第8話 七月1

 学校祭当日、朝の八時に携帯がなった。着信音に叩き起された雄介は、画面で相手を確認したあと、無表情で終話ボタンを押した。静かになった携帯を枕がわりのクッションの下につっこみ、再び目を閉じる。だが五秒もたたないうちに、また着信音がなった。


「おい、うるせーぞ」


 隣のベッドの上から、タツが不機嫌きわまりない顔で睨んで来る。雄介は仕方なくソファから起き上がり、トイレへ入って通話ボタンを押した。


「あ、ゆー? ごめんねえまだ寝てた? あのさ、ゆー、マジ助けて欲しいんだ、おねが……」

「おかけになった電話番号は、お客様の着信を拒否しています。今すぐ切らないとお客様の携帯が爆発します」

「ゆー、頼むって! ホンットヤバいんだって!」


 田中が切羽詰まっている。それにほんの少しだけ、雄介はほだされた。


「……ナニ?」

「うちのバンドのボーカルが風邪で喉やられちゃって。ゆー、歌ってほしいんだ!」

「……部活、入ってねえし」

「良いよそんなの、大丈夫だよ」

「つうか、部活の誰かとか、代打いねえの?」

「いるけど、先輩オンチなんだもん。あんなのと一緒に出来ないムリ! だから頼む、一生のお願い!」


 携帯を握りしめて必死に拝む田中の姿が目に浮かぶ。雄介は大きな溜息を吐いた。


「……ナニやんの?」

「メールで出来る曲のリスト送るから。そっから五曲、いや四曲でも良いから、選んで。すぐ送るから、一回切るけどすぐ送るから、ソッコー見て!」


 必死な言葉のあとに、通話がプツンと切れた。


「マジかよ……」


 とりあえず、メールを待つ間にそのまま用を足し、トイレを出た。


「ごっちゃごちゃだな」


 家主のタツがベッドでいびきをかいているのを眺めながら、雄介は溜息を吐いた。

 狭い2DKは普段から、機材と楽器とベッドで占められている。更に昨夜は明け方まで曲作りしていて、録音機材まで広げているから足の踏み場もない。雄介は床を這うシールドやコードを避けながら台所へ行き、勝手に冷蔵庫を開けてお茶のペットボトルを出した。


「……バイト、休まなきゃ」


 給料は減らしたくないが、田中が本当に困っているなら仕方ない。あんなにぞんざいな扱いをしていても、大切な友達だ。

 お茶を飲みながらソファへ戻り、煙草をくわえると、タツがふと目を開けた。


「……何時?」

「八時すぎ」


 時刻を聞いて、タツは顔をしかめた。


「何だよ、まだ三時間くれえしか寝てねえし……バイト、十二時じゃねえの?」

「ちょっと予定が変わってよ。ガッコ行かなきゃならなくなった」

「何で?」

「学祭」

「ああ……今日か」


 学際と聞いたとたん、タツはニヤニヤし始めた。良からぬことを企んでいるように見えて、イヤな予感が走る。素直に応えたのはマズかったかもしれない。


「……来んなよ」

「何で?」

「アンタとケンカになったらヤバいから」

「ケンカしなきゃ良いだろ」

「つうか来なきゃしねえだろ。それに学際、一般公開してねえし」


 とっさに嘘を吐いた。本当は一般公開して、ごていねいに町内へチラシまで配っている。


「マジか。つうか行かねえって。ガキのお祭り行くほど、俺ヒマじゃねえし」


 今日はサオリと会うし、とタツは付け加えた。


「そりゃ良かった」


 先日話していた女と違う名前だったが、雄介はそこをスル―して話を打ち切った。

 タツは親しくしている女が常に何人かいて、サオリはその中の一人だと思われる。世の中、こんなだらしない男が好きな女も、意外に多いらしい。雄介はそんなどうでも良いことを考えながら、煙草を消し、身支度を整えた。


