第55話

 次の日。

 朝から、浅葱は電話をしていた。

 誰? とは聞いていないが、おそらくは母親だろう。

 聞き耳を立てていたわけではないので、どんな話をしていたのかを知らないが、その口調は穏やかで、比較的スムーズに話が進んでいる様だった。

 十分程度の会話をして、電話を切った。

「お母さんかい?」

「そ、ちょっと電話」

 帰ることを伝える電話だったのだろう。気の早い話だ。

「藤吉は何時の電車に乗るの?」

 せめてご馳走でも作ってやろうか、と思って何の気なしに帰宅時間を確認する。

 その言葉にキョトンとした様子で目を開かせる。

「どっか行くの?」

「え?」

 どうにも話に食い違いが生じている気がする。

「家に帰ってお母さんと話をするんじゃないの?」

「え? 違うよ。電話でもう終わらせちゃった」

「は?」

「あぁ、勘違いさせちゃったかな? 夏休みの終わりまではここにいるつもりだよ」

 どうして? と言おうとする前に、浅葱が口を開いた。

「あの戦いの時、思ったんだ」

 突然、浅葱はそんな事を言った。

「タダヤス君は本当に魔法使いの精神を受け継いでいるって」

「僕が?」

 まだ、なって一ヶ月の人間に何を言っているのか?

「私は自分で言うのもなんだけど、魔法の能力が高い。それこそ世界最高って言われるくらいにはね」

「まぁ、そう聞いたけど……」

「でもね、私は分かってなかった。魔法使いの原点」

 さながら、それは懺悔の様であった。

「原点って……、人助けのことかい?」

「そ。タダヤス君はあの時、言ってたよね。たった一人でも救えた奇跡ことを喜べ、って」

 そう言えば、言った様な気がしないでもない。あの時は必死でよくわかっていなかったが、よくよく考えてみればなんだか凄くこっぱずかしい。

「でも、それってきっと最初の感情だったんじゃないかな?」

「最初の感情?」

「目の前にいるたった一人を助けたい、きっとこれが最初の感情だったんだ」

 少し腑に落ちず、思わず聞き返してしまった。

「それって……藤吉が願った事とは違うの?」

「ちょっと違うと思うな」

 そんなはにかんだ笑顔を見せた。

「よく考えたら、全世界を救いたい、って願いは実質不可能なんだ」

「そんなこと……」

「でも、それが正しい。全員を救うって事は、全員の価値観をすり合わせるか、一人の価値観を押し付けるか、その二択だよ」

 彼女が言った「それが正しい」とは真理である、という意味よりも。そうする方がいい、という意味なのかもしれない。

「前者なら優柔不断だし、後者なら優しい独裁者。そもそもたった一人で救うなんて事が傲慢だった」

「でも、それでも誰だって完璧には出来ないよ」

 その言葉に優しく首振る。

「私は、それよりもタダヤス君が言ってた様な、たった一人を守れる様な魔法使いになりたかったんだよ」

 それは、

「だからこそ、私は気付かせてくれたタダヤス君にそれを教えてもらいたい」

「……ご両親はなんて?」


「やる気があるなら頑張れだってさ」


「えっと……つまり?」

「ヨロシクね! 私の先生おでしさん

 どうやら、忠泰の師匠はもう暫くはこの街に居着くらしい。

 魔法を無理に学ぶ必要も無いものの、彼女に付き合わなくてはいけないだろう。

「お手柔らかに頼むよ。師匠せいとさん

 そう言って、差し出した右手を掴んで握手となった。


 しかし、落ち着いたかと思ったのも束の間。

 この街には"不思議"が訪れる事になるのだが、それはどうかまたの機会に。

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魔法使いになるということ あらゆらい @martha810

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