第23話 START AGAIN(live at Floor69)
この感じはいつぶりだろう。
フロア69のステージの上で、雄介は思った。
ライブをやれなかったのは二ヶ月あまりだが、とても長かったように感じていた。
諦めかけたこともあった。もう限界なのではないかと考えたこともあった。しかし今夜、ステージに戻ってこられた。
諦めなくて良かった。
ざわめくホールは狭く、いつもより客も少ない。雰囲気も、ホールの機材も、PAのオペレーションも、まだ馴染みきれないままだ。それでも来てくれた常連客達が、温かい顔で待っていてくれる。
「やっと、ここに来た……」
手が震える。心臓が疼いて、全身が熱くなって来る。気を緩めれば、こみ上げる感情が目から溢れ出しそうだ。
右隣にはダグラスがいて、後ろにはコウが構えている。そして左隣ではタツがチューニングを終え、アイコンタクトを送ってくる。この男が隣にいるだけで、少し安心する。
いつもと変わらないのだと自分に言い聞かせながら、ギターを背負い直し、目の前のマイクへ一歩踏み出した。
「えっと、久しぶり……」
「待ってたぞー!」
「おかえりーっ!」
前列のあちこちから歓声が上がる。応援されている事実に、また泣きそうになる。ごまかすように深呼吸して、言葉を紡いだ。
「サイレントルーム、今夜から再始動するぜ!」
高く、右手を上げる。それを合図にタツのギターが吠えた。
デジタルディレイを効かせたノイジーなフレーズが、深い場所で生まれ、らせんを描いて上っていく。そこへコウが突き抜ける一発を放ち、一瞬のブレイクのあと、狂おしい音の塊が炸裂した。
『空っぽのまま幻想をみていた
けれど誰かが囁くんだ
まだすべては終わっていないと
手を伸ばし、箱の底に残った希望を掴む
それから俺は―― 』
今日のために構成を変え、派手なアレンジにした「ホープ」を、サビから歌う。バンドとして初心を思い出すには、一番適ふさわしい曲だ。
遅い歩みのような重いテンポに、客波が前列から緩く揺れ出す。じわじわと染みだす熱気は粘りを帯びて沈殿し、やがてホールの後方まで広がる。それが壁にぶつかってゆっくりと逆流し、膨らんでステージへ戻って来る。
視線が集まるのを、肌で感じた。
感覚を取り戻すようにテンションを高めて、歌い、吠え、曲を締めくくる。耳鳴りと拍手が残る中で、雄介は息を大きく吸った。
「ホワイトノイズ!」
叫びを合図に歪んだギターのリフが掻き慣らされ、追いかけるようにリズムが刻まれる。後ノリで煽る掛け声が、徐々にホール全体を揺らし始めた。
ここから一気に、ラストまで疾走する。客達は拳と歓声を上げながら、叩きつけられる音に同調し始めた。
モニターの抜けが悪く、歌の返しが小さい。自分のギターも良く聴こえない。ステージの中の音のバランスが悪くてやりにくい。
でもそれは、些細なことだ。
自分を信じ、メンバーを信じる。ただそれだけで、きっと上手く行く。そうやって今までやって来たし、それはこれからも変わらない。
やがてホールは、まるで一つの生き物のようにうねりを見せる。
いい眺めだ。雄介はある種の痺れが背に走るのを感じた。
音圧に鼓膜が脈打ち、音が体そのものに浸透してくる。
血液とアドレナリンが体中で渦巻き、音と混ざり合う。
エクスタシーに良く似た至福感に焼かれ、解放された感覚のすべてで実感する。
『ステージの上こそが、生きていられる場所』
自分で書いた歌詞の一節が、まるで啓示のように頭から離れない。
理性が飛びそうになるのを辛うじて繋ぎながら、雄介はさらに叫びを上げた。
夢中で全曲を演り通し、最後の残響が消えると、ホールか歓声に包まれた。フロアの客電が灯り、明るさとともに、演り終えた充足感と疲労が沸いて来る。
