第53話
忠泰が目を覚ましたのは、夜中も二時過ぎ。
あれから、レイブンをぶん殴ったことは、手の感触とともに思えてはいる。
「あれからどうなったんだっけ?」
あれからが、いやその手前も所々どういう帰結を辿ったのかがはっきりしない。
確か自分は藤吉を庇って……、
「! そうだ、藤吉は」
「静かにしなよ。チュー坊」
よく見てみればそこは見慣れた自室ではなく、客室代わりに使っていた和室。そこに敷かれた布団のそばで天津は正座をして座っていた。
「天津さん?」
そう言えば、天津の声を途中で聞いたような聞いていないような……、と考えていると天津が今の状況を説明する。
「なんとなく気になって戻ってきたらなんかドンパチやってるのが聞こえてねぇ、慌てて助勢したってわけさ」
「そうだったんですか……」
と、そこまで考えて、「はて?」と思った。
「って事はレイブンさんは天津さんが倒したんですか?」
自分の記憶も曖昧だが、殴り飛ばしたような記憶は思い違いだったのか?
そんな言葉に天津はゆっくりと首を横に振る。
「まぁ、アタシも粛清者なんて相手にするのは初めてでねぇ。良いとこまでは行ったけど、アタシも結構ボロボロでね。突如、華麗に起き上がったチュー坊が戦ってトドメを刺したのさ」
……そこだけ聞けば、なんだか美味しいとこを持って行ったようじゃないか。
「それに、あさちゃんならそこで眠ってるよ」
背後を見遣ると浅葱はそこで眠っていた。
しかし、レイブンは浅葱の事を殺した、と言っていた様な……、
「大丈夫なの?」
「魔力を使い果たしたからだよ。はっきり言えばアンタよりも重症だよ」
重症、という言葉にゾクリとする。
「ちょっと、勝手なこと言わないでよ」
気がついたのか、浅葱がそんな事を言った。
「魔力も安定してきてるから大丈夫だよ」
大丈夫、と聞いて胸をなでおろす。
が、
「バカを言うんじゃないよ。魔力が暴走したんだよ。起き上がることだってできないだろう」
「それよりも」
暴走という言葉の意味を深く知りたかったが、浅葱も知りたいことがあったのか、忠泰に質問の隙を作らせなかった。
「タダヤス君は私を庇ってあのレイブンの"死神の手"を受けたはずなんだよ。どう間違ったって私よりも軽症で済むわけないじゃない」
そう言われれば確かにそうだ。無効化している、とか言っていた様な気がする。
「ん、あぁ、えーっとね。不発だったんじゃないかい?」
そんな指摘に天津は何故か言葉を濁す。
「天津!」
鋭い言葉に観念やしたかの様に両手をあげた。
「はいはい。あまり口外しない様に先生に言われてたんだけどね」
「ばあちゃんに?」
初めて聞いた事実にやや驚く。
「あさちゃん。この街に入った時に不思議に思ったことなかった?」
「え?」
突然に言われてすぐには思い出せなかった様だったが、一〇秒ほど経過した時、ゆっくりと口を開けた。
「私がこの街に入っても、防御用の迎撃魔法が全く機能してなかった」
「げ、迎撃魔法⁉︎」
そんなものがあったのか、と呟いた。
「平城セツが亡くなったせいだって思ってたけど……まさか何か関係あるの?」
「……先生は魔法のことを何も教えられなかった事を後悔はしてなかったけど、ずっと気にしてたんだよ。平城家は業界じゃちょっとは有名だからねぇ。功名に逸った奴らが何かしらのチョッカイをかけないとも限らなかったしねぇ」
聞いている感じでは、チョッカイとは、ちょっとしたイタズラ程度ではすまないことの様だ。
「だからね、先生はこの街の結界を全て街ではなくアンタ個人に向ける様に細工したのさ」
「街の全部ですって⁉︎」
それはどれ程の労力がかけられているのか。
無知な忠泰にはわからないか、浅葱の反応をみれば、簡単なことではないことは分かる。
しかも、すごいのは作業だけのことでもない様で、
「そんなに広くないとは言え、全盛時で一万人近くの人口をカバーできたんだよ。それをたった一人に向けるんだ。この街にいるだけで"死の要因"を排斥できて、平城邸の内部なら"死の因果"すら捻じ曲げる。」
「し、死のインガ?」
少々難しい話に戸惑っていると、浅葱がごく簡単な言葉にしてくれた。
「様はこの家の敷地内なら死なないって事だよ」
「し、死なない?」
忠泰は知らない事だが、レイブンは彼を見て、
だが、その指摘は的外れでもなく、この屋敷限定では彼は不死王よりもはるかに厄介な存在なのだ。
「つまり、その結界があってタダヤス君は今も無事って事?」
「そうなるねぇ」
考えてみればそんな事も考えずに飛び込んでいた自分に驚いた。つまり、もし何らかの影響で魔法が発動しなかったとしたら……、
「僕、下手したら死んでたんじゃ…… 」
顔から血の気が引いた。
「やっぱり、知らなかったみたいだねぇ」
天津は呆れた様にそう言った。
「でも、やっぱりばあちゃんは僕にどうして魔法を教えられなかったのかな?」
「さぁ? でも言える事が一つだけあるよ」
「孫のためにここまでの結界を用意するなんてかなりの孫煩悩だよ。あの先生は」
「ハハハ」
それを聞いて軽く笑ってしまった。
可笑しさではなく、安心から。
「そうだよ。そうじゃないか。ばあちゃんはそういう人だったよね」
平城セツ。彼女は人を救い、人を導く。
己の不都合に目をつぶり、他人に襲いかかる理不尽を叩き潰す。
そうすることしか出来ない人だった。
「愛されていないんじゃないかって思ってた。所詮は赤の他人で、僕は平城を継ぐべきではないんじゃないって」
しかし……、
「ここまでもしてくれたんだ。『僕は愛されてなかった』だなんて贅沢すぎるじゃないか」
「ま、上手くは言えないけどさ……」
忠泰の言葉を聞いて天津は口を挟んだ。
「先生はチュー坊の事を孫だと思ってたよ」
ありがたい事だと思う。
その思いが本当に嬉しかった。
「そんで、あさちゃん」
「え?」
突然話を振られるとも思っていなかった様で、「どうして私?」と言いたげだった。
「アンタの
「う、うん」
意外なほど素直に天津の言葉に耳を傾けたので、忠泰の知らないところで何か思うところがあったのかもしれない。
「さて、私は明日の朝にでもお暇しようかねぇ」
「え、もう帰っちゃうの?」
「ま、もう流石に何もないだろうからねぇ」
その言い回しにどこか引っかかる部分を覚えるが、意識する前に天津が立ち上がった。
「アンタ達はゆっくりと寝てな」
「ありがとう。天津さん」
「いや、なに。気にする必要なんてないさ。それより、あさちゃんはこれからどうするんだい?」
「私は……」
その答えを告げる前に、人差し指で浅葱の唇に触れた。
「焦って答えは出さなくてもいいよ。家に帰っても、ここにいても、どっちも"学び"がありそうだからねぇ」
「天津……」
浅葱はらしくもなく目をそらす。いつもなら何か言い返すところだというのに。
……別に拒むつもりはないが、一応家主の許可を取ってからにしてほしいなぁ、と思った忠泰だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます