俺はラブコメがしたいッ！

第44話・不思議×妹

　生徒達の喧騒に溢れる放課後。俺は教室を出て下駄箱へと向かっているところなんだが、一部の新一年生から好奇の視線を執拗に浴びせられていた。

「くそう……杏子の奴余計な事を言いやがって……」

　なぜ俺に新一年生から好奇の視線が集まるのかと言うと、さっき俺が口走ったように我が妹であるところの杏子が原因だ。

　これは妹自慢みたいで嫌だが、我が妹の杏子は非常にコミュニケーション能力が高い。入学してまだ三日目だというのに、杏子は既に沢山のお友達をつくっているしな。どうやったらそうできるのかは分からないけど、何かコツのようなものがあるのなら是非教えてもらいたい。

　中学時代もそうだったけど、ある意味で杏子もリア充の部類に入ると俺は思う。

　そしてそんな杏子が入学して初の自己紹介でやらかした事が原因で今現在こうなっている訳だ。

　我が妹がいったい何をしでかしたのか。それは最初にやる自己紹介で自分の好きなものを言っただけ。ただそれだけの事。

　それだけ聞くと特に問題は無いように思うだろうけど、問題なのはその内容。

　杏子は自己紹介の時、『何か好きなものはありますか？』という先生の質問に対して『好きなのはお兄ちゃんです！』と答えたらしい。兄としては好いてくれる事は嬉しいんだけど、それでも時と場合は選べよと思う。

　それに普通ならこんな発言を初っぱなにかませば引かれると思うんだが、どういう訳か杏子はそういう発言をしていてもなお引かれる事無く友達を増やしている。

　俺としてはそんな状況を目の当りにしていると、我が妹は不思議なカリスマ性でも持っているのだろうかと思ってしまう。仮にそんなものがあるなら、是非とも半分程分けて欲しいもんだ。

　――そういえば中学時代も一時期これと似た様な事があった気がするな……。

「あっ、お兄ちゃーん！」

　下駄箱へと向かう途中、友達数人と一緒に居た杏子が遠くから声をかけてきた。杏子は俺に声をかけた後で友達の輪から外れてこちらへと向かって来る。

　そしてその様子を見ていた杏子のクラスメイトと思われる一年生達から黄色い声が上がった。まあ黄色い声を上げているのは主に女子だけで、男子からはある意味での敵意的な視線を向けられているのを感じた。

「お兄ちゃん、今帰り？」

「そういう事だ」

「一緒に帰ろうよ」

「待たせてる友達はいいのか？」

「あっ、そうだった」

　杏子はそう言うと一緒に居た友達の方を振り返った。

　そうそう、せっかく新しいお友達ができたんだから仲良く一緒に帰りなさい。

　俺はそのまま下駄箱へ向かおうと一歩足を踏み出した。

「ごめんねみんなー！　今日はお兄ちゃんと一緒に帰るねー！」

「はあっ！？」

　――この妹はいったい何を言ってやがるんだ？

　元気良く友達に手を振る杏子。その友達連中は微笑ましそうな笑顔を浮かべて杏子に手を振りながら俺達を見ていた。

「さあ帰ろう」

「ま、待てって！　分かったから引っ張るなって！」

　俺の腕を掴んで下駄箱へと引っ張っていく杏子。なんつう強引な妹だ。

　周りで見ている一年男子の視線が痛い程突き刺さる。ああ、何という既視感だろうか。

×　×　×　×

　学園を出て帰る途中、俺達は近くのスーパーへと立ち寄っていた。夕飯の買い出しの為だ。

「杏子よう。自分が周りからどんな風に見られてるとか気にならないのか？」

　一緒に商品を見て回る途中、俺はそれとなく杏子をたしなめようとしてそう切り出した。

「えっ？　何で？」

　この妹はボケているだけなのか、それとも天然なのだろうか。はたまた、ただの馬鹿なのだろうか。

「何でって……今日周りに居た奴等の視線や反応を見てたら普通は気になると思うんだが」

「周りの反応？　何かおかしかった？」

　何となく分かってはいたけど、我が妹は美月さんとは違った意味で天然さんのようだ。

「……いや、もういいや」

　俺はたしなめるつもりで話を始めたが、早々に諦めた。本人が自覚していない事を自覚させるのは思いのほか大変で面倒だからだ。

　それに放っておいてもいずれ状況は収まってくるだろう。中学時代もそうだったしな。

「そういえばさ、杏子って中学時代も男子に結構モテてたよな」

「えっ？　そうだった？」

　自分の身内をこう言うのもおかしな話かもしれないけど、杏子は小学校時代も中学時代も相当モテていた。兄であるこの俺が嫉妬に狂いそうな程に。まあ兄貴フィルターを外して見なくても、杏子は世間で言うところの美少女に入ると思うからモテても不思議ではないけどな。

「俺は何度か目撃したぜ？　デートに誘われてるところとか。噂だと何人もの男子に告白されたけど、その全部をことごとく断ったとか聞いたけどな」

「えーっ！？　それは無いよ。どこからそんなデマが流れて来たの？」

　杏子の反応を見る限りは嘘を言っている様に思えないけど、火の無いところに煙は立たないとも言うしな。

「なあ杏子、男子から遊びに誘われた事は無かったか？」

「ん？　それならあるよ。『一緒に映画に行かない？』とか、『海に行かない？』とか」

　――それってデートに誘われてたんじゃないのか……？

　平然とそんな事を言う杏子に対して様々な疑問が頭を過ぎる中、俺はとりあえず質問を続けてみる事にした。

「一緒に行った事は無いのか？」

「うん。誘われた時は全部お兄ちゃんと出かける用事があったから断った」

「それならそうと言ってくれれば俺は遠慮したのに」

「嫌だよ。せっかくお兄ちゃんと出かけるのに」

「さいですか……」

　さも当然と言わんばかりの口調でそう言ってくる杏子。

　――どんだけ俺に対する優先度が高いんだ。誘った男子達よ、この察しの悪い妹を許してやってくれ……。

「それじゃあ男子から好きだとか言われた事は無いのか？」

「んー、それは何度かはあったかな」

「それって告白って言うんじゃないのか？」

「ん？　そんな事無いよ。だってそれは友達として好きって意味だし」

「友達としてねえ……」

　杏子のように物事や言動を曲解する思考の持ち主の話はまともに聞いても埒が明かない。

「ちなみに杏子、その時どんな風に言われたんだ？」

「えーっとね、たしか『鳴沢さんのことが好きなんだ』みたいな感じだったかな」

　――それってどう聞いても愛の告白に聞こえるんだが……今の若者達には違う意味合いに聞こえるんか？

「それで杏子は何て答えたんだ？」

「ん？　私も友達として好きだよって即答したけど？」

「もしかして同じ様な事を言って来た男子全員にそう言った？」

「うん」

　可哀想な男子達に同情を禁じ得ない。

　なんせ告白した相手が少しも考える間も無く『私も友達として好きだよ』とか言ってきたら、普通はそれ以上何も言えなくなるもんな。その時点で相手が自分に対して脈が無いって分かるんだから。

「まあ何て言うか……頑張れ」

「ん？　変なお兄ちゃん」

　――杏子、これからは相手の話をちゃんと最後まで聞いてあげなさい。

　こんな妹の将来に不安を感じつつ、激辛レトルトカレーをカゴに入れて再び杏子と買い物を再開する。

　ふうっと息を吐く俺の隣には楽しそうに商品を選ぶ杏子の姿。そんな杏子を見ながら、告白して来た男子達が心に変なトラウマを抱えてなければいいけどな――などと、柄にも無い心配をしていた。