第5話 満ちる月夜

「で、喧嘩したと」

呆れるような栗野理沙の声に、姫乃は教室の机に突っ伏したまま頷いた。

正しくは喧嘩などという生易しいものではなかったが、霊感のない人間に正確な話をしても仕方がないので、内容に関してはお茶を濁す。

姫乃にとってはいつものことだ。

「あのさ、先週仲直りしたって言ってなかったっけ」

「うん。まあ、そのね」

「破局は早かったね~」

「いや、破局って別にそんなのじゃ……」

天貝香住ののんびりとした感想にツッコミながらも姫乃の気持ちは晴れない。

「なんか、ちょっと近づけた気がしたんだ……でも、私の思い込みだったのかも」

「めんどくさいなあ。あっちはなんて言ってんのよ」

「……それから話してない」

あちゃーと里紗が空を仰いだ。

その横で香住がにこにこと笑顔を浮かべながら二人の様子を見守っている。状況が分かっているのかいないのか。

「姫乃ちゃん、溝呂木くんに相談してみない?」

「溝呂木くんに?」

「真咲くんとはお友達だから、溝呂木くんから真咲くんにお話してもらったらいいんじゃないかな」

「良いけど、何を話してもらえばいいのかな」

溝呂木弧門。転校初日に愛居真咲に話しかけた自分の前に割って入った少年。

姫乃の中での印象はそれだけしかない。真咲の友達、と言われてもそれは人間としてか、それとも……

「僕をお探し?」

そんなことを悩んでいる間に、あっさりと香住が当の本人を連れてきてしまった。

最初に会った時と同じように、張り付いた笑顔、という嫌な印象を受ける。

目の前の小太りの少年は、本当は全然笑ってなどいないのではないか。

「あ、いや、なんというか、その」

いざ対峙してみると上手く言葉が出てこない。

姫乃は溝呂木弧門と言う少年を知らない。彼がどこまで知っているのか、どこまで話せばいいのか、それを図りかねていた。

「真咲から聞いたけど、姫乃さんと喧嘩したんだって?」

「知ってるの?」

火武斗カブトさんから聞いたので」

その名前が出たことに姫乃は驚き、その驚きに合わせるように弧門は右目を瞑ってみせた。

まるで事情はすべて知っている、と言うかのように。

「じゃあ、真咲くんともう一度話をしたい、って伝えてほしいの」

それでも姫乃は里紗や香住がいることを意識して、核心を外した物言いをした。



『——だってさ。今度、セッティングしようか?』

面白がるような声が機械越しに耳元で聞こえて、愛居真咲は大きくため息をついた。

鬼人化した真沙鬼のため息が軽い炎となって夜の闇を一瞬照らす。

街と住宅街の境目にあるビルの上で、2メートルの巨人が街を見下ろしていた。

『必要ない。話をする内容が思い当たらない』

真咲にとって、人喰いも人狩りも祖父の定めた掟の下に行われる正当な行為だ。

それを人間側の都合で一方的に非難されるいわれはなかった。

その気になれば、妖魔は昼夜問わず人を喰い散らかすことすら出来る。

それを人間にも配慮したからこそ、狩場を夜に限定しているのだ。

『だからさ、姫乃さんに謝っちゃえばいいじゃん』

耳元で聞こえる声に、真咲は苛立った。

『そんなに簡単な話ではない。何を謝るのかすら分かっていない』

『そんなの適当でいいでしょ。相手に話を合わせて頭下げてさ。それでお互い気持ちよくwin-winじゃない?』

溝呂木弧門の発言はいたって単純で、その明快さが真咲の気に障る。

そもそもそれは、自分が一方的に譲歩するだけで何の解決にもならないのではないか。

『自分は、会話も頭も弧門ほど回らない』

『めんどくさいなあ』

通信機の向こう側で、弧門が呆れたのがわかった。

『真咲ってさ、無駄に真面目だよね』

『……無駄か?』

『無駄でしょ。考えたって仕方ないこと考えすぎじゃない?今はどうやって彼女と仲直りするかでしょ?』

『だから、そうすべき理由を考えている』

沈黙。

お互いに距離を図る。

愛居真咲と溝呂木弧門は周囲からは友人と思われているが、本人たちの意識は違う。

互いに利用価値と好奇心を満たす相手だと思えばこその付き合いであり、それは利害の一致でしかないのだ。

と、たかが10歳の子供が背伸びしたところで、周囲がその関係を友達ととらえている以外の何物でもないのだが。

「エーテリア反応在り。来たよ、真咲」

その言葉に、真沙鬼は視覚と聴覚と全開にした。

「——いた」

真沙鬼の視線の4キロほど先、夜の街灯に照らされた歩道を一人のOLが歩いている。

会社の残業帰りだろう。交通量も少ない車道沿いを夜遅くに一人で歩く不用心は褒められたものではなかった。

だが、そんなことは問題ではない。

その後ろ、街灯の光の及ばない闇の中を点々と彼女を追うように影が蠢いた。

真沙鬼の眼はその影を捉え、耳はそれが動く振動を捉えていた。

鬼人の超感覚は人間のそれの数千倍にも及ぶ。

真沙鬼はその気になれば地平線の物体を事細かに見通すことが出来、10キロ先の針の落ちる音すら聞き分けることが出来る。

だが、それは鬼人の感覚ゆえの話だ。愛居真咲には致命的な問題があった。ベースとなる少年の肉体、長年の虐待により欠損した身体機能は、妖魔の肉体で補修した鬼人の身体にも影響を及ぼし、真沙鬼の能力を狂わせていた。