「畜生、やっぱイイわ、お前等!」
馴染みの客や対バンの誰かが、片付け始めたメンバーへ次々声を掛ける。チサト達が後片付けするタツへ駆け寄るのを見ながら、雄介はギターを抱えてステージを降りた。
「おつかれさまー!」
常連の声に応えながらホールを突っ切り、出口を目指す。その途中で、誰かが自分を呼び止めた気がした。
「……まさか?」
声へ、ゆっくり振り向く。するとそこにはコート姿の彼女が立っていた。
「雄介……」
「愛美!」
予想もしていなかったタイミングでの再会に、言葉が出て来ない。ただ見つめていると、彼女は見る間に顔を歪め、涙を溢した。
「こら雄介! 何やってんだおまえっ」
「ゆー生きてたあっ! もう何で俺に言ってくれないのーっ」
「……お前ら」
彼女の横に、有希と田中もいる。二人は早足で近づいて来た。
「言ったよね、愛美泣かしたら許さないって!」
「今どこにいるんだよーもー俺に一番に相談してよおー」
「今すぐ謝れ、そんでそこに直れっ!」
「俺毎日ゆーんとこのサイトチェックしててさあー ライブ告知見たとき泣いたー待ってたんだよおおお良かったよおおお」
「ほんっと、勝手なことして、このバカ野郎っ。おまえなんかハゲちまえ!」
同時にぐいぐい詰め寄られ、両手が塞がっているのもあって中々逃げ出せない。
二人の向こうに、愛美がいる。彼女に謝らなければ、と雄介が焦っていると、愛美は涙を拳で拭き、やおら近づいてきた。
「雄介っ」
有希と田中の間へ押し入り、にっこり微笑みかけてくる。もしかして怒っていないのかと思いきや、愛美は右の拳を高々と上げた。
「この、バッカヤローッ!」
「うがっ!」
左頬へ思いっきりパンチを食らい、雄介は無様に床へ転がった。反射的に抱え込んだおかげで、ギターに損傷はない。だがそのせいで受け身を取りそこない、強かに背をぶつけた。
「ちょ、えー……」
「うっわー……」
有希と田中が、そして周囲が唖然とする中で、愛美は笑顔のまま、雄介の胸倉を掴んだ。
「まったく、今までどこにいたの? すっごく心配したんだから!」
「へ?」
「生きてるなら生きてるってちゃんと連絡してよ、なのにメッセは来ないし、携帯解約しやがるし、もうサイアク!」
「あ……」
「私がどんな思いだったか判ってんの? この、この……バカっ、ほんとバカっ!」
叫んだ愛美の瞳から、一つ二つと涙が零れる。それを見て、雄介が手を伸ばした。
「ごめん、悪かった……ほんとごめん」
次々に流れる涙を幾度も拭い、愛美を静かに抱き寄せる。すると彼女はしっかり雄介へしがみつき、小さな嗚咽をもらした。
会いたいと願いつつ、いつしか諦めていた。けれど、再びこうして彼女を抱き締められた――雄介は沁みるような温もりに瞼を閉じ、込み上げて来る塩辛さを飲み込んた。
「――で、お前等。いつまでそうやってるワケ?」
「へ?」
笑いを含んだ言葉に雄介が顔を上げると、タツが逆さに覗きこむような格好で、思い切りニヤニヤしている。はっとして見回すと、周囲には、興味と好奇に染められたニヤケ顔がずらりと並んでいた。
「え、あ、いや。ちょ、愛美、とりあえず……」
「え? あっ、いや、うわあああっ」
「この後どーすんだよ、ハハハハ!」
「照れんなユウちゃーん! チューだ、チュー!」
「ガキのクセにやるぅー!」
「違うっつうの、ウルセーよっ!」
一斉に上がる下世話な野次に、真っ赤になった雄介が歯を剥く。そして同じく真っ赤になった愛美と起き上がり、逃げるようにフロアを出て行った。
「ワオ、やるねえ、雄介のカノジョ」
「あのくれえじゃねえと、あいつの女なんて務まんねえかもな」
