第2話・幼馴染×ラブコメ

 高校に入学してから早くも六月の中旬を迎えていた。

 鬱陶うっとうしい雨が降り続く梅雨がようやく明け、朝の通学路の頭上には晴れやかな青空が広がっている。

 そんな空模様を見ていると清々しい感じはするけど、そんな空の清々しさとは違って俺の心は今日も暗雲漂う空模様だ。


「くそっ、今日も忌々しいリア充共め……」


 通学路には仲良く登校する恋人持ちリア充達の姿がちらほらと見え、それを目にする度にテンションがどんどん下がっていく。

 実は俺が通う学園には、全国の高校の中でもカップル率が異常に高い――という不思議なところがある。

 その理由は全然知らないけど、そのカップル率は学園の約七割の男女に恋人が居る――というデータがあるくらいだ。

 俺にとってはそのデータ自体も胡散臭うさんくさいのだけど、その情報元である学園の取材部はその筋では有名らしく、世界にあるどんな情報機関よりも優れた情報収集能力がある――などとも噂されている謎の多い部活だ。まあ、流石にそれは噂に尾ひれが付いただけだろうけど、それにしたって尾ひれが付き過ぎな気はする。


「龍之介ー!」


 名前を呼ばれた方へ振り向くと、少し遠くからまひろが走って来ているのが見えた。

 俺はそのまま足を止め、まひろが追い着くのを待つ。


「はあはあ……ありがとう、龍之介。待っててくれて」


 にこやかに微笑みながらこちらを見るまひろ。その涼やかでにこやかな表情を見ていると、とても妙な気分になってくる。

 もしこれが漫画やドラマのワンシーンだとしたら、まさに青春ラブコメの様に見えるかもしれないシチュエーションだが、残念な事にまひろは男だ。


「今度は女子の制服を着て同じ事を言ってくれ」

「えっ?」

「あっ、いや、何でもないっ!」


 だいぶ慣れたとはいえ、まだまひろに対してこうした危ない発言をしてしまう事がある。我ながら困ったもんだ。


「りゅーうちゃん! 今日も朝からカップル狩りー?」


 そんなやり取りをまひろとしていると、背後から物騒な言葉が浴びせかけられた。

 その声は両親の声よりも聞き慣れたものだ。


「そんな物騒な狩りはした事もねーよ。想像した事くらいはあるけど」

「うわっ、想像した事はあるんだ……」


 俺の返答に若干引いているコイツは、水沢茜みずさわあかねと言って幼稚園からの幼馴染。世の中で言われるところの腐れ縁ってやつだ。

 昔から元気が一番の取り柄で、トレードマークのひざ近くまで伸びるとても長いポニーテールが特徴。周りの人には常に優しいのだけど、なぜか俺に対しては隙あらば毒を吐いてくる可愛げの無い奴だ。


 ――昔はこんなんじゃなかったんだけどなあ……。


「おはよう、茜ちゃん」

「おはよう、まひろ君。まひろ君に限ってそんな事は無いと思うけど、あんまり龍ちゃんと一緒に居ると馬鹿が飛び火しちゃうかもよ?」

「お前なあ、もうちょっと言葉を選べよな」


 毎回この手の発言を聞く度に思う事だが、コイツは俺を傷つけないと死んでしまう呪いにでもかかっているんだろうか。

 仮にそうだとしたら、呪いをかけた奴はすぐさま呪いを解除してくれ。俺がストレス死にする前に。


「アハハ、ごめんごめん」


 茜の様子からは一切反省の気持ちを感じない。まあこれもいつもの事だ。

 そんないつもと変わらないやり取りをしつつ、三人で学園に向けて歩き始めた。

 それにしても周りに居るリア充共を見ていると、本当に楽しそうに、嬉しそうにしている。隣に恋人が居る気持ちってのは、いったいどんなものだろうか。早いところその気持ちを知ってみたいもんだ。


