第20話 THE AUTUMN SONG 1
上履きを水びたしにされてから、愛美はたびたび学校をさぼるようになった。
バレないように母親の声音を装って隠ぺい工作を行い、知らない路線バスに乗ったり、街中で暇をつぶしたり、時には早退してきたと母親に嘘を吐いて自室へ戻った。
上履きは新しいものを買い、持ち帰るようにした。ほかの教材も一切「置き勉」しなかったので、いたずらは一時的に収まっていた。もちろん、状況は変わっていない。相変わらず配られたはずのプリントはないし、たまに机へ悪口が書かれている。だが先日はそれが消された跡があった。自分が欠席しているうちに、誰かがこっそり消してくれたようだ。この教室にも誰か、自分を気にしてくれている人物がいるのだと思うと、少しだけ嬉しくなった。
五回目のサボりをした翌日、愛美は髪を下ろして学校へ向かった。母からは出がけに「だらしないからしばりなさい」と注意されたが、愛美は無視して家を出た。くせ毛に生まれついたのは自分が望んだことではないし、髪が縦に巻いているのは自分にとって自然な形だ。そもそも「怒られる」ことがおかしい。
親にとって良い子であろうとするのは、もう止めようと思っていた。学校でも、嫌なことは嫌だと言えるようになりたいと思っていた。そうしなければ、前に進めないことに気づいたのだ。
心が強くなりたい――その気持ちのささやかな現れが、髪を下ろして登校することだった。
学校へ到着すると、まず玄関で生徒指導の合田に呼び止められた。
「なんだ、その髪は。どこのクラスだ?」
「二年十組、樋田です」
「はあ? 特進か。特進がパーマかけて良いと思ってんのか!」
合田が上から威圧的に迫って来る。自分の目に狂いはないと決めつけて来る。愛美は緊張しながら、ポケットから生徒手帳を出して見せた。
「くせ毛証明、とってます。何なら、担任の佐々木先生に聞いてください」
合田は手帳をもぎ取り、眉間に皺を寄せて眺めた。そして舌打ちしながら、放るように返して来た。
「いいから髪しばれ」
「嫌です」
「勉強の邪魔になるだろ!」
「なりません。というか、勉強に髪は関係ないと思います」
「はあ?」
「先生がただって、髪型変えますよね? でも仕事には関係しませんよね」
愛美がにっこり応えた瞬間、周りから笑い声が響いた。登校して来た生徒達がいつの間にか集まり、合田のハゲかけた頭を注視している。それに気づいた本人は、慌てて頭を手で隠した。どうやら合田なりに気にしているようだ。
「あ、すみません。先生のことじゃなくて、女の先生がたって意味です」
「うるさい、余計なこと言うな! とにかく、髪しばって来いっ」
まるで犬にするように、合田が愛美を手で追い払う。それに小さく会釈で返し、教室へ向かった。
言いたいことを言えた。
爽快な気分で教室の前に立ち、一つ深呼吸をする。意を決して入ると、自分の机にまたもや落書きしてあった。
負けない。どうせこの机は学校の備品なのだ。どんなに汚されても、痛くもかゆくもない。
「あー、まただ。っていうか、誰が書いてんだろ。字、へったくそだよなあ。もっとキレイに書けないのかなあ」
大声で言うと、小さな笑い声が聞こえた、黒板の前に座っている男子たちが、こちらをみて好意的に微笑んでいる。眼鏡をかけた真面目そうな二人は「ウマい!」とでも言いたげに、そっと親指を立てて合図を送って来た。
初めてもらった好反応だ。この教室にも判ってくれる人間がいたのだ。二人に目で会釈してから赤眼鏡達をみると、威圧するように睨んで来た。
怖くない、負けたりしない。そんな気持ちをこめてまっすぐ見つめると、赤眼鏡は舌打ちして目を逸らした。
