第25話 COUNTDOWN at UGA!!
大晦日の午後四時半、サイレントルームの面々はUGAへ到着した。
小雪舞うなか、次々やって来る対バンの連中と挨拶しながら、凍結アスファルトで転ばないように機材搬入を進めていく。
積雪もあり、気温も低いが、テンションは上がってくる。一年をライブでしめることが出来るなんて、とても特別で楽しいことだ。
「あー、いよいよ今年のラストか。楽しむぜイエーイ!」
「イエーイ!」
ハイエースの脇でタツとダグラスが拳をぶつけあっていると、雄介の怒号が聞こえて来た。
「誰だよマジにスカート持って来たヤツ!」
トランクから雄介が現れた。しかめ面で、手にはピンク色の塊を握っている。タツとダグラスは顔を見合わせると、同時に右手を高く挙げた。
「ハーイ!」
「ハーイ!」
「くそ、何でダグまで手ェ挙げてんだよっ」
「ダイジョブ、みんなの分もあるよ。ミモザ丈でオーガンジー、軽くて涼しくてシワにならなくって、おまけにキュートね」
「いやキュートいらねえしっ」
ハイエースの横でガタガタ騒ぐ三人を見て、コウが運転席から降りて来た。
「ガキかよまったく」
「ちょ、コウさんも何とか言ってくれって」
雄介が助けを求めるが、コウは鼻で笑った。
「ぶっちゃけ、俺は下半身見えねえから問題ない。むしろスカートのほうが涼しいし」
「いやでもそれでもキメえだろ、ハゲで上半身裸でスカート」
「あ?」
雄介が「ハゲ」と言った瞬間、コウの額に青筋が二本走った。
「黙れクソガキ……」
悪態を吐こうとしたコウのポケットで、携帯の着信音がタイミング良く流れ出す。舌打ちとともに取り出した液晶画面には、寺の電話番号が表示されていた。
「はい……ええっ?」
一気に曇った表情に、三人も笑うのを止め、会話の行方を探る。コウは二、三相槌を打ってから通話を終えた。
「……悪い。俺、帰らなきゃ」
「は? 何で?」
慌てた雄介へ、コウがすまなそうに微笑んだ。
「親父が……倒れた」
「はあっ?」
「すまん、今年のシメって時に」
さすがに驚いた三人へ、コウが頭を下げた。
突然大変なことが起きたのは、コウが悪いわけではない。しかし、ドラムがなければ今日のセットリストを演奏するのは不可能だ。黙り込んだ雄介とダグラスの隣で、タツはほんの少し考えたあと、コウへ問い掛けた。
「大住職は?」
「意識はあるが動けないらしい。いま、救急車呼んでる最中だ」
「そうか。じゃあ急いで行ってやれよ、こっちは大丈夫だから」
「タツ……」
「ライブは何とでもなるから、大住職についててやれよ。それに今日は大晦日だ。年越しとか、他に色々あるだろ?」
見れば、タツは落ち着いた表情をしている。土壇場でこそ、この男は力を発揮するのかもしれない。コウは賭けてみることにした。
「判った。あとは全部、お前に任せる」
「ああ。ただ、運転して行けるか?」
「大丈夫だ」
「良し、じゃあ雄介、ダグ、コウさんの荷物と機材積むぞ」
「お、おう」
タツに促され、下ろした荷物の一部をまた積み込んだ。その間コウは再び寺と連絡を取り、大住職の件と今夜の寺の行事に関して打ち合わせた。
「じゃあ、あとは頼んだぞ」
機材を積み終えると、コウは焦ったようすで運転席に乗り込み、ドアを閉めた。滑りながら急発進し、四角い尻を振りながら交差点を曲がって行く。
慌てているのが良く判る。
事故なく、出来るだけ早く到着するよう願う反面、雄介は深いため息を吐いた。
「……どうすりゃいいんだ……」
こんなトラブルは初めてで、つい不安がこぼれた。
ドラムの抜けた状態で何をどうすれば演れるのか、まったく思い浮かばない。いや、もしかして、コウが「任せる」と言ったのは、ライブのキャンセルに関して、という意味だったのだろうか。
遊び要素の強いイベントとはいえ、キャンセルするのは辛い。しかも今日はトリだ。文字通り、今年を締めくくる役なのだ。
階段を下りながらうなだれていると、後ろから頭を一発叩かれた。
「うげっ!」
「呆けてんじゃねえぞクソガキ、こっち来い」
エントランスへ入るなり、タツは雄介とダグラスを奥へ促した。
「ほら、急いでセットリスト組み直すぞ」
「へ? まさか、出んのか?」
「ったりめーだ。せっかくのステージだ、ドタキャンなんかするかよ」
タツがしかめ面で唸る。それを見て、ダグラスがあっ、と声を上げた。
「まさか、アコースティック?」
「ああ。イベント仕様で」
「うん、良いね、面白そう」
「え……?」
雄介が驚くのを尻目に、タツとダグラスは話を進めた。
「ダグ、ドラム叩けたよな?」
「うん、簡単でテキトーなヤツなら」
「じゅーぶん。ちょっとしたリズムとリムショット、行けるか?」
「うん」
「じゃ、悪りいけど今夜はそれで頼む」
「オーケイ。アコでアレンジするなら、ベースよりリズムあったほうがいいもんね」
「ああ。ありがとう、助かる。やるぜ、シメに相応しい、意表をついたステージをよ!」
タツが右の拳を掲げると、ダグラスも同じように拳を上げ、信頼を示すように軽く合わせた。
「マジかよ、今いきなりそれって……」
本番直前なうえに、今夜はリハーサルの持ち時間も短い。不安を露にする雄介へ、タツが笑った。
「大丈夫、雄介、お前ならやれる。ほら、昔アーケードで一緒にやってたの、思い出せよ」
「あ……」
タツの言葉に、当時の記憶が蘇った。
まだバンドを組む前、タツと二人でアコースティックギターを抱え、好きな曲を片っ端からアレンジした。雄介はそこで即興演奏のコツや裏技など、様々なことを学んだのだ。
「そうか、そういうことか」
「ああ、出来るだろ?」
「おう。やる、何とかする」
肚を決めた、と言わんばかりに、雄介が顔を上げた。
今日はオリジナル三曲にカバー二曲の予定だったが、オリジナルを下げ、全曲カバーへ変更することにした。
元々予定していた二曲は難なく、アコースティックへシフト出来る。残りは三曲だ。
「歌詞の問題があるから、俺が歌える曲の中から選んで欲しい」
「オーケー雄介、挙げてみて」
「All Apologies、ニルヴァーナ」
「ノーマルチューニング、キーはEだったら」
「あれならリズム叩ける」
「Stand by me、ベン・E・キング」
「だるい」
「Today、スマパン」
「つまんない、ノー」
「Castle made of sand。レッチリのバージョンのほう」
「うーん、好きな曲だけどアレンジ間に合わねえ」
「アイドントノー、あははは」
「True Colors」
「シンディ? お前が歌うなら面白そうだな」
「良いね、僕もシンディ大好き。あ、いっそ女性ボーカルばっかにしたら、面白いんじゃない?」
「あー、それ良いかも。どうよ雄介?」
「女性ボーカル? いくつかは歌えるけど……和田アキ子とか?」
「それアメイジング!」
どのツボにハマったのか判らないが、ダグラスが目を輝かせた。
「やろうよ、アキコワダ!」
「いやそこ笑えよ。つうか、他に女性ボーカルは――」
雄介が次々提案し、タツとダグラスが合否を出す。挙がった曲の中から、全員が可能な曲を判別した。
今このメンツでやれることは限られている。現状で出来る限り、最高のステージをやる。それが、やむを得ず抜けたコウや、わざわざ足を運んでくれる観客への礼儀だ。
「ねえ、本番までに少しだけ、スタジオ入れないかな? 三十分、いや、二十分でも良いから」
ダグラスの提案にタツが頷いた。
「その方が良いな。じゃあ、俺は横田さんにモロモロ伝えて、スタジオ押さえてくる。スティックも、多分スタッフルームに転がってるだろうから、聞いてみる。それから雄介、対バンからアコギ借りてこい」
「アコギ……誰か持ってたな。判った」
「じゃあ僕は音源聴いて、構成押さえとく。曲で削るとことかあったら、削っていいね?」
「ああ、任せた」
「ついでに皆のセットリストも作るよ、僕のリューチョーなミミズ文字でね」
ダグラスがわざとらしく胸を張る。彼のアルファベットはひどいクセ字なのだ。タツと雄介が苦笑すると、ダグラスも声を上げて笑った。
