第261話・お誘い×訪問
とりあえずの難関だった夏のコミックマーケットも無事に終了し、俺は至って平凡な日常へと戻っていた。
しかしそうは言っても、俺達制作研究部が行っている恋愛シュミレーションゲームの制作が終了したわけじゃない。むしろ夏コミが終わったこれからが忙しくなっていくだろうから、油断してのんびりしていると冬コミまでの完成に間に合わなくなる。
「ふぁぁぁぁ~。そろそろ起きるか……」
夏コミが終了してから最初の日曜日。自室のベッドで
今日は二度寝三度寝をしていたせいか、カーテンの小さな隙間から射し込んでいた太陽の光がいつの間にかなくなっていた。そんな状況を見て部屋にある掛け時計へと視線を移し、現在時刻を確認して身体を起こす。
これまでの疲れもあったのか、夏休みとは言え久しぶりに昼過ぎまで寝てしまった。
のそのそとベッドから下りて部屋を出ると、飲み物を求めて階段を下り台所へと向かう。
「あっ、牛乳切れてたの忘れてた」
仕方なく麦茶が入ったボトルを手に取り、もう片方の手に持っていたコップの半分程まで麦茶を注ぐ。
「ぷはーっ!」
夏の寝起きで飲む冷たい飲み物は、身体中にその冷たさが伝わっていく様で好きだ。
酒飲みのオッサンくさいリアクションをしてしまった事など気にもせず、麦茶の入ったボトルを冷蔵庫へと戻す。
昨日は杏子から早くに出かけると聞いていたから、家の中は至って静かなもんだ。テレビの音はおろか、エアコンの稼働音すら聞こえてこない。
静寂が包み込む中を移動してリビングへと向かい、ソファーの前にあるテーブル上のテレビリモコンを手に取ってスイッチを入れる。すると映像が映し出されたテレビには、懐かしいドラマの再放送が流れていた。
「すげー懐かしいな。これって確か、俺が小学校六年生くらいの時にやってたドラマだったよな」
流れている場面は確か、最終話の最後の場面だと記憶している。ついついリアルタイムで見ていた当時を思い出し、画面に見入ってしまう。
これは幼い頃に出会って別れた男女が大人になって偶然にも再会したが、お互いに幼い頃に出会って遊んでいた想い人である事に気付かずに日常を過ごして行くというドラマだ。
当時は子供ながらにこの二人のすれ違いを見てやきもきしていた覚えがある。まあ、最後にはお互いに幼い頃の想い人だったと気付いて結ばれるんだけど。
懐かしいドラマをエンディングまで堪能した後、俺はふと思った事があった。それはこのドラマの主人公が置かれていた状況が、俺と少し似ていると言う事だ。
これはまだ確定した事では無いけど、俺と美月さんは幼い頃に出会っていた可能性がある。そしてもしそれが事実だとしたら、美月さんは俺の事がずっと好きだったという事になる。
「やっぱり気になるよな……」
なるべく気にしない様にはしてたけど、正直な事を言えば、あのゴールデンウイークの時から少なからず美月さんを見る度にその事は気になっていた。もしかしたらそれは、これまでの美月さんを見ている内に彼女の事が気にかかる様になっていたせかもしれない。
それが美月さんに対する恋心かと言えば自分でもよく分からないけど、それでも彼女の
色々な事を確かめたいと思いつつも、実際にそれを確かめようと行動できるかと言うとそうでもない。だって真実を知るのは物凄く怖い事だから。だからこそ俺は、ゴールデンウイークのあの時に真実を確かめなかったんだから。
そんな事を思っていた時、不意に玄関のチャイム音が鳴り響いて身体がビクッと跳ねた。
俺はビックリしてドキドキと鳴る胸を左手で押さえながらソファーから立ち、急いで玄関へと向かって行く。
「はーい! どちら様ですかー?」
リビングから出て玄関方向へと身体を向けた瞬間、そう声を出して来客が誰なのかを確かめる。
「あっ、お隣の美月です」
「美月さん!? ちょっと待ってね! 今開けるから!」
さっきとは別の意味で心臓がドキドキと鳴り始める。それはさっきまで美月さんの事を考えていたせいかもしれないけど、実際の彼女がこうして我が家に来たという事実がとても嬉しく感じてしまう。
俺は高揚する気分を抱えながら急いで玄関へと向かい、いそいそとドアロックを解除して扉を開けた。
「お待たせしてごめんね」
「いえ、そんな事はありませんよ」
美月さんはいつもの涼しげで柔和な笑顔を浮かべながらそう答えた。
普段から穏やかさを絵に描いた様な人柄だけに、美月さんの丁寧な口調や物腰は凄まじいまでの癒しを感じる。それはきっと、俺以外の人達も感じているであろう彼女の魅力だと思う。