確かに、真咲は地平線の先まで見通すことが出来る、だが平衡感覚の損なわれた彼の感覚器ではそこに真っ直ぐに辿り着くことが出来ない。直進しているつもりでも、進路がどんどんずれていってしまうのだ。

そして10キロ先の針の落ちる音を聞き分けることが出来ても、それがどちらの方向で鳴ったのか、を判別できる能力が真咲にはない。

故に——

『リンケージ。位置を把握した』

鬼人化してなお、通信機は真沙鬼の身体の中にある。より正しくは真咲の変身時に鬼の感覚器官に取り込まれた形でその機能の一部を形成している。

そして溝呂木弧門はこの通信機に仕込んだ装置を通じて、真沙鬼の超感覚をデータとして受信し、彼の下で分析、補正して真沙鬼に送り返す。

送られたデータを真沙鬼の脳が映像として受信し、自身の歪んだ感覚器を修正する。

獲物の位置を、真沙鬼が正確に掴んだ。

次の瞬間、鬼の巨体が潜んでいたビルの屋上から跳ぶ。

超音速で跳んだ鋼の巨人が、わずか数秒で距離を詰め、今まさに闇から出て女に襲い掛からんとする怪物へと肉薄した。

バン!という何かが破裂するような音がOLの後ろで炸裂し、彼女が振り向いた時、そこにはわずかに残された細かな肉片とひび割れたコンクリートの地面だけだった。

街灯の明かりだけでは、人間の眼にはそれがなんなのかは判別もできない。

そして振り向いた時には、すでに真沙鬼の巨体は襲撃した獲物の死体をつかんだまま数百メートル彼方まで跳躍していた。

『——終わった』

『ご苦労さま。じゃ、素材はいつもの場所に置いといて』

狩りは愛居真咲の愉しみだ。

獲物は妖魔から人間まで、彼の気が向いたもの全て。だが、真沙鬼の狂った感覚では獲物を探すのも一苦労で、さらに街の住民に気付かれず、当の獲物に逃げられないように狩るのは至難の業だった。

調べものは溝呂木弧門の趣味だ。

対象は無機物から妖のような実体不明なものまで全て。その気になれば目当てのものを探すことはできるが、一方で強力な妖魔を手に入れられるだけの戦闘能力は彼にはなかった。

だから、彼らはお互いの趣味と好奇心を満たすために日夜獲物を求め、狩りを続けている。



一仕事を終えて、真咲は夜の街を歩いている。

特に理由はない。

そのまま帰ってしまってもよかったのだが、なんとなく落ち着かなくて、ブラブラと歩き回っている。

深夜近くの街を徘徊する半身半焼の少年の姿はあまりに特異だが、それを誰も気づかない。

「便利、だ」

真咲が先日学んだばかりの人除けのまじないを使って、人の意識を反らしているからだ。

簡単な術だ。その場にいる自分を路傍の石と同程度の存在として溶け込ませる法。

多少、霊視をかじった人間ならそれを見破ることもできるだろう。

だが、この街でそれが出来る術者はほとんどいない。

妖魔に狩り尽くされたのだ。

ドン、と真咲に肩がぶつかった。

人除けの術はあくまで意識を反らすための術、その場にいる自分を消してくれるわけでもなく、むしろ人から真咲が気づかれにくくなるため、上手く避けていかなければ、普通の人は真咲がいることなど思いもよらずに思い思いに歩みを進めている。