段取り良く話がまとまり、それぞれやるべき事をやるために一旦解散した。
もうすぐ五時だ。リハーサルが始まる。持ち時間十分の逆リハだが、今回は無理を言って最後から二番目に変更してもらった。そしてリハーサル後すぐに、併設されているスタジオへ入ることにした。大晦日で予約がなかったのは、三人にとって不幸中の幸いだった。
◆
ライブは定刻で始まり、五分ほど押しながらも順当に進んだ。
年末イベントということで、カバーを演奏するバンドが多かった。中には桃太郎に仮装しているバンドもあり、ホールは大いに湧いた。
七番目の、オアシスをハードコアにアレンジしたバンド「コアシス」が終わったあと、ステージ脇で田中が眉を寄せた。
「ねえゆっきぃ、このあと誰が出るんだろ?」
「さあ」
「サイレントルームの名前、思いっきり消してあったじゃん。ゆーから何か聞いてないの?」
「何にも。つうか、まさかドタキャンとかしないでしょ、アイツなら」
そう応えながら、有希も不安を拭えなかった。
ホールの入口に貼られたタイムテーブルには、確かに幾つかのバンドが二重線で消されていた。だが、そこには必ず別のバンド名――しかもかなりふざけた名前が書き加えられていた。それがないのは、サイレントルームだけだったのだ。
「つうか、ゆーの姿全然見なかったしさあ。何かあったのかなあ?」
「心配なら楽屋行けば?」
「ムリムリムリぃ、だって今日アンクルヘッド出てんだよーしかも桃太郎で! 他にも普段怖いバンドの人がアヒルとかゾンビとかなんだもん、そんなハゲしい楽屋に行けるわけなーい」
「だいぞぶ、お前も充分ハゲしいから行ってこい、なう!」
「ええー?」
犬よろしく号令までかけられ、田中の眉が思いっきりハの字になる。情けない表情に有希が笑っているうち、横田とスタッフがステージに上がり、セッティングを始めた。
ドラムの両サイドにパイプ椅子が二脚、そしてそれぞれに、ボーカルマイクが向けられる。アコースティック演奏用のセッティングだ。
足元のモニターを移動させたあと、横田はスタッフと共に裾へ引っ込んだ。
「誰? 誰来んの……え?」
ジャンプしてステージを覗いていた田中が固まった。それと同時に、ステージにアコースティックギターを抱えた雄介と、エレキギターを背負ったタツ、そしてスティックを握った笑顔のダグラスが現れた。
全員スカート、しかも可愛らしい、ふわふわ揺れるパステルカラーのワンピースだ。
「げえっ、女装だあああ!」
「ぎゃははははは! 何だお前らー!」
「うわー、カーワーイーイ!」
「ええぞー早く脱げーっ!」
爆笑と野次が一気に湧いた。ダグラスは満足そうに万歳し、タツはニヤニヤしながら投げキッスをしまくる。そして雄介は、そんな二人に向かって叫んだ。
「だから嫌だって言ったろ!」
「ぎゃははははは!」
雄介の言葉に、笑い声が一層大きくなる。もちろん田中も有希も、腹を抱えて笑っていた。
「ゆーピンクじゃん、うっわーすげー!」
「アホだ、あいつマジアホだわ! あー愛美に見せたい!」
「写メ、ちょーレアなゆー撮んなきゃははははは!」
田中が素早く画像を撮る。それに気づいたか否か、雄介は背中を向けてアンプのセッティングをし、顔を伏せたままパイプ椅子に座った。
ダグラスとタツもセッティングを終え、余裕の笑顔で愛想を振りまいている。
ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。観念したように、雄介はやっと顔を上げ、マイクを引き寄せた。
「こんばんは。ジョ・ソーです」
「そのまんまだろー!」
ツッコミが飛び出したほうを睨んだあと、仕切り直すように咳払いした。
「今夜はうちの女帝ハゲテリーナがやむなく星に帰っちゃったので、残りカスでお送りします。いつもと違うアタシたちを、観てねっ」
やけくそな棒読みで言い切り、しかめ面でタツを睨む。言わされた感アリアリだ。また笑いが上がる中、ダグラスがバスドラを踏み始めた。
