第9話 Deceive 3

 バイトのあと、心配そうなミツルが珍しく飲みに行こうと誘って来た。それを丁寧に断り、慎吾は潜伏先の部屋へ戻った。

 騒ぎを起こしてしまったこともあり、普段より尾行に注意しつつ帰路を辿る。そして静かに部屋へ上がると、モニター前に座るタイガへ抗議の声をぶつけた。


「おい、タイガ! 来るなって言ったのに、何で来た?」

「何だと? アソコで俺が出なかったら、テメエが危なかっただろうが」

「上手いこと幾らでもごまかせたさ、お前が出張らなかったらな。もう二度と来るな、ツラの割れてる刑事にうろつかれたら、コッチがヤバい」

「ケッ、心配して出てやったのに、何てえ言い草だ。安心しやがれ、テメエのケツはもう拭いてやらねえ。テメエが死にかけても、絶対ぇ行かねえからな!」


 短い眉をきつく寄せたタイガは、怒りを吐き捨てて乱暴に立ち上がった。

そのまま睨み付けながら、玄関へ向かって来る。すれ違った瞬間、への字に曲げられた口元の左側が赤く変色しているのに、慎吾は気付いた。

 殴られた痕だ。きっと浅田にやられたのだろう。そう言えばあの男の拳も赤くなっていた。

 この気の荒い男が自分のために、あえて黙って殴られたのだ。


(まったく、コイツは……)

 

 自分が思うように、タイガも自分を思ってくれている。そう気づいてしまうと、無鉄砲な行動に対する怒りが萎え、代わりにこそばゆいような嬉しさが沸いて来る。ついクスリと笑うと、タイガが舌打ちして振り向いた。


「ナニ笑ってやがる」

「いや。アンタ、意外にイイヤツだなって」

「はあ?」

「あの時……すごく急いで来てくれたんだろ? ごめんな、そして、ありがとう。お陰で、何とか切り抜けられた」


 タイガは驚いたように慎吾を見たが、すぐに踵を返して玄関のドアを開けた。そして煙草を買ってくると呟き、そのまま出て行った。

 きっと照れ臭いのだ。その証拠に、顔を背けた刹那に見えたタイガの口元には、淡い笑みが浮かんでいた。


 タイガが買い物へ出掛けてすぐに、慎吾は金城へ連絡を取った。すると五分も経たないうちに、満面の笑みを湛えた本人が差し入れを持って現れた。まるで、近所で呼ばれるのを待っていたような勢いだ。それにあえてツッコミを入れず、慎吾は彼を別室へ通し、今日抜いてきたデータの解析を頼んだ。


「出来るだけ早く頼む。それからいつも通り、必要なトコは全部抜いて良いから」

「判りました。これから早速解析します。明日には頂いてる画像の身元洗い出しも、すべて終わると思います」

「ああ、つうか、いつもより時間掛かってるな。何か手間取ってるのか?」

「まあ、ほんの少しだけね」


 金城は現時点までに作成できたデータを慎吾に渡し、にっこりと笑みを浮かべた。


「それより、榊さん」

「ん?」

「疲れてませんか? ちゃんと睡眠取ってますか?」

「ああ、大丈夫だ」

「本当に? 何なら良く眠れるように、僕がマッサージして差し上げますから、今すぐ全部脱い……ウガッ!」

「触んなバカ野郎、仕事中だボケ!」


 ニタニタ手を伸ばしてくる金城を、右ストレートで殴り付ける。そして彼の首根っこを掴むと、無理やり玄関から外へ放り出した。


「ほら、さっさと帰れ!」

「ひぃっ!」


 頼みっぱなしで悪いとは思うが、今は金城の相手をしている時間はない。うっすら涙を浮かべた金城を置いてドアを閉めると、慎吾はタイガが戻るまでモニターの前に座った。


 タイガが戻って来てから、簡単な打ち合わせを済ませた。それから先にタイガが仮眠を取り、慎吾はハザードが無人になるまで監視を続けた。

 午前五時になって、ようやく店内が無人になった。そしてすべての照明が消え、施錠されたのを確認すると、慎吾は深い溜息を吐いて自分の寝床へ転がった。


「疲れた……」


 潜入が長くなるにつれ、神経は高ぶり眠りは浅くなる。特に今日は眠ろうとしても、なかなか睡魔は現れない。だが嘘でも目を閉じて横にならなければ、体が持たない。

 こんなふうに眠る時は、大概悪い夢を見る。捕われ虐げられた記憶が、鮮明な色を伴い精神を冒す。


(でも、今日は大丈夫。うなされたら、きっとまたコイツが起こしてくれるから)


 低く響くタイガのいびきが、うるさくも頼もしく聞こえる。慎吾は壁側を向くと耳を塞ぎながら、ゆっくり瞼を閉じた。

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