真咲は自分にぶつかった男へ振り向き、それが30歳程度の会社員であることを認める。

その視界の中で、突如として男が左胸を抑えて倒れた。

周りを歩いていた人間が慌てて駆け寄る中、男は左胸を抑え、何度も咳き込もうとして失敗し、そして死んだ。

その様子を背中で見ながら真咲は抜き取ったばかりの心臓にかぶりついた。

突然の心臓発作による死。それ自体は珍しい現象ではない。だから、たとえそれで死んだとしても事件性は薄い。そう判断されるはずだ。

だが、と真咲はその先の可能性を思って笑う。

心臓発作で担ぎ込まれた患者の中に心臓がない、その現象を目撃した医者の反応が楽しみで仕方ない。


「それで、あの娘には謝ったのか?」

並んで炊事場の片づけをしながら、塞神降魔は何気ないように話を振る。

妹を背負って洗い物をしていた真咲は、応えずに首をわずかに横に振った。

「何を、謝る、わからない」

ふむ、と老人は宙を仰いだ。

「屍鬼など所詮は低級霊にすぎん。100や200が散ったとてすぐに湧き出る連中だ。いっそ気のすむまで討たせてもよかったのだがな」

祖父の言葉に、真咲は憮然とした。

表情こそ変わらないが、肉親ゆえに孫の感情の変化には降魔はすぐ気づく。

「人喰いをやめるという選択肢もある。別に喰わねばならないわけでもあるまい」

「だけど——それではつまらない」

真咲の言葉に老人は小さく頷いて続けた。

「考えについては、お前は誤っていない。謝るべきは、彼女を傷つけたことだ」

「負わせた怪我は、恵那が治した」

「傷は、な。だが痛みを与えた事実は消えん。」

不意に真咲は右手で左腕をつかみ、無造作に二の腕をへし折った。

人間ではありえない怪力でぼきり、と鈍い音を立てて折れた左腕を、無表情にぶらぶらと振る。

「痛み……前はあった気がする。ずっと前は。今はもう、何も感じない」

へし折った左腕を右腕で引っ張り真っ直ぐにする。それだけで、真咲の左腕は元通りに接合していた。

驚異的な再生能力だ。だがそれゆえに、一度肉体が間違った状態で固定されてしまうと、何度再生しても間違った状態へ回帰してしまう。今の真咲のような、歪な姿のままに再生してしまうのだ。

愛居真咲の肉体は、自身が完全だった頃のことを覚えていない。

「——覚えておけ真咲。どんなに力があっても、他人の心には触れられない。傷つけた事実も変わらない。変えられないのだ」

孫の奇行にも顔色一つ変えずに、老人は静かにつぶやく。

真咲が見上げた祖父の顔はいつもと変わらず、その言葉の意味を理解することはできなかった。

不意に老人の手が止まる。

「——真咲、出番だ」

真咲がその言葉の意味を聞き返すより早く、左耳に仕込まれた通信機から連絡が届いた。

『やあ、真咲。30秒前にエーテリア反応を確認したよ』

「——場所は?」

「西区のアーケード街の外れかな。結構反応が大きいね」

「……ヒメのほうが近い」

鈴宮姫乃は人が犠牲になるのを嫌うだろう。

だから妖魔が派手に人喰いに動いているなら、彼女のほうが先に妨害に出るはずだ。

そこに関わる必要はない、と真咲は判断した。

それでも、半分は言い訳だ。ただ、顔を合わせたくないだけ。

『彼女に会いたくない、の間違いじゃないの』

そんな真咲の心境を見抜かれていて、溝呂木弧門の笑い声が通信機から響く。

ムッとした真咲の肩を、祖父が軽く叩いた。

「行ってこい真咲。咲良はジジが預かろう」

そう言って、返事も待たずに祖父の手が真咲の背中から妹を抱き上げる。ゆっくりとした動きだったが、それでも眠っていた赤子が少しむずがった。

「自分は、必要、ない」

「要不要の問題ではない。行くか行かないかだ。あの娘たちだけでは手こずりそうでもある」

今の真咲には祖父のような感知能力がない。その言葉が本当かどうか確かめるすべもなかった。

「それとも——儂に行かせるか?」

そう言われれば、真咲としては受けるしかない。

祖父に、自分では力不足だ、と言わせているようなものだ。それは真咲の怪物としての自負が許さなかった。

「——行ってくる」


「——さて」

閉じられた引き戸を見届けて、塞神降魔は静かに深呼吸をする。彼には、兄から離れた途端にむずがり始めた孫娘をあやすという一大事が待っていた。

「こういうことは妻に任せていたのだがな」

赤子を抱き、二階の居間に上りながら今は亡き妻の存在をかみしめ、老人は戸棚の奥の引き出しを開ける。

片手で器用に引き出しごと引っ張り出されたそこには、幼児用の遊具がぎっしりと詰め込まれている。その中から彼にとっては手のひらに収まるくらい小さなガラガラを取り出した。

