第42話・友達×決意
私にとってのゲームは、ただ遊ぶ為だけの道具ではなかった。
ゲームは私にとっての心の拠り所であり、幼い頃の思い出を忘れない為の物であり、そして何より、楽しく誰かと遊ぶ為の物だ。
「おはようございます」
私は今日もいつもの様に挨拶をしながら教室へと入った。
けれど、その挨拶に答えてくれる人は一人も居ない。分かっていた事だけど、いつも寂しく思う。
高校生になってから約一ヶ月。
私の高校生活は、中学生の時とあまり変わらない味気ないものになっていた。
幼い頃に出会った男の子。その男の子との思い出と約束を胸に、私は様々な勉強に励んだ。
私には孤児になった自分を個人的に支援してくれている人が居るんだけど、その人には本当に感謝してもしきれない。おかげで私は、自分の望むまま勉学に励む事ができているのだから。
本当はちゃんと会ってお礼を言いたいのだけど、相手が私と会う事を望んでいないらしく、お礼は月に一度書いている手紙を手渡してもらうだけになっている。
「はあっ……」
私は小さく溜息を吐いてから自分の席へと座り、いつもの様に鞄からお気に入りの漫画を取り出す。
「ねえ見て。如月さん、またあんな本を読んでる」
「ちょっと頭がいいからって、私達を馬鹿にしてるんじゃないの? あんな物を読んだって何の役にも立たないのに」
クラスメイトのそんな言葉が私の耳に届く。そんなつもりはまったく無いのに。
私は漫画や小説、ゲームやアニメが大好き。そうなった切っ掛けは幼い頃に出会った男の子の影響なのかもしれないけど、好きになったのは紛れもなく自分の意志。だからそれに対してこんな風に言われるのは、正直凄く悔しかった。
でも私には、その人達に向かって反論をする勇気は無い。徒党を組んだ人間がいかに恐ろしいかを、過去の経験で知っているから。
「み~つきちゃ~ん!」
「きゃあっ!」
突然耳元で名前を囁かれ、私は驚いてしまった。
振り向いた先には、鞄を持ったクラスメイトの
「びっくりさせないで下さいよ~、桐生さん」
「ごめんね。でも美月ちゃんて反応が面白いから、ついつい悪戯したくなっちゃうんだよね~」
「もう……」
「そんなにむくれないでよ~」
そう言って後ろの席に鞄を置き、私に抱き付く桐生さん。この人懐っこいところが、桐生さんの可愛らしいところだと思う。
「それにしても、いつもながら大きい胸だなあ。素晴らしい揉み応え」
「そ、そうなんですか?」
桐生さんはよくこうやって私の胸を触る。
その行動が疑問だった私は、つい先日その理由を尋ねてみた。するとこれは、親しい女友達なら普通にやっている挨拶だと桐生さんは教えてくれた。
――桐生さんは私を親しい友達だと思ってくれてるのかな? だとしたら私も、桐生さんの胸を揉んだ方がいいのかな?
「あっ、見た事ない漫画だ。今度私にも見せて」
「はい。分かりました」
桐生さんだけはこうして気軽に話しかけてくれる。これだけが高校生活を送る私にとって最大の救いだった。
そしてしっかりと午前中の授業をこなしてお昼休みになった頃、私は桐生さんと一緒に屋上へと来ていた。
「桐生さんのお弁当、いつも可愛いですね」
「お母さんがこういうのに凝っちゃうタイプなんだよね~」
にこにこしながらそう答える桐生さんは、本当に美味しそうにお弁当を食べる。
私はそれを羨ましく思った。両親が居ない私にとって、母親の作るお弁当を食べるという経験は無かったから。
「美月ちゃんはお弁当を作ったりしないの?」
「はい。実は一度も料理をした事が無いんです」
「駄目だよー、美月ちゃん。それじゃあ女子力足りないって言われちゃうぞ?」
「女子力? 何ですかそれは?」
くすくすと楽しそうに笑う桐生さん。
桐生さんはこうやって、私の知らない事を沢山話してくれる。この時間はとても楽しい。
今日も桐生さんと色々な話をしながら、楽しく昼食を摂った。高校に入学してから、私が楽しみにしている時間の一つだ。
「ごちそうさまでした。それにしても、この学校の人達って何て言うか……ギスギスしてるよね。余裕が無いって言うか、楽しそうにしてないって言うか」
「そうですね……」
それは私も強く感じている事だった。
私が通っていた中学校とこの高校は全国的にとても有名な進学校で、世間では秀才と言われる類の人達が大勢通っている。
「勉強って大切だとは思うけど、私はあんな風に笑えなくなりたくはないなあ」
「そうですね。どうせなら笑顔で過ごしたいですよね」
そんな会話を交わしながら、私達はお昼の一時を過ごす。
こんな感じで高校生活を送っていたけれど、それからも私に対するみんなの態度は変わらず、肩身の狭い思いを強いられていた。
でも、桐生さんが居る事だけが私にとって唯一の救いだった。もしも彼女が居なければ、私はきっと笑顔を忘れていたと思うから。
そしてそれから数日が経ったある日の帰り道。桐生さんは酷くご立腹な状態だった。
「あーっ、もうっ! ホント頭にきちゃう!」
その理由を桐生さんに聞いたところ、私が放課後の委員会活動で遅くなっているのを教室で漫画を読んで待っている時に、クラスメイトの男子から『お前も如月と一緒になって俺達を馬鹿にしてるのか?』などと言われたとの事だった。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「どうして美月ちゃんが謝るの? 美月ちゃんは何も悪くないでしょ? あの子達はね、自分が美月ちゃんに成績で勝てないからって嫉妬してるだけなんだから」
「そうなんですか?」
「そうだよ。本当に困ったもんだよね」
クラスメイトの私を見る視線や態度の裏にはそういう感情があったんだと、私は初めて気付いた。私は人のそういった感情面についての洞察には疎いようで、こうして桐生さんから話を聞いて気付かされる事も多い。
それからしばらく話をしながら歩いていると、ご立腹な表情をしていた桐生さんの表情が突然ぱーっと笑顔に変わった。
「美月ちゃん! クレープ屋さんがあるよ! 食べて行こうよ!」
「えっ? でも、帰り道での飲食は校則違反じゃ……」
「いいのいいの。女子高校生たる者、買い食いの一つや二つは当たり前なんだから!」
「そ、そうなんですか? 分かりました」
それがいけない事と分かりつつも、私は何となくワクワクしていた。
「んー、美月ちゃんはどれにする?」
「えーっと……迷いますね……」
実はクレープを買って食べた事が無い私は、どれを選んでいいのかよく分からなかった。なぜなら書いてある商品名が長い物が多く、どういう物なのかがよく分からなかったから。
「よしっ! それじゃあ今日は、ストロベリーとチョコを頼んで二人で分け合いっこしよっか!」
そんな迷っている私を見て、桐生さんはそう言ってくれた。きっと気を利かせてくれたんだと思う。
「はい。それでお願いします」
甘い匂いの漂うお店の前で、注文した品が出来上がるのを今か今かと二人で待つ。
目の前で作られていくクレープを見るのも初めてだったけれど、もちもちした感じの生地にふわふわの生クリームや瑞々しい果物、とろとろのチョコが包まれていくのを見ていると、それだけで心ときめくものがあった。
しばらくして出来上がったクレープを受け取り、私達は近くのベンチへと移動をしてからクレープを食べ始めた。
「あっ、凄く美味しいです!」
口いっぱいに広がる生クリームとチョコの甘さ、包まれた果物とクレープ生地の程良い食感。私は初めて食べるクレープに凄まじく感激していた。
「ほら、美月ちゃん。こっちも美味しいよ。はい、あ~んして」
桐生さんはそう言って私にストロベリークレープを差し出してくれる。
私は少しワクワクしながら、差し出してもらったクレープに小さくかじりついた。
「ん……とっても美味しいです!」
「ふふふっ、これで私との間接キス成立だね」
ニヤニヤしながら桐生さんがそう言う。
そういえば、私が見ている漫画やアニメでもこういったシーンは多々あった。
――こういうのって、男の子と女の子でやるものじゃないのかな? 女の子同士でも大丈夫なのかな?