机の落書きを放ったまま、席に着いた。教科書やノートを広げてしまえば、落書きは気にならない。今日は少しだけ気分が良いし、もしかしたらここから何かが変わるかもしれない。そんな淡い期待をもって始業のチャイムを聞いた。
昼休みのことだった。
音楽室で一人飯をすませたあと、愛美が中央階段を降りようとしたとき、前から赤眼鏡達が上って来た。にわかに緊張したが、愛美は知らん顔を決め込んだ。
「ほんっと、ムカツくんだよね」
すれちがいざま、赤眼鏡が言って来た。
「安田助けてイイ気になってんじゃねーよ」
「なってないよ。そっちこそいい加減にしたら?」
「はあ?」
赤眼鏡が足を止め、二段上に立ったまま睨みつけて来る。彼女の後ろにはキノコ頭がいて、ニヤニヤしている。
愛美は拳をぐっと握り、真っ直ぐ赤眼鏡を見上げた。
「ムカツくのはこっちだよ。もう止めたら?」
「何を?」
「落書きとか、イジメとか。そんなことしてどこが面白いの?」
「うっせー黙れよ!」
キノコ頭がいきなり叫んだ。同時に手が伸びて来て、愛美の肩を強く押した。
「あっ……」
反動で、愛美の足が滑った。
あっという間にバランスが崩れ、体が浮いた。スローモーションで二人が離れて行く。落ちた、と認識したのは、全身に強い衝撃を感じたあとだった。
――痛い。息が出来ない。
背中も、頭も、腰も、すごく痛かった。下敷きになった右手が動かせない。助けて、という言葉の代わりに、呻き声が出た。
「や、やだ、何勝手に落ちてんの!」
赤眼鏡が取り繕った声を上げる。キノコ頭がひきつった笑顔で見下ろしている。何事かと集まって来た生徒たちに、二人は大声で言い訳しはじめた。
「愛美っち、大丈夫っ?」
声に目をやると、田中が慌てた様子で走って来る。信用できる数少ない友達だ。安堵したとたん、ますます体が痛んだ。
「いた……痛い……」
「起きれる? 一体どうしたの?」
「あいつ……」
「えっ、誰?」
震えの止まらない手で、キノコ頭を指差す。とたんに彼は赤眼鏡の後ろへ隠れ、大声で叫んだ。
「違う、俺じゃない、勝手に落ちたんだって!」
「そ、そうだよ、そいつがウソついてんだよ!」
赤眼鏡も同調し、自分達は話をしていただけだと言い訳を繰り返す。そのうち騒ぎを聞きつけた中年の男性教師がやって来て、やじ馬の壁を割り、愛美へ近づいた。
「どうした、落ちたのか?」
教師は愛美の様子を確認し、田中に事情を聞いた。
「あいつに、落とされたって」
田中が睨むと、キノコ頭がこわばった笑顔で応えた。
「違います、俺達はなんにもしてませーん。勝手に落ちたんでーす」
「はあ? 愛美っちがウソつくわけないじゃん。何なのお前、キノコのくせに」
「部外者は引っ込んでろよ、俺達マジ関係ないから!」
「何が関係ねえんだよ、つうか何笑ってんだよ!」
珍しく、田中が声を荒げる。それをいなすと、教師はぐるりと周囲を見回した。
「見てた人はいますか? 詳しいことを知っている人は?」
ざわめきを打ち消す大きな声で、教師が質問するが、生徒達は誰も手を上げない。教師はさらに聞いた。
「誰もいませんか?」
どこからも手が上がらないのに、赤眼鏡とキノコ頭が表情を緩めたとたん、生徒の隙間を縫って誰かが教師に近づいた。
「先生、私……見てました」
小さく、しかしはっきり応えたのは、安田だった。
「本当かい?」
「はい。樋田さん、あの人達と話してて」
安田は緊張に震えながら、キノコ頭を指し示した。
「あの人が急に、樋田さんの肩を押したんです」
「本当か?」
「違う! ウソ吐くなよ安田! 冤罪だ、コイツ、日頃の恨みを俺に――」
「ちょっと!」
興奮気味に怒鳴るキノコ頭を、赤眼鏡が慌てて遮った。
「日頃の恨み? どういうことだ」