塞神降魔——新港市を中心に周辺一帯の妖怪たちが恐れ、名前を聞いただけでも震えだすような怪物の王。

事情を知る人間にも、正体がこの街の闇を支配し、妖たちを従える鬼人=修羅皇と知られる老人。

それが、実は超がつくほどの孫馬鹿であることを、彼だけが知らない。


月の光が、商店街のアーケードを通して降り注ぐ中で吸血鬼が勝ち誇った。

「ずいぶんと手こずらせてくれましたが、所詮は人間。ここまでですね」

頭上から投げかけられた言葉に、姫乃は悔しさの余り唇を噛んだ。

姫乃と雪姫。少女と竜が地面に縫い付けられるように影に捕らわれ、地に伏せさせられている。

その姿を見下ろして、吸血鬼が笑った。

二人を捕らえているのは影縫いの一種。呪術による拘束だ。

気を付けていれば、周囲に注意をしていれば逃げられたのに、すぐ感情のままに飛び出すのは姫乃の悪い癖だと何度も父から注意を受けたことなのに。

だが、後悔している暇などなかった。

姫乃は拘束を逃れようともがき、しかし、もがけばもがくほど姫乃の身体に巻き付いた影がその数を増し、姫乃を次々と地面へ縛りつける。

「レーア!」

かろうじて動いた左手に光の精霊の力を集め、影を消し飛ばそうとして、その左手ごと光が影に呑まれた。

姫乃の後ろで甲高い咆哮が響き、それがすぐくぐもった音に変わる。雪姫が、白い竜がその息吹で影を吹き飛ばそうとして、口を影に縛り付けられたのだ。

「しかし、あなた方二人は素晴らしい。素晴らしい霊力をお持ちです」

身振り手振り、芝居がかった動きで吸血鬼は空を仰ぎ、姫乃に向かってお辞儀をする。その赤い眼光が姫乃を捉え、姫乃は動けないままに身震いした。

「どうでしょう?私の下に来ませんか?私の下で、その力を存分に活かしてみたいと思いませんか?」

「それ、断っても無理やり従わせるだけだよね」

即答。

迷う必要はない。相手が吸血鬼である以上、血を吸われてしまえば人間はその支配下に置かれる。

「この街は、素晴らしい街だ。人を自由にできるだけではなく、このような素晴らしい素材まで私に与えてくれる」

笑う吸血鬼の口から牙が剥き出しになった。

その手が、動けない姫乃に向かって伸びる。

その瞬間、アーケードを突き破って雷が落ちる。その直撃を受けて、吸血鬼が後方へ吹き飛んだ。

「な、なんです!一体何が——」

吹き飛ばされ、地面を転がった吸血鬼が驚きの声を上げた。その全身が焼かれ、焦げた表皮から黒煙が上がる。

そして、姫乃の前に、姫乃と雪姫を庇うように電撃を纏う巨大な鳥が顕現していた。

「裂空——お父さん?」

父の送り込んだ神鳥が、首だけを娘たちに向けて振り向く。

「何度も言っていますが、姫乃はもう少し日々の行動に反省をするべきではないでしょうか。雪姫も、姉が危険を犯そうとする場合は止める勇気が必要です」

先日、愛居真咲に敗れた反省が見られない姫乃を叱責する声は、父のものだった。

「ご、ごめんなさい」

『ごめんなさい』

影に捕らわれたままうなだれる姫乃の後ろで悲し気な鳴き声が響く。

「謝罪は求めていません。行動を改善しなさい」

娘たちの言葉を切り捨て、神鳥が前方へ向き直る。その視線の先で、全身を焼かれた吸血鬼がかろうじてその負傷を再生させて立った。

「貴様は、何者です!」

「ただの保護者ですよ。娘がご迷惑をおかけしたようで」

丁寧な口調で、神鳥の眼に射竦められ、吸血鬼はそれまでの余裕を捨てて震えあがった。

対峙しただけで、絶対的な力の差を感じたのだ。

額から汗を流しながらも作り笑いを浮かべた吸血鬼が、その姿のまま後方へ飛ぶ。逃げようというのだ。

だが、そこに横合いから高速で放たれた飛翔体が直撃し、爆発した。

「——!今度は、なんです!」

爆風に飛ばされた吸血鬼へ次々と鋭角の物体が襲い掛かる。それは小型のペットボトルほどの大きさでその後ろから火を噴いて直進する——ミサイルだった。

吸血鬼のマントが生きているように動き、ミサイルを跳ね飛ばす。だがマントに触れた傍からミサイルは次々と爆発し、吸血鬼を焼いた。

「手品は凄いようだが、雑魚か。大した強さでもないな」

次々と起こる着弾と爆発の中、そう言って、横合いの路地から巨大なカブトムシが姿を現した。

前方に突き出した左の二の腕の甲殻が開いて、中から何本ものミサイル上の物体が見えている。火武斗は体内で爆発する液体と体細胞を合成させて生体ミサイルを生み出す能力を持っていた。

