第6話 Steal 3

「ちょりーす! 近く来たから寄ったんだけどお、兄ちゃんいるー?」


 彼女は大きなタレ目を太いアイラインと付けマツゲで飾り、甲高い声で甘えるように問う。慎吾は横柄に返事すると、ちらりとタイガを見てから玄関へ向かった。


「あームカつく、暑さマジパねー!」

「真澄、良く来たな。ま、上がれよ。それからもう普通にしろ。ギャル語がうざい」

「すいません榊さん。最近コレで暮らしてるもんで」


 部屋へ上がった真澄は急に言葉の調子を変えると、さっきよりも低い地声でタイガへ敬礼した。


「ご苦労様です。虎屋刑事! 自分は榊さんの後輩で、真澄啓介と申します」

「啓介って、まさか男か?」

「はいっ! よろしくお願いします。今日は署長より伝言を預って参りました」


 あんぐり口を開けたままのタイガへ微笑むと、真澄は敬礼を解いた。それからショッキングピンクのミニスカートを気にしながら、床へ正座した。

 小柄な体型はどこをどう見ても、完全に女にしか見えない。しかも顔はかなり可愛く、爪にもネイルが施され、おまけに夏を目いっぱい楽しんでいるような、露出の多い服装だ。ついチューブトップに隠された(谷間まで巧妙に作ってある)きれいな胸のふくらみや、スカートから露わになる太股に目が行きかけるのを、タイガは煙草をくわえてごまかした。


「で、伝言って?」


 隣へ胡座をかいた慎吾が問うと、真澄は頷いて話し出した。


 実はここ最近、署で不穏な出来事が起こっていた。

 確実な情報を元にしたにも関わらず、麻薬取引や暴力団関係の違法店舗への踏み込みが、立て続けに失敗しているのだ。ある時はガセ、ある時は裏を掛かれ証拠を押さえられず撤退──まるで、警察の動きを知られているようにかわされる。

 更に公にはなっていないが、昨日警視庁のデータベースへ不正アクセスした者がいた。何を探していたのかは不明だが、警察官の個人情報を調べた形跡が残っていた。


「ハッキングは外部犯だと思われますが、我々側に内通者がいる可能性が高いです。携帯やネットを始め、警察無線も傍受されていることが考えられますので、今後重要な用件に関しては、自分かグラディウスを連絡に使います」

「判った。じゃ、コッチからはお前に連絡する。それから、ハザードの店長とマネージャーの自宅にも、監視を付けてくれ。誰か、ヒマなヤツでいいから」

「手配しときます」


 慎吾と真澄が頷くのを見て、タイガが怪訝に眉を寄せた。


「グラディウスって誰だよ?」

「署長のマイカラスです」

「マイカラスぅ? つまりペットか、何じゃそりゃ」

「いや、これがバカに出来ないんだ。アイツ、すごく頭良いんだぜ? 人の言葉はほとんど判ってるし、カタコト喋るから、簡単な会話も出来るし」

「はー、マジかよ」


 疑わしい顔をしているタイガへ、慎吾が説明した。真澄もそれに大きく頷いて、ピンク色の唇を尖らせた。


「自分なんか、完全に目下だと思われてるんです。あんまり生意気なんで、前にいっぺん石ぶつけてやったんですよ。そしたら、徹底的に復讐されました。もーマジ酷かったっス!」


 聞けばその当時、一週間に渡り群れで襲撃され、威嚇とフン攻撃を受けたらしい。いつか焼鳥にしてやると息巻く真澄をいなしてから、慎吾は真面目な顔で眉を寄せた。


「早目にケリ着けた方が良いな。もうちょい様子見たかったけど、早々に店長室探ってみるか」

「榊さん、無理しないで下さいね」


 心配そうに(そして悩ましげな上目遣いで)見上げて来る後輩に、慎吾は優しく頷いた。


「ドジは踏まない。俺だって、痛い思いするのは嫌だからな」

「そうして欲しいもんだ。ま、ヤバい時は俺を呼べや。助けに行ってやるから」


 そうタイガがふんぞり返ると、慎吾は一瞬微笑んだが、すぐに眼を反らした。


「いや、来なくて良い。一人ならどうとでも逃げられるし、アンタはあくまでもバックアップだし」

「何だと? テメエ、俺はアテにならねえってかよ」

「そうじゃなくて……他の部署から借りてきた人間を傷モノにすると、色々後から面倒だから。大丈夫、迷惑は掛けないから」


 そう応えた慎吾の目には、ただ純粋に仲間を思う気持ちが浮かんでいる。ならば尚更頼れとタイガが言い掛けた瞬間、真澄が涙を流しながら立ち上がった。


「うわあああん、榊さん格好良いッス! その、仲間を思う男気が素晴らしいッス。やっぱり自分、榊さんが大好きッス!」

「うわ、バッ、抱き付くなっ!」

「クッソ、テメエもか真澄! 離れろ、離れやがれっ! 俺の前でそれ以上やったら、二人ともぶっコロス!」


 青筋を立てたタイガが、慎吾の上に覆い被さる真澄を引き剥がそうと、彼の上に屈み込む。その瞬間、真澄は鋭く叫び、タイガの顔に頭突きをカマした。


「ウガッ!」

「あ、す、すいません虎屋さんっ! つい癖で……」


 見てくれがギャルだろうが女装だろうが、真澄はれっきとした警察官で、しかもモグリ係だ。その体にはイヤと言うほど、格闘技と護身術が叩き込まれている。

 鼻血を噴いて床へ倒れたタイガは、つんと突き抜ける激痛に、不覚にも涙を浮かべた。


(やっぱバックアップなんて、大っ嫌えだああぁ!)



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