楽器を持ったダグラスとコウが笑っている。それにタツも加わって、あれこれ喋りながらホールを出ていった。
入れ替わりに次のバンドが現れ、セッティングを始める。雰囲気が変わり始めたところで、有希が無言でホールを出た。
「あ、俺も出るーまってえー」
案の定、田中も着いてきた。
「愛美っち、けっこう激しいんだねー知らなかったウケるー!」
「そうだね……」
「ゆー、今ごろばっくばく殴られてたりしてね、ハハハハハ」
「良いんじゃない? むしろ、そのくらい当然だよ」
「だよねえー俺も混ざりたーい、そんでゆーに思いのたけをぶつけたーい!」
「ほんとだよ……」
返事に覇気がない。田中は笑うのを止めた。
「ゆっきい」
「ん?」
「だいじょぶ?」
田中が小さく訊くと、有希は少しの間のあと、くすりと笑って振り向いた。
「大丈夫だよ、へーき」
「そう? それなら良いけどー。何かあったら何でも言って。俺、全部聞くから」
「ふーん。じゃあさ、とりあえず帰りにどっかで、パンケーキでもおごってよ」
「えーそれ何か違わなーい? てか俺いま金欠ぅ」
「はあ? ったく、おまホント使えねーな」
「ごめんにょおおぉーって、ゆっきぃ帰るの?」
有希は田中の顔を眺めたあと、やおら携帯を出した。
「うん。多分、愛美はこのあと雄介と話があるだろうから。先帰るってメッセしとく」
「そっかー」
高速で画面をタップし、送信する。書き込んだメッセージに既読がつく前に、有希は携帯をポケットへ放り込んだ。
「さ、行くぞウザト」
「いえっす!」
「つうか、私も金欠だわ。くっそーめっちゃやけ食いしたい気分なのに、もーウザトのバカっ!」
「えー? ひどーいゆっきぃチョーひどーい惚れるー」
「キモっ、おまいやっぱキモっ!」
お馴染みのやり取りを繰り広げながら、二人はフロア69を後にした。
◆
今日は平日のうえ、ホールのブッキングだったこともあり、打ち上げは催されなかった。
コウは明朝早くからお勤めがあるらしく、機材と仏頂面のタツをハイエースへ詰め込み、さっさと帰って行った。ダグラスはどうしても牛丼が食べたいと言って消え、残された雄介は愛美を送るべく、彼女が乗る予定のバス停へ向かった。
時刻は午後十時半を回っている。最終バスに乗るには急がなければならない。
徒歩で十五分の道を、早歩きと小走りで進む。やっとバス停へ着くと、三十人ほどが並び、もうすぐ来る最終便を待っていた。
二人は列の最後尾に並び、少し上がった息を整えた。
「バス、間に合って良かったな」
「うん、そうだね」
「つうかお前、門限とか大丈夫かよ?」
「判んない」
「ハァ?」
雄介が眉を寄せると、愛美はバツが悪そうに頭をかいた。
「学校帰りに有希と遊んで、そのまんま来たから、何にも言ってない」
「え、それじゃ、携帯とかは?」
「……見てなーい、あっはははは」
「あははじゃねーよ、見ろって! 親、心配してるだろ」
「ああ、たぶんね。有希んとこいたとか言っても、許してくれないかも」
「厳しいな……」
「でも、私はライブのほうが……雄介と会うほうが大事だと思ったから、良いんだ。それにさ、ぶっちゃけサイレントルーム始まった時点で、既に門限破ってたし」
「マジか……」
「うん」
愛美は穏やかに微笑んでいた。
大切だと言われ、雄介の心がじくりと疼く。彼女は家族を安心させることより、自分に会うことを選んだのだ。
押し込めていた思いがもがき始めるのを堪えて、雄介は彼女の額をつついた。
「バーカ。そんなの、軽々しく言うなよ」
「だってホントだもん。でもさ、雄介」
「ん?」
「雄介は……どうなの?」
「……」
「雄介は……家族より、自分のやりたいことを選んだじゃん。だから、私にも、連絡しなかったんだよね?」
言葉を選ぶようにゆっくり問い掛ける愛美の横へ、バスが滑り込んで来た。
「私は、もう、必要じゃないかな?」
見上げた愛美の瞳は潤んでいた。
雄介が応える前にドアが開き、待っていた客が次々に吸い込まれる。やがてすぐ前に並んでいたサラリーマンが乗り込み、彼女が最後になった。
『ご乗車ありがとうございます。このバスは――』
まるで急かすように、運転手が行先を告げる。雄介がそれに気を取られた隙に、愛美が小さく笑った。
「……判った、帰るね」
愛美は雄介へ背を向けて、バスへ向かった。
ここでこのまま別れれば、終わりが来る。
その方が良いのだと思っていたが、実際に迎えてしまうと、たまらない気持ちがこみ上げる。
本当に、それで良いのだろうか。
愛美がステップへ足を載せた瞬間、雄介が意を決したように動いた。
「待てよ」
愛美の腕を掴み、バスから遠ざける。彼女が乗らないと判断した運転手は、ブザーを響かせ、さっさとドアを閉めた。
「雄介……」
「ごめん……」
エンジン音を響かせながら、バスがクラクションを残してゆっくり発車する。赤いテールランプが去って行くのに構わず、雄介は驚いている愛美を抱き締めた。
「ごめん、やっぱ……帰せない」
「え……」
「離れられない、お前と……」
これ以上、言いたいことを言葉に出来ないまま、雄介は腕に力をこめた。それに応えるように、愛美の手が背に回された。
自分よりも細い肩が、腕の中で震えている。この柔らかな温もりを手放そうと、なぜ考えたのだろう。信じて、心配していてくれたのに、勝手に解釈して彼女を泣かせるなんて、自分は本当にバカだ。
大きなため息のあと、彼女がひとつ洟をすすった。
「ありがとう、雄介。嬉しいよ……」
「ごめんな。ホント、色々、ごめん」
「うん」
彼女の手がそっと外され、雄介も腕を緩めた。中から現れた微笑みは涙に濡れていて、雄介の胸をなお締め付けた。
「……大丈夫か?」
「うん、もう泣かない。こうして会えたもん」
「うん」
お互いに見つめあい、言葉が途切れた。でも、気持ちが繋がっていることを感じる。
どちらともなく手を繋ぎ、そっと指をからめる。冷えた指先を温めあいながら、二人はいまだ賑やかな光をたたえる繁華街へ戻った。
◆
よれたシーツにくるまりながら、愛美はぼんやりと目を開いた。
気だるい体を起こせば、目に入るのは点々と落ちている自分と雄介の服だ。ホテルの小さな一室の、部屋のドアからベッドの脇まで、外側から順番に脱ぎ散らかされたそれは、さっきまでの自分達のように重なり合っている。
隣を見れば、雄介が仰向けで気持ち良さそうに寝息を立てている。愛美はそっと彼の肩へうつ伏せ、頬杖を付いた。
「ちょっと痩せたみたい、だね」
元々細かったが、夏よりも更に顔が細くなったように見える。愛美はそっと右手の指先で、少し赤みの残る彼の左頬を撫でた。そしてそのまま顎までなぞると、まばらな髭がちくちくと指先に引っ掛かった。
「……くすぐったい」
「あ、ゴメン。起きちゃった?」
眠りの邪魔をしてしまったと気遣う愛美へ、雄介は大きな欠伸で応えた。
「何か……夢、見てた」
「どんな?」
「バンドで、有名になってて。んで、アメリカでツアーすんの」
「へえ……行きたい?」
「ああ。あんだけ広くて、あんだけ色んな音楽がある国だから。いつかバンドで向こう行って、ライブとかやりたい」
「良いね、それ。アメリカのどこ行きたい?」
「そうだな、例えばロスとか、ニューヨーク」
「カリフォルニアは?」
「良いねえ。カラッとして、気持ち良さそうだし。でも一番行きたいのは、やっぱシアトルかな。カート・コバーンが育った街で、P,I,Lも曲のタイトルにしてるんだ」
「シアトルか。私も行きたいな」
