メタスキーマ掌編集

メタスキーマ

スフィンクスの真昼

「それはスフィンクスだ」

 答えた旅人を訝しげに見下ろしていたスフィンクスの面持ちはすぐに激しい驚きの色に変わった。前肢を被う獣の毛並みはさらさらと抜け落ち、たちまちの内にしなやかな人の腕が現れた。四つん這いだった体は今や真っ直ぐに腰が伸び、腕と同じく獣毛を失った2本の後足はもはや元前肢の助けを借りることもなくすっくと大地に屹立していた。


 (あるいはムーサより授かりし我が謎は)、しばしの間おのが心を占めていた混乱から抜け出した時、スフィンクスは忽然とそのことに気付いた。(問われる旅人を陥れる陥穽であるのみならず問う我が身をもまた縛る二重の意味での呪いであったのかもしれぬ)。

 いまはもう泥にまみれることもなくなった手をひろげ、若々しい血潮の透ける白い腕をいっぱいに伸ばして、スフィンクスは住み慣れた周囲をまるで今はじめて眺める景色であるかのごとくに見回した。

 (それでは今度はこの私が旅人となり世界を行こう。呪いを脱したこの瞳に此の世なるものがどう映るのか。私はそれを確かめに行く)。いま訪れたスフィンクスの真昼。既に眼前の旅人の存在など忘れ去ったスフィンクスは、陽の沈む方角、それを越えたところに新しい王国が建ったという山を指して、強い足取りで歩み去ったのであった。


 スフィンクスの背中が遠ざかり道程の中程にある丘の向こうに消えてしまうと、オイディプスはスフィンクスとは反対の方向に向かって歩き出しながら低く笑ってこう言った。

「夜もすぐ来る」

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