第十席 幻道楽






《お客さまへ》



 本日予定されておりました

『萬願亭道楽改め十代目萬願亭苦楽襲名独演会』千秋楽は

 演者、失踪のため休演とさせて頂きます。


                        席亭


 読者様へ


 物語には蛇足がありますが、ここで読了されることを強くお勧めします。


                           作者より。



 多くの観客がこの張り紙を見てがっかりしていた。通しで見ていたお客さんは昨日の出来事を目撃しているから半ば諦めのつくものの、千秋楽一日のチケットを、それもネットオークションで馬鹿高い金額で購入した人はガックリとしたし、怒りもした。払い戻しと言ったって正規の金額しか返ってこないのだ。だからと言って、萬願亭一門や道楽個人、ましてや席亭を相手取って訴訟を起こすわけにもいかない。泣き寝入りしかないのだ。やりきれない虚しさが《横浜わいわい座》を包んだ。

 そんな観客の中の一人に怪盗ラビット・ボールが居た。

 えっ? ラビット・ボール? 奴は五日川警部とニコラス刑事、それに神奈川県警港署のみなさんに逮捕されたはずでは、と思われる貴兄も多いであろう。しかし、そこは大怪盗、ラビット・ボールである。神奈川県警の中にも彼の部下や内通者は居る。それらの助けによってとっくの昔に、拘置所を抜け出したのである。チケットも裏ルートを使って格安で入手した。

「わてに、こんな恥かかせてくれて、嬉しゅうて怒りの涙が出るわ。奴の独演会に入り込んで悪さしてやろ。どんな目に合わせてくれよか」

 復讐心に燃えたラビット・ボールだったが、蓋を開ければ相手の方が一枚上手。とっとと、失踪してしまっていた。これでは復讐の余地もない。

「こなくそ!」

 とほぞを噛む、ラビット・ボールであったが、

「いかん、いかん。このままだとフランス語、忘れてしまうわ。いい加減なところでやめましょ」

 と思い直し、母国へ帰ることにした。


 オーエン・フランス航空、成田国際空港発パリ行きの飛行機は、定刻の十一時三十分に空へ向かって翼を広げた。約十二時間の快適なフライトをどうぞ。

 ラビット・ボールは日本での失敗を忘れるため、眠ってパリまで行こうと思っていた。当然、席はファーストクラスである。

(くそう、こうなったらルーブル美術館でも根こそぎ奪ったろか)

 外見はイケメンフランス紳士の格好をしたラビット・ボールは頭の中で、小汚い関西弁を駆使して次の仕事を考えていた。まだ日本での習慣が抜けないようだ。まあ、ネイティヴなフランス語を話されては作者も多くの読者も困ってしまうだろうけれども。そこはなんとかしよう。

「さて」

 ラビット・ボールが眠りにつこうとしていると、後ろの席から、

「オキャクサマ、ドウブツノモチコミハコマリマス」

 というフランス人キャビンアテンダントの穏やかな叫び声が聞こえてきた。

(何事や?)

 ラビット・ボールが振り返ると、

「何よ、このねこは時価数千万もするのよ。もし、貨物室で急病を起こして死んじゃったらどう責任とってもらえるのよ。もう一匹は可愛い妹ねこなのよ。これを一人っきりで暗い貨物室に入れられる? そんなことあたしには出来ないわ。第一、税関、通れたのよ。何の問題があるのよ」

 と大騒ぎしているハーフがいる。その顔を見て、ラビット・ボールは驚いた。キャビンアテンダントに啖呵切っているのは道楽の妻、スジャータだったからである。その横には我関せずというポーズで窓の外を眺める道楽がいた。

「トニカク、コマリマス」

 と穏やかに激怒する、フランス人キャビンアテンダントさんと、

「わかんない外人ねえ」

 と燃えたぎるように怒るスジャータを見て、

「※よろしいかな」

 とラビット・ボールがフランス語でキャビンアテンダントさんに話しかけた。

(以後※の後はフランス語での会話である)

「※まあ、ポール・アパルトマン様。いつもありがとうございます」

 ポール・アパルトマンとはラビット・ボールの数ある偽名の一つだ。彼はオーエン・フランス航空の上得意の客であり、大株主でもあった。

「※そのねこなんだが、本当に、貴重で高価なねこみたいなんだ。ここはひとつ、大目に見てもらえないかな」

 ラビット・ボールは上品なフランス語で話した。

「※アパルトマン様がそうおっしゃるなら特別に許可を取りますわ、オホホホ」

 フランス人キャビンアテンダントさんは笑うと、今度はスジャータに向かって、

「コンカイハ、トクベツデスカラネ!」

 と穏やかに、しかし、顔を真っ赤にして言うと去って行った。

「※ありがとよ、外人さん。礼を言うわ」

 スジャータはフランス語で礼を言った。さすがスーパー・ハーフ・レディー。外国語はお得意のようだ。

「※ところで、そのねこ。三毛ねこのオスでなおかつ、生殖能力があるという伝説のねこ、《ちくわ》ちゃんじゃありませんか?」

 ラビット・ボールが知っているくせに、とぼけて聞く。

「※そうですのよ。今回、バカな旦那が仕事で大失敗して、ほとぼりが冷めるまで、日本をおさらばして、パリで豪遊することにしたんですの。あたしのお金でね。旦那はせっかくの仕事パーにして、一文無しだからね。それで、ねこちゃんたちを置いていくのが心配で、連れてきてしまったの。あたしだって本当はねこは貨物室に入れるってわかってたわよ。でも《ちくわ》は特別なねこだから、手元に置いておきたかったのよ。それをあの、キャビンアテンダントの奴、頭固いんだから。でも、あなたのおかげで助かったわ」

「※お役に立てて光栄です。私もねこ好きだから、あなたの気持ちがよく分かります」

 ラビット・ボールは言った。すると、道楽が突然立ち上がり、

「トイレに行ってきます」

 と言って席を立った。ラビット・ボールとスジャータがフランス語で盛り上がっているのが面白くなかったのだろう。表情が硬かった。

 道楽を見送ったラビット・ボールはスジャータとの会話を楽しみながら、次の仕事のことを考えていた。

(※ルーブル美術館を襲うのもいい。だがこの目の前にいる《ちくわ》をどうしても手に入れたい。スジャータ夫人は手強いが所詮は女性。私のポリシーには背くが、力ずくで奪っても構わない。まして道楽など、とんだ優男。話になるまいな。ああ、《ちくわ》を我が、ねこコレクションに加えるだけでなく、他のメスの三毛ねこを交配させてオスの三毛を量産させることが出来たら、どんなに素晴らしいことだろう)

 ラビット・ボールのねこ偏愛はとどまることを知らなかった。

「※夫人。パリでの宿泊先は決まっていますか?」

 ラビット・ボールは尋ねた。

「※いいえ、決まってないのよ。何せ旦那が急にやらかしたからね」

「※でしたら、私が知り合いのホテルをご紹介しましょう。ただというわけにはまいりませんが、お安くお泊りいただけるでしょう」

「※まあ嬉しい。何もかも助けていただいて感謝の言葉もないわ」

 喜ぶ、スジャータ。

 ラビット・ボールの策略は着々と進行していた。

 そこへ、道楽が興奮気味に帰ってきた。

「エコノミーに横浜マリンズの滝川打撃投手と沢蟹ブルペン捕手が居たんですよ。春季キャンプのこの時期に何でだろうと思ってたら、奥の席に沖合打撃コーチと河東ベンチコーチもいるじゃないですか。驚きましたねえ。きっとフランスに強打者がいるんで、テストに行くんですよ。楽しみだなあ」

 珍しく感情を露わにして話す。横浜マリンズがベースボールのチームだと理解したが、フランスでベースボールは流行っていないし、世界的実力もない。何、興奮してるんだい、とラビット・ボールが思っていると、

「あんた、馬鹿ねえ。フランスでは野球なんて日本の百分の一も流行ってないわよ。フランスはサッカーよ、サッカー。きっと何たらコーチたちは首になって、傷心旅行にでも行くのよ」

