第52話
戦いから最初に目を覚ましたのはレイブンであった。
上体を起こして胡座をかく。
そばには忠泰が大の字になって倒れていた。
「全く……、この私を倒したというのに止めも刺さずに意識を失うとは……」
締まらない結果に苦笑を浮かべる。
身体は銃創に覆われ、顔は腫れ、疲労が蓄積している。コンディションは最悪だが、頭は妙に澄み切っていた。
携帯電話を取り出し、ポチポチとボタンを操作すると、然るべき場所に接続される。
『あなたから連絡とは珍しい』
「偶にはこういう日もある」
電話の向こうから聞こえるのは、馬鹿みたいに丁寧ないつもの声。仕事が終われば、こうやって報告を入れる義務があった。
もっとも、彼が言うように自分から連絡を入れたことなど皆無だが。
『頼んだ任務は終了しましたか?』
「あぁ、終わったよ。私の敗北でね」
その言葉に『敗北?』との意外そうな声が聞こえる。
「敗北というか……、完敗だったよ。中々に楽しめた」
『完敗ですって? あなたほどの魔法使いが?』
軽い衝撃を受けているようで、さほど感情を表にしない彼の声には僅かといえども動揺が見られた。
『今、ターゲットは何処に?』
「今は二人とも倒れているよ。私の目の前でね」
チラリと見やれば、二人とも寝息を立てていた。
思えば、レイブンに勝利したとは言え、朝来天津の助勢ががあっだとは言っても、この日本で平和に暮らしてきた高校生だ、どれだけ不思議に慣れたとしても、戦いに慣れているはずもなく、心身にかかる負担が大き過ぎたのかもしれない。
『でしたら、今のうちにトドメを刺してしまえばよろしいのでは?』
確かに非常に合理性のみを追求した手段。安全で確実。
だが、
「フッ」
何だそれは?
彼自身もあまり美学などには興味は無い、そうでなけれ死神の手など使わないが、電話の声はあまりにも無粋すぎる。
何よりも今そんな手段に打って出れば、彼自身に敗北する。
「出来んよ。そんな真似は」
信念を持って行ってきたはずの正義の執行。その意義が揺らいでしまった。もちろん、今までの自分の行いの全てを否定する気など無い。どうしようも無い外道も沢山いた。
だが、
「正義を理由に私は信念を曲げ過ぎた。本当に全てを殺すべきだったのか、この少年少女を今すぐに手にかけないといけないのか、今の私には判断はつかん」
『レイブン……』
その声に混じっていたのは失望。だが、それは関係は無い。彼の期待に応えるために生きているわけでは無いのだから。
「それよりも、聞いておかねばならんことがある」
相手から返事が来る前に、それを尋ねた。
「千堂秋則といったか。あれは本当に粛清の対象者だったのか?」
『……どういう事です?』
とぼけている様には見えないが、ほんの一瞬声が揺らいだのは気のせいではないだろう。
「こう言い換えようか? 貴様らが私にさせたかったのは、本当に千堂秋則の粛清だったのか? 本当は平城忠泰と藤吉浅葱の粛清ではなかったのか?」
最初から妙だと思っていた。
突如呼び出された緊急事案にしては、内容はさほどの緊急性も感じられなかった。
故に、その裏に何かがあるのでは、と思っていたが、
「朝来天津があのタイミングで出張って来たのも気になる。まさかとは思うが、あの女。前任者だったのでは無いか?」
「その通りさ」
突如現れた声を聞いて首を動かすと、先ほど死合った顔があった。
「朝来天津……」
彼女は秋則を背負い、左手にはエルを抱えて気づかぬうちに庭に入り込んでいた。
もっとも、エルは浅葱を見つけると多少よぼつきながらも駆け寄り、頬を舐める。
秋則の方も意識は無いようだが穏やかに寝息を立てているところから恐らくは催眠魔法でも使ったのだろう。
「あの子達には、ここらの"よくないもの"の退治だと言っておいたけどねぇ。本当はあの子達の調査さ。」
「調査だと?」
どういう意味だ、と続けようとしたところで、電話から声が聞こえた。
『聞かないほうが身のためです。あなたが思っているよりもこの問題は遥かに深い』
「なんだと?」
「安心しなよ。電話のヤツ。アタシはこの事をペラペラ喋るつもりは無いからねぇ」
「ただ、覚えておきな。もう一度でも同じ手段に出るようならアタシはアンタ達の敵に回る。
そこまで言うと、手元の携帯電話がブツリと切れた。
それは肯定なのか否定なのか、判断に困るところだ。が、ここでの任務は終了した、と判断してもよさそうだ。
「さて、どうするかねぇ? アタシとしてはここは見逃してもらいたい所なんだけどさ……」
レイブンの方もここで再び殺し合いをするつもりはとっくに失せている。向こうが徹底的に殺り合うと言うなら
「そうして貰えればありがたい。こんな話になって私が暴れても惨めなだけだろう」
それだけ言えばゆっくりと立ち上がる。
「おいおい、大丈夫かい?」
バンバン撃っておいて今更な言葉だが、どうも傍目にはそれほどまでに危険に見えるのか。
「大丈夫だ。怪我など慣れている」
言葉に噓いつわりなど無いが、少しの強がりは混じっている。揺らぎはしたがプライド位は未だに残っている。
「では、失礼しよう」
「何も聞かないのかい?」
正直にいえば「不思議な事を言うな」と思う。
「ペラペラと喋る事では無いのだろう?」
「そうだけどさ、アンタなら別に話してもいいと思ってね」
その言葉に僅かに逡巡する。
「別にいらんよ」
はっきり言って、あの二人に隠された秘密と言うものに興味が無いわけではなくて、どういう意味が含まれているのかが気になっていたが、今回は自分が敗者だ。それを聞く権利はないだろう。
「ただ、別に一つ聞きたい事がある。平城忠泰と私にはどんな違いがあったのだと貴様は思うかね?」
「あぁ、それか……」
そんなつまんないことでいいのか? と言いたげに口を開く。
「決まってるよ。アンタは誰かから与えられた
成程。
「合点がいった。確かにそれでは心で勝てるはずも無い……か」
そうして歩いていく。
「感謝しておこう、と伝えておいてくれないかね」
「こちらこそ、だよ。アンタのお陰でチュー坊もあさちゃんもきっと一皮むけると思うからねぇ」
結局、誰も彼もが天津の掌の上を転がっていたような気がするのは釈然としないが、文句を言うのも筋違いな気がする。
「……いつか貴様に一泡吹かせたいよ」
「最高の褒め言葉だねぇ」
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