それが次々と吸血鬼めがけて放たれ、商店街を巻き込みながら爆発し、余りの破壊力に姫乃は呆然とする。

姫乃が展開した結界は、結界内での物的な影響を軽減することが出来る。多少物品が壊れても、結界を解除すればそれらは元の形を保って空間は保護されているはずだった。

だが、ここまで破壊されると結界をもってしても保護しきれない。

「火武斗、さん?」

「おう、嬢ちゃん。前の晩以来だな……っても覚えてないか」

姫乃が真沙鬼に敗れた後に姿を現したことを思い出して、攻撃をやめて火武斗は肩をすくめた。

この戦は彼にとっては遊びだ。本気で吸血鬼を討つつもりもなく、適当に攻撃を加えているだけ。

その言葉の意味をいぶかる姫乃の後ろから、蜘蛛の足が現れる。

「はい。ちょっと失礼するよ~」

軽い口調とともに、姫乃を縛っていた影が背中から引き剥がされる。

影を引き剥がす蜘蛛の足をたどる姫乃の視線の先に、蜘蛛の胴から生えた妖女の姿があった。

「あ、あなたは——」

「あたいは恵那。愛居真人の眷属の一人」

そう言って、腰から上は妖艶な美女は足元の少女に向けてウィンクした。

その背後では、白竜を縛る影を次々と引き剥がす恵那と同じような姿の蜘蛛女の姿があった。恵那を二回りほど小さくしたまだ少女の状態が生えた蜘蛛女が数体がかりで、白竜の巨体に絡みついた影を解いていく。

「お久しぶりです。恵那」

「あんたは相変わらずの堅物っぷりだね。三日月」

神鳥が蜘蛛女に向けて首を下げる。その姿に恵那は肩をすくめた。

「同じく、愛居真人が眷属の一、火武斗」

暗闇の中から姿を現しながら、甲虫の武人が宣言する。

「なんだ、貴様ら、私の食事を邪魔するのか!」

吸血鬼が震え声を上げた。明らかに追い詰められている。

神鳥の出現、そして相次いで出現した妖魔二体はいずれも吸血鬼を超える存在だった。

「ここは妖の支配する街!私が何をしようが咎められる理由はないはずだ!」

「フン、あたいらを知らないとは、トンだ田舎者みたいだねえ」

「この街を支配する降神羅皇こそ妖の王!私はその意に従い——」

「残念だが、俺らはその息子の眷属だ。俺たちこそが降神羅皇の意思なのさ」

必死に抗弁する吸血鬼の言葉を火武斗は容赦なく切り捨てた。

「余所者がこの2,3日でずいぶんと好きに人を襲ったようじゃないか——三日月、この始末はこちらでつける」

火武斗の言葉に、神鳥に意識を宿した星川頼火が頷く。

神鳥に促され、解放された姫乃と雪姫がその後ろに回った。さらにその後ろに恵那とその同族が二人を護るように陣を組む

「人の領域に踏み込まず、己が縄張りの人を喰う。それが降魔の掟。それを自分勝手に解釈して人を喰うやつは他所からの新参者によくいるものさ。その末路がどうなるかも知らずにな」

表情の読めない甲虫の頭が震え、声だけで吸血鬼を嘲笑う。

「だ、黙れ!夜は私の領域、私の狩場だ!第一、その娘たちが私の狩りを邪魔したのだ。貴様たちはその娘たちをこそ制裁するべきではないのか!」

「ああ、そいつは一理ある——だがな、こういう話があるのさ」

姫乃に指を突きつけ、抗弁する吸血鬼へ火武斗はチッチッと指を振った。

「鈴宮ヒメを殺すな。鈴宮ヒメを傷つけるな——それが降神羅皇降魔が孫、愛居真咲の意思。この娘とその家族に手を出すやつは、真沙鬼が殺す」

甲人が神鳥の前に出て、吸血鬼の前に立ちはだかり、宣言する。

その言葉に吸血鬼の表情に怒りが宿った。身を震わせ、宙を舞い、全身に魔力を結集させる。

「下らん、実に下らん!——貴様こそが死ぬがよい!」

右手を振り上げた吸血鬼の頭上に巨大な月が顕現する。月を模したエネルギーの塊、直径30メートルを超えるであろう巨大な球体が、姫乃たちに向けて振り下ろされる。

その一撃を放った直後に吸血鬼は後ろへ飛んだ。

攻撃は囮。その隙に逃げようというのだ。

だが——

「大した手品だが……要はただの岩だろうが!」

甲人の全身の甲殻が開き、その下から球状の光玉が露出する。両手両足の関節に一つずつあるそれから、胸部の光玉に光が集中し、巨大なビームとなって上空へ向かって放たれた。

それは吸血鬼の生み出したエネルギー体を飲み込み、夜の街を、数秒、空へ伸びる蒼い光が染め上げる。

そのエネルギーの余波で吸血鬼は態勢を崩し、かろうじて空中で踏みとどまった。

「後学のために見せておくが、これがブラスター・テンペストだ」

熱量でアーケードの天井を消滅させ、余りの破壊力に呆然となる吸血鬼に向けて甲殻の巨人が宣言する。

高熱の余波で周囲の道路のアスファルトが溶け、火武斗自身の全身の甲殻からも水蒸気が立ち上っている。巨大な岩塊を瞬時に蒸発させた光線を放ちながらも、黒光りする甲殻の巨人は特に消耗した様子を見せなかった。