「じゃ俺、帰るわ」

「鍵、閉めてけよ」

「おう」


 一旦家へ寄れるか頭の中で時間を計算しながら、オレンジのバスケットシューズを履く。タツはもう一度眠るようで、ベッドに潜ったままだ。ちらりと振り返ってから玄関を出て、以前から預かっている鍵でドアをロックした。


   ◆


 さんさんと輝く太陽の下、学校祭は午前十一時から始まった。

 校庭に特設された屋外ステージでは、トップバッターのダンスパフォーマンスが披露されていた。男女あわせて六人のキレの良いダンスは、祭に一層華やかさを添える。クラスTシャツやクラブTシャツを着た連中が、ステージ前で盛り上がっているのを尻目に、田中は足踏みしながらきょろきょろしていた。


「ゆー、早く来てよ、もう始まるよお」


 田中のバンドは、この野外ステージで五番目に出演予定だ。間に合わなければキャンセルになってしまう。今回は気合いを入れて練習してきただけに、何としても出たい。焦る田中へ、メンバーの一人が近づいて来た。


「田中君、ごめんね僕が風邪引い……ゲホゴホゲフッ」

「あーもう喋んなくっていいよ鈴木君。仕方ないよ、悪いのは風邪のウイルスだもん」

「うん、ありがと……そう言ってもら、ゲホゲホッ」


 鈴木は大きなマスクをして、さかんに咳込んでいる。その背後にはベースとドラムスティック、そして何故か馬のゾンビのかぶりモノを携えた男子が、これまた不安げに立っている。田中は皆を見て、にっこり笑った。


「大丈夫、必ず来るから、もうちょい待ってて」


 不安を隠しながら言い切ったとき、後ろから肩を叩かれた。


「お待たせ」

「ゆー待ってた! マジ待って……」


 振り向くと、雄介はマスクにサングラスとキャップ、さらに黒い長袖パーか―のフードまでかぶっている。真夏にするには不自然な変装だ。


「どしたの? 何かあった?」

「いや、多分来ねえと思うんだけど……大丈夫、か」


 マスクを外しながらあたりを見回す雄介へ、田中は嬉しさいっぱいで飛びついた。


「何か良く判んないけど、とりあえず来てくれてありがと! ホントありがとっ!」

「うあ、ちょ、ウザっ」


 嫌がる雄介が、乱暴に田中を押し戻す。だが田中は舞い上がったまま、近くに立っていたメンバーを呼び寄せた。


「こっち、ベースの山田君と、ドラムの佐々木君。あっちはボーカルの鈴木君だけど、今日は残念ながらお休み。で、この人がDJウマこと、馬田くん。キーボードも弾くよ」

「ウマ……」

「ど、ども」


 ごくふつうの顔をした馬田が、ごくふつうにあいさつしてくる。しかし雄介は、馬田の抱えたかぶりモノに目が釘付けだ。それに構わず、田中は雄介の腕を引っぱり、輪の中へ引き込んだ。


「そんで、みんな。このヒトが助っ人、俺の親友のゆー君!」

「親友じゃね……」


 雄介が低く呟いたのをかき消すように、田中が大声を出しながらみんなの手を取った。


「ゆー君、ライブ慣れてるから大丈夫。あとは俺らがちゃんと出来たら大丈夫だから。よろしくね、今日よろしくね、楽しくやろーねーイエーッ!」


 テンションの高さに引き込まれ、みんなそれぞれ挨拶しあう。それから鈴木がぜいぜいしながら口を開いた。


「あの、今日、ありがと……」

「え、ああ、つうか、声ひでえな。大丈夫かよ」

「え、うん、だいじ……ゲホッ!」


 鈴木は苦しそうに、体を二つに折って咳込んだ。それを不憫に思いながら、雄介は頭の中でセットリストを思い返した。

 歌詞は全部頭に入っているし、田中とは一応、バンド歴もある。あとはトラブルがなければ何とか乗り切れるだろう。友人が組むコピーバンドで祭りに出るのだから、楽しんでナンボのステージだ。皆が不測の事態で緊張しているなら、ボーカリストとして、自分が率先して盛り上げればいい。


