第21話 Counterattack 2

 ワイヤーを滑降し無事ベランダへ降り立った二人は、窓ガラスを破って室内へ侵入した。カーテンの引かれた室内には、外から差し込む光はほとんどない。点けっぱなしになっている水槽の蛍光灯が、リビングの中を陰影濃く照らしていた。

 僅かな光の中で目をこらし、感覚を尖らせて、警備会社のセンサーやウェブカメラ等がないか確認する。安全を確認してから、タイガはやっと小さな照明を点けた。


「さあて、ナニをどっから捜すよ?」


 タイガがニヤニヤしながらお伺いを立てると、慎吾はぐるりと室内を示した。


「まずはリビングを中心に、全室くまなく。パソコンや金庫、カギ、書類、その他怪しいモノがあったら教えてくれ」

「けっ、本当に空き巣だな。行き当たりばったりの、手当たり次第かよ」

「ゴネるなよ。イヤなら帰って良いぜ?」

「へーえ、マジにイイのかよ。どーしよっかな、帰っちゃおうかなあ?」


 茶化すように返したタイガへ、慎吾は真面目な顔をした。


「つうか、本当に戻らなくて良いのか?」

「ふん、やりかけの仕事を半端にして帰れるかよ、馬鹿が」


 横柄に応えながらも、まずはリビングのサイトボードを物色し始めたタイガを見て、慎吾はそっと微笑んだ。

 彼がいてくれたお陰で、悪い夢を見ずに眠ることが出来た。それだけでも感謝しているのに、こうして力を貸してくれるのが嬉しかった。

 正直、今独りで任務を続行するには不安があった。

 平気を装っているが、実は浅田達に受けた暴行のダメージがかなり残っていた。動くたびに体が軋み、力むたびに痛みが走る。肉体の負担を軽減するためテーピングやサポーターで補っているが、判断力の低下を嫌って鎮痛剤は飲まなかった。痛みと戦いながらの行動は、体力と精神力を確実に、しかも早急に削って行く。


(畜生、座ると尻が痛えってのが、一番ハラ立つぜ!)


 刺すようなするどい痛みが更に怒りを煽り、いっそこの部屋を爆破したくなる。慎吾はそんな衝動を抱えながら、テレビ周辺を捜し始めた。


 それにしても、何とも悪趣味なリビングだ。

 壁とカーテンは白、ソファは真紅、フローリングに敷かれたラグは毛足の長い豹柄だ。しかもその上にゼブラの毛皮が敷かれ、時期的に暑苦しいことこの上ない。

 ソファ前には、銀座の高級クラブで使っていそうなガラステーブルが置かれ、その下にはスポーツ紙やエロ本が山となっている。他の家具もちぐはぐで、サイドボードはヨーロビアン調なのに、水槽の台はネズミ色の事務用ロッカーだった。


「なーんか、開けたら書類だらけだったりしてな……ってビンゴかよ」


 携帯してきたバールでロッカーを抉じ開けたタイガが、つい独り言を発する。中身を覗き、数冊のファイルをざっと繰ると、背を向けて屈む慎吾へ放り投げた。


「売春関係ってとこだな。ちょっと見てみろよ」

「ああ、本当だ。多分、前にスネークで抜いたヤツの写しだ」


 振り返った慎吾が手を伸ばし、中身をざっとチェックする。すると更にピン札の束が四つ、足元へ飛んで来た。


「金?」

「全部で五百万と、あとは小銭。悪党にしては少ねえな」

「まさか、持ってけってか?」

「慰謝料にゃ安いが、治療費にはなるだろ。どうせ裏金だし、お前はそもそも、もっと貰ったって良いくれえだからよ」


 ロッカーへ向かって座るタイガの表情は見えないが、そう告げた声は淡々としながらも優しい。きっとこれは、タイガなりの気遣いだ──そう解釈した慎吾は困ったように笑い、札束を拾い上げた。


「……って、何か足りない。アンタさっき、五百万って言ってなかったか?」

「あ? 残りの一束は雑費と経費、あと俺のお駄賃で……何だよ、文句あるかよ?」

「べっつに、ねーけど」


 しっかりと言うか、ちゃっかりと言うか、タイガは大雑把に見えて、意外と細かいところもあるようだ。慎吾は呆れた笑いを洩らしながら、背負っていたバックパックを下ろし、ベストの背にあるポケットへ札束をしまいこんだ。それからガラステーブルへ移動すると、溜息を吐きながら膝を付いた。


「だらしないな。読んだら捨てろって」


 テーブル下の、山積みになっている新聞やら雑誌をひっくり返す。特に怪しげな物は出て来なかったが、ふと触れたラグ越しの床に、何だか違和感があった。


「何だ?」


 ガラステーブルを押し遣り、豹柄のラグを剥がす。すると、極薄の黒いノートパソコンが出てきた。


「──見つけたぜ」


 指が触れなければ、危うく見逃すところだった。

 慎吾が早速、パソコンを立ち上げる。そしてパスワード認証画面が出たところで、例のスネークを接続した。相変わらず正確な動作ですべてを盗みとって行く。その鮮やかさに、慎吾の背後から覗いたタイガが感心した。


「へーえ、初めてナマで見たぜ、金城ってスゲエな……つうか、アイツ一体何モンだよ?」


 問い掛けに、慎吾は小さく笑った。


「一流の情報屋──いや、頼めば何でも仕入れて来るから、実は何でも屋? 詳しくは知らない。アイツは自分の話をしないし、俺も訊かないから」

「余計なことはお互い話さねえってか。でもカレシなんだろ?」

「いや」

「はあ? カレシじゃねえのに、一緒に住んでんのか?」

「住んでるわけじゃない。ただ、時々世話になってるだけだ。つうかタイガ」

「あ?」

「アンタまさか、俺のオトコ関係に興味あるのか?」

「ばっ、馬鹿言うな! 興味あるわけねえだろっ、何で俺がテメエに興味持たなきゃならねんだよ、畜生が!」


 興味、アリアリである。

 焦ったタイガがあれこれ取り繕うのを、慎吾はくつくつ笑って流していたが、ふと新しく表示されたウインドウを見て眉を上げた。


「おい! ちょっとコレ見ろよ」

「は? 何だ、これ……ハングルか?」

「……いや、でも意味が通じない」

「意味って、お前韓国語読めんのか?」

「新聞とか、雑誌くらいなら」

「……アタマ、マジに良いんだな」

「別に、こんくらいモグリ係じゃ普通だろ。皆、英語ともう一つくらいはマスターしてる……あれ? こっちは中国語だ」


 更に表示されたウインドウは、漢字が羅列されている。どちらもレイアウトからして、送受信されたメール文のようだ。その他やたら高額な収支表や、英文で書かれた外国人らしきプロフィールリスト、薬物に関する仕入の詳細など、キナ臭いものが次々と映し出される。

 タイガはそれを見ながら、鋭い双眸を細めた。


「浅田の野郎、一体どこの国と繋がってんだよ?」

「さあな。それを調べるのは本家の仕事だ。俺はコレを持ち帰るのが仕事。時間が勿体ない、ぼんやり見てないで、他も探すぞ。まだ色々隠れてるだろうからな──例えば、こういうトコとか」


 慎吾はゆっくり立ち上がると、ブーツに装備したナイフを抜き、勢い良く真紅のソファに突き立てた。



 浅田の部屋に侵入して二十分が経過した。スネークは既に抜き取られ、パソコンは慎吾のバックパックへ収められている。

 リビングの次に隣の寝室を漁ると、枕の中からディスクとメモリースティック数本が出てきた。中身は確認していないが、こんな場所に隠すのだから、大方表沙汰に出来ないものだろう。


「意外に用心深いな、浅田の野郎」


 タイガはそう唸りつつ、他の部屋を覗いた。

 寝室以外に部屋は二つあり、片方の和室は未使用で何もない。もう片方の洋室は物置のように、衣服や雑貨、生活用品が無造作に置かれていた。

 最初、特に怪しいものは見つからなかった。だが良く探るとクローゼットは二重壁になっていて、そこに隠された黒いハードケースの中には、三丁のロシア製マカロフとカートリッジ、9ミリパラペラム弾丸六十発が入っていた。


「ちょっとイタズラしてやるか」


 タイガは台所にあったマヨネーズを取って来ると、ニヤニヤしながらすべての銃のスライドを引き、ぽっかりと開いた弾室の中へ絞り出した。


「マカロフマヨネーズ、略してマカマヨだぜ!」

「アホか、小学生並みのイヤガラセだな。つうか、どうせやるならガムにしろよ」

「ガムがねえからマヨにしたんだろ。金城に言っとけ、泥棒装備にイヤガラセ用のフーセンガムも入れろってな!」


 呆れ顔の慎吾に応えると、タイガは笑いながらマヨネーズを放り出し、今度は洗面所へ向かった。洗面台下にある棚の中身を全部ぶちまけ、風呂場の天井裏や浴槽、トイレのタンク内までチェックする。


「ケッ、ドラマだったらこういうトコに、ブツ入れたビニールとかあるのによお」


 疲れに溜息を吐きながらリビングへ戻ると、慎吾が黙々とキッチンを漁っていた。


「やっぱ、料理は一切しないんだな。冷蔵庫も酒とペットボトルしか入ってない」


 そう力なく言ちると、慎吾はキッチンからリビングへ戻り、裂けたソファの端に腰掛けた。


「はあ……」


 つい、溜息が出た。

 体の状態が芳しくない上に当てずっぽうな家捜しで、疲労の溜まりが早い。額の汗を袖で拭う慎吾を見て、タイガが腕組みした。


「そろそろ止めるか? もう粗方探しただろ」

「ああ。でも一ヶ所だけ、まだ見てないとこがある」


 慎吾は壁際にある水槽を示した。

 120センチ型と大きく、良く手入れされ、中には難破船を模したオブジェが沈められている。そしてそこに棲む宝の番人は、銀の鱗を輝かせ群れるピラニア達だ。無表情な目をしたそれらを見ながら、タイガは嫌そうに顔をしかめた。


「……俺はゴメンだぜ、ここに手なんか突っ込めるかよ」

「俺もそんな勇気ないな。でも、明らかにクサいだろ」

「じゃ、コイツラにゃ悪いが、割らせてもらうか」


 タイガが左脇のホルダーからベレッタを抜き、ベストのポケットから取り出したサイレンサーを装着する。装弾を確認し、おもむろに水槽へ銃口を向けた瞬間、突然玄関の鍵がカチっと鳴った。慎吾が転げるようにソファから離れ、タイガが慌てて壁に駆け寄り、照明のスイッチをオフにする。再び闇の戻った室内に、解錠される音が響いた。

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