「で、お前はいつまでそうしているつもりだ?」

その言葉に遅れて、闇の中から二本の腕が突き出した。

闇から飛び出した腕が中空へ向けてすさまじい速さでアーケードの高さまで伸び、吸血鬼をつかみ、そのまま上空へと舞い上げ、地面に向かって叩きつける。

吹き飛ばされた吸血鬼の身体が、無数の蝙蝠へと分裂し、空中で再集結し、再び吸血鬼の身体を取り戻す。

「フッ、きましたね。噂の降神羅皇とやらが」

「残念だが違う」

強力ではあったが、予想より威力のない一撃に、余裕を見せる吸血鬼に向けて火武斗は肩をすくめた。

「その孫だ」

闇から、鉄色の巨人が姿を現す。

全身から生えた棘から蒸気を吹き出し、上下4対の眼に蠢く無数の眼球が上空の吸血鬼をとらえ、射竦める。

視線を向けただけ、それだけで吸血鬼の身体が歪み、押しつぶされる。

「——がっ!」

言葉もない。吸血鬼は身を守る間もなく一瞬でつぶされた肉塊となって地面に落ちる。だが地面に叩きつけられる直前に再び蝙蝠に分裂し、空中で再集結する。

「なるほど、これが噂の鬼ですか。たいした化け物だ」

だが、その言葉にすでに先ほどの余裕はない。二度の再生能力の行使は吸血鬼の力を大きく削いでいた。

『外から来た妖か。なぜヒメを狙う』

「これも噂通りの、偽善者ですね」

その言葉に真沙鬼の巨体が一瞬止まる。

「たまにいるものです。人を喰うことを禁ずる人外が。人を守る自分を良識あるものと信じて疑わない善のものであるという道化がね」

やれやれ、と吸血鬼はわざとらしく手を広げて肩をすくめる。

「愚かな話だと思いませんか。人間など我ら妖魔の餌にすぎないというのに、人間にとっては彼らも我らと同じ化け物であるというのに——まして、貴殿も人喰いであると聞きます。人喰いが人喰いを咎めるなど、滑稽にもほどがあると」

「——話は、終わりか」

その言葉と同時に鬼の巨体が吸血鬼の頭上から襲い掛かる。地上から空中へ、真沙鬼は一瞬で距離を詰めていた。

だが、この会話は罠だ。まんまと挑発に乗って正面からとびかかる鬼の姿に嘲笑を浮かべた吸血鬼の外套から影が伸び、漆黒の刃が眼前に迫る鬼の全身を貫き……きれずに全てへし折れた。

「——⁉」

言葉を出す間もなく撃ち込まれた拳を受け、吸血鬼の身体は地面に向けて叩きつけられる。

『人喰いが人を守るがどうこうなどどうでもいい。ただ、お前は気に食わない』

真沙鬼の両手が上下に合わさり、獣の咢を象る。両手に収束された闘気が、鬼の気が巨大な獣と化して地に落ちた吸血鬼へ放たれた。

「獅子——閃吼」

闘気の炎に押しつぶされ、巻き込まれた吸血鬼は苦悶の叫び声をあげた。


「——真咲よ、なぜ掟があると思う」

祖父の言葉に真咲は首を傾げた。

『自分たちが、人を喰いすぎないためだ』

「それは理由にはならん。私が掟を定めた訳だ」

『……あまり喰い過ぎれば人が恐れてこの街から離れるからだ。それに女子供は狩るのは良くない、次の年の獲物が減る』

「——つくづく、捕食者として生まれたものである」

祖父の言葉を少し考えて答えた真咲の言葉に、老人の口元が緩む。

人間の論理や道義にとらわれない孫の思考は、人に紛れ、正体を隠して生きてきた降魔にとっては実に頼もしい。

だが、その回答は降魔老人には正解ではなかった。

「私が掟を定めたのはな——妻と真人、私の妻と子を守るためだ」

「守る、ため」

その発想は真咲にはなかった。

「真咲よ。お前はこの先、一生母と妹を守ることが出来るか?」

真咲は言葉に詰まる。今は自信がある、妹が大きくなるまでそばにいてやろうとも思っている。だがその先は、真咲自身にも目指す目標があった。

そのためには、いずれ街を出ていかなければならない。

『——じじがいる。家には、ばあやもいる』

「常に、ではない。私も必要があれば街を出る。お前の母も、いずれは妹も街を出ることもあればお前から離れることもある。私の手は無限には届かぬ」

『だから掟があるのか?』

「そうだ。私の家族と生活を守るために掟を定めた。妻と子と、その友人を守り、普通の暮らしをさせるためにだ」

塞神降魔がこの街に妻と生まれたばかりの息子を連れてやってきたとき、この街は多くの妖魔が巣食い、何十年もの間、それらを討つ退魔師と戦いを繰り広げていた魔境だった。

それを降魔がわずか一月足らずで平定した。

人と妖、彼の意に歯向かう双方を叩き潰し、彼に従うものだけを残して。

妻子の命を守るだけでは意味がなかった。

妻と子が関わるもの、そのすべてを可能な限り守らなければ、二人に人間としての生活を送らせることはできない。

知人が次々と死ぬような街に誰が住みたいものか。

そのためには、どんなに強くとも自分一人の力で守るには限界があった。

「私が掟を定め、我が眷属によってこの地に住まう妖を支配したのが始まりだ。いちいち妖怪退治する暇もないのでな。掟に従うものは放置し、背くものだけを討つ。実に合理的だと思わんか?」

