第3話
藤吉浅葱は昔に誰かから教えられたことがある。
「浅葱ちゃん、知ってる?」
そう
「田舎の人は都会の人より体力があるなんて言うけどさ、必ずしもそうとは限らないんだよ」
そう言われて、自分は何と返したのか、浅葱はあまり憶えていないが、嘘をつくな、みたいな事を言ったと思う。
その女はその反応に気を悪くする事もなく、むしろ満足そうに頷いて「そう思うでしょう」と嬉しそうに言ったのだ。
もちろん子供と言えど、否だからこそ、それだけで納得など出来なかった。確か「何でー」と聞いたのではなかったか。
「田舎の人は買い物に行こうと思ったら車を使わなきゃいけないの。でもね都会の人は電車の方が便利なのよ。たくさん走っているからね」
彼女が言う「たくさん」が本数なのか路線の数のなのか、あるいはその両方かは分からないが、彼女の言おうとしているのかがピンと来なかった。
「分からないかなぁ。つまりね、駅から駅まで歩かなきゃ行けない分、都会の人の方がよく歩くんだよ」
そんな話に対して、どんなリアクションをしたのか、はっきり憶えてなどいないが、間違っても感動はしていないと思う。
そして、その話をふと思い出して、こう叫ぶ。
「絶対ウソだ!」
この道をどれだけ歩けば目的地に着くのか。
想像するだけで意識が遠のきそうになるのを感じたとき、想像はただ疲れるだけの不毛な作業であることを知った。想像することが彼女らの生業であるにもかかわらずに。
いっそ何も考えなければもう少し楽だったのではないかと思うと何か損した気分になる。
「嗚呼、何でこんな事になってしまったのか」
悲劇のヒロインであるかのように芝居がかった口調で嘆く。これ位の遊びが無いと正直に言えばやってられない。
何故、駅からタクシーも使わずに目的地を目指したのか。こちらも「お金をケチった」以外の理由で、結局は自業自得だった。
お金とはかくも大事なことであったのか?
途中までは良かった。
商店街を抜け、橋を渡り、道を歩く。
ここなら、浅葱の住む都会の中でもよくあること。まだまだ高校生なのだからこの程度でへばることはない。
だか、その後の坂道はどうしたことか?
「こんな坂があるなんて聞いてないよ〜」
浅葱が今いる場所は目的地の前に立ちはだかる大きな坂。駅前の案内板の様ないい加減な地図では、こんな坂が待ち受けているなど知らせてはくれなかったのに。
「詐欺だー」
愚痴りながら歩くも、それで何かが変わる事もない。
一歩、また一歩と足を出すが、いい加減足の痛みが強くなってくる。
サンダルで来たのは失敗だった。
乙女として見てくれを考えるのは当然としても、サンダルで山を登るなど無謀だったか。
こんな坂を登っている連中が都会人より体力がないなどと言われて信じられるはずもない。
「あの人。私が何も知らないからって、いい加減な事言ったな」
腹立たしさを感じつつも、大声で叫ぶ力は残されていない。
もっとも浅葱は知らないことなのだが、この先にあるのは平城邸くらいなので坂自体の通行量も少なく、使う時に徒歩や自転車で登るのは地元の人でも子供くらいのものだから、"誰か"の答えもあながち間違いでは無いのだ。
「もー無理!」
木陰になっている坂の路肩にキャリーバッグを置いて、ゆっくりと腰掛ける。
ふう、とハンカチで額の汗を拭う。
電車の中では寒さすら感じていたはずなのに、今では暑くてたまらない。このままでは冗談なく死にそうだ。
「ニャー」
しかし、足元の猫はそんな飼い主に意に介した様子もなく、大きくアクビなんぞをしている。
その様子が何処となく馬鹿にされた様に感じる。いつもならケージに叩き込んでいるところだが、荷物が一キロは増えそうなので却下。
「何だってこんなトコに住むかな?」
自分で言っててバカバカしくなる。それは愚問だろう。
そんなことは、聞いたことが恥ずかしくなる位に当たり前のこと。
その理由は先代がこの土地に住んでいたからだ。
言葉にしてみればそんな理由。クイズの答えがこれならば、間違いなくブーイングだが、彼女達からすれば当たり前のこと。
この土地に根付き、民に混じる。それが、平城家に限らず、魔法使いの家系が行ってきた数百年越しの
だが、
「もうちょっとラクなところに家をたてようよ……」
そんな気持ちを知ってか知らずか、足元のエルは急き立てる様にワンピースの裾を噛んで引っ張っていく。
正直、浅葱からすれば貴重な一張羅の生地が傷むので止めて欲しいが、振り払うためのエネルギーがもったい無い。
「ゴメン。もうちょっとだけ休憩」
その言葉を理解したのか、裾を噛むのをやめ、隣で丸くなった。
実家と同じ様に動き回っており、猫には都会と田舎の区別は必要無いと感じて、浅葱からすれば羨ましい限りだ。
「カラスは都会の方が賢いって聞いたなぁ」
浅葱のボソッとした呟きがきこえたのか、それとも待たせて過ぎて苛立たせたためか、シャー、と威嚇でもする様に歯を見せる。
そんな、様子にため息をつき、
「"箒"でくれば良かったなぁ」
その言葉に猫は静かになり、先ほどの荒々しさが嘘のように静かに忠泰を見ていた。
「分かってるって。言ってみただけだよ」
そんな真似をすれば、たちまちの内に叩き落とされる。
「歩くしか無いもんね」
ゆっくりと立ち上がり、足でエルを追い払って、再び歩きだす。「あー、もう少し運動しとけば良かったなぁ」などと、今更言っても後の祭り。
一人と一匹が坂を登り始めたわけだが、未だ半分程度であることをまだ知らない。
そして、浅葱とエルも一つ気になっていたが、都合が良かったのであえて気にしていなかった事があった。
それは、今この瞬間、この土地が大人しくしている事。
浅葱もエルもこの時、その意味と理由をよく分かっていない。
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