第262話・身近な人×身近な目

 美月さんにお呼ばれして美味しい昼食をご馳走になった後、俺は買出しに行くと言う美月さんと桐生さんに同行して同じく買物へ行く事にした。ちょうど色々と切れてる品も多かったしな。

 相変らずのだる様な暑さと強い陽射しが支配する外を歩いてスーパーへ向かっていると、日傘を差しながら前を歩く二人がとても羨ましく思えた。だったら俺もそうすればいいと思うかもしれないけど、男で日傘を差しながら歩いている奴はそう見かけない。

 それに日傘ってのは女性が持つ物ってイメージが昔から強くあるせいか、持って歩くのには抵抗があった。

 しかしこの強い陽射しと暑さに晒されていると、そんな思い込みやプライド的なものはそこいらにポイ捨てしたくなってしまう。

 暑さと強い陽射しで身体が溶けていきそうな感覚に襲われつつ、前へ前へと進みながら前を歩く二人を見ていると、不意に美月さんが足を止めてこちらへと振り返った。


「龍之介さん、今日は特に陽射しも強いですし、私の隣に来ませんか? 日射病にでもなったら大変ですから」

「いいの?」

「もちろんですよ。さあ、どうぞ」


 にこやかに微笑みながら隣を空けてくれる美月さん。その様は地獄に舞い降りた天使を思わせる。

 俺は持っていた思い込みやプライドなどを即座にポイ捨てし、素早く美月さんの隣の陰へと入り込んだ。


「ありがとう、美月さん」

「いえいえ。では行きましょうか」

「うん」


 隣に居る美月さんに向かって返事をしてから再び歩き始めると、俺達より少し前の方に居た桐生さんがにっこりとした笑顔でこちらを見ていた。


「な、何?」

「ううん。何でもないよ」


 明らかに何か言いたそうな表情だったのに、桐生さんは何も言わずに前を向くとそのまま何事も無い様にして歩き始めた。

 美月さんと相合い傘をしたから、その事で何か言われるのかと思っていた俺にとってはちょっと拍子抜けではあったけど、からかわれる事も無く美月さんの隣に居れる事は素直に嬉しかった。

 しかし美月さんが手に持つ日傘は小さいから、正直、俺達二人を完全に強い陽射しからは守れていない。これではせっかく日陰を与えてくれた美月さんの半身を強い陽射しに晒す事になってしまう。それは俺にとってはとても不本意な状況だ。