真咲は頷く。

夜ごとに妖を討つ、それは真咲にとって愉しみではあるが、毎日の時間をそれに割かなければならないと考えると面倒以外の何物でもない。

好きな時に好きなように狩ればいい。それが義務となる必要はないのだ。

「ゆえに、掟の本質は私の意思であり、力である。ただ定めるだけの掟に意味はない。それに従わせる力が必要だ」

そして従わないものは滅ぼし、その力を見せつける。それが降魔の掟であると老人は語った。

「真咲よ。お前は何を望み、何を掟とする?」


『我が血族の平穏を守る。それが祖父、降魔の掟』

音速を超えて鬼人が跳ぶ。

一瞬で距離を詰め、吸血鬼に鋼鉄の拳を叩き込んだ。無数に繰り返される拳打が吸血鬼を打ち据え、地に叩き伏せ、踏みつぶす。

『自分は家族を喰わない。友達を喰わない。友達の家族も喰わない——が、それ以外に興味はない』

足元でもがく吸血鬼の身体を踏みつけていた右足のつま先で掴み上げ、宙に放り投げ、再び地面に叩きつける。

『自分が嫌いなやつを殺し、好きなものを喰い、助けたいものを助ける』

砕かれた吸血鬼の肉体が再生する。再生を待って、態勢を整えるのを待たずに真沙鬼は再び拳を振るう。

『助けるかどうか、殺すかどうか、喰うも喰わないも、自分が決める』

圧倒的な力で相手を叩き潰す。これほど面白いことはなかなかない。相手がしぶとければしぶといほど、手ごわければ手ごわいほど戦いは愉しい。

『すべては、自分の意思のまま、思うままに——それが自分の掟』

実力は近ければ近いほどいい、戦いを長く楽しめる。それだけの力がないのなら、せめて自分を愉しませるために苦しんで死ねばいい。

「なぜだ!?貴様とて人喰いの化け物であろうに!」

『そんなことはどうでもいい』

悲鳴混じりの反駁を切り捨て、真沙鬼の手が吸血鬼の頭を握りつぶした。

『お前は、ヒメたちを傷つけた——だから殺す』

潰された吸血鬼の頭部が崩れ、そこから崩壊した全身がそのまま無数の蝙蝠に分裂する。吸血鬼の魔力はまだ逃げるだけの力を残していたのだ。

だが、それらが一斉に飛び去る前に、その真沙鬼の掌から広がる炎の球体が自分ごと蝙蝠の群れをそのまま飲み込んだ。

修羅しゅら——炎獄掌えんごくしょう

広がった炎が再び真沙鬼の掌に向けて収束し、その中に押し込まれた蝙蝠たちが熱と圧力に焼き尽くされて消えていく。同じ状態にありながら、鬼の身体にはゆがみ一つ現れない。

『灰は灰に、塵は塵に、だったな——だが、塵一つ残さない』

真咲が何冊か読んだ吸血鬼ものの本ではお約束の言葉をつぶやき、最後に真沙鬼は掌の上までに圧縮された炎球を握りつぶした。


どろり、と鬼の全身が崩れ、血と油と砕けた骨の混ざり合った粘液が地面に溢れる。巨体が縮み、骨と皮だけになった小さな怪物の表層がぼろぼろと崩れ落ちたその下に、姫乃の知る愛居真咲の姿があった。

