第33話

 浅葱は五感を使って忠泰の位置は分からなかったが、ペンダントを通しての縁にょって魔法的には完璧に把握している。

 だから、入って十分たった頃から急に動きが変わったのも感じていた。

「これって……」

 まさか流されているのか?

「ねぇ、姉ちゃん! ひょっとしたらにはまったのかも」

「うねり?」

 聞き慣れない言葉に思わずオウム返しをしてしまう。

「聞いたことあるんだ。川底の状態によっては底に引きずり込まれるような流れがあるから気をつけろって」

「そんなのがあるの⁉︎」

 地元の人間ではそんな事は常識だ。

 その証拠に、この辺りの水難事故の被害者は外からの人間ばかりだ。

 そんな事を言っている間も、忠泰は大きくうねりながら少しずつ離されている。

(このままじゃ、縁が届く範囲から外れちゃう)

 外れればどうなるのか、そんな事は言うまでもない。

(甘かった)

 この魔法が難しいという事はとっくに分かっていたはずなのに、自分なら出来ると心のどこかで思ってしまった。

(私は未熟だ……)

 何が世界最高に最も近い魔法使いだ。

 こんな時に何も出来無い"不思議"しか使えないのに、一端の魔法ひとだすけを行おうとしているのか?

 そんな事を考えていると、秋則かワンピースの裾を掴み縋るような目を向けてきた。

「もう、ペンダントなんてどうでもいいから!」

 こんなはずではなかったのに。

 秋則を助けるための魔法だった。なのに何という目をさせているのか。そこまでして分かる。魔法だけでは人は救えない。天津が言っていた言葉を思い出す。

「本当に魔法使いになるのか?」

 あれを言いたかったのは、決して天津だけではなく、母もそうだった。だから、魔法以外にも目を向けさせたかったのか?

(何てこった……)

 ここまでの失態は最悪という言葉以外で表現は出来ない。

「だけど、これじゃ終わらないよ」

 そう、まだ最悪なだけだ。ここから先は挽回は可能。

 手元の石を拾って地面に円を描く。チョークほど上手くは書けないが、今から行う一回分ならちょうどいい。

「な、何するの?」

 秋則の言葉に答えている余裕は無い。

 問題は次の魔法の為には潜水魔法を止めなければならない事だが、忠泰の息が続く間に終わらせる。

 そうしようとする前に……、


「見つけたー」


 そう言って浮き出てきたのは平城忠泰。右手で掴んだ例の十字架のペンダントを掴み浮き上がる。

 逸って魔法を解除しなくて良かった、と思っていると、心配をかけた張本人は「何やってんの?」と言いたげに近づいてくる。

「どうしたの?」

「ヤス兄……」

 秋則も瞳を潤ませていた。

「何だい? そんなに嬉しかったのか? ほら、これ」

 そう言って秋則に差し出したのは、十字架のペンダント。「間違いない?」と聞くと、秋則は力強く頷いた。

「タダヤス君……」

「藤吉! 見つけたよ。いやー、中々苦労したけど見つかって良かった……」

「そんな事よりも!」

 話し続ける忠泰を制して、

「この辺りが危ないって事、私に黙っていたでしょ」

「……なんの事かな?」

 そうとぼけても、浅葱にはそれが嘘だと分かる?目を合わせないのがその証拠。

「どうして言ってくれなかったの⁉︎ だったら、こんなことでずっと後悔するとこだったじゃない‼︎」

 今までに無いくらいに激しくぶつけられた言霊に、忠泰はただ「……ごめん」としか言えなかった。

 だが、彼女にはそうでは無い事を分かっていた。悪いのは忠泰ではなく浅葱であると。

 魔法を過信し、盲信して、忠泰を危険に晒して、依頼人を泣かせてしまった。

 このザマでは魔法使い失格だ。

「藤吉……」

「何?」

 ぶっきらぼうにそう言い放った浅葱に対して、忠泰はなおも言った。

「僕は、今回学んだよ。魔法使いになるって簡単じゃないんだね」

「簡単であるはず無いよ。魔法を使うのには、魔力を安定させてから……」

「そうじゃなくてさ」

 そうして数秒、自分の言葉をまとめる為に考える。

「人を助けるって、難しい事なんだね」

「……」

 確かにそうかもしれない。そうであってほしくは無い、と願っていたが、そういうわけにもいかないらしい。

「本当はきっと何でもない簡単な事なんだけど、それを生業なりわいにしようとした途端に一気に難しくなっちゃう」

「生業……」

 つまりは仕事という事か。

「きっと、僕たちは人を助けたい。でも、それを生業にすると、自己満足で終わらないようにしなくちゃいけないんだね」

 それが人を助けるという事。

 希望、意識、価値観、環境、時間などなどの問題が取り巻く中で、何ができて、どうすれば答えが得られるのかを真剣に考える。

 そしてその方法を見つけた時に加減も、容赦も、妥協もしない。

 それが、魔法使い。当時は魔法が最も模範回答に近かったのかもしれない。

(まさか弟子タダヤスくんに気づかされるとはね)

 全く情けない話だ。

「自分が避けて、目を背けてきた中に答ってあるんだね」

「人生ってそんなものじゃ無い?」

 忠泰は適当に答えて、ペンダントを前に出す。

「ま、今はそれよりも……このペンダントだよ」

 それは川底から拾い上げたペンダントではなく、浅葱が所持していた水晶のペンダント。

「このペンダントがコイツの場所を教えてくれたんだ」

「え?」

 その言葉に耳を疑う。

「それ、ホント?」

「そうだよ。やっぱり凄いな。あんな急流の中でもしっかりと目的の物を指すんだから」

 そんなはずは無い。

 確かにこのペンダントには浅葱が毎日魔力を込め続けたもの。だが、魔法をあえて形作らず、色々と応用できるようにしていただけ。

 有り体に言えば、これ単体で魔法など使う事は出来ない。

 魔法を行使するためには術者が魔力を通して魔力を操らればならないというのに……。

「どうかした?」

 忠泰の言葉に「何でも無いよ」と返事した。

 魔力が開いた様子も未だ無い。忠泰の勘違いか、そうで無いとしたら……。

「そうだ、秋則に返さないとな」

 そう言って秋則の渡す。秋則にそれを手渡そうとして、

「ちょっと、それ……」


 浅葱がその時はもう遅かった。


「済まないが、それは渡せないな。貴君らはそれが何かを理解しているのかね」

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