「美月さん、入れてもらったお礼に俺が日傘を持つよ」

「いえ、そんなの悪いですよ」

「いいからいいから。俺って傘を差すのがすっげー上手いんだから」


 そんな自分でも訳の分からない事を口走った後、俺は美月さんが持つ日傘の持ち手部分の上を掴んで引き寄せた。


「ふふっ、分かりました。それでは龍之介さんにお任せしますね」

「任せといて!」


 俺は引き寄せた日傘を美月さんの方へと傾け、なるべく全身が陰で覆われる様にした。


「あの、これでは龍之介さんがほとんど陽射しを浴びる事になりますよ?」

「いいのいいの。頭の部分が陰になってるだけでかなり違うからね。それに、美月さんをこんな強い陽射しに晒したくはないから」

「あっ……えっと、あの……ありがとうございます。嬉しいです……」

「いや、あの……どういたしまして……」


 その言葉に対して恥ずかしそうな反応をする美月さんを見て、思わず俺も恥ずかしさで顔が熱くなってくる。

 そしてここからスーパーへ着くまでの間、俺は恥ずかしさからまともに美月さんの方を見る事ができなかった――。




 しばらくしてスーパーへ着くと、俺はすぐに持っていた日傘をたたんで美月さんに手渡し、出入口に置かれている買い物カゴを素早く手に取った。


「それじゃあ俺は商品を探して来るから」

「あれっ? 鳴沢くんは一緒に行かないの?」

「えっとあの……ちょっとじっくりと選びたい商品があるからさ、ここからは別行動にしようよ」

「そうなんだ。それじゃあ買物が終わったらここで待ってるね」

「了解。ごめんね、美月さん」

「いえ、気にしないで下さい。それではまた後で」


 いつものにこやかな笑顔でそう言ってくれる美月さんを見て申し訳無いと思いつつ、詫びを入れて店内へと入って行く。

 せっかく三人で来たんだから一緒に行けばいいんだろうけど、さっきまでの恥ずかしさが継続中だった俺にそんな余裕は無かった。


「はあっ……」


 二人から離れて五分と経たない内に大きな溜息が口から漏れ出た。これは安堵の溜息であると同時に、後悔の溜息でもある。

 そんな溜息を吐いた俺の思いを一言で言うなら、何やってんだ俺は――ってところだ。

 美月さんと一緒に居る貴重な機会を自ら手放した事に後悔をしつつ、店内を回って目当ての商品を探す。

 そういえば、俺が美月さんに対してこんな想いを抱く様になったのはいつ頃からだっただろうか。少なくとも、美月さんが転校して来た当初では無い事は確かだ。

 ふとそんな事を思って色々な事を思い返してみるけど、その考えに答えが出る事は無かった。

 考えてみればそれも当然だ。他人に対して好意を抱いた最初の瞬間など、そうそう覚えているもんじゃない。大体は何か些細な事を切っ掛けに知らず知らずの内に相手に対して好意を抱き、いつの間にかその相手に対して恋心なんかを芽生えさせているものだから。

 しかしこの好意と言う感情には恋心とは違った点もある。それは尊敬という一面だ。これがこの好意と言う感情を語る上ではなかなかの曲者。

 果たして俺が美月さんに対して抱いている好意という感情は恋心なのか、それとも尊敬なのか、それは未だに答えが出ていない。

 小難しい事を考えながら目当ての物をカゴへと入れて行き、レジで会計を済ませた俺は店の出入口へと向かった。


「まだ来てないか」


 買物終了後の待ち合わせ場所である出入口付近に二人の姿はまだ無かった。俺は人の出入りの邪魔にならない場所へと移動し、買った商品の入った袋を床へと置いてから二人が戻って来るのを待つ事にした。

 そしてそれから十分程が経った頃、買物袋を両手に持った桐生さんがこちらへとやって来るのが見えた。


「お待たせ、鳴沢くん」

「あれっ? 美月さんは?」

「美月ちゃんは買い忘れた物があったからって売り場に戻ってるよ」

「ああ、そうだったんだ」

「うん。あのさあ、突然だけど鳴沢くんて美月ちゃんの事をどう思ってるの?」

「えっ!? いきなり何なの」

「ちょっと気になってたから聞いてみたかったんだ。鳴沢くん、最近はずっと美月ちゃんの事を気にかけてたでしょ? だから美月ちゃんの事が好きなのかなーって」

「そ、それは……正直よく分からない……」


 桐生さんはかなり勘が鋭いし、嘘や誤魔化をしたとしてもほとんど通用しない。それが分かっていた俺は、とりあえず素直に自分の気持ちを口にしてみた。


「よく分からない?」

「うん。自分の気持ちがよく分からないって言うか何て言うか、俺の想いが恋なのかどうなのか分からないって言うか……」

「なるほど。何だか複雑な事になっちゃってるんだね」

「まあね」

「でも、美月ちゃんが気になってるのは確かなんだよね?」

「そ、そうだね」

「そっかそっか。だったら今はそれでいいよ。もしも鳴沢くんがその気持ちの正体に気付いて行動を起こそうと思ったら、いつでも私に相談してね」

「あ、うん。ありがとう」

「うんうん。あっ、美月ちゃんが戻って来た」


 桐生さんは両脇の床へ置いていた買物袋を持ち上げると、そのまま美月さんの方へと向かい始める。

 俺はそんな桐生さんの姿を見ながら、頼もしい相談者ができた事に安堵と喜びを感じていた。

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