父方の祖母はガンで死んだ。 抗ガン剤に激しく嘔吐しモルヒネの混濁のなか他界した。骨を拾おうという段になって箸を手に皆がしばし惑った。燃え尽き崩れた炭のごとく祖母の骨はどこも粉々でうまく拾える部分がなかった。薬の副作用なのだろうか。私は漠然とそう思った。

 少しして母方の祖母が逝った。祖母は数年来の痴呆状態にあった。ある朝、布団の縁に足を取られて転倒し骨折した。それからはほぼ寝たきりの状態が続きやがて風邪をこじらせて亡くなった。釜から出てきた台の上の骨はやけに大きく立派だった。

「大きいな…」

 私がつぶやくと、母は、

「おこつが大きくたって何の自慢になるわけでもないけどねぇ…」

 と小さく苦笑した。私の言葉が父方の祖母の骨を念頭に置いたものであることに母は気付かないようだった。


「かあさんがぼけたのはヒロシのせいよ」

 帰りのタクシーでぼそりと母が言った。叔父はどちらかといえば奔放なたちで、せっかく入学したかなり著名な進学校を一年あまりで中退すると、その後は職を転々とした。のちに起業し、現在は軌道にのっているが、当初はかなりきわどい切り盛りが続いたという。親族の金銭的援助をあおぐこともあるいはあったのかもしれない。そうした息子の不安定な行状が祖母の精神的負荷となり痴呆の一因になったと母は言いたいのだ。母の隣で適当な相槌を打ちながら私はこう考えた。叔父の自由な生き方は、自己の意志より周囲への責任や体裁を優先させるところのある母には、どこか癇に障るものだったのかもしれない、と。


 私はまた祖母の骨を思った。叔父のせいだかどうかはともかく、あのゴロンとした骨の風情ふぜいには逝くのはいくらか早かったかもとそう思わせるところがあった。

 窓の外、暗くなり出した街並みに目をやった。自分が死んだことにまだ気付かない祖母の魂が、骨折前によくしていたように、ふらふらと街を徘徊しているような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る