第4話
生まれて元より病気らしい病気もない事が自慢だと言っていたのに。
ある寒い日、中々起きてこない祖母の様子を見に行った時、「風邪をひいた」と言って寝ていた。
お粥の準備をしながら、「珍しい事もあるもんだ」とその時はあまり気にしていなかったが、その日を境にみるみる弱っていき、数日経つともう起きる事も出来なくなった。
その時に身近の人の死というものに初めて意識する事になった。
そして、病床に伏せた祖母の看病をした際に、つまりは祖母が亡くなる前に、直接言われた事がある。
「お前、これからどうするんだい?」
その答えに「何を言うのさ」と言って、食べ終えた食器を下げてどこかへ行こうとした。
いや、逃げようとしていた。
その答えに彼は何も言う事はできそうに無かったからだ。
元より、急な話でそれからのことなど何も考えてはいなかった、というのもあるが考えたくなかったというのも大きい。
十数年前に両親に捨てられた忠泰にとって、祖母との縁が唯一の世界とのつながりで、自分がこの世界にいていい証明だった。
そんな忠泰の思いを知ってか知らずか、
「そりゃ、そうだよね」
と、そんな風に言った。
「忠泰。一つ言っておこうか」
祖母に向き直った時に、祖母の顔は思ったよりも元気そうで、
「いつか、忠泰は私を恨む事もあるかもしれない」
「何の話?」
忠泰の質問には何も答えず、
「でもね、私はお前を愛しているよ。信じなくてもいい。当たり前の事を忘れないでくれよ」
その言葉を聞いて戸惑った。
世界のニュースを見ていて世界を揺るがす事件があったとしよう。たくさんの人が亡くなったとしよう。その報らせを聞いて、可哀想と皆が思うのだろう。
しかし、それが自分に降りかかることがあるなどと、どれほどの人が思っているのだろうか?
「当たり前」がどれだけ不安定な足場の上に成り立っているのかを忠泰はこの時に知った。
「ばあちゃん。困るよ」
彼はその言葉を、
「僕はまだ何も返せてないんだ」
どんな表情で伝えていたのかを彼は知らない。
彼の祖母、平城セツは、「なんて顔をしてんだい」といって、笑いかけた。
「大丈夫だよ。何の準備もなしに死にはしないさ」
表情にいつかの強さはなかったが、忠泰の不安に答えるように、心をいたわるように言った。
「そうだね。恩を返したいなら私が動けない間は、ここの当主代行でもやってくれよ」
そんな事を冗談めかして言っていた。
分かった、と言うと安らかな顔をしたのを憶えている。
それがセツとの最期の会話になる。
その翌日。肺炎で息を引き取ることになるなんてその時は冗談としか思えなかった。
しかし、きっとセツはそれが最後になるとわかっていたのだろう。
彼女にとっての死の「準備」は恐らく、当主代行を命じた地点で完遂していたに違いない。
「ズルいなぁ」
セツは何もかも満足したようなあんな笑顔を浮かべたというのに、忠泰は何一つ恩返しもできずに送ってしまった。あの祖母のことだ、「未熟ものの分際で何を言うんだい」というのかもしれないが、忠泰は何もしてあげる事が叶わなかった。
そして死後、この広い平城邸の掃除を遺品の整理を兼ねてやっている。
人は言うだろう、立派なことだと。実際に何人にも言われた。
「凄いね」
「立派だ」
「おばあさんも喜んでいるよ」
だが、それは忠泰にとって、自己満足以上の意味を見出せなかった。それをすることで平城セツがが救われることも、蘇ることも無いのだから。
「それでも続けられるってのはどういうことなのかな?」
そう言いながら箒を持つ手を動かし続けて、玄関の土間に溜まった埃を集めている。
「こんなボロ屋に価値を感じている人なんかいるのかな?」
「あるに決まってるよ!」
その独り言に答えるように、門の方から声が聞こえた。
忠泰は、まさか返事があるなんて思わなかったので少し固まってしまった。
「頼もう!平城セツさんは居ますか?」
テンションは高いがどこか疲れた表情でその少女が呼びかける。坂を登り終えて少しハイにになっているのかもしれない。
門前に立っているのは、白のワンピースに麦わら帽子をかぶった忠泰と同い年くらいの少女。
「どちら様で?」
「私の名前は藤吉浅葱。蔵の魔法使いに弟子入りに来ました。よろしくお願いしますね」
そんな珍妙な事を言い出した。
そんな事を言い出した
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