教師はキノコ頭と安田、そして愛美を交互に見て、眉間に皺を寄せた。
「とりあえず誰か――そこの一年生、樋田さんを保健室に連れてってあげてください。それから、安田さんと君、それから君達も、詳しい話を聞かせてください」
安田と田中、そしてキノコ頭達を引き連れ、教師が階段を上がって行く。愛美も知らない一年生二人に支えられ、よろめきながら保健室へ向かった。
◆
一人になりたかった。一人で泣ける場所を探して、有希は音楽室へたどり着いた。
誰もいない。ここなら泣いても、誰にも気づかれない。抑えていた感情をほどくようにそっと息を吐くと、涙が溢れ落ちた。
愛美を、助けなかった。
彼女が階段から落ちる一部始終を見ていたにも関わらず、口をつぐんで逃げ出した。
あの朝もそうだ。濡れた上履きを泣きそうな顔で眺めていた彼女に、声をかけることも、手を差しのべることもしなかった。
彼女は助けを求めていたのに、見て見ぬふりをした。
「うっ、うう……ごめ……」
体は大丈夫だろうか。頭は打たなかっただろうか。
腕は、折れていないだろうか。
心配でたまらないのに、会いに行く勇気がない。
本当の気持ちを知られてしまったら、きっと嫌われる。気持ち悪いと否定される。同じように疎遠になるなら仲違いのほうがましだ。
こんな自分が卑怯で情けない。情けなくて、悔しくて、死にたくなる。
嗚咽を噛み殺していると、誰かの足音がやってきた。間が悪い。急いで涙を拭いた矢先、教室のドアが開いた。
「……ゆっきぃ、見っけ」
田中だ。
何も応えずに背を向けると、田中は中へ入り、そっとドアを閉めた。
「事情聴取、終了。ちゃんと説明してきたよ」
「……」
「愛美っち、大丈夫だって。大きなケガしてないけど、念の為に、親に連絡するって、センセいってた」
「……ふうん」
大事に至らなかったようだ。内心ほっとしていると、田中が近づいて来た。
「ねえ、ゆっきぃ」
「……ん?」
「なんで逃げたの? 愛美っちがあそこでもめてたの、見てたよね」
「別に。つうか……見てないし」
「ウソ。俺知ってるよ、ゆっきぃ、俺が愛美っちと話してた時、こっそりいなくなったの。上から見てたじゃん。もめてるとこから落ちるとこまで全部見てたんじゃない? センセに言えば良いのに」
淡々と問われるのが、かえって胸に刺さる。それについて言い訳すれば、きっと田中に気づかれてしまう。
「別に」
「別には答えにならないよ」
「うっぜ。何様なのウザトのくせに」
憎まれ口を叩いて椅子に座ると、田中も隣へ座った。顔を見られないよう背を向けると、田中も察したのか、半分背を向けるように座り直した。そしてしばらく有希を窺ったあと、ふと小さく笑った。
「やだ機嫌悪ーいコワーイ惚れるー」
「キモッ、まじお前キモ」
「はいはい。あ、食べる?」
「いらない」
「そう言わずにいー、気分変わるかもよー?」
田中が振り返らず、板ガムを一枚差し出してくる。有希の好きな味だ。無言で取り、ペンギンの絵が入った包み紙を開けて口へ入れると、喉の奥に絡みついた塩辛さが、少しだけ薄くなった。
「ねえ、ゆっきぃさあ、愛美っちとケンカしたの?」
「別に」
「また別にー? それ答えにならないって言ったじゃーん」
「うっさい。つうかアンタに関係ないでしょ」
「えー関係あるよう、愛美っち友達だしーゆっきいずっと元気ないしー」
「元気だってばバカ」
「ふーん、ならいいけどさあ……」
田中は珍しく黙りこんだ。おかげで有希が洟をすすると目立つ。何度か鼻を鳴らしたあと、田中からポケットティッシュが差し出された。
「はい」
「……」
泣いていたのがバレバレだとわかり、有希はバツの悪い気分でそれを受け取った。