「あの、色々気にいらねえかも知んねえけど、今日はよろしくな」


 足りない言葉で精一杯の気持ちを伝えると、鈴木は咳込んだまま首を横に振ったり、頷いたりしながら雄介に手を合わせた。


「あー、緊張する、間違えたらどうしよう」


 傍らで、佐々木が不安の汗を滲ませている。思わず雄介は背をぽんと叩いた。


「間違えてもいいんだって。どうせ客なんか、そんな細かいトコ覚えてねーし」

「ゆー君……」

「ドラムは曲の要だけど、とりあえず止まんなかったら問題ねえし。思い切って、楽しもうぜ」

「……うん!」


 雄介の言葉に励まされたようで、佐々木が笑顔になった。そして佐々木と同じように不安げだった馬田や山田も、少しほっとした顔になった。皆かなり緊張している。もしやと思って訊くと、案の定、田中をのぞく全員がライブ未経験だった。


「そっか。そりゃ、キンチョーするよな」

「うん。でもだいじょーぶ、だってすんごい練習してきたし、みんなモブっぽいけど、結構イイ音出すんだよ。まあ、ゆーのバンドには全然かなわないけどさっ」


 田中はとびっきりの笑顔で一人一人を見つめた。普段はウザくて迷惑なのに、こんな時の田中は何だか頼りがいがある。ふと、中学の頃に組んだバンドを思い出した。

 当時は本当にへたくそで、学校祭のステージが最初で最後のライブだった。全員すごく緊張していたが、それでも田中はやっぱり笑っていた。たくさん間違って、途中で止まってしまい、曲をやり直した。恥かしいやら情けないやらでステージを降りたくなったが、田中が喋りと笑いで繋ぎ、その場を切り抜けてくれたおかげで、最後まで演奏出来た。後悔も多いが、今となっては懐かしくて貴重な経験だ。

 田中が手書きのセットリストを皆に渡し、大まかに打ち合わせをして、最後に彼の「楽しくやろうね!」を合図にハイタッチでしめた。あとは泣いても笑っても、本番を待つだけだ。


 ステージの催しは進み、いよいよ田中達の番が来た。メンバー各々のセッティングが終わり、雄介もフロントのボーカルマイクを軽くチェックした。


「けっこう見晴らしイイじゃん。しかも客、思ったよりいるし」


 雄介の左に立つ田中が、誰にいうでもなく話す。つられて雄介も周囲を見回した。

 ステージ正面にはパイプ椅子が四十ほど並べられ、八割ほどが生徒で占められていた。前列の、ちょうど田中の前に座った生徒たちが、こっちを見てがやがや騒いている。どうやら軽音部関係のようで、一番前に座った、態度のデカい茶髪が声を上げた。


「おーい田中ぁ! 今からでも遅くねえから、俺が歌ってやるってー!」


 同じく並んで座る仲間と、三人でげらげら笑っている。おそらく彼が、田中の言っていたオンチの先輩だ。ないがしろにされた雄介は内心面白くなかったが、田中の立場を考えて何も言わなかった。すると田中がこまった笑みを向けて来た。