「今日はどうしたの?」
「はい。実は今しがた昼食を作ったんですけど、ちょっと張り切って作り過ぎてしまったんです。それで龍之介さんの昼食がまだでしたら御一緒してもらえないかと思ったのでお誘いに来たんです」
「そうだったんだ。それなら是非お誘いに乗らせてもらうよ。実はさっき起きたばっかりで、食事の用意もしてなかったからね」
「それならちょうど良かったですね。では自宅の方で待っていますので、準備ができたら来て下さいね」
「うん、分かったよ。超特急で着替えて行くからさ」
「ふふっ。それではお待ちしていますね」
美月さんは楽しそうに微笑むと、そのまま自宅へと戻って行った。
俺はと言えばそんな美月さんを見送った後でドタドタと階段を駆け上がって自室へと入り、急いでパジャマを脱いでから普段着へと着替えて美月さん宅へと向かった――。
「やあやあ鳴沢くん! 待ってたよー」
「あっ、桐生さん、お邪魔します」
美月さん宅へ入ってリビングに向かうと、四人掛けテーブルに着いた桐生さんが元気に声をかけてきた。いつもながら底抜けに元気で明るい人だ。
「来てくれてありがとね。ちょっと二人で料理作りにエキサイトしちゃったから」
「そうだったんだ。でも、俺としてはありがたかったよ」
「そっかそっか。それなら良かったよ。美月ちゃんも喜んでるしね」
「えっ? 美月さんが喜ぶ?」
「あっ、いや、何でもないよ。それより鳴沢くん、早く席に座って! 私もうお腹ペコペコなんだから!」
「う、うん……」
いつもの勢いでそう言われ、俺は食事の用意された席へと着く。
それから自身の食事を持って現れた美月さんが席へ着くと、ちょっと遅めの昼食タイムが開始になった。
「うん! いつもながら美味しいね!」
美月さん達の作った料理に舌鼓を打ちつつ、その美味さに絶賛の声を上げた。
彼女達の作った料理を食べるのは、これで何度目になるか分からない。そんな彼女達の料理はとても絶品で、毎回食べる度にその美味しさを増している様に感じている。
「そうですか? ありがとうございます」
「特にこの里芋の煮付けは絶品だね。流石は美月さんだと思うよ」
「へえ~」
俺が美月さんの作った料理に賛辞を送ると、左斜め前に座っている桐生さんがニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。
「な、何? 突然ニヤついて」
「いやー、鳴沢くんが美月ちゃんの事を分かってて凄いなーと思ったから」
「えっ? どういう事?」
桐生さんのした発言の意味が分からず、俺は思いっきり首を横に傾げた。
そりゃあそうだ。俺はただ目の前にある料理を食べていただけなんだから。
「鳴沢くんはさっき里芋の煮付けを作ったのが美月ちゃんだって断定した発言をしてたけど、それはどうして? 私も美月ちゃんも、どっちが何を作ったのか言ってないのに」
「あっ……」
それを聞いて桐生さんの言いたかった事が何となく分かった気がした。
そしてそれが分かった瞬間、俺は気恥ずかしさで顔が異常に熱くなるのを感じて焦ってしまった。
「ほらほら~、答えてよー。どうして美月ちゃんが作ったって分かったのー?」
そんな俺を見てもなお、桐生さんは追及の手を緩めない。こういったところは本当に陽子さんの先輩である金森憂さんと似ている。
「そ、それはその……美月さんらしい味付けになっているから分かったと言うか何と言うか……」
「なるほどなるほど。つまり鳴沢くんは、美月ちゃんの作る料理の味をしっかりと覚えてるって事だね?」
「ま、まあ、そういう事になるのかな……」
「だって。良かったね、美月ちゃん」
「もう……明日香さんたら……」
桐生さんの言葉に恥ずかしそうに返答をする美月さん。そんな姿がまたとても可愛らしい。
「こんな美味しい料理を作れる美月ちゃんだから、将来は良いお嫁さんになると思わない? ねえ、鳴沢くん」
「そ、そうだね。きっと良いお嫁さんになると思うよ」
「あ、ありがとうございます……」
「あ、いえ……どういたしまして……」
美月さんのお礼の言葉を聞いて思わず恥ずかしくなり、返答の言葉が尻すぼみで小さくなってしまった。
そんな俺と美月さんを満面の笑顔で見る桐生さんを前に少し居心地の悪い感覚を覚えつつ、美味しい料理の昼食タイムは過ぎて行った。
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