二度、鼻をかむと、少しだけすっきりした。ついでに味の薄くなって来たガムも捨てた。
「それにしてもさ、どこ行っちゃったんだろうね」
田中が誰と言わなくても、有希には判った。
「……どこ行ったって、あいつはちゃんと生きてるよ。きっとバンドのメンバーんとこにいるって」
「えー、どうして親友の俺に、まっさきに連絡くれないかなあー?」
「親友じゃないんじゃね?」
「えーひどーい俺泣いちゃうー」
「勝手に泣けは?」
「クソ―泣いてやる愛してる、アオーン、オーン、ウオーン!」
「バカ」
遠吠えの真似をする田中がマヌケで、つい笑ってしまった。
小さい頃から後ろにくっついて歩いていた幼馴染は、いつもこんなバカをやっている。そしていつの間にか、怒りや悲しみを中和してくれるのだ。まるで感情の安定剤だと思いついて、何だかくすぐったいような、温かいような不思議な気分になった。
今なら、吐き出せるかもしれない。感情の安定剤に頼っても、良いのかもしれない。
一つ息を吐くと、ずっと胸に詰まっていたものがほぐれて行く。それは少しの痛みを伴いながら、言葉になって零れた。
「……愛美に、相談して、というか、言って欲しかったんだ」
「うん」
「好きだって、あいつに言う前に、先に教えて欲しかったの」
「そうなんだ」
「あの子の好きなヒト、実は前から気づいてたんだ。雄介もそう。相思相愛、ってヤツだよね。あの二人が並んで話してんの見るたびに、ああこの二人、きっといつか付き合うだろうな、って、ぼんやり感じてた」
「ふうん……」
「二人で決めることだから、私に言う必要なんて、ホントはないって判ってる。でもね、何ていうか……愛美には話して欲しかったんだ。そしたらさ、私も、気持ちの整理って言うか、きっともっと、冷静に受け止められた。良かったね、おめでとう、って……心から言えたと、思う」
素直に吐露したぶん、胸が痛い。何度か経験したけれど、やっぱり泣けて来る。
そっと涙を拭っていると、また田中からティッシュが差し出された。
「……バカだよね、私」
「バカじゃないよ、全然」
「バカだよ、叶わない相手ばっか好きになっちゃう」
「苦しいよね、そういうの」
「判ったフリすんなよ、ウザトのくせに」
「うあーきっつーい、そんなとこもますます惚れるーぅ!」
「はいはい黙れ」
呆れた相槌に、田中が笑う。つられて有希も笑った。そうしてひとしきり笑ったあと、田中が小さなため息を吐いた。
「ゆっきぃさあ、愛美っちのこと、好きだったんだね」
「……違うよ」
「もう隠さなくていいよ。苦しかったよね、ホントの気持ちが言えないっていうの」
穏やかな言葉が、痛い。有希は思わず胸を押さえた。
「……雄介に、聞いたの?」
「ううん、ゆーは何にも言わない。もちろん、ゆっきぃと別れた理由もね。ゆー、クチ固いからさあ、何回か頑張って問い詰めたんだけど、そのたびにパンチで話終了とかうけるー」
「殴られたんだ」
「そーそーめっちゃ痛かったー」
「バカだねおまいら」
笑うと、また涙が出た。
中学三年のころ、女子ばかり好きになる自分を認めたくなくて、当時仲の良かった雄介と無理して付き合った。いっそ男と寝てしまえば異性を好きになれるかもしれないという安易な考えからの行動だったが、それは逆に、自分の性質をはっきり思い知らされる結果になった。
ベッドの上で泣きながら、別れてくれと謝った。雄介にとってはとても身勝手な女だと思う。それでも雄介は、仕方ねえな、と言って許してくれた。
「あいつ、ほんとイイヤツだよ」
「うん、優しいよね。パンチまじ痛いけどね」
「あー悔しい! 私が男だったら、絶対渡さないんだから」
「ホントだよ、俺が女だったら、絶対離れないもん!」
