第3話・コイバナ×タイプ

 物語には様々なジャンルが存在する。恋愛ものやファンタジーものなど多種多様なジャンルがあり、その内容も様々。

 迎える結末もハッピーエンドから見る者の心をえぐるバッドエンドと、それぞれに行き着く先がある。

 人は様々なストーリーに魅せられ、それを自らの人生に置き換えて想像の中で体験する。物語とは何と素晴らしいものだろうか。


「ああー、面白かった」


 手に持つ本をパタッと閉じ、しばしの愉悦ゆえつひたる。好きな本を読んでその世界に入り込み、読み終わった後に生じる快感にも似たこの余韻よいんがたまらなくいい。

 そんな悦に入る俺の耳に、昼休みが終わりを告げる五分前のチャイム音が聞こえてきた。


「またそれ読んでたんだ。その作品好きだよね、龍之介は」

「これは俺の聖書バイブルだからな」


 閉じた本をそっと鞄の中に入れ、隣に立っているまひろの方へと身体を向ける。にこやかな笑顔のまひろは今日も相変らず可愛らしい。


「もうほとんどのラブコメ作品は読んでるんじゃない?」

「ほとんどかどうかは分からんが、それなりに見てるだろうな」


 コメディー要素の少ない純愛作品も好きだが、やはり笑える要素たっぷりのラブコメが俺は一番好きだ。どんなに重苦しい雰囲気になっても、コメディ要素がそれを和らげてくれるから。

 もちろんラブコメだからと言って必ずしもそうとは限らないけど、どこかしらに明るい要素が垣間見れるのがいい。

 だって現実の恋愛は苦い思い出になるのが大半だと思うし、それならせめて物語くらいは幸せな気分で読みたいと思うのが普通だろう。

 でも周りで楽しそうにしているリア充共を見ていると、この感じ方は俺だけなのだろうかと時々不安になる事がある。


「そういえばさ、龍之介の好きなタイプってどんな女の子なの? 作品のキャラクターとかじゃなくて」


 まひろからこういう話題を振ってくるのは非常に珍しい。いや、珍しいと言うよりも、俺の記憶が確かなら初めての事かもしれない。


「珍しいな、まひろからそんな話題を振ってくるなんて」

「そうかな?」


 その言葉に困った様な苦笑いを浮かべて頬を掻くまひろ。


 ――だからそういう可愛い表情を見せるんじゃないよ。俺が血迷うだろうが。


「そうだな……黒髪ショートで元気なんだけど騒がしくなくて、気配りの出来る子かな。あっ、白のワンピースが似合う子ってのもいいな」

「へえ、結構具体的なんだね」


 こういう話になればこれくらいの項目が出るのは当然だと思う。結局は好きなタイプ=理想のタイプみたいなものだろうから。

 しかしよくよく考えてみると、この話題は聞く相手に対して何の躊躇ためらいも無く自分の趣味、好み、性癖せいへきなどをさらしている事になる。冷静に考えれば結構恥ずかしい事なのかもしれない。


「そう言うまひろはどんな女子がタイプなんだ?」

「んー、僕は特にそういうのは無いかな」

「うわっ、人には言わせておいてズルいな~」

「あ、いや、そういう訳じゃなくてね。僕にはもう好きな人が――」


 まひろはそこまで口にすると、しまった――という表情を浮かべて口をつぐんだ。

 俺の表情をうかがいつつ狼狽ろうばいするまひろ。

 そんなまひろの態度を見て、俺は思わず口元が緩んでしまった。


「何だいまひろく~ん? 君にはもう好きな子が居たのか~い?」

「それはその……あの…………」


 好きな人が居る事を知られたのがよっぽど恥ずかしいのか、まひろは顔を俯かせてしまった。

 

 ――うーん、ちょっとからかい過ぎたかな。


「まあ、お前が好きになる子なんだから、きっと良い子なんだろうな」

「う、うん。とっても良い人だよ」


 俯かせていた顔をサッと上げ、満面の笑みを浮かべてそう答える。


 ――だからそういう表情は止めろって、超可愛いから。


 そういった笑顔は是非とも女子から向けられたいもんだ。

 まったく。俺にラブコメの神様が舞い下りて来るのはいつになる事やら。

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