本当に重要なことはただ一つ。


 使


 一般人が知らない世界。

 ふるい時から連綿れんめんと続く魔法使いの家系。平城家はその最古参とは言いすぎにしても、その次に準ずるくらいの古さはある。

 血を重ねた旧い家系は強力だ。それはノウハウがあるとか、優れた魔法があるというような小手先の理由だけではなく、大元の魔法の源である魔力の質が不思議と深みを増してくる。

 そう言った家系は、他所の魔法使いを指導する事もあって、浅葱は魔法を習いに来た。

 だと言うのに、

「まさかそんな事になるなんて」

 と、力なく項垂うなだれる。

「えと……お茶でも飲みます?」

 そんな、浅葱の様子を気にしたらしい少年は気遣うように冷たい麦茶を差し出してきた。

 ガラスのコップに注がれて結露に覆われるほどに冷たい麦茶。浅葱としてはキツい坂道を登ってきた直後なので非常にありがたかったのが、差し出されたを手に取る力すらない。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

 ちゃぶ台を挟むように正座した少年に対して、「どうぞ」と浅葱が答えると、ストレートな質問をぶつけてきた。

「君は本当に魔法使いなのか?」

 ほらこれだ、と言わんばかりのため息をついた。

「君は本当に魔法使いじゃないの?」

 質問に質問で返す形になったが、浅葱にとっては何よりも重要な事だった。

 その質問に対して「うーん」と腕を組んだ。魔法使いかどうかよりも、その質問の意味を図りかねているような返答だった。

「いや、もうそれ以上はいいよ」

 これ以上のダメージは勘弁と右手を前面に出して少年の口を封じる。

 当てにしていた平城セツはとっくに亡くなり、後継者と思しき少年は魔法の"ま"の字も知らない素人。

「あなた本当に平城家の当主?」

 疑わしげにそう言って、指先を少年に向けて指すと、浅葱の勢いにされたように身体をやや退け反らせる。

「い、一応ね。僕は平城忠泰。平城家当主代行って事になってる」

?」

 ああ、と忠泰は返事をする。

「と言っても託された後の事は何も聞けずじまいだったからさ、何をするかはサッパリ何だけどね」

 それを聞いて推測した。

 おそらくは彼女は何かの理由があって彼を後継者にするつもりは無かったのかもしれない。

 ひとまずは代行という形で一時をしのぎ、完全に体調を取り戻してから正統な後継者を探すつもりだったのだろう。

 魔法を教え無かった理由は浅葱には良く分からないが、後継者に出来ない理由が何かあったのだろう。もっとも、聞いても余り楽しくなさそうなので、そんなプライベートな事情を根掘り葉掘り聞き出すつもりは毛頭ないが。

(しかし、困ったなぁ)

 平城家当主の問題など本来ならば浅葱には何の不都合も問題もない。だが、今回に限っては事情が違う。

 ていに言えば、非常に困る。

(私、このままじゃここの弟子になれないじゃない!)

 それが、彼女にとって重要な事だった。

 何故なら彼女は、

(家出して来たのに平城邸ここがダメなら私どうしたらいいのよ!)

 ……そう言う事らしい。

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