「は?」
「いやあ、実は俺もさー、絶対叶わない恋しちゃってんの」
初耳だ。しかも絶対叶わないなんて、どんなにハードルが高い恋なのだろう。まさか、相手は雄介だろうか。
「へえー大変だね」
「うん。その人さあ、好きとか惚れるとか愛してるとか、どんなにたくさん言っても信じてくれなくてさー」
「ふーん」
「いっそ性転換したら、付き合ってくれるかなあ」
「はあ?」
何の話かと思った矢先、背中にとん、と温かいものが触れた。
田中の背だ。
小さい頃、たまにこうして背中をくっつけあったまま絵本を読んだ。有希の両親は店で忙しく、田中の両親も共働きで不在が多かった。幼稚園の頃などは、寂しがりやの田中が毎日有希の家に来ていて、近所の住人から姉弟だと誤解されていた。
昔は小さかったのに、今は自分よりも広い。やっぱり田中も男だ。でも温かさは変わらない。
「俺さあ、ずーっとゆっきぃが好きなんだよ。でもさあ、ゆっきぃは女子派じゃん。だから、俺が女になれば良いかなーって」
気づかなかった。近すぎて、かえって見えなかった。
こんな自分を想ってくれていたなんて、驚きと共に申し訳なさがわいた。
「えーやだキモいよ、こんなゴツいの。むしろおネエじゃん」
「ひでー。言われると思ったけど予想通りひでー惚れるー! でもさ、学祭でマーガレットやったときは一部にもてたよ? 俺ちょっと頑張ったらイケるかもー」
「へーじゃあメイクくらいはしてやるよ」
「まじ? やったーマーガレットちょーうれしー!」
「うわ、押すなバカ重いって」
はしゃぐ田中が体重をかけてくる。それを押し戻しながら、二人で笑った。
田中の気持ちは嬉しいが、応えることは出来ない。そして田中もそれを知っている。お互いに一方通行、叶わない恋だと判っていて、それでも相手を想ってしまうなんて、本当にどうしようもない。
「ウザト……」
「んー?」
「ありがとう。でもごめん、お前とは一生、例え途中でマーガレットになったとしても、付き合うことは絶対ない」
「えええー? けっこう覚悟して告白したのにぃー」
「覚悟は嬉しいけど、単純にタイプじゃないから無理」
「ははははは! なにそれ完全玉砕じゃーんうける泣けるーっ」
「泣け!」
「ウオーン、アオーン、ギャヒーン!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ田中を背で感じながら、有希は目を閉じた。そして涙が落ち着いたころには、心もすっかり晴れていた。
「愛美に、会ってこなきゃ……色々謝らなきゃね、会ってもらえるかなあ」
「うん、多分、大丈夫だよ。それに、ダメでも大丈夫」
「何で?」
「ゆっきぃには、マーガレットがついてるもーん!」
「うわキモ、死ぬわキモすぎて」
「えー! っとおおおっ」
田中が再び体重をかけようとした時、有希はタイミング良く立ち上がった。そして笑いながらドアへ向かい、廊下へ逃げた。
「あーやだ、アホが移っちゃうよ。でもさあ、ウザト」
「え、なあに?」
「ありがとう……ウザトがいてくれて、私、良かったよ」
有希は半分ふり返り、まだ涙の残る顔で微笑んだ。それは閉じたドアの向こうにすぐ消えて、足音が遠のいて行く。
「……うん。俺もがっつり振られたけど、良かったよ」
彼女が元気になっただけで、玉砕した甲斐があったというものだ。
「あーもー俺ってバカ、ほんとバカー!」
さすがに涙が滲んで来る。予想通りの結果だが、やっぱり辛い。感情のまま茶色い頭をわしわしかきむしると、田中は事切れたように床へ倒れ込んだ。
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