第二章 暴走族「黒髪連合」



 外は黄昏。

 濃藍の空。

 白い満月。


 だが、まだ、斜陽の明かりがのこっている。

 石橋町から小山市へ貫流する思川の河畔。


 この夏の終わりに幼い幼稚園児が生きたまま投げ込まれた事件があった。

 全国的に知られることになった思川だ。 

 黄色い花。セイタカアワダチソウの咲き乱れる草むらに廃工場がある。裸電球に照らされて30名をこす若者がすわっていた。まだ電気だけはきていたが、機械類はとりはずされている。がらんとした広がりに迷彩の戦闘服がきわだっている。街角でみかけるロジタリャンの、いぎたない座りかたではない。                      

 座る姿勢は同じ。だが彼らには気迫があった。キアイがはいっている。

 それもそのはずだ。暴走族『黒髪連合』の集会だった。

 ここは、彼らの集会場兼指令センターとなっている。  

 この秋になってから仲間が何人も、消息不明になっていた。


「ヤバイことにはまきこまれていなかった。だいいち携帯を打てないほどふいにトラブルにまきこまれるなんておかしいと思わないか。トミオもタカシもまだ連絡がつかない。キンジもきのうから携帯打ってもダメだ。こんなのってあるかよ」


 ヘッドの麻生真吾だけが立っていた。

 肩幅がひろく、胸が厚い。

 サムライ面だ。

 檄をとばしていた。

 なんとしても、キンジ、トミオ、タカシの三人のダチを探しだしたい。 


 1メートル80はある。厳しいサムライの風貌だ。ミーテングが長引いていた。

 サワサワという、異常な気配のある空気に取り囲まれている。

 現実に音が聞こえるわけではない。

 そうかといって、幻聴として笑ってしまうにはあまりにリアルだ。

 だれもが感じている。

 鳥肌になるようなこの恐怖をともなった害意。悪意の波動。

 だれかにたえず監視されている。

 それも敵意をもった、つきささってくる視線にだ。

 なにかおかしい。こんなこと、いままでになかった。

 だれもがそう感じていた。

 


 ふいに、真吾のケイタイが着信のメロデーをかなでた。


「真吾ちゃん?」

「八重子さんですね」

「あら、覚えていてくれたのね」

 いやでわかれた八重子と真吾ではない。

「そっちへ向かってる。金次の携帯が落ちてたの。ついさっき、連絡してくれた人がいる」

「どこに」

「石橋の雑木林のなかよ」

「キンチャンの姉さんだ。八重子さんだ。迎えにでろ」


 携帯の送話口はふさがず、真吾が声をはりあげた。

 すぐにサブヘッドの高見が矢野と早苗をともなってでていく。

 バイクのアイドリングの音を聞きながら、一瞬真吾の意識は八重子のところにとんだ。会いたい。

 わかれてから会っていない。

 プラトニックな初恋のままわかれた八重子。

 このチームの元ヘッド。


「いや、おれたちもいく。これからその場所にいったほうがいいかもしれない。一刻を争う事態かもしれない。キンチャンが危ない気がする」


 反応ははやかった。   

 押忍! 気合をかけて全員がバイクと車にとびのった。先行した高見たちのテイルランプがかすかに見える。廃工場のゲートをくぐったところだ。『黒髪連合』はもともとは、『空っ風』というレデイスだった。八重子がまとめていたものを真吾があずからせてもらって2年になる。だから、いまでも関東の族にはめずらしい男女混成のチームだ。

 また、着メロがなる。


「はやくきて」

「はやくキテぇ」


 説明ぬき。八重子の切羽詰まった声がする。


「どうした。なんだ。」

「追われてる」

「王子のヤツラか」

 真吾たちの東京進出を妨害している。敵対しているチームだ。

「ちがうみたい。バイクじゃない」   

「白パトか?」

「なんだかへんなの。分からないの。追われているのは確かなのに」

「いまどこだ」   

「マクドナルドの前を通過したわ」

「ワカッタ。あと3分で接触できる」


 高見ならあと1分。時速を150キロはだしている。仲間いちのスピードマニアだ。

 テクニックも確かだ。

 先発した高見たちのバイクはすでにセブンイレブンの前を右折していた。

 国道4号線に突入しているはずだ。 

 八重子のドライブテクニックなら追跡車に追いつかれることもあるまい。

 だが真吾はさらなる不安に体がおののいていた。

 こんなことははじめてだった。

 遠い祖先からうけついできた忍びの血がさわいでいる。 武闘派の血がさわいでいる。

 異常なことが起きている。想像をはるかに超えたことだ。

 なんなのだ。なにが起きるというのだ。                          

 真吾も右に曲がる。高見たちが見えた。先の三人の仲間の走りも変だ。

 なにか、彼らも、察知している。

 トバしかたがいつもとちがう。前方に高見たちの車影が見えた。

 真吾はかってない不安に自分がおののいているのを知る。

 なにか起ころうとしている。

 いままで経験したことのないような凶事の起こる前兆だ。

 それが、なになのか、わからない。

 八重子の身にとんでもないことが襲いかかろうとしている。


 いままさになにか……。高見が警笛をハデにならしている。


 その先で光りが点滅した。


 光条がみえる。   


 パシュ、パッパ……パシュ、パッパ。

 あの合図は……。八重子だ。

 よかった。

 ぶじだ。

 だが、あれは真吾にだけにつうじる。


 八重子からのSOSなのだ。


『空っ風』のヘッドは仲間に弱気を見せられない。

『黒髪連合』の総長真吾と交わした友情の証し。

 緊急の場合のみ使用、というとり決めだった。

 その約束の合図。いちども、使わずに八重子は眞吾の前から消えていった。

 そのSOSがいまはじめて使われている。

 


 その瞬間前方の高見のバイクが減速した。                

 あと一息だ。

 高見がスピードをおとした。

 バイクのサドルに両足をのせている。


 曲乗。

 なにやっているんだ。

 こんな時に。

 見えた。   


 八重子が、宙に浮いている。

 高見がジャンプ。

 八重子に飛び付いた。

 真吾のリアクションも敏速だ。

 高見に向かって跳ぶ。

 高見の脚にしがみついた。

 バサっと巨大な羽音がした。

 八重子も高見も真吾もひともちとなって地上に落下した。


 中央分離帯の灌木のなかだった。

 みあげる上空。

 有尾の巨大蝙蝠が月光にくっきりとみえた。

 尾がある。それって、翼竜ではないか。

 飛びさっていく。彼らが目指す方角だ。石橋の雑木林だ。

 影絵のように黒々と大きな翼が見える。


「ゴッテム。おれたちをさそってやがる」

 高見が腰をさすりながら起き上がる。

「見たか、尾が生えていた」

「そんなことない。わたしかかえこまれたときはっきり見た。あれは鷹よ。巨大な鷹だったわ」

「ひとを爪にかけて飛び上がれる鷹がいるかよ。70キロのレディをよ」

「あら眞吾、いってくれるわね」


 がしっと八重子と真吾はだき合った。


 ひさしぶりで会えた八重子。

 真吾の愛する年上の女がそこにいた。 

 武闘派レデイスの頭だった、いまや生きながらlegendとなっている八重子。

 会いたかった八重子。

 会いたかった。

 ストイックに八重子と会うことを禁じていた真吾。

 会えないわけがあった。

 八重子に会うことは、彼女を現役復帰させることになる。

 それこそ、彼女のために避けなければならないことだった。 


 真吾はフルフエィスに内臓させたマイクで鹿沼は西大芦の山深く奥日光に繋がる山間の村落、草久に住む兄の崇に連絡をいれた。吸血鬼との死闘の経験のある兄だ。親ほども歳の隔たりのある異母兄弟だ。野州(下野の国)勅忍の最後の生き残りだ。真吾だけが、いや真吾であったからこそ今、目撃したばかりの怪異な飛行物体を、翼竜とみてとったのだ。

 子どものころから、兄の武勇伝は聞かされていた。東京は麻布界隈で大江戸線の工事が進行していたころ、兄が戦った敵、血を吸う有尾の悪鬼の話しがフラッシュバックする。


 真吾は剣の道は学んだが、忍法は伝授されなかった。一子相伝の忍者の道だ。


「まちがいない、そうかやはり現れたか」


 真吾が飛さった生物の輪郭を説明すると、即座に応えがあった。幼少のころから聞かされてきた。兄に聞かされてきたモンスター。


 青白い、爬虫類のような皮膚。

 変化自在の形態。    

 人を切り裂き……。血を吸う悪鬼。

 


 昭和が平成になろうとするころ兄が闘ったという……鬼。邪な(よこしま)鬼、邪鬼の集団……、UMA(未確認動物)。

 それはほかのUMA、ヒマラヤの「雪男」、北米の「ビッグフット」とちがい、あまりにも身近な存在。それでいて文学作品や映像の世界でのみ生息すると思われている、想像の所産。近くて遠い存在……。

 だが、鍛えぬいた剣士の感が、あれは兄から聞いていた……するどい牙をもつ……。


「真吾、いまふうにいえば、吸血鬼だ」

 崇が真吾を励ますようにいった。

 真吾の確信は深まった。そうかやはり吸血鬼か。

 どうして、いまこの時期に吸血鬼がこの北関東の平凡な街にあらわれたのだ。


「はやまるなよ」

 という兄のことばがまだ耳元に残っている。           


 真吾は林の奥を見詰める。

 敵の姿をイメージした。

 焼きつくような皮膚の感覚は、未知のものにたいする不安感から来るものだ。

 おびえているわけではない。真吾は闘争心をかきたてていた。

 世に混沌をもたらもの。

 邪鬼。 

 鬼を見分けることができる野州の勅忍の一族。

 真吾が闘わなければならない、天敵だ。

 だが、対決のときが早過ぎたようだ。  

 これだけの精鋭でも、闘えるかどうか不安だ。

 まだなんの防備もしていない。

 真吾には敵の不気味さだけがわかった。兄から伝えられていたノスフェラトゥ、不死の者のだ。


 『黒髪連合』のバイクは雑木林に突入した。バイクを降りる。


「このあたりでキンジのケイタイを拾ったらしいの。茸とりにきた農家のおじさんよ」


 じめじめした湿気が足元にまとわりつく。薄闇に閉ざされている。

「トミオとタカシにケイタイ打ってみろ」

 怪訝な顔で高見がいわれたとおりにする。

 かすかに着信音が林のさらに奥でする。

 ナラやクヌギのなかを音のするほうに進む。

 雑木林はすでに落葉がはじまっている。

 赤錆色の落ち葉がライトの先で、下生えの上にまばらに落ちている。

 楓の真っ赤な葉もある。下生はまだ緑だ。

 真吾はその下生をふんでさらに奥に進んだ。

 無謀にもバイクを降りず追尾してくるものもいる。

 黒い笹が薄闇のなかで揺れる。

 闇がふるえている。大気がざわめく。

 この北関東は石橋の雑木林は、いま黒髪連合の侵入をうけている。

 ふいに、20台のバイクと車。

 総勢30名をこすヤングが現れた割には、あたりは森閑としている。

 はるか国道の方角で車の走る音が遠雷のようにひびいている。

 樹木越しに、狐火のようなヘッドライトの光のつらなりが見える。

 樹木がとぎれた。広くひらけている。


 ひとむかしまえ、雑木を切り、薪にしていたころの泊まり小屋がある。

 風雨をさけられないほど荒廃していた。

 軒は落ち、小屋そのものもゆがみ、倒れかけている。


 その入口付近で着メロの合奏がしていた。

 ケイタイがむぞうさに草の上に投げ出されていた。

 細い枝から月光が落ちている。青白く冴えた月だ。

 その淡いブルーの光をあびて、サッカーボールが三個。

 正確に等間隔を置いて並んでいる。


 ひとの頭だった。


 トミオ。野ネズミにくわれた。顔面の肉がえぐられている。 

 タカシ。瞳孔が虚ろにあいていた。肉汁が滴っていた。

 ふたりとも、痛い、いたいと泣いているようだ。

 死の恐怖が顔のゆがみからよみとれた。

 生きながら埋められ、野ネズミにかじられた頭部。

 その形骸。その色彩が視神経を刺激した。


 見るものを、激しい嘔吐が襲った。ググッと喉をはいのぼってくる。

 ふらついた。

 極度の緊張にバランスをくずし、よろけながら粘液をふきだしたものもいる。

 何人かが、おえっと、口もとを押さえた。


 腐臭があたりにたちこめていた。すさまじい臭気だ。 

 吐き気をもよおすような悪臭のなかで一瞬全員がふるえあがった。

 こんなこと、人間のやることじゃない。真吾は苦い汁を飲みくだした。

 何人かがこんどこそ、本格的に嘔吐した。


 ゲロゲロっと、粘ついた汚液をはきだした。

 異臭と黄色く濁った汚液が大地と彼らの口もとをつないだ。


「キンちゃん」

「キンジ」

 八重子が絶叫し走りよろうとした。

「見せるな」

 真吾の一喝に高見がすばやく彼女を抱きとめた。

「キンチャン」

 早苗が絶叫した。

 


 三人とも土のなかに埋められていた。

 恐怖にムンクの叫びのようなゆがんだ顔を……口をしていた。  

 首筋が切り裂かれている。

 土に染みがある。

 血の噴きだした跡だろう。


 キンちゃんだけはまだ生きている。血がいつでも吸えるようにしてある。

 吸血鬼の給血所にしていたのだ。やはり、敵は吸血鬼だ。

 こんな残酷なことは人間にはできない。

 

 真吾の確信はさらに深まった。

 真吾だけ敵の正体を見極めた。              

 キンちゃんが呻いた。

 生きている

 生きている。

「はやく、周りを掘れ。119だ。救急車をたのめ」


 高見が腕をゆるめたすきに八重子がかけよる。


「キンジ」

 絶叫。


 それが合図ででもあったかのように黒い影が樹間に沸く。


「これは、これはたいへんなゴチソウですね」


 舌なめずりをしている。

 マスターQ。

 背後にRFのタケシ。

 縦一列にならんでいた。

 ひとりだけ、Q、ひとりのみと視認したのは誤り。

 背後にタケシ。さらに――。

 輪郭がぼやけて霧のなかにいるようにしか見えないが、10人近くいる。

 黒のレザーのジャンバー。

 黒のレザーの長いコート。

 バイクや車のヘッドライトを浴びている。

 異様に重なりあった影が揺らいでいる。

 いずれも、真紅の五芒星のマークを胸や背につけている。

 ゆっくりと近づいてくる。

 からかうような、それでいて恐怖を呼びおこすような弛緩した動きだ。

 これから始まる闘争に絶対的な自信をもっているというのか。

 おれたちなんて、メジャナイというのか。


「ショータイム」

「ロックンロール!!」


 みょうに白く、長い犬歯の間から陰気な声がひびいた。

「王子のパーテイかよ」

 高見にはただの人に見えるらしい。

 なるほど。   

 胸や背の五芒星のロゴは、漢字の王と見える。

 王子から赤羽周辺のパーテイがまとまった『赤羽』。

 真吾たち『黒髪連合』の首都東京進出を拒んでいる――。

『赤羽』の中の武闘派『王子』。

 赤羽の母体ともなっている『王子』の面々ではない。


 敵は吸血鬼なのだ。

 真吾の推測が現実として、リアル世界に出現した。

 Qが長いコートの裾をひるがえしながら早足で近づいてくる。

 尻のあたりがもりあがっている。尾が隠されているのだろう。


 敵は有尾の鬼。吸血鬼。


 足下で枯れ草がふまれ不穏な音をたてている。

 ザザザっと強烈な害意が迫ってくる。

 威嚇するように口元でシュと音をたてる。

 それとも、捕食するものを前にしての舌なめずりの音なのか。

 そのいずれであるにしても、不気味な音だ。

 人のプリミティブな恐怖感をかきたてる。

 真吾には、異形のものと見てとれた。はっきりと吸血鬼として視認できる。


「119に連絡は」


 この期におよんでも、真吾はまだキンちゃんの心配をしている。


「だめです、日頃の行いが、悪いから、やっら本気にしてくれません。イタズラ電話だと思っている」 

「自治医大に連れて行くんだ」


 掘り出されたキンチャンを横目で確認する。

 泥だらけのキンチャンのぼろぼろの特攻服。

 ヂムシがうじゃうじゃ付着している。びっしりとついた虫が蠢いている。

 生きたまま虫に食われるのは、野鼠に襲われるのは、どんな気持ちだろう。

 ゆるせない。こいつら、ただで済むと思うなよ。

 真吾は油断なく敵を睨みながら、仲間を見渡す。

 泣きそうな顔で、すがるようにキンチヤンを見つめている――。少女。


「早苗をつけてやれ」    


 真吾は高見に命令する。粋な計らいをする。早苗とキンチャンがツキアッテいるのを知っていた。仲間内の恋愛はご法度なのだが――。

 有尾の吸血鬼の影は目前に迫っている。

 真吾は腰に二重にまいた『麻』のベルトを手にしていた。はじめて使う武器だ。――いくら、斬っても、死なない。斬った肉も骨も瞬く間に再生してしまう。

 心臓を突き刺すか、首をはねるか、尾をひきぬくかしなければだめだった。そうしなければ、アイツラには勝てなかった。アイツを消滅させる方法はそれだけだ。兄の崇のことばが、ナレーションのように、真吾の耳にひびいていた。子どものころから、なんどもきかされてきた話。



 その吸血鬼が目前に迫っている。

 麻の鞭。鞭で尾を引き抜くのだ。   

 どうしてそうしたのか自覚はない。

 だが、兄のことばに導かれていたのかもしれない。

 ほかのどんな武器よりも、いまは、この鞭だ。

 この鞭で、戦うのがふさわしいと脳の遺伝子がつげていた。

 西大芦は草久(くさぎゅう)産の極上の野州大麻で綯い上げた鞭。

 弘法大師空海が仏敵を倒した弓の弦。それは草久産の野州大麻だった。

 麻の弦だ。神社、仏閣の鈴やドラを叩く縄。麻をない合わせたものだ。

 御祓いの清め、悪霊を退散させるという大麻だ。

 ヒューと唸りをしょうじて、鞭が吸血鬼の尾にからみついた。

 吸血鬼はからだを回転させてのがれた。

 鞭は尾の先端にからみついた。倒れた。


「はでなおでむかえだったな」 


 真吾にはさきほどの大蝙蝠が、翼竜がこの男だとわかっている。

 倒れた男に矢野がバールを打ち込む。ばん、とバールがはねかえされる。砕けたはずの骨が瞬時に回復する。兄のいっていたことは、こういうことだったのか。

 矢野にはそれが見えない。


「ダメダ。ゼンゼンウケツケナイ」


 矢野の顔がおどろきにゆがむ。


「心臓を突き刺せ」

「????????????」


 過激な発言に矢野がとまどう。それでも真吾の命令は絶対だ。

 男が土埃をあげる。

 真吾の鞭で自由をうばわれていた。

 起き上がろうとあせっていた。悶えている。男の胸にバールが突き刺さった。


「消えた。きえた。キエタ」


 矢野には王子のパーテイのひとりが消えたとしか見てとれない。

 ふりかえる。

 吸血鬼に襲われているほかの少年たちは……。

 なんにんか、首筋を噛まれている。

 鮮血が飛び散っている。上半身が朱に染まっていた。


「なぐるな。ただ、バールを打ちこんでもだめだ。心臓めがけて突き刺せ」   


 矢野が叫ぶ。


「八重子。木の枝だ、先をとがらせて」


 八重子に襲いかかる異形のものRFのタケシとQに、眞吾の鞭がとぶ。

 シュ。シュ、シュ。鞭が空をきる。敵は乱杭歯をせりだし、ニタッと不気味に笑う。

 生々しく凶悪な白い牙。獲物の喉に噛みつき血を吸う。吸血鬼の猛り狂う笑い声。唇からもれるドブのような悪臭。ジトジトと涎をたらして迫ってくる。 

 八重子はQたちとの闘いを真吾にまかせた。

 サバイバルナイフで木をけづる。

 急ごしらえの手ヤリをつくる。

 効果はてきめん。

 バールで殴打されても平気でおそってきた吸血鬼が。とがった木のヤリにタタラをふんだ。攻めてこない。だが、ジワジワと包囲網をせばめてくる。真吾たちも背中合わせに円陣をくむ。


「王子のやつら、頭数からいったら半分もいない。こんなヤツラに負けたら4号線でバイクころがせないぞ」


 矢野の声は、悲鳴となっていた。

 高見たちも攻め立てられている。

 相手は吸血鬼なんだ。それがみんなには見えていない。仲間を逃がさなければ。撤退させる。とても、人がたたかって勝てる相手ではない。真吾すら、真吾であるから、恐怖におののいていた。吸血鬼との初めてのコンタクトだ。


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