「ゆー、怒ってる?」

「は? いや全然」

「ごめんねー色々。でも、ほんと助かるよ。友達ってありがたいよね。今、心からそう思ってる愛してるっ」

「……さむっ、ウザッ」

「えーひどーいゆーひどーい!」


 いつものやり取りで、お互い和む。それから田中は他のメンバーがセッティングし終わったのを確認し、雄介に一つ頷いてから、目の前に立てられたコーラスマイクへ向かった。


「どうもーっ、UMAウィズアミッションでーす! 今日は初ライブでーす。楽しくやるんで、みんなも楽しんでねっ」


 軽い調子のMCに、なごんだ笑いと拍手が起こる。その中から意地悪な声が上がった。


「ボーカル、誰ですかーっ? ツラ見えねーんだけどーぉ」


 例のオンチ先輩の仲間だ。雄介はサングラスをかけたまま、マイク越しに応えた。


「どーも。UMAです」


 ムカつきついでに、やけくそだ。


「はあ?」

「今日は人間に変装してます。よろしくヒヒーン。そんじゃ、さっさとやります。ウマだし一気に走るから、びっくりしないで着いて来て」


 変な顔をする先輩に構わず、ドラムセットへ振り向く。タムとシンバルの合間から佐々木に合図すると、彼は意を決したように頷き、大きく両手を上げ、それからスネアを一発、思いっきり鳴らした。

 青空へまっすぐ抜けて行くような、大きな打音が響く。振りかぶった雄介が拳を突き出すのと同時に、全員が始まりの音を爆発させた。一気に客席の注意がステージへ向けられる。雄介はマイクスタンドからマイクをもぎ取り、傍らのモニタースピーカーに右足をかけた。


「ウマなめんなああああっ!」


 デスボイスの絶叫だ。

 スピーカーがこすれるように軋み、客席の皆が慌てて耳を塞いだ。かぶるように絶妙なタイミングで始まったギターリフは、マンウィズザミッションがカバーしているグランジの名曲「Smells like a teen spirit 」である。

 田中は頭を振り、足をふんばりながら、全身でガツガツ刻んだ。雄介も並んでヘッドバンギングし、その後方、ドラムの隣でスタンバイしていたDJウマが、本家と同じようにスクラッチを重ねて来る。イイ感じだ。最後に山田のベースが、平凡な見てくれに似合わない、クールなスラップで加わった。


「Here we go!」


 全員の音が重なり、バンドのグルーブを紡ぎ出す。ガツンと腹に来るようなハードテイスト・サウンドは、とても初ライブ、しかも寸前でボーカルが代打になったバンドとは思えないほど安定している。最初は耳を塞いでいた客達も、じきにステージへ引き込まれ、雄介に促されて手拍子を始めた。

 雄介が歌い、田中が跳ね、山田と佐々木がキレキレのリズムを繰り出す。DJウマが華麗なキーボードとクールなスクラッチでアピールするたびに、少しずつ、ステージのそばに客が寄って来た。

 歌い、叫びながら、まるで指揮者のように、雄介の一挙一動がステージをコントロールする。ライブバンドとしてのノリが作りあげられて行くのを見て、オンチ先輩達があぜんとしている。それを見下ろしながら、雄介は彼らに手招きした。


「Stand up! Stand up fxxkin’ guys, sh-sh- shake your head!」


 早口の英語でたたみかける。それを正しく理解したかは判らないが、だらしなく座っていた軽音部の連中が、一人、二人と立ち上がり、頭を振り始めた。こうなれば他の席にいる連中にも伝染し、ノリの良いダンスチームなどは勝手に振付をつけて踊り出す。観客に恵まれたと感謝しながら、雄介は最後のサビを力いっぱい叫んだ。

 名曲の後は、間髪いれずに三曲、ノンストップで進めた。When My Devil Rises、Get Off of My Way、Evils Fall――すべてマンウィズアミッションの中でもハードなテイストの曲で、それに雄介のデスボイスでアレンジされた歌が乗ると、よりハードさが強調された。

 さらにもともとMCが苦手な鈴木のために、曲間を作らないよう練習していたのも良かった。おかげで計二十分のステージは盛り上がったまま、テンションを落とさずにラストを迎えられた。


「いいぞUMA―っ!」

「アンコール、アンコール!」

「お前誰だーっ!」

「ありがとうみんな、ありがとう、またねっ! UMAウィズアミッションでしたー!」


 拍手とさまざまに惜しむ声へ、田中が涙目になりながら感謝を叫んだ。

 なんとかやり切った。田中のエフェクターボードを抱えてステージ裏に移動してから、雄介は安堵の溜息を吐いた。

 客をあおりながら、同時にステージングによってバンドのノリをコントロールするのは、ボーカルとしての経験値がなければ出来ない技だ。そこを徹底的にしごいてくれた自分のバンドのメンバーに、今さらながら感謝した。


「はー、しんど……」


 自分が持っているものを駆使して、今出来る最高のステージを見せる。それは自分を頼ってくれた田中に対する、雄介なりの最大の礼だ。代打だからこそ、中途半端なステージはしたくなかった。


「はー、すっごかった、ライブってすっごいなあ! 何か、ワケ判んないくらい興奮した!」


 佐々木が汗だくの顔で、ツインペダルを抱えて戻って来た。続けて現れた山田も汗まみれで、ベースを抱えたまま佐々木の横へへたり込み、肩ではあはあ息をしている。

 馬田は機材を下ろしたあと、一人で馬のかぶりモノをかぶり、大きな汗ジミの出来た背を向けて、鼻を啜りあげていた。きっと泣いているのだ。そっと見守る雰囲気が流れていたところへ、田中がギターを抱えて戻って来た。


「お疲れ、お疲れささきのぞみ、お疲れサマンサタバサ! もうすっごい良かったーほんとDJウマのプレイすんごいクールだった!」

「いだだだだっ」


 俯いた馬田の頭を、田中がバシバシ叩いている。やがて馬の顔が背中にまわり、助けを求める声が上がると放置して、今度は山田と佐々木にも同じようにバシバシした。そして雄介にもしようとして、するりと交わされた。


「あああ、ゆーツレないっ! いっつものことだけどツレないよう!」

「おつ田中、つうか、すげえ良いバンドじゃん、UMAウィズアミッションって」

「え?」

「めっちゃ楽しかった。久しぶり、ハンドマイクで自由にやったの」


 素直に感想を述べると、田中の目からぶわっと涙が噴いた。


「ゆー、ゆーありがとう、ありがとう! 良かったよ何とかなったよ、どうしようかと思ってたんだ俺一人じゃここまで出来なかったよ、うわああああん!」

「泣くなバカ離れろって! ほら、鈴木困ってるし」


 抱き着いて来た茶髪の頭を、強引に客席側へ向ける。そこには鈴木が泣きながら立っていた。


「うっ、ぐすっ、田中、くん」

「鈴木君……」

「次、頑張るから、僕、ゆー君めざして、カッコイイボーカル目指して、頑張るから、絶対、風邪引かな……だから、クビにしない、でグハゲフゲホッ!」


 咳込みながら、必死に訴えて来る。田中はそんな鈴木の手を取り、ぶんぶん振り回した。


「ナニ言ってんのクビなんてそんなのあるわけないじゃん! だから頑張って風邪治してねっ」

「うん、うん、ありがとぐほげほぐふktぇ」


 涙ぐむ鈴木を囲むように、他のメンバーが近寄ってくる。雄介はその様子を少し眺めてから、そっと場を離れた。


「ふう……」


 自分の役目は無事終わった。そう思った途端に、強烈な疲れと渇き、そして暑さに襲われた。寝不足も手伝って、このままだと倒れそうだ。

 ステージから東側にある体育館へ向かい、その横にある水飲み場へ行った。ここは模擬店からも離れていて人気がない。パーカーを脱いでキャップとサングラスを取り、水を飲む。ついでに頭を水に突っ込んでクールダウンした。


「あー、つめてえ……」


 生き返る思いだ。

 何も持たずに来たので、犬よろしく頭を振って水滴を飛ばし、タオル代わりにパーカーで拭いた。気温の上がり切った今の時間なら、一時間もすれば乾くだろう。自宅でシャワーを浴びておいて良かったと思いながらパーカーを丸めていると、背後に気配を感じた。


「……もしかして、雄介、くん?」

「へ?」


 おずおずかけられた声に振り向くと、そこにはあのオンチ先輩が立っていた。

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