「じゃあ、一緒に行こうぜ」
「うん、必ずね。置いて行ったら、マジ切れるから」
わざと脅すような声音で言うと、雄介がくつくつ笑った。
「置いて行かねえって。また殴られんのヤだし。つうか、その前にメジャーにならねえと話になんねえし」
「フフフ、そうだね。ねえ、雄介」
「ん?」
「いつまでも、歌って。私、雄介の歌、大好きだから」
「……おう」
雄介は照れた顔で、彼女の首の下へ腕を回した。それからついばむようなキスをして、しっかりと抱き寄せた。
彼の匂いに包まれ、すぐ近くに鼓動を感じる。心地よさに眠くなって来て、そっと目を閉じた。
「あのさ……」
頭の上で、穏やかな声が響いた。
「俺さ…:…家出て、バンドもヤバくなって」
「うん」
「ダグんとこに居候しながら、こんな奴に、お前と付き合う資格ねえとか思ってさ」
「そうなんだ……」
「ぶっちゃけさ、お前巻き込んで、迷惑かけるだけかもしんねえって、今も思う」
「そんなことないよ」
「マジに?」
「うん」
「後悔するかも、しんねえぞ?」
「それ、前にも聞いた」
「あー、言ったかな」
しばらくお互いにクスクス笑ったあと、愛美はそっと息を吐いた。
「後悔しないよ、自分で選んだことだもん」
「うん。あのさ、愛美」
「ん?」
「ありがとな」
「……うん」
触れあう肌を通して、彼の気持ちが伝わってくる。
今、愛美はとても幸福だった。
これをセンチメンタルに表現すなら、きっと奇跡だとか、運命だとか言うのだろう。それはどちらも正しく、どちらも間違いのように、愛美には思えた。
翌朝、始発が動き出す頃、雄介と愛美はホテルを出た。
鉛色に染まった曇天の下、ネオンの光を失った建物は、どれも色褪せて見える。疲れた顔をした大人がまばらに行きかう傍らで、道端を掃除していた作業着の老人が、あちこちに出されたゴミや食べ物の欠片に寄って来る烏を、何度も追い払っていた。
夜の喧騒とは遠った、感傷と生々しさが混在する街角を歩きながら、雄介は愛美と繋いでいた右手を、そのまま自分のジャンパーのポケットへ入れた。
「わ、あったかい」
「あったかい?」
「うん。ちっちゃくなって、スポッて入りたくなる」
「じゃあ毎日連れて歩かなきゃ」
「頭だけ出してて良い?」
「良いけど、落ちんなよ?」
「命綱つけたほうが良いかな?」
「良いかも。お前、いつの間にか落っこってブラブラしてそうだし」
「だよね」
ファンタジックな話に、二人でくすくす笑った。
次にいつ逢えるのか、約束は出来なかった。この先しばらくは連絡が取れないかもしれない。出来るのは互いに再会を望み、固く信じることだけだ。
「じゃあ、またね」
「ああ。必ず連絡くれよ、待ってるから」
昨夜訪れたバス停で簡単な挨拶を交わすと、愛美は笑顔でバスへ乗り込んだ。
発車のクラクションと共に、愛美が窓から小さく手を振る。雄介の姿が離れて行く。そしてバスが交差点を右折すると、彼は見えなくなった。
「はあ……」
愛美は小さなため息を吐いた。
それぞれの生活へ、再び戻って行く。ここからはまた、一人で戦わなければならない。まずは自宅で怒り狂う父親と戦うことになるだろう。初っぱなから苦戦しそうだ。
「やっぱ、これ没収されるかな……」
愛美は父親や母から送られていた怒りのメッセージを読み終え、携帯をポケットに入れた。
今回は、何かしらのペナルティがあるだろう。自分の勝手で外泊し、心配させたのだから、それは受け入れなければならない。
外は雪が降り始め、冷え冷えと歩道を白く染めていく。だが先ほどまで繋がれていた手には、ずっと彼の温もりが残っていた。
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