第28話 一月 2
愛美が午後六時前に帰宅すると、母は夕食の用意をしていた。父は自室にいるようで、姿は見えなかった。
『ただいま』
『おかえり』
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「今日、携帯返して貰う日だと思うんだけど」
「ああ、お父さんが持ってるわよ。声かけてみたら?」
母はキッチンに向かったまま、軽い調子で提案して来た。
父とはいまだぎくしゃくしている。わざわざ行って声をかけるのは気が進まない。もうすぐ夕食なので、父が部屋から出てくるのを待つことにした。
十五分後、母に呼ばれて父がやって来た。
父はちらりと愛美を見て、厳しい顔をした。肚に一物ありそうな素振りが、かえって緊張をあおって来る。
怯んではいけない、と自分を叱咤し、父へ一歩近づいた。
「お父さん」
「なんだ?」
「今日、携帯返してくれる日だよね」
「……」
ピンク色の携帯がポケットから出され、テーブルの上に置かれる。愛美はすぐに手を伸ばした。
「愛美。お前、付き合ってる男がいるのか」
「え……なんで?」
父の目が手の中の携帯に注がれている。それだけで、愛美は気づいた。
「もしかして、見たの?」
「親なんだから当たり前だろう」
「なに、それ……」
「ロックは店に頼んで解除した。使わせてもらってる身分のくせに、そんなものかけて」
父は威圧するように、愛美をにらみつけた。
「いいか愛美。親にはな、子供が間違った道に逸れないよう、指導する責任があるんだ。そもそも携帯を見られて困るなんて、お前はもうそこで間違ってるんだぞ!」
「その前に、私のものを勝手に見るなんてひどいよ!」
「ひどいのはお前だ。相手の男、停学だって? 佐々木先生に聞いたぞ。先生を殴るような不良と付き合うなんて、お前は一体何を考えてるんだ!」
ダン、とテーブルを強く叩かれた。まるで直接叩かれたように心が揺れる。泣きたくなるのを我慢し、父をにらみ返した。
「ほんとのこと、何も知らないくせに」
「なんだと?」
「って言うか、子供だから勝手に携帯見てもいいなんておかしいよ。それに私もう十七なんだよ、カレシだって……」
「まだ十七だ。男と付き合うなんて早い!」
「ちょっと、二人とも……」
母が割って入ろうとした瞬間、父は母へ怒鳴った。
「黙れ! お前もお前だ、ちゃんと監督してたのか? 食事会だの陶芸だの、お前が出て歩いてちゃんと見てないから、コイツがバカな真似をするんだぞ。分かってるのか!」
父は額に青筋を立てている。母は顔をふせ、身を縮めた。
こんな光景を、物心ついた頃から何度も見てきた。
父はこの家の王であり、神に等しい絶対の独裁者だった。
幼い頃は、父が正しいと信じていた。でも成長するにつれ、父が常に正しいわけではないことに気づき始めた。
自分の「良識」を家族に押し付け、それから外れたものはすべて間違い――理不尽で独りよがりなマイルールは、常に家族を縛りつけて来た。まるで目に見えない暴力だ。
父はまさに今、その見えない暴力を振りかざしていた。
「今すぐ別れろ、愛美」
「ヤだ」
「言うことが聞けないのか。このままだと受験に落ちるぞ、世間の笑い者だ!」
「世間? 一体誰が笑うの? 浪人してる人なんてたくさんいるじゃん。北大なんて四割は浪人だよ? 皆笑われてんの? 違うよ、お父さんが見栄張りたいだけじゃん!」
「うるさい!」
「怒鳴ってごまかさないでよ、そういうの最低、信じられないよ!」
「え、愛美ちゃん!」
母がおののきながら叫んだ矢先、愛美は強い衝撃に弾かれた。
視界がぐらぐらし、左の頬が熱に焼かれる。やがてそこが痛んで初めて、愛美は自分が平手打ちされたことを知った。
「黙れこの、出来損ないが!」
「あなたっ!」
母が慌てて父の右腕にすがった。
出来損ない――まるで鋭いもので突き刺されたように、心が破けた。
一気に涙が溢れ、目の前が波打った。痛みは反響のように、頬から頭へ、そして全身へ広がっていく。
自分は出来損ないだったのだ。父にとって、もう自分はいらないのだ。