 スジャータは道楽の鼻をへし折った。

「そうですかねえ」

 道楽が不満そうに言うと、

「どうせ、マリンズなんか今年も最下位!」

 とスジャータがまぜっかえした。


 飛行機はパリ、ドトール空港に無事、着陸した。スジャータが空腹を訴えたので、ラウンジでホットドックでもと道楽は思ったが、

「ここはフランスよ。アメリカじゃないの」

 とスジャータが激怒した。そこでポール・アパルトマンことラビット・ボールが、

「※車を用意しています。パリ市内に行きましょう。時間は少しかかりますが、そこならなんでも食べられます」

 と助け船を出した。

「※あんた、本当に気がきくねえ。こんな役立たずおっぽり捨てるから、あたしとパートナーにならないかい」

 スジャータが言った。

「※それは魅力的なお誘いですが、ご主人にさみしい思いをさせる訳にはいきません。とにかく車へどうぞ」

 ラビット・ボールは二人を誘った。

 車はサンジェルマン通りで止まった。そこにある瀟洒なレストラン『※鳥の巣』でディナーを楽しんだ一行は同じ通りにある『※ヤドカリの家』という小洒落たホテルに泊まることになった。泊まるのは道楽夫妻とねこ二匹で、ラビット・ボールは自宅に帰った。

「※もし、よければ、明日お二人をパリ観光にお連れしますが」

 とラビット・ボールは誘った。しかし、道楽が、

「わたくしは疲れたので、明日は一日休ませていただきます」

 と遠慮した。

「あたしは行くよ。あんた、あたしがイケメンと二人っきりで出掛けていいのかい?」

 スジャータが聞くと、

「構いませんよ」

 道楽は平然と言った。

「※ならば夫人、明日九時にロビーで」

 ラビット・ボールはそう言い残して運転手に車を出させた。

(※ちっ、二人とも留守にさせておいて、部下に《ちくわ》を盗ませようと思ったのに。明日は多少手荒いことになってしまうな。俺のポリシーに反するがやむをえない。が、相手は可愛くて希少なねこだ。かっこつけてなんていられないし、手段も選ばない)

 ラビット・ボールはフランス語で考えた。


 その夜、ホテル『※ヤドカリの家』の一室で、道楽夫妻が話し込んでいた。

「怪盗ラビット・ボールってのも案外脇が甘いですねえ」

 日本から持参した日本茶をすすりながら道楽が言う。

「糖尿病なんじゃないの」

 当然のごとく、ワイングラスを片手にスジャータが応えた。ねこどもは近所のスーパーで買ってきたフランス製のねこ缶をガツガツと食べている。《ちくわ》の生活習慣病管理はいいのか?

「インターポールのニコラス刑事には連絡しましたよ」

「あいつも大して役に立たないわ。あんた、明日は一人で大丈夫?」

「任せといてくださいな。密かに持ち込んだセラミック製の仕込み杖がありますからね。なんてったって、私は天然理心流をユーキ●ンの通信教育で半年勉強してますからね。それより、スジャータ、あなたの方が心配です」

「あたしはあんたのインチキ通信講座と違って、本場FBIの護身術を体得してるからね。うさぎの一羽や二羽なんてちょろいもんよ」

「そうですね」

「ハハハハハ」

 夫婦二人は笑った。


 翌日。

 スジャータはポール・アパルトマンこと怪盗ラビット・ボールの運転するルノーに乗って、朝食も摂らずにいそいそと出かけて行った。道楽は一人寂しくラウンジで食事をした。そして部屋に帰る。「ああ、今日は日本から持ち込んだミステリー小説でも読みましょうかね」と従業員に絶対に伝わらない(と思われる)独り言を言いながら。

 部屋に戻ると電話が掛かってきた。おそらくニコラス刑事だろう。

「ハ、ハロー」

 慣れない英語で挨拶する道楽。すると、ニコラス刑事は、

「ドウラクサン、アナタイマトテモキケンデス。アナタノイルホテル、らびっと・ぼーるノイチミガケイエイシテルネ」

 と危機を知らせてきた。

「えっ、じゃあわたくしはどうしたらいいのです?」

「トニカク、スグニソコヲデテクダサイ」

「分かりました。すぐに逃げます」

 そういうと道楽は着替えをして《ちくわ》と《とんぶり》をケージに入れて逃げようとした。しかし、なんだか急に眠たくなってきた。耐え難い睡魔。そう、朝食には強烈な睡眠薬が入っていたのだ。

「※よし寝たな」

 ホテルの支配人が従業員らとともに道楽の部屋に入ってきた。

「※《ちくわ》というねこはどっちだ?」

「※三毛ねこですからこっちでしょう」

「※よし、そいつを連れてアジトに逃げよう」

「※男はどうします」

「※どうせ、このホテルは撤収だ。インターポールに目を付けられている。せいぜい寝かせておけ」

「※了解」

 支配人と従業員は三毛猫の入ったケージを持って部屋を出て行った。

 しばらくすると、突然ガバッと道楽が起き上がった。睡眠薬はどうした? 疑問が残るが、そんなことお構いなしにニコラス刑事に電話を掛ける。

「ハ、ハロー。予定通りことは進みました」

「おーけー。アトハコチラニマカセテクダサイ」

 ニコラス刑事が言った。

 しかし、なぜ、睡眠薬で眠ったはずの道楽が、こうやすやすと目を覚ましたのか? それは、彼が十代目苦楽を継ぐという重大なプレッシャーから強烈な不眠症に罹っていたからなのだ!

 それから道楽は一つ残ったケージを開くと中の黒ねこを取り出した。黒ねこ? 道楽の家に黒ねこなんていたか? 《とんぶり》は白ねこだったはずだ。道楽は黒ねこに向かってこう言った。

「ごめんな。靴墨なんて塗って。今、洗ってやるぞ」

 道楽は黒ねこを洗面台に連れて行き、お湯でゴシゴシ洗った。すると、黒い毛の下から三毛模様が出てきた。なんとそれは《ちくわ》だった。では連れて行かれたのは? それは化粧と靴墨で三毛模様に染められた《とんぶり》であった。ねこ知らずの支配人たちは、体の大きさも見極めず、ただ模様だけで《とんぶり》を《ちくわ》と間違えて連れて行ってしまったのだ。もちろん、《とんぶり》のケージと首輪には発信装置が付けてあり、ニコラス刑事とパリ市警の皆さんが鋭意追跡中である。これでラビット・ボールのアジトが一つ暴かれることになる。 


 一方、ラビット・ボールとパリ観光ドライブと洒落込んだスジャータは、

「※どこに行きたいですか」

 というラビット・ボールの問いかけに、一も二もなく、

「※モンサンミッシェル!」

 と答えた。

「※ふ、夫人。モンサンミッシェルはパリ市内ではありませんが」

 ラビット・ボールが少し、動揺して言うと。

「※いいの、行きたいの」

 頑として言い張る、スジャータ。

「※じゃあ行きますよ」

 ラビット・ボールはアクセルを踏んだ。

 パリからモンサンミッシェルまでは車で約四時間である。二人は陽気に歌など歌いながらドライブを楽しんでいるように見えた。だが出発、一時間が過ぎた頃から、ポール・アパルトマンこと怪盗ラビット・ボールは胸ポケットをしきりに気にするようになった。

「※あら、どうしたのよ? 胸でも痛むの? 心筋梗塞かもしれないわ。あたし、医師免許持ってるから見てあげる。車を右手に止めなさい」

 しっかし、スジャータはスーパーウーマンだな。性格はさておき。それはそうとして、スジャータの命令にラビット・ボールは反応した。

「※いや違うんだ。仕事の電話が入ることになっているのだが。ちっとも掛かって来ないんだよ」

「電話が胸ポケットに入ってるのね。だから気にしてたんだ」

 そうスジャータが入った時、着信音がなった。

「※ゴメンなさい。私だわ」

 スジャータは電話に出た。

「うんうん、そうなのね。大成功じゃない。そうそう、仕込み杖は必要なかったのね。あんなの捨てちゃいなさいよ。えっ、もったいないから持って帰るの。はいはい、好きにしてちょうだい」

 ニコニコしながらスジャータは電話を切った。そして、

「※もうここら辺でいいわ」

 とラビット・ボールに言う。

「※こんな何にもないところで止めにするのですか」

 ラビット・ボールが問うと、

「※そう、ここで止めてちょうだい。コーヒーを持ってきたの。一休みしましょ」

 と言ってスジャータはバックからサーモスを取り出した。

「※フランスのだろうね」

「※ネスカ●ェよ」

「※ハハハハ、いいジョークだ」

「※ネスカ●ェ最高!」

 車は路肩に止まった。

「※さあ、一気にやって」

 スジャータは酒でも勧めるようにコーヒーをラビット・ボールに渡した。一口すする。

「※旨い、インスタントとは思えない」

「※ポール、あんた、いいコーヒー飲んでないね?」

「※そうかな」

「※そうよ、このコーヒーには特殊なブレンドがしてあるのよ。ポールじゃなくて……(ここから日本語で)このコソ泥、ラビット・ボール!」

「な、なんやて」

 思わず、インチキ関西弁が出る、ラビット・ボール。

「あんさん、わての正体知ってましたんか?」

「当たり前よ。あんたが飛行機予約した時からあたしも旦那もインターポールのニコラス刑事も知ってたわよ」

「でも、わてが《ちくわ》ちゃんに狙いを定めたのはオーエン・フランス機の中で、あんたがキャビンアテンダントの姉ちゃんと揉めた時からでっせ」

「フフフフ、その揉め事が偽計だったとしたら」

 スジャータは不気味に笑った。

「じゃあ、あれはわてがもう一回、《ちくわ》ちゃんが欲しくなるよう仕組んだ演技!」

「そうよ、あの時点ではあんたが誰に変装しているか分からなかったからね」

「不覚や……じゃあ、さっきの電話は?」

「そう、あんたの部下のパリ市警が後をつけて、あんたのアジトを摘発したっていう旦那からの連絡よ。もうじきここにもインターポールのニコラス刑事やパリ市警があんたを捕まえにくるわ」

 スジャータはバッグからメンソールの煙草を取り出して吸い出した。それを見ていたラビット・ボールは、

「ふん、そんならあんさんを人質にして、フランス中逃げ回ったるわ。アジトだってまだたくさんある」

 とインチキ関西弁で吠えた。

「それは無理、あんたは後五分で車の運転が出来なくなるの」

 スジャータが非情な通告をした。

「な、なんでや」

「さっきのコーヒーに旦那の睡眠薬混ぜといた。象も眠らすベゲタ●ンAってやつよ。うちの旦那には効かないみたいだけど、適量の三倍入れといたからもうすぐグッナイ〜」

 スジャータはラビット・ボールに手を振った。

「そや、さっきから眠とうてたまら……な……ZZZ」

「あら、やっぱりよく効くわ。うちの旦那にはどうして効かないんでしょ。萬願亭苦楽の名跡って、そんなに偉大なのかしら。小ちゃな団体のトップってだけなのにねえ」

 スジャータが独り言してる間にパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。


(AM外電) 

 世界を騒がせていた、怪盗ラビット・ボール容疑者は、日本の女性、草刈・セバスチャン・スジャータさんの機転により、『亀甲絞り』の状態で睡眠薬を服用し、熟睡しているところをパリ市警によって逮捕された。スジャータさんによると、この『亀甲絞り』は日本の伝統技術の一つで、ある種の人にとっては猛烈な芸術性を、またある人によると強烈なエロティシズムを感じさせるという。スジャータさんはこの技術を(ご主人に内緒で)●ーキャンの通信講座にて取得したという。『亀甲絞り』の強度は絶大で、さしものラビット・ボール容疑者も縄抜けできず、当局に拘束されたままだという。市警関係者は取材に対し、『亀甲絞り』を市警全体で導入するか検討中であり、採用の場合は、スジャータさんを特別講師に呼ぶか、●ーキャンの通信講座を正式テキストに採用したい、と語った。


 道楽とスジャータは南仏プロヴァンスにいた。インターポールに協力したご褒美である。毎日二人はグダグダ過ごし、日が陰ると周囲を散歩して回った。そんなある日、二人は信じられないことに、野球場を見つけた。日本のそれまでとはいかないが観客動員一万を超えそうな立派なスタジアムである。特に問題がなさそうなので二人は球場に入ってみた。

『カキーン』

『カキーン』

 乾いた快音がスタジアム全体にこだまする。バッターボックスには、身長二メートルはあろうかという黒人の選手がバットを振っている。またホームランだ。

「あっ、投げてるの滝川打撃投手だ」無帽、Tシャツ姿なのでわからなかったが、行きの飛行機で見つけた滝川投手で間違いない。受けているのは沢蟹捕手だろうか? 

『カキーン』

 ボールはバックスクリーンに当たって跳ねた。

「凄いスラッガーは居たんですよ」

 道楽は興奮する。

「そうみたいね」

 一応頷くスジャータ。

「マリンズが頑張るなら、わたくしも頑張らねば」

 なぜか急にやる気を出す道楽。

「苦楽師匠の名は継げないけれど、道楽の名なら一生背負っていけます」

「負の遺産も含めてね」

「そうですね」

 二人は寄り添って、いつまでも打撃練習を見ていた。





                   



                                       

                                 

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