お疲れ、と火武斗が少年の肩をたたく。こちらも人の姿になっていた。その後ろで、恵那と同族たちが夜の闇に去っていく。

父の意思を持つ神鳥に促され、姫乃と雪姫が真咲の前に出た。

「あ、あの!」

「……ごめん、なさい」

なにか、なにかを言わなければならないと思った。

そんな姫乃の目の前で、愛居真咲が頭を下げる。

「……?」

『ヒメを傷つけた、怪我をさせた、痛みを与えた……だから、ごめんなさい』

剥き出しになった左目がぎょろりと姫乃を見据える。真咲の表情はどこまでも真顔で、だから姫乃はその言葉が本心であり、そして本当の気持ちではないことを悟った。

『だけど、自分は間違えない——間違えていない。ヒメがもう一度掟を破るなら、何度でも相手になる』

真咲は相手を傷つけたことが悪いことだ、と理解している。だから謝る。

だが、それは理屈だ。

相手を傷つけたことに心を痛めた訳でも、後ろめたく思ったわけでもない。感情ではなく、人外の論理で判断し、行動する。

それが人の心を模しただけの怪物の本心だった。

それでいい、と姫乃は不思議と受け入れていた。

「そうだよね。真咲くんはそうなんだね」

それでも、愛居真咲は自分を傷つけたことを悪いことだと思って、謝ってくれる。その気持ちに嘘はなかった。嘘ではないとわかった。

「でも、私はあなたたちが人を食べることを認めないし、見逃したりもしたくない」

それは宣戦布告だ。力ではかなわなくても、その行為を認める気はないという。

その言葉に、後ろで神鳥が目を細めた。

『では眷属たちには伝えておく。鈴宮姫乃に見つからないように人を喰うように、と……それでもヒメの行動が目に余る場合は、自分が相手になる』

姫乃が妖怪退治をしたければするがいい、と真咲は言った。

一方で、姫乃が妖怪を倒しすぎれば今度は姫乃自身が掟を破るものとして真咲の攻撃対象になる。それがこの街の掟だった。

「じゃあ、また明日ね」

「……明日?」

「うん、また学校で」

「……わかった」

愛居真咲は知らず知らず、笑みを浮かべていた。

「明日……」

自分の本性を知って、それでもトモダチでいてくれる人間。そんな人間はもういないのだと思っていた。

「あり、が、とう」

最後に残した言葉の意味を、その本当の意味を姫乃は知り得なかった。

姫乃にとって、これは問題の棚上げだ。

相手が人喰いの怪物だと分かっても、それを止める力がない。だから、今はそれを容認するしかなかった。

そしてそれとは別に、愛居真咲という相手が、優しい少年だと分かっていた。家族や友達を大切にする、そこだけは自分と同じだと思った。

だから、自分にはわからないように人を襲う、と譲れない部分を彼なりに配慮してくれた。その言葉が嬉しかった。今は、これが姫乃が出来る限界なのだ。

そして真咲にとっては、これは予想外の回答だった。自分が人喰いの化け物だと分かって、それでも友達扱いしてもらえるとは思っていなかった。

だから、真咲は心の底から感謝していた。


「貴様の娘は、大した娘だ」

すやすやと寝息を立て始めた赤ん坊を抱いて、傾けた背もたれに身を預けながら塞神降魔は一人ごちる。その視線の先には、この世のものではない霊鳥の姿があった。

「そうでしょうか?私には危なっかしくて見ていられません」

窓枠に爪をかけて「三日月頼火」の意思を宿した神鳥がため息をつく。この世のものではないその身は、閉じられたままのガラス戸を透過していた。

その様子を見て、降魔は笑う。

「親の気苦労とはそう言うものだ」

「真咲くんを恐れて、逃げ出してくれた方がはるかによかったのですが」

その祖父を前に、孫への侮辱とも取れることを堂々と言う。

「人喰いを、人喰いと知りながら恐れずに付き合える人間などそうはいない」

老人は愉しんでいる。

塞神降魔の数千、数万を超える人生の中でもそれが出来たものは多くない。

ましてまだ幼い少女の身で、それがただ見てみぬふりをすることだとしても、人喰いと正面から向き合おうとするものなど、まずいなかった。

「奥方様を除けば、ですか?」

「……あれは、どう考えていたのかな」

亡き妻を想い、老人は目を閉じる。思い起こせば妻とともに過ごした時間は10年に満たない。だがその十年は、それ以前の数万代の「人生」よりはるかに貴重だった。

「何も考えていないのではないかと思ったこともあるが、真人もあれも、わしが人を喰うと知りながら平静であった。どういう心境であったのか」

夫が、父が人喰いであることを、妻と息子がどう感じていたのか、塞神降魔にはわからない。孫の愛居真咲にもわからないだろう。

人を喰うことを当然とする人の姿をした鬼には、人を喰う存在を受け入れられる人の心を理解することは難しい。人間同士であってもそれを理解できないだろうが。

「三日月よ。あの娘、真咲の嫁にもらうぞ」

鉄面皮のまま老人が放ったその言葉は挑発じみていて、声色は面白がっていた。

「……あるいは、このまま進めばそうなるかもしれません」

神鳥が言葉を返すまでに数拍、あるいはそれ以上の間があった。

「その前に、あの子が真咲くんと友達であることを諦めてほしいものですが」

娘の希望すら無視した、だが娘を危険な怪物のそばにおいておきたくないというそれは、父親としての本心だ。

「娘たちのことは心配は要らん。真咲は家族と仲間を護る。そういうものだ。

——故に、お前はお前の問題を片付けよ。妻と子を迎えるために、お前が為すべきことを為せ」

「先生。どうか、私の家族をよろしくお願いいたします」

神鳥が頭を下げ、その姿が徐々に月明かりの下で薄れていく。

三日月頼火の意識は彼のいる三日月家の実家へ帰っていき、やがて部屋から霊鳥の姿は消え、老人と幼い孫娘だけが残った。

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