やっぱり私には、まだまだ知らない事が多い。
「それでは、私のもどうぞ」
「わーい!」
私が差し出したクレープに、桐生さんは嬉しそうにかじりつく。その幸せそうな表情が、見ていてとても心地良い。
「ねえ、美月ちゃんは将来どうなりたい?」
私が差し出したクレープを飲み込んだ桐生さんが、突然そんな事を聞いてきた。
「将来ですか?」
「うん。すっごく興味あるなあ」
突然の質問に驚きもしたけど、私は桐生さんに話してみた。沢山のゲームを作りたいと。みんなが楽しく笑顔で遊べる様なゲームを作りたいと。
もちろん他にも色々とやってみたい事はあった。アニメも作ってみたいし、漫画も作ってみたいし、小説にも挑戦してみたい。
私は生まれて初めて、友達に自分の夢を話した。
「なるほど。美月ちゃんは夢が沢山だね」
「桐生さんは何かなりたいものがあるんですか?」
「私? 私はね、声優になりたいの」
桐生さんは少しだけ照れた様にしながら微笑み、そう答えた。
「声優さんですか?」
「うん。昔からの夢なの。生きている間には絶対に体験出来ないような物語や、現実にはありえない物語を経験できる。色々な人生を経験できる。私はそれをやりたいんだよね」
活き活きとそう語る桐生さんの表情は、今までの中で一番輝いていた。
「人生は一度きり、今日という日も一度きり。それならやりたい事には挑戦したいんだよね。だから美月ちゃんも夢を叶えてね! 絶対に!」
「はい。約束します」
私にもう一つ大切な約束ができた瞬間だった。
だからと言うわけではないけど、私は以前から迷っていた事を桐生さんに話してみようと考えた。
「あの……桐生さん、私が転校するって言ったらどう思いますか?」
「えっ? 転校しちゃうの!?」
桐生さんはとても驚いた表情を浮かべると、凄い勢いで私の両肩を掴んだ。
「も、もしもの話ですよ?」
「そ、そっか。びっくりしちゃった。えーっと、そうだなあ……」
桐生さんは小さく唸りながら考え込んでいる様子だった。
「――うん。私は転校に賛成する」
しばらく熟考する様に腕を組んだ後、桐生さんは笑顔でそう答えてくれた。
「そうなんですか?」
「うん。寂しくはなるけど、美月ちゃんがそう言うなら、それはきっと美月ちゃんにとって必要な事だと思うから」
「…………もし転校しても、桐生さんは私とお友達でいてくれますか?」
「そんなの当たり前だよ! だって美月ちゃんは、ずっと私のお友達だもん!」
私の言葉に何の躊躇も無く即答してくれた桐生さん。
そんな桐生さんの言葉を聞いた私は、ようやく悩んでいた事に決心がついた。
もうすぐ一学期が終わる頃の、とても暑い日。桐生さんの言葉が私の背中を押してくれた。優しい言葉と共に。
それから桐生さんとの楽しい夏休みを過ごし、迎えた八月三十一日の早朝。私は中学生の頃から住んでいた家を出て行こうとしていた。
「引越しのお手伝い、ありがとうございました。明日香さん」
「ううん。あっちでも頑張ってね、美月ちゃん」
「はい」
「……やっぱりいざとなると寂しいもんだね」
「はい。私もそう思います……」
私がそう答えると、しばらくの間お互いに黙り込んでしまった。
入学してからほんの少しの間だったけれど、明日香さんと過ごした日々はとても楽しく、夏休みのほとんどを一緒に過ごした。だからこそだろうけれど、本当にお別れをするのが寂しかった。
「……それでは行って来ます。明日香さん」
「うん……」
私はそう言ってから両手に荷物を持って歩き始めた。
この景色を見るのもこれが最後かもしれないと思うと、とても感慨深いものがある。
「美月ちゃん!」
しばらく歩いたところで私の名前を呼ぶ声に振り返ると、明日香さんが私の方へと走って来ていた。
「きゃっ!」
明日香さんは走って来たままの勢いで私に飛び付き、優しくも力強く私を抱き締めた。
「元気でね。メッセージ送ってね。電話もだよ?」
「はい。ちゃんとします」
「絶対だからね?」
「はい。約束します」
私の返答を聞いた明日香さんは、ゆっくりと私から身体を離す。
その時に見た明日香さんの表情は、清々しい程の笑顔だった。でも、その笑顔の瞳から一筋の涙が零れたのが見えた。
「ごめんね、引き止めちゃって」
「いいえ。あっ、一つ大事な事を忘れていました。明日香さん、後ろを向いて下さい」
「えっ? うん」
前からしようと思っていて、なかなか出来なかった事をしようと思った。
これはとりあえずのお別れ。だからしておきたかった。友達の証として。
「きゃっ!? み、美月ちゃん?」
私は何度か明日香さんにそうされた様に、その胸を揉んでみた。
「親しい女友達同士の挨拶です。明日香さん」
「あっ……あははは。本当に美月ちゃんは面白いなあ。でもね、美月ちゃん、それは向こうの学校で友達ができてもやっちゃ駄目だよ? 驚かれるから」
「そうなんですか?」
「うん。それはね、私と美月ちゃんだけで通用する挨拶だから」
二人だけで通用する挨拶――それは特別な感じがして嬉しくなる。
「分かりました」
「うん。よろしい。それじゃあ行ってこーい! 如月美月――――!」
「ありがとうございます。私、頑張りますね」
向こうの学園には、コンピューター関連の技術を高いレベルで扱っている部活や授業などがあると聞いている。今からとても楽しみでならない。
こうして私は、自分の夢の為に新しい一歩を踏み出した。
新しい土地に行っても、明日香さんみたいな素敵な人と出会って友達になれたらいいなと思う。
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