「一人で何も出来ないくせに生意気な! だいたいお前は小さい頃から――」
父が閻魔の形相で叫んでいる。激怒し、今まで愛美がしてきた「失敗」をあげつらう。そして駄目な子供、何も出来ない子供だと繰り返す。
逃げたい――ただそれだけに突き動かされ、愛美は自室へ走った。
部屋に入り、ベッドに放ったままのコートとバッグを掴んだ。そのまま部屋を出て、玄関でブーツに足を突っ込み、ファスナーも上げずに飛び出した。
リビングから、父と母の怒鳴り声が追い掛けてきた。
外は既に暮れ、吹く風が身を切るほど冷たい。踏み固められた雪道を、息が続く限り走った。
最悪だ。
もう家にいたくない。いられない。
「あっ!」
不意に滑り、つんのめって前へ倒れた。ぶつけた膝と肘が痛い。地面は痛いほど凍え、その一方で、打たれた左頬が燃えるほど熱かった。
「い、った……」
「あらまあ、大丈夫?」
前から歩いて来た妙齢の女性が、手を差しのべて来る。それにすがり、何とか起き上がった。
女性は雪を払ってくれ、落としたバッグを拾い、コートを羽織らせてくれた。
怪我はないか、と優しくかけられた言葉に礼も言えない。そんな愛美を見て女性は心配そうな顔をしたが、逃げるように歩き出した。
国道へ出てしばらく歩き、いつも通学に利用している路線バスの停留所へたどり着いた。ドアのない小さな建物でも、風をしのげるだけで幾分暖かく感じる。愛美は誰もいないベンチに腰掛け、やっとコートの前を留めた。
これからどうしようか。
寒さに震えながら携帯を取り出した。電源が切られていたので立ち上がるのを待つ間、泊めてくれそうな相手を思い浮かべた。
真っ先に浮かんだのは雄介だったが、彼も居候なうえにバイト中だ。でも有希なら間違いなく助けてくれるだろう。甘えすぎで申し訳ないが、背に腹は代えられない。
一つ深呼吸してから携帯を見る。すると、なぜかトップ画面が初期設定に戻っていた。
「え?」
並べて貼っていたショートカットアイコンやガジェットも減っている。嫌な予感に急かされて住所録を開くと、家族以外の連絡先がすべて消えていた。
「……うそ、え?」
何かの不具合か、それともバグだろうか。電源を入れ直したが、やはり住所録は家族の連絡先しか出てこない。更にはメールやSNS、画像や音楽も、綺麗になくなっていた。
「まさ、か」
父がそうしたのだろうか、否、そうに違いない。あの人ならやりかねない。逃げ道を全部ふさいで、あの人のレールだけしか進めないようにしたのだ。
腹の底から怒りが沸き、それが胸で涙になり、後から後からこみ上げる。悔しさをこらえ切れず、愛美は声を上げて泣いた。
◆
人の流れに身を任せて地下街へ入ると、中は暖かく、正月休みを満喫する人々で賑わっていた。
誰もかれもが幸せそうに見える中、一人で壁際のベンチに座っていると、自分だけがモノクロの別世界にいるような気がしてくる。「イルミネーション」の歌詞にそんなくだりがあったと、愛美は雑踏を眺めながら思い出した。
「ごめん……メッセ、送れないよ……」
一番会いたい人の歌声を心の中でなぞりながら、小さな声で詫びた。
あのあと停留所からバスに乗り、大通まで来た。バスの中でも泣いたおかげで、涙は止まった。でもまだ、胸の痛みは止まらない。
これからどうするか考えなければならないのに、頭がまったく回らない。やはり父の言う通り、出来損ないなのかもしれない。
このまま消えてしまったら、楽になれるだろうか。
いつか、飛び乗ったバスに揺られて空を見上げた時のように、自分のいなくなった世界を想像しようとした。だが、頭の中にも雪が積もってしまったみたいに、何も想像出来なかった。
雄介に会いたい。有希に会いたい。ピアノを弾いて、温かいご飯を食べて、ふわふわの布団に潜りたい。望みだけ並べてみると、背筋が震えた。
自分はこれから、どこへ行けば良いのだろう。
「寒い……」
コートの襟を掻き合わせ、自分を自分で抱きしめていると、不意に携帯が鳴った。見ると母からのコールだった。
時刻は八時半近い。きっと父に言われて掛けてきたのだ。愛美は携帯の電源を切り、バッグの奥底へ押し込んだ。今は母とも話したくない。