「あっ、龍ちゃん。前に借りてた漫画、学園に着いたら返すね」

「もう読み終わったのか? どうだったよ?」

「龍ちゃんが好きそうなラブコメだったね」

「おいおい、それしか感想が無いのか?」


 俺は昔から好きなラブコメ漫画を一週間程前から茜に貸していた。

 それは俺のラブコメ理想を理解してもらおうと思ったからだけど、どうやらそれも無駄に終わったみたいだ。


「茜にはあの良さが理解できないか……」

「だってあれは漫画の中だけの出来事だもん。現実はあんなに甘くはないよ」


 俺が落胆の溜息を吐き出すと、茜は少しムッとした感じでそう言ってきた。


「そんな事は誰よりも知ってるんだよ」


 そう、そんな事は誰に言われるまでもなく理解している。漫画やドラマ、アニメや小説やゲームで語られる恋愛物語なんて、しょせんは空想の出来事。現実にはありえない。

 でもありえないと分かっていたって、夢見るくらいはいいだろう。誰にも迷惑はかけないんだから。


「特に幼馴染だった女の子が病気の看病に来た主人公に告白するシーンなんて、見てて恥ずかしくなったもん」

「俺はああいうのが好きなんだよ」

「龍ちゃんらしいね。でも、私も嫌いじゃないよ。あのシーン」

「えっ?」


 にこやかな笑顔を向けてそう言う茜に、不覚にもドキッとしてしまった。


 ――こうやってじっくり見ると、茜も結構可愛いんだよな…………はっ!? いやいやっ、何を考えてんだ俺は……。


 今のは不意に見せられた笑顔で血迷っただけだ。そうに違い無い。俺は茜に対してそういった気持ちは持ち合わせていないんだから。


「龍之介、今度は僕にも貸してくれない?」

「おう、いいぜ! まひろならきっと理解してくれるだろうしな。全巻まとめて貸してやる!」

「あ、ありがとう。全部読ませてもらうよ」


 ――茜にもまひろの半分でいいからこの素直さと可愛さがあればいいんだが……。


 そんな事を考えながらチラリと横目で茜の方を見る。


「むっ!? 龍ちゃん、今何か失礼な事を考えてたでしょ!」


 ギロッと鋭い目つきで俺を睨み付ける茜。その突き刺さる様な睨みだけで俺の身体は硬直してしまいそうになる。

 それにしても、相変わらず勘の鋭い奴だ。


「そんな事考えてねーよ」


 スッと視線をらして白々しくもそう答える。

 茜はなおも疑いの眼差まなざしを向けているのかもしれないけど、人の本音なんてそう簡単に見抜けるものではない。


「わ、私だって女の子らしいところもあるんだから……」


 何となく俺が向けていた視線から思っていた事を感じ取ったのか、茜は急にそんな事を言い始めた。


「茜に女の子らしいところがある? そんな馬鹿な!?」


 恥ずかしそうにそう呟いた茜の方を向き、ついついそんな事を言い放ってしまった。


「なっ!? りゅ、龍ちゃんの……バカァ――――!」

「ほげえ――――――――っ!」


 容赦無い右ストレートパンチが俺の顔面を的確に捉えた。

 そして茜は倒れ込んだ俺と見ていたまひろを残し、そのまま学園の方へと走り去って行った。


「龍之介、いくら何でも今のは言い過ぎだよ」

「うぐっ……あ、茜の奴、せめて平手打ちにしてくれってんだよ」


 まひろの言葉を聞きながら殴られた頬を押さえて立ち上がる。


 ――俺が求めているのはこんなバイオレンスな展開じゃないんだよ……。


 周りに居るリア充共がクスクスと笑いながら俺を見て横を通り過ぎて行く。

 そして通り過ぎ様に聞こえてくるささやきからは、『痴話喧嘩かな?』とか、『カッコ悪い』とか、何とも好き勝手な事を言っているのが聞こえてきていた。


「くそっ、リア充共め……」


 俺は今日も新たなおもいを込め、心の中でリア充共が大爆発する事を願った。

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