フランケンシュタインへの年賀状、あるいは娼館の逆人魚

 海辺の小さな売笑宿に一人の人魚が勤めている。ヘソから上は魚だが下は立派な人のメスだ。サービスはまるでマグロなのだが、エラでする息がセクシーだと贔屓にしている客も多い。


 この人魚、実は少し前まで上下が逆さまだったという。上が人間で下が魚であったのだそうだ。逆転したのはこんな顛末らしい。ある時たまたま見かけた人間の王子に恋をした。そこで人の下半身を通販で購入し、その足ですぐにおかへ上がると城内に職を得て王子に近づく機会を待った。ところがこの通販がとんだ食わせ物。確かに下は人にはなったが暫くすると魚が上へリバウンドした。あいにく王子は大の魚嫌い。彼女は結局、城勤めをリストラされて、現職に就いたのだった。

(通販ナンテソンナモノヨネ)

 人語を発声可能な口を失った彼女は足指を使った指点字で話をする。その身の上話はいつも、どこかに笑いを含んだ調子だ。

(下サエアレバ仕事ハ出来ルシ。舌ハ回ンナクナッチャッタケドネ)


 ある一人きりのクリスマスイブのこと、私は例の売笑宿へ足を運んでみた。たまたま人魚の彼女が付いた。

「イブまで仕事じゃ大変だよね」

(デモコウユウ日、手当ガ付クノ。出タガラナイ子、ヤッパリ多クテ)

「正月は帰省をするの?」

(陸ニ上ガッテ長クナルトネ、故郷ノ水ハ塩辛クッテ)


 ユサユサとベッドが揺れキラキラとウロコが光る。その振動の中、私は、去年のイブを一緒に過ごした、別れた女を思い出していた。

「俺に指点字おしえてくれた子さぁ、」

 魚の口元がパクパクしている。金魚のようだ。そろそろフィニッシュといこう。

「角膜移植したら逃げ出しちゃった。包帯解いたら〝化け物!〟だって。自分だって元メクラのくせにね」

 放ち終えてどっと体をあずけると、魚の上半身は冷たくて気持ちが良かった。

(人ノ目ッテサ、前向キニ偏ッテ付イテルジャナイ?。ダカラ見エナイ角度モ多イト思ウンダヨネ。ダケドサ、360度カラ見ルト、アナタ、ワリトイケテルヨ)

 添い寝している大きな魚眼を覗くとそこには縫い傷だらけのイケメンが映っていた。


 今年はクニに年賀状でも出そうか。宿からの帰り道、月を見ながらふと思った。コンビニで売っている干支の印刷された年賀葉書にボールペンで小さくこう書き込むのだ。我が創造主たるフランケンシュタイン様、僕はもうあなたを恨んではいません、と。

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