魔法使いは誰かを助けるのか?

第39話

 数時間が経過すると、夏といえども陽は傾き、周囲を景色を赤く染める。

 浅葱と忠泰が立っているのは中庭。グラウンドほどではないが、それなりに広いこの庭も例外なく赤く染まった。

 子供が遊んでいそうな風景ではあるものの、忠泰の持ち出した魔導具や魔法霊媒を惜しみなく利用し、罠を張り、準備を終えた。(もっとも蔵の秘蔵物は、核兵器に匹敵しそうな危険物も眠っているので、使用する物は危険すぎないものを厳選して使用したが……)

「何なら全部使えば良かったんじゃ……」

「出し惜しみして勝てる相手じゃないけどさ。全部使ったりしたらそれこそお尋ね者だよ。それに……」

「それに?」

「私たちは魔法使いだからね」

 この言葉に、忠泰はクスリと微笑む。

「分かったよ。確かにその通りだったね」

 そんな風に話していると、姿を現したのはたった一人の魔法使い。

「呆れたものだ……」

 百メートル近く離れているだろうに、レイブンの声はよく聞こえる。

「本気で私とやり合うつもりだったか?」

「レイブンさん……」

「……」

 浅葱は何も語らない。ここから先は、浅葱は忠泰に任せることにした。

 一見、かなりの無茶振りの様にも聞こえるだろうが、考えなしの作戦ではない。

 もちろん本人の希望があった事もあるが、そこそこ名の知れた浅葱よりも、一般人により近い忠泰のほうが、会話の余地があると考えたためだ。

「もう、やめませんか?」

「何だと?」

 一方、忠泰のストレートな言葉にレイブンも驚きを見せる。

「僕たちは戦うことが目的じゃないんです。ただ、アキノリの安全さえ確保できれば僕と藤吉ははそれでいいんですよ」

「ほう?」

「僕たちは魔法使いです。だから、止まることが出来ると思うんです」

「解せないな」

 その言葉にはトゲがある。

 語り合う前に戦闘になると思っていたのか、自分のペースが乱されているようで、彼自身が自覚していない範囲でイラついているのかもしれない。

「そっちの言い方は一方的だ。まるで、私がその要求を受け入れる余地があると信じているように聞こえるが?」

「言いましたよね。は魔法使いだ、と」

 それは、レイブンも魔法使いでありからには、良心があると信じたからだろう。

「成程、なかなかひねりの効いた答えではないか」

 なかなか、本気で感心しているようだった。

「しかし、上手く隠されているが、攻撃魔法が隠されている。ここまでしておきながら、戦う意思はないなどとよく言えたものだ」

「それは……」

「私が言ったのよ」

 浅葱が口を挟む。

「タダヤス君たっての希望だから、野暮な真似はしたくなかったけど、多分あなたは止まるとも思えなかったからね。戦闘になった時のための保険をかけておくのも必要でしょう?」

「確かに……」

 まるで他人事のようであるが、納得している様にそう言った。

「私は止まらないよ。「魔法使いとして」という言葉に心に触れるものがあるが、それよりも大切な任務があるのだ」

 任務。

 その言葉に忠泰は言った。

「あなたの任務ってその程度なんですか?」

 はっきり言って、今日の忠泰は交渉役。言うなれば相手を無闇に刺激するのはご法度であるのは分かりきっていた。

 しかし、それでもその言葉を言わずにはいられなかった。

「ほんの小さな子どもを傷つけて、追い込んで、あなたは大きな正義を担っているつもりかもしれないですけど、ちっぽけな正義を守ることすらできてない」

 浅葱からすれば、爆弾を刺激しているのを見ているようで気が気でない。だが、それは浅葱は咎められない。咎められるはずもない。

「ちっぽけな正義か……」

 その言葉を呟いたレイブンの顔はうつ伏せがちであったためか、あまりはっきりと読み取れない。

「素人が……」

 そう言って、いつの間にか手袋が嵌められていた左手で二人を指した。

 左手からは濃密な不吉な感じがほとばしる。

「今言った事を死ぬまで言い続けられたなら、多少は認めようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る