第35話

「な、何言ってんの! あんなに苦労したのに渡しちゃうの?」

 反発を予想しなかったわけではないが、秋則よりもむしろ忠泰の方が強かったのは予想外だった。

 それは、彼自身が命をかけたとか、そんな小さな理由ではなく、ただ、純粋に秋則の事を思っての事なのだろう。

「ほら、藤吉なら一言でたいていの事は出来るんでしょ? アレを倒すなり、逃げるなりして……」

「フフフ」

 その言葉を聞いて、下品に大声で笑う事はなかったが、その笑いを隠す事を男はしなかった。

「『藤吉なら何とか出来る』……か。良い信者でしじゃないか藤吉浅葱。成程、確かに世界最高に最も近い魔法使いなら、俺に一杯喰わせる、などと言う幻想を抱いてしまっても責められないか」

 ポケットから黒い皮手袋を取り出し、二度、三度軽く振る。

「だがな、現実は残念な事にそんなに甘くないのだよ‼︎」

 カッと眼を見開いて、それを左手に填めた。

「私は逃すことなど無いし、ましてや倒されるなどさらにありえんのだからな‼︎」

 そうして右手の掌を突き出し、左手を後方へ引いて構える。

 どこかの武術のようなその構えに押されながらも、浅葱は冷静に考えていた。

「タダヤス君。私が言っていた三つの掟を憶えてる?」

「何? こんな時に」

「こんな時だからだよ……」

 忠泰にも浅葱の只ならぬ様子に気がついたようで、先日に浅葱から教えてもらった事を思い出す。

「えっと……、一つ、魔法使いは人を殺めてはならない」

「他には?」

「二つ、魔法使いは可能な範囲で魔法の存在を隠匿しなければならない」

 正解だが、浅葱が聞きたかったのはそれでもない。

「三つ、魔法使いは、セブン……何とかに触れてはならない」

七大秘蹟セブン=ワンダー

 そうだ。あの時は説明を省いた。

 普通の魔法使いでも一生に一度遭うか遭わないか、というのが当然だからだ。

「はっきり言っておいたほうが良いと思うから言っておくけど、このペンダントも多分それだよ」

「へ?」

 ペンダント自体は大した力を秘めているわけではない。問題は材質。

「これきっと、一角獣ユニコーンの角だ」

「ユニコーンって、角が生えた馬?」

 まぁ、一般人としてそこまで知っていれば十分だ。

「七大秘蹟の第五位。純血の乙女を愛し、癒しをもたらす霊獣。その角を材料にするだけで半端無いほどの癒しの効果を得られる」

「そう言えば、聞いた事があるような……」

「でも、その効果であるが故に命を狙われ、乱獲されたんだ」

 この一角獣も決して弱い霊獣ではないが、多勢に無勢。滅ぶのも時間の問題と言われるまでに数を減らしてしまう。

「でも、伝承は知ってるけど、見た事あるって人は聞いた事ないよ」

「元々はこの世界には居ないからね。余所から引っ張りだして来たってのが正しいけど」

 それが故に大きな危険を孕んでいた。

「だからこそ、もし滅んでしまったと時の被害は半端無いかもしれないんだよ。一個の種の絶滅なんて些細な問題。彼らが住んでいる世界が歪む事で、私たちの住む世界のバランスも大きく乱れてしまう、かもしれない」

「そ、それって何が起こるの?」

「さあ? まだなった事がないから分からない」

 我ながら無責任な言葉だと思うがそれは仕方がない。

 簡単に言えば未知の現象なのだ。地球爆発という大事の発生から、地球上から元素一粒分の質量がなくなる程度の小事で済むことも考えられる。

 伸るか反るか。

 結局のところ、一角獣を狩り尽くすことで、地球が滅ぶリスクがあるならやめた方が良い、と魔導機関が判断した。

 そういう理由で規制したのが大きな理由。

 他の七大秘蹟も理由は似たり寄ったりで、大体は「触れれば世界が滅ぶ」というものが多い。

「まぁ、そんな簡単に行き会うことはそうそうないがね。我らのように何度も行き会う事はそうそうないだろうよ」

「我……か」

 浅葱はおろか、浅葱の周りにもそういったものと遭遇した魔法使いはいない。全世界には数万の魔法使いがいると言われ、その全てに面識がある訳では当然ないが、これだけは言える。七大秘蹟こんなものと何度も行き会う集団はたった一つ。

 "やはり"というべきか、"まさか"というべきか。

「あなた……」

「ここまで言えば流石に気づくか」

 満足そうに、そう言った。

「掟破りを排除する、武闘派集団……」

「そう、私は粛清者と呼ばれる集団に属する者。名前……は明かせんが、レイブンと呼ばれている」

 真っ黒な装いに、不吉な姿。

 死を告げる鳥は口を開く。

「さて、もう一度だけ言っておこう。それを渡す気にはなったかね?」

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