「はあ……」
ため息を吐くと腹が鳴った。こんな時でも体は正直だ。
何か食べたいけれど、あまりお金は遣いたくない。財布の中身は千円札が五枚と小銭が少しで、通帳とカードは部屋へ置いてきてしまった。
ふと、自動販売機が目に入った。とりあえず温かいお茶でごまかそうと思った時、笑顔で近づいて来る男を見つけた。
「ねえキミ、ひとり?」
「え?」
「暇ならカラオケ行かない?」
大学生に良くあるカジュアルな出で立ちで、軽くにこやかに誘ってくる。いわゆるナンパだ。愛美は戸惑いつつも、立ち上がった。
「あの」
「はい?」
「私って、出来損ないですか?」
「え?」
「辛くて悔しくてすっごい泣いたあとでも、お腹空くんです」
「ふ、ふーん」
「でもそれってやっぱり、出来損ないだからなんですか? こんな時って普通、食べ物のことなんて忘れますよね」
「え? あー、えっと、どうかなあアハハハ」
男の笑顔がみるみる強ばり、関わりたくないとでも言うように一歩下がる。その隙に、愛美は早足で離れた。
お茶を買い、地上へ出ると小雪が舞っていた。とりあえず有希の家へ直接行ってみようと思いつき、路面電車へ乗った。混んだ車内で体を温め、屯田通八丁目の停留所で降りる。そこから薄暗い小道をびくびくしながら抜け、有希の家である喫茶店へたどり着いた。
――いない。
一階の店も、二階の住居も真っ暗だ。念のため玄関へ回ってチャイムを押してみたが、応答はなかった。
「帰ってない、か」
田中とカラオケへ行くと言っていた。そのあとどこかで遊んでいるのだろう。有希の両親も出掛けているようだ。
「どうしよう……」
このまま待つか迷ったが、そんなことをしたら本当に凍死してしまう。玄関先で親友が凍っていたなんて、何とも後味が悪い結末だ。有希に一生迷惑をかけてしまうだろう。
幸い雪も止んだし、このまますすきのへ歩いて、どこか終夜営業の喫茶店でも探すことにした。
しかし、その考えは甘かった。
喫茶店を探せども、すすきのだけあって、ほとんどが飲み屋ばかりだ。通りには観光客と酔っぱらいと呼び込み、そしてカラスとあだ名される黒コートの客引きが溢れていて、愛美にとってはまったくの異世界だった。
煌びやかな表通りとは対照的に、少し横路へ入れば、魔物でも棲んでいそうな、粘ついたネオンと闇が広がっている。愛美は不安から逃げるようにフードをかぶり、身を縮めて歩いた。
やがて南五条の交差点にやって来ると、雄介の部屋が見えた。当然だが明かりは点いておらず、窓ガラスが向かいのビルのネオンで鮮やかに染まっている。
『ネオンの世界に溺れ
眩しすぎて何も見えない
なあ、ここじゃ『真実』なんて『嘘』
信じられる訳ないだろう』
雄介の声が響く。きっと、あの窓辺でこの歌を書いたのだ。
急に、彼にすごく会いたくなった。でも彼はあそこにいない。バイト先も、居候しているタツの住所も知らないから、会いにいくことは出来ない。教えてもらった連絡先も、覚える前に失ってしまった。
こみ上げるものを押さえながら、一階のコンビニへ足を踏み入れた。温かい空気に包まれ、少しだけ気持ちがほぐれる。フードを脱いで店内をゆっくり見ていると、棚の向こうに金茶色が揺れた。
「あ、えー、愛美ちゃんじゃん!」
「あ……」
「わー久しぶりぃ! んで、あけおめことよろーん!」
笑顔で寄ってきたのは佳澄だった。
「カスミん……」
「ん? え、何、何で泣くのっ、どしたの愛美ちゃん!」
知っている顔を見た途端、一気に涙がせり上がり、ぽろぽろ溢れる。焦る佳澄に説明も出来ず、愛美はしゃがみこんで泣き出した。
◆
「そっかあー、それで出て来ちゃったんだあ」
「ひでーよね。だからさ、愛美ちゃん泊めてやってよ、オヤジ」
「えーでもさあ、俺まだ新年会途中……」
「アァ?」
佳澄は異議を唱えようとした恭二を、般若の形相でにらみ付けた。
「黙れよこのクソオヤジ。雄介カンドーしやがった上に、カノジョまで助けねーつもりかよ。飲んでる場合じゃねーだろ、テメーそれでも男かよこのクソオヤジ!」
「あー判った判った、もう怒んないでよカスミたん、頼むよー」
「じゃあイイね?」
恭二が仕方なく頷いたのを見て、佳澄はにっこり笑った。
「だってさ! 良かったね愛美ちゃん、うちのオヤジこんなビミョーだけど、それなりに優しいからっ」
「うん、本当にありがとう……すみません、急に来て、無理言って」
愛美は涙を拭き、心からの感謝を表すように、恭二へ深々と頭を下げた。
店の新年会まで抜けさせてしまい、申し訳ないことこの上ない。
「あー、まあ、こんなむさ苦しいとこだけど、泊まってって。雄介のベッドで良かったら貸すからさあ」
「はい、ありがとうございます」
「とりあえず、パジャマは私の貸したげる。ウサギさんとプーさん、どっちがいい?」
「え、えーと、プーさん?」
「おけまるっ」
佳澄は可愛らしい敬礼を残し、パジャマを取りに行った。恭二は水を一杯飲むと、愛美の隣へやってきて真面目な顔をした。
「愛美ちゃん」
「はい」
「お父さんへ連絡しよう」
「え……」
「心配してると思うから。うちに泊まること、ちゃんと伝えないと」
「心配してないです、きっと。私、出来損ないだから」
「そう、言われたの?」
恭二の問いに、愛美は目を逸らして頷いた。恭二は束の間愛美を眺めたあと、小さなため息を吐いた。
「そっか……それでもね、こういうことはちゃんと、筋通さないとなんないんだよ。特に愛美ちゃんは女の子だからね。大丈夫、俺が話すから。愛美ちゃんは繋いでくれるだけで良いよ」
「……すみません」
また頭を下げると、恭二は笑って頷いた。
本当は掛けたくなかったが仕方ない。愛美はバッグから携帯を取り出して電源を入れた。そして、震える指で自宅の家電へ掛けた。
せめて母が取ってくれるよう祈りながら、呼び出し音を数える。三つめが終わる頃、回線が繋がった。
「もしもし」
出たのは父だ。愛美は躊躇したが、恭二に促され、口を開いた。
「もしもし」
「愛美か。今どこにいるんだ、もう門限過ぎてるぞ。いい加減にしろ!」
当然だが怒っている。つい切りたくなるのを堪え、そのまま携帯を恭二へ渡した。
「夜分恐れ入ります。私、深澤恭二と申します……はい、同じクラスの、深澤雄介の父親です」
恭二はまるでカウンセラーのような、落ち着いた物腰だ。普段のフレンドリーな印象とまったく違うのに愛美が驚いていると、携帯の向こうから怒鳴り声が響いた。
「あんた、うちの娘を誘拐したのか!」
とんでもない言い掛かりだ。愛美は思わず携帯を取り返そうとしたが、恭二はそれを手で制した。そしてそっと、通話をスピーカーホンに切り替えた。
「誘拐ではありません。うちの娘、つまり雄介の妹がいるんですが、それがさきほど偶然、愛美さんと行き合いまして、それでお電話した次第です」
「どういうことだ?」
「愛美さんは、家に帰りたくないと申されてます」
「はあっ?」
「つきましては二、三日、うちでお預かりしますので、お許し願えればと思います」
「何をいってるんだ、あんたは!」
「愛美さんから事情を伺いまして、申し上げております」
「何をバカな、娘が家出するわけがない。きっとどこかの誰かに騙されてるんだ!」
冷静な恭二に対し、父が声高に接しているのが判る。
迷惑をかけているのはこちらなのに、父は何を偉そうにしているのか――情けない気持ちで愛美が唇を噛んでいると、恭二が愛美に微笑み、唇だけで「大丈夫」と告げた。
「うちも娘がおりますので、ご心配はお察しします」
「何が判るんだ、とにかく娘を帰してくれ!」
恭二が目だけで真意を問い掛けてくる。愛美は首を横に振って応えた。
「今は、帰りたくないそうです」
「は?」
「少し、時間を置きませんか? 今夜はもう遅いですし、愛美さんも疲れているようなので」
「今すぐ帰さないと警察呼ぶぞ、良いんだな?」
「どうぞ。必要なら呼んでくださって結構です。ただそうなると、色々ご面倒なのでは?」
「どういう意味だ?」
「愛美さん、頬が腫れてますね。何があったんですか?」
「別に、何もない。と言うか、あんたに話す義務はない」
「そうですか。それなら構いませんが、もし仮に警察を呼べば、あれこれと追及されるかもしれませんね。場合によっては児童相談所も絡む可能性があります」
恭二は穏やかな声で、淡々と父を追い詰め始めた。相手の怒りを上手くコントロールし、時間をかけて落ち着かせ、最終的に一番良い落としどころへ持っていこうとしている。
恭二の思惑通り、通話が十五分を過ぎる頃には、父の勢いもだいぶ衰えていた。
「樋田さん。お嬢さんは聡明で心正しい、素晴らしい女の子です。ただ今は、冷静に考える時間が必要だと思われますので、私が責任を持ってお預かりします」
「だが、あんたんとこには息子が……」
「あれは勘当しました。今は娘の佳澄しかおりませんので、ご安心ください」
「勘当……?」
「はい」
さすがに父も驚いたようだ。恭二が勘当に至った経緯をかいつまんで話すと、声のトーンが一気に下がった。
「あんた、息子を追い出して、心配じゃないのか?」
「そりゃあ心配です。でも、決めたことですから。今のあれには必要な体験だと、私も肚をくくりました」
「……」
「子供はいずれ、私達の手の届かない遠くへ行きます。でも、それでいいと思いませんか? 一人立ちして、生きていくだけの力を持ってくれたら、何よりだと思いませんか?」
「……」
「私達はそろそろ、子供を見守る役目をする時期ではないでしょうか?」
父が、息を飲む気配がした。
恭二は父の反応を見計らい、幾つかの条件――例えば夜は外出させない、危ないことはさせない、出掛けるときには必ず詳細を聞き、門限は従来の時間を守らせる、そして雄介には会わせないことを上げ、ついに父を了承させた。
恭二の勝ちである。
最後に深澤家の住所と連絡先を伝え、三日後にまた連絡すると添えて通話を終えた。
気づけば電話をかけてから三十分近く経っている。恭二が安堵のため息とともに、携帯を返して来た。
「おっし、任務完了! とりあえず三日は確保したよ。良かったね愛美ちゃん。お父さん、判ってくれたよ」
「……すみません。あんな父で、本当にすみません」
「大丈夫。酔っ払った下っぱヤクザより全然マシ。ちゃんと話通じるもん」
恭二は笑いながら、愛美へティッシュを渡した。
「だからさ、もう泣かなくて良いから。目、腫れまくるよ?」
「はい、う、ううっ」
話がついたと思ったとたん、また涙が溢れて来た。悲しくても悔しくても、安堵しても泣けてくるなんて、まるで涙腺が崩壊してしまったみたいだ。
詰まってきた鼻をかむと、また腹が鳴った。
「あ、お腹空いてる? カップ麺ならあるよ。つうか愛美ちゃんいるときって麺だね、ウチ」
「あ、はい、すみません」
「それ止めようか、すみません、っての。出来ればありがとうで。それか、パパ大好きー、とかパパイケメンー、でも良いよ?」
「え、あ、はは……」
冗談でもさすがに、雄介の父に向かってそんなことは言えない。愛美が困っていると、プーさんの着ぐるみパジャマを持った佳澄が現れた。
「うっわキモっ、息子のカノジョに何要求してんの、このオッサン」
「オッサンて……お父さんのこと、オッサンて」
一気に恭二の眉が八の字になり、情けなく歪んだ。
「カスミたん、ここんとこお父さんに冷たくない?」
「え、今気づいたの? ニッブーいクソオヤジ」
「ええ、何で? 何でそんな冷たいの?」
「お兄ちゃん追い出したから」
「ええっ? だってあれ、あいつが自発的に出てって……」
「ねえ愛美ちゃん、私の部屋で食べようよ。夏に描いてたやつ出来たんだ!」
佳澄はカップ麺にお湯を入れると、割り箸とともにトレイへ載せ、愛美を促した。
「ねえカスミたん、ねえ、ちょっと話聞いて……」
「あっれーおかしいなあ、なーんか耳休みになっちゃったみたーい。お正月だからかな。さ、愛美ちゃん行こっ」
「あ、う、うん」
「か、カスミたん……」
がっくりうなだれる恭二を無視し、佳澄は鼻歌混じりで自室へ去っていく。愛美は戸惑いながらも恭二へ頭を下げ、佳澄へ続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます