二年生編・一学期前半~next☆stage~

第43話・next×stage

 ――久し振りだな…………そうかそうか、しばらく会わなかったけど元気にしてたか。それは良かった。ほう、しばらく会わない間に仲の良い異性の友達ができたと。へえー、やるじゃないか。……何っ!? その仲の良い異性の友達と最近恋人になったって? へえー、そっかそっか……よしっ! 今すぐにぜろっ!


 二年生に進級して三日目の昼休み。俺は携帯に送られてきたメールを見ながら心の中で思いっきり毒づいていた。

 メールを送ってきたのは中学時代の友人で、俺とは別の高校へと通っている。

 だから最初こそ久し振りの連絡で少しテンションが上がっていたけど、途中から段々と女子の話に移行していき、終いには恋人ができたという話になった。これで俺のテンションは一気に下がった訳だ。

 要するに彼女ができた事を俺に自慢したかっただけなんだろう。まったくもって忌々しい。

 俺は携帯をポケットにしまい込み、モヤモヤした気分で窓の外を見る。偶然にも俺の席は一年生の時と同じく窓際の一番後ろで、中庭の様子がよく見える位置だった。


「こっちもこっちで忌々しいな……」


 中庭には相変わらず青春を謳歌するリア充共がひしめき合っている。

 そんなリア充共を鋭い眼光で射抜く様に見ていく。今なら殺気に満ちたこの視線に目を合わせただけでリア充共を抹殺できそうな気分だけど、残念な事に誰一人としてこちらに視線を向ける者は居ない。なぜならみんな既にその視線を奪っている相手が居るからだ。


 ――くそう……みんな楽しそうにしやがって……。ああーっ、突然大雨が降り出してリア充共がずぶ濡れにならないかなあ!


「龍ちゃん龍ちゃん。そういうのは口に出して言わない方がいいよ?」


 その声に振り向いた先には茜が居て、若干引いた感じで俺を哀れむ様に見ていた。


「…………どの辺りから口に出してた?」

「えっとね、『くそう……みんな楽しそうにしやがって……。ああーっ、突然大雨が降り出してリア充共がずぶ濡れにならないかなあ!』ってところまでかな」


 ――それってほぼ全部じゃねえか……何やってんだ俺は。


 そんな事を思いながら自身の失態を誤魔化す様にコホンと咳払いをする。


「ま、まあアレだ。全てはリア充共が悪いって事だなっ!」

「龍ちゃん……」


 哀れみの表情から一変。茜は蔑む様な視線を浴びせてくる。


「や、止めろっ! そんな目で、そんな目で俺を見るんじゃねえっ!」

「どうしたの茜ちゃん? また龍之介が変な独り言でも言ってたの?」


 ――えっ? まひろの中でも俺って変な独り言を言う奴って認識なの? 結構ショックなんですけど……。


「まひろまでそんな事を言うのか? 親友なのに俺は悲しいぜ……」


 俺は打ちひしがれたフリをしながら窓の外を見る。なるべく哀愁漂う感じに、背中で語るのがポイントだ。


「あっ、ごめんね龍之介。そういうつもりじゃなかったんだけど……」


 ――よしっ! 効果は抜群だっ!


 窓に映るまひろはとてもすまなそうな表情をして俺を見ていた。ホントにまひろは良い奴だ。


「まひろ君が謝る事無いよ。本当の事なんだから」


 まひろとは対照的に窓に映る茜はニヤリと笑顔を浮かべて俺を見ていた。残念ながら茜には俺の哀愁攻撃は微塵の効果も無かった様だ。

 さながらロールプレイングゲームにおける魔王の如く、茜にはこの手の攻撃が一切効かないらしい。だがこのまま茜をのさばらせておくのも面白くない。

 俺は劣勢状態を打破すべく、茜の決定的な弱点を攻める事にした。


「はあっ……茜は相変わらず可愛げが無いよなー」

「な、何よ急に……そんな事無いもんっ!」


 ――かかったなっ。


 俺の挑発に乗った茜を見て思わずニヤリと笑みがこぼれる。

 コイツの決定的な弱点、それは煽りに弱い事だ。まあ普通に考えたら決定的と言うよりも致命的とでも言うべき弱点だと思う。


「へえ~。それじゃあ茜のどこに可愛げがあるのか教えてくれよ。俺にも分かる様に懇切丁寧こんせつてにねいにさ」


 俺は更にニヤリと口角を上げながら茜に言い迫る。わざわざ自分で罠にかかってくれたんだし、このチャンスを逃す事はできない。

 心の中でほくそ笑みながら茜を見ていると、当の本人は『えーっと、えーっと……』と繰り返しながら生真面目に俺の質問に答えようとしている様だった。


「うーん? どうした茜? 何も出てこないのか?」


 ここぞとばかりに茜を攻め立てる。弱みを見せた者はやられていく、それが世の中の真理というものだ。


「ぐっ……あ、あるもんっ! た、例えば…………」

「例えば~?」

「う、うさぎのぬいぐるみと一緒に寝てる……とか」

「えっ? お前ぬいぐるみと一緒に寝てるのか!?」

「そ、そうよっ! 悪いっ!?」


 どんな苦し紛れの発言が飛び出すかと思って楽しみにしていたけど、これはかなりの衝撃だ。


「ぷっ! 高校生にもなってぬいぐるみと一緒に寝てるとか、どんだけお子様なんだよ――ぷぷぷっ」

「わ、笑わないでよねっ!」


 そこでまでで止めておけば良かったのだが、俺はつい止めの一言を言い放ってしまった。


「これが笑わずにいられるかよー!」

「なっ!? 龍ちゃんの……バカ――――――――ッ!」

「ぐはっっっ!?」


 俺のお腹に茜の高速ボディーブローが炸裂した。最近の茜はパンチの種類が増えた様で、こうして俺の負うダメージは各部位に及んでいる。

 茜が言うには『傷や痣ができても目立たない所を狙わないとね!』だそうだけど、そのいじめっ子が考えそうな発想が普通に恐い。


「く、くそう……きょ、今日も防ぎきれなかったぜ…………」


 茜のパンチの切れは回を重ねる度に鋭くなり、もはや俺にはそのパンチの影すら捉える事ができなくなりつつあった。


「今のは龍之介が悪いよ? いいじゃない、ぬいぐるみを抱いて寝るくらい。僕は可愛いと思うよ?」

「そ、そう……か?」


 腹を押さえて立ち上がりながら、俺はまひろがぬいぐるみを抱いて寝ているところを想像してみた。


 ――うん……ありだなっ!


 自分の想像の中に存在しているぬいぐるみを抱いたまひろの姿を絶賛する。

 それはもう言葉では言い表しようが無い可愛さで、俺の脳内まひろを映像として見せてやれないのが残念なくらいだ。


「今日も賑やかでいいですね」


 フラフラと立ち上がった俺のもとに、美月さんがいつもの優しげな微笑みを浮かべながらやって来た。


「茜さんと龍之介さんはいつも面白い漫才をしているので見ていて楽しいです。ああいうのをどつき漫才って言うんですよね? 最近杏子ちゃんに教えてもらいました」


 ――なるほど。そうきましたか美月さん。しかしながらあれは、漫才でもなければどつき漫才でもないんですよ。あれはね、圧倒的力の差による暴力って言うんですよね。それから杏子、俺の知らないところで美月さんに妙な事を教えるんじゃないよ。教えるなら正確に教えてあげなさい。


 こうしてまた騒がしくも平凡な日々が始まった。今度こそ俺はこの平凡な日常を抜け出してラブコメの日常を手に入れられるだろうか。

 いや。もう高校二年生になったんだから、俺はこのセカンドステージで今度こそ実現させてみせる。夢のラブコメストーリーを。

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