ミディアムテンポのシンプルなリズムに乗り、タツが手を叩いてホールへアピールする。手拍子はすぐに大きくなり、雄介も開き直ったように、それへ乗ってきた。
リズムはやがて、4ビートを取り始める。そこへタツが、ドゥービーブラザースを彷彿とさせるような、ファンキーで軽やかなフレーズを乗せてきた。
「イエーイ、踊れーっ!!」
「黙れ!」
誰かの野次に吠えながら、雄介もバッキングを刻み、大きく息を吸い込んだ。
唇から流れ出た歌は、日本語だった。
「Bye Bye Adam」――古い曲だから、おそらく原曲を知っている客はいないだろう。それでもノリの良さと、サイレントルームには珍しい日本語の歌が、客達を惹きつけた。
ソウルを彷彿とさせるメロディは、別れ歌なのに明るく、少し切ない。有希はそんな歌を聴いているうち、いつしか自分の恋と重ねていた。
「ふられちまったら帰っておいで、か……」
「え、なに?」
「何でもない!」
隣の田中へ怒鳴り、ついでに肘でこづいた。
歌は拍手で終わり、すぐに次の曲が始まった。シンプルで穏やかなストロークに乗ったのは、古いポップスのメロディだ。
「おおーっ、これ知ってる! 何て曲だっけ?」
田中が目を輝かせながら訊いて来た。
「恋は焦らず。スプリームスだよ」
「そうなんだ、チョー有名だよねっ」
「うん」
有希にとっては、いつも両親の喫茶店で流れている馴染み深い曲だ。原曲はポップで可愛らしいが、彼らのアレンジはシンプルでスローテンポのせいか、ロックでブルージーで、雄介が歌ってもまるで違和感がない。
ボールは普段のライブと正反対の、穏やかな雰囲気に満たされた。タツの奏でるセブンスコードの繊細な響きは、いつの間にか別の曲を導く。そしてダグラスの刻むリムショットとともに、スローバラードへ移った。
『だって、あなたは私を、ありのままの女でいさせてくれるから』
雄介が柔らかく、ファルセットを交えて歌う。それが、有希の心に沁みた。
「ライク・ア・ナチュラル・ウーマン」。
彼がこんなふうに歌えるなんて知らなかった。恐らく田中もだろう。横を見れば、口を開けたままステージに見入っている。
そして、歌と絡むタツの叙情的なボトルネックも初めて観た。
タツの長い指に挟まれたジッポが弦を滑るたび、ギターがコーラスボーカルのように「歌う」。なぜか昔を思い出して泣きたくなるような切ないフレーズに、胸が締めつけられた。
「……どうも」
曲が終わり、雄介が恐る恐るコメントしたとたん、ホール内に拍手と口笛が沸いた。
「あー、失敗しなくてよかった。実はこれ合わせんの、二回めなんだ」
頭をかきながらコメントした雄介の顔が、少し赤い。実はかなり緊張していたようだ。普段は憎たらしいのに、今夜は微笑ましく見えた。
「バラすなよおい。でも結構イイ感じだったよな」
タツが珍しくMCに加わった。
「つい感動して泣いちゃった女の子もいるんじゃね?」
「俺も泣いたぞー!」
「ヤローかよっ!」
野太い声に、タツが苦笑いする。するとダグラスが後ろから叫んだ。
「ホントに泣くのは次の曲かもね、じゃあ次は、キョーダイブネ!」
「やんねーし!」
「えー、じゃあカメンブトーカイ!」
「やるわけねーし踊らねーし!」
雄介が怒鳴り、同時に笑いが起こる。それをいさめるように、タツがギターをつまびいた。
クリーンな響きがホールを満たす。青い照明に照らされたステージが、まるで深海のように変わった。
「あ……」
ステージにスポットが現れる。雄介の歌が始まったとたん、有希が肩を震わせた。
「True Colors」だ。
キーを下げ、テンポも落としている。少しハスキーな雄介の声が、耳からじわりと沁みてくる気がした。
『あなたの本当の色は美しい、まるで虹のよう』
一緒にサビを口づさみながら、有希はそっと目を閉じた。
「本当の自分」を隠して生きてきた。雄介はそれを知る数少ない友達だ。まるでメッセージを送られたような気がして、思わず胸が熱くなった。
心に絡みつく枷のようなものが、弛んで行く。
彼女には一生、本当の気持ちを伝えないつもりだった。振られるのは判りきっているし、下手をしたら嫌われるだろう。このまま友達でいるほうが良いのだと思った。
でも、それはとても苦しかった。
滲んでくる感情から逃れるように、慌てて目を開ける、すると、雄介と目が合ったような気がした。彼の眼差しは優しく、不覚にも目頭が熱くなった。
「あーいい歌だよね、俺泣きそうになっちゃった……って、ゆっきぃ泣いてんの?」
「泣いてない、ただの鼻炎だから!」
覗きこんでくる田中に背を向け、有希はそっと上を向いて涙をやり過ごした。
最後のフレーズが消えても、余韻は残っている。それを壊さないように、涙雨のような拍手が降り注いだ。
「さて、いよいよラストナンバーです。ここで特別ゲストが出るんだぜ」
雄介の言葉を合図に、タツがニヤニヤしながら立ち上がった。雄介もそれにならい、手早くマイクスタンドを直す。ステージの両袖からスタッフが出て来て、パイプ椅子を撤去し、他の機材を整えて行った。
「カマーンンッ、ヨ・コ・タ・リーナアアア!!」
タツがまるで格闘技番組のコールのように、巻き舌で呼ぶ。驚きの歓声が上がる中、現れたのは、金髪のオカッパカツラをかぶってベースを携えた横田だった。
「おおーっ!」
「ヨコタリーナだ!」
「ヨコタリーナーっ!」
爆笑と拍手が入り雑じり、横田はペコペコ頭を下げながら、ベースをアンプへ繋いだ。
「すいません、成り行きで参加しちゃいま……」
「やだあヨコタリーナ、もっと女の子らしくしてよお」
タツがくねくねしながら絡むのに、横田はひきつりながら直立した。
「あは、あはははは、よ、ヨコタリーナ18歳、緊張してまーす」
「ヨコター!」
「カツラきめえーっ!」
野次と歓声で盛り上がったところで、タツがモニターに足をかけ、勢い良くギターをかき鳴らした。
いつもよりウォームなオーバードライブサウンドが、ホールに響き渡る。それが有名なリフへ続き、雄介が拳を掲げた。
「I love Rock'n'Roll!」
「Yeah!」
「Do you love Rock'n' Roll?」
「Yeah!」
観客との掛け合いが始まる。ステージとホールが一体となり、興奮が膨らみきった瞬間、ダグラスと横田が加わった。
ロックンロールが動き出す。タメの効いた特徴的なリフはシンプルでクールだ。だからこそ、踊りたくなる。
「I love Rock'n'Roll!」
サビを迎え、皆で大合唱になった。曲を知らなくても、この印象深いサビはすぐに覚えられる。あえてそういう選曲をしたのだろうと、有希は叫びながら思った。
ステージもホールも一体になり、舞い上がった他のバンドの連中が数人、雄介の手招きに乗ってステージへ上がって行く。その中でタツと横田がソロバトルを披露した。
タツがSRVばりの指さばきで挑発すると、横田がジャコパスばりのフレーズを魅せる。速弾きvs速弾きの対決はとてもスリリングで、目が離せない。
交互に弾いていたフレーズが徐々にかぶり始め、やがてカノンのように連なる。頃合いを見計らったダグラスがフィルインを入れ、最後のサビへなだれこんだ。
再び起こる大合唱は、冷静にオペレーションしているはずのPAスタッフまで巻き込んで、ホールを揺るがした。
「ラストだよ、今年もサンキュー!」
ダグラスの叫びを合図に、ロックを愛する掛け合いが歓声へ、そしてシメの全員ジャンプへ変わった。
気づけば雪も田中も、両手を挙げて一緒に飛んでいた。久々に味わったバンドとの一体感が強烈で、知らない男達がハイタッチに回って来たのに、勢いで応えてしまった。
「来年もよろしく、ハッピーニューイヤー!」
客電が点き始め、SEが戻ってきた中で、雄介の叫びが遠くから聞こえた。
今年のラストライブが終わった。でもそれは最後ではなく、ある種の通過点だ。
今夜ここで貰った「何か」が、明日の自分を変えるかもしれない。有希は興奮冷めやらぬ頭で、そう感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます