第257話・寂しい気持ち×嬉しい気持ち

 愛紗に文化祭で一緒に回ってほしいとお願いをされてからだいぶ日が経ち、いよいよ明日は文化祭の本番初日を迎えようとしていた。

 冬にしてはめずらしく暖かな陽射しが降り注いでいたお昼頃。俺は制服で部屋のベッドに寝そべったまま、ハンガーに掛けていたコスプレコンテスト用の衣装を見つめていた。

 本当なら文化祭は前準備なんかで色々と忙しいのが普通だけど、今回のコスプレコンテストでは特に大掛かりな準備は必要無く、この様に本番までの時間を持て余している訳だ。

 そして俺がこうして暇を持て余している原因の一つに、愛紗が自分の衣装をたった二日で作り上げてしまった事が上げられる。

 何せ一着作るのに相当の苦戦をしていた俺とは違い、愛紗は見事な手捌きとペースで自分用の衣装を作り上げていたから。

 それにしても、愛紗との衣装作りが終わってからというもの、こうして時間を持て余す事が多くなった。やる事を全て終えたのだから、本来は喜ぶべき事なんだろうけど、こんなにも暇だとそれはそれでキツイ。

 こんな事ならいっそ、自分の衣装作りのペースをもっと遅くすれば良かったとすら思ってしまうけど、作っている時の俺は必死だったから、どちらにしろそんな事には気は回らなかっただろう。それにそんな事に気が回っているくらいなら、とっくにそうしてただろうし。


「……そういえば、作ったやつをまだ渡してなかったな」


 ふと自分が作った物を思い出し、ベッドから下りてそれをしまっていた机の引き出しを小さく開けた。

 そんな小さく開けた引き出しの中には、コスプレコンテストで愛紗に使ってもらおうと思った赤のリボンと白のリボンが二つ入っている。これは俺が衣装を作り終えた後で作り始めた物だ。

 見た目はかなり簡素だが、こんな物でも作るのには結構苦労をしている。何せ俺は裁縫が苦手だし、これを作るのにもかなり時間がかかったから。

 本当なら愛紗が衣装を仕上げるまでに作り上げて手渡したかったんだけど、残念ながら愛紗の衣装を作るペースの方が速くてそれは叶わなかった。

 それなら作り上げた時に渡せば良かったんだろうけど、なぜか愛紗は自分の衣装を作り上げてから妙に忙しそうにしていて、どうしても渡すタイミングが無かったわけだ。


「明日にでも渡すか」


 明日持って行くのを忘れないようにと、二つのリボンを机の上に出して置く。

 そして再びベットに寝そべろうと歩き始めたその時、玄関のチャイムが大きく鳴る音が聞こえてきた。

 こんなお昼時真っ只中に誰だろうと思いつつ、急いで部屋を出て階段を下り、玄関へと向かって行く。


「どちらさまですかー?」

「あっ、その声は先輩ですか? 私です、篠原愛紗です」

「えっ!? 愛紗!? い、今開けるから待ってくれ!」


 やって来た人物が想像もしてなかった愛紗である事に焦りながらも、嬉しい気持ちが凄い勢いで大きくなっていく。

 俺ははやる気持ちで髪型や服装をササッと整え、手早く玄関の鍵を解除してから扉を小さく開けた。


「いきなり来てごめんなさい。今は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫! どちらかと言えば暇を持て余してたくらいだからさ。まあ、とりあえず上がってくれよ!」

「は、はい。それじゃあ、お邪魔します」


 愛紗が来た事で急速にテンションが上がっていた俺は、ついついそんなテンションのままで対応をしてしまう。

 そんな俺の対応に、愛紗は少し気圧されている様に見えた。


 ――ヤバイヤバイ……こんなんじゃ変な奴って思われるかもしれない。もう少し自重しないと。


 そんな事を考えつつ、やって来た愛紗にお客さん用のスリッパを用意し、俺はリビングの方へと歩いて行く。

 そして愛紗にリビングのソファーへ座ってもらった後、俺は台所へ行ってからお茶を淹れる準備を始めた。


「――お待たせ。熱いから気をつけてな」

「あっ、ありがとうございます。わざわざすみません」


 愛紗はそう言うと湯気が立ち上る湯飲みを両手で恐る恐る持ち、お茶の注がれた湯飲みの中へふーふーっと小さく息を吹きかけ、小さく中にあるお茶を飲んだ。

 そんな姿を見た俺も、同じ様に湯飲みの中にあるお茶に息を吹きかけ、少し冷まして口にする。


「あー、美味しい」

「そりゃあ良かった。それで、今日はどうしたんだ? わざわざ家まで来るなんて。杏子に用事でもあったのか?」

「あ、いえ。用事があったのは先輩にです」

「俺に?」

「はい。実は自分の衣装が完成した後、先輩の衣装を自分なりに作ってたんですよ。それがついさっき完成したので、どうしても先輩に見てもらいたくて急いで来たんです。そのせいで先輩に電話連絡する事も忘れてましたけどね」


 にこやかにそう話しながら、持って来ていた大きい紙袋をテーブルの上へと出し、自分の慌てぶりに苦笑いを浮かべる愛紗。そんな様がまたとても可愛らしい。


「そうだったんだ。でも、愛紗が自分の衣装を作り終えてからだいぶ経つけど、そんなに衣装作りに苦戦してたのか?」

「あ、その……実は作ってる最中に色々とこだわり過ぎたせいか、何度も何度も作り直しをしてたんです。それでこんなに時間がかかっちゃったんですよ」

「なるほど」


 ――それで最近は一緒に帰ろうと誘っても、すぐに自宅へ帰ってたって訳か。


 誘いを断られ続けた時には流石にちょっと凹んでたけど、俺への衣装作りの為にそんなに時間を割いてくれてたんだと思うと、とても嬉しく思う。


「あのさ、さっそく服を見てもいいかな?」

「あ、はい! どうぞ」


 何やら緊張気味な感じの表情を見せる愛紗を見ながら、俺はワクワクする気持ちでテーブルの上にある紙袋を両手で持って自分の方へと寄せる。

 そして中にあるかなり厚めの衣装を取り出し、その場で衣装を広げてみた。


「おおっ! こりゃすげーな!」

「本当ですか? 良かったです……」

「さっそく試着してみるよ」


 俺は最初に取り出した上半身用の衣装に袖を通した後、続けて紙袋の中から下半身用の衣装ズボンを取り出してそれを穿いた。

 制服の上から衣装を着ているので結構動き辛いけど、見た目はかなり良いと思う。


「どうだ? 似合ってるか?」

「は、はい! とっても似合ってます!」


 衣装を着た俺を見て、愛紗が絶賛の言葉を送りながら拍手をしてくれる。

 そんな愛紗の様子を見ていると、思わずこのまま何かポージングでもとってみようかなって気分になってしまう。


「そんなに似合ってるなら、明日のコスプレコンテストはこれを着て出場しようかな?」

「そ、それは駄目です!」


 どう考えても、俺が作った衣装より見た目も出来栄えもこの衣装の方が断然良い。だからこの衣装を着て出場したいと思ったんだけど、愛紗は予想外にもそれを拒否してきた。


「な、何で駄目なんだ?」

「だ、だってそれは、先輩の為に作った物だから…………」


 愛紗は答えになっていない答えを言うと急に押し黙り、顔を横へと逸らしてしまう。

 俺の為にわざわざ作ってくれたと言うんだから、それをちゃんと有効活用する方が良いと思ったけど、どうやら愛紗にはこれを着てコスプレコンテストに出てほしくない事情があるようだ。

 本当ならその理由をちゃんと聞きたいところだけど、愛紗はその理由を話したくないのかもしれない。だとすると、ここで理由を聞くのはマイナスな気がした。


「……まあ、駄目だって言うなら残念だけど止めておくよ。とりあえず、作ってくれてありがとな」

「い、いえ、どういたしまして……」


 お互いの間に沈黙の時間が流れる。これまでも何度か経験してきた気まずい雰囲気と言うやつだ。


「……あの、渡したい物も渡せたので、私はこれで帰りますね」

「あ、ああ。分かった。駅まで送ろうか?」

「いえ、まだ陽も明るいから大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言うと愛紗はソファーから立ち上がり、お礼を言ってから玄関の方へと向かい始めた。


「では、失礼します」

「ああ。気をつけてな」

「はい」


 その言葉に返事をした愛紗が、踵を返して玄関ドアのノブへと手をかけた瞬間、俺は大事な事を思い出して口を開いた。


「待った!」

「えっ!? な、何ですか?」


 突然の大きな声にビックリしたのか、愛紗は身体をビクッとさせてから急いでこちらへと振り返った。


「あ、驚かせてごめんな。実は俺も、愛紗に渡したかった物があるんだ」

「私にですか?」

「ああ。すぐに取って来るから、ちょっとだけ待っててくれ」


 俺はそれだけを言うと、愛紗の返答を待たずに急いで自室へと向かい始める。

 そして階段を急いで駆け上がって部屋へと入った俺は、迷い無く自分の机の方へと向かい、その上に用意してあった赤と白の二つのリボンを手に取ってから再び玄関の方へと向かう。


「お待たせ! これ、受け取ってくれないか?」

「これ、どうしたんですか?」

「自分の衣装を作り終わった後、図書室で裁縫の本を借りて作ってたんだ。愛紗にコスプレコンテストでこれを付けてほしいと思って。本当なら愛紗の衣装より早く作り終えて渡したかったんだけど、俺が不器用なせいで時間がかかって間に合わなかったんだ。まあ、見た目はちょっとアレかもしれないけど、良かったら使ってくれないか?」

「……ありがとうございます。凄く嬉しいです!」


 小さな赤と白のリボンを乗せた右手を見ながら、愛紗が嬉しそうにお礼を言ってくれる。そんな様を見ただけでも、俺のこれまでの苦労が報われた気がした。


「これ、ちゃんと使わせてもらいますね」

「ああ、是非使ってくれよ。使い方は愛紗に任せるからさ」

「はい! それじゃあ先輩、失礼します」


 愛紗は元気にそう言ってペコリと頭を下げてから玄関のドアを開け、渡したリボンを大事そうに持って我が家を後にした。

 さっきまでは少しだけ気まずい雰囲気だったけど、最後には笑顔になってくれて良かったと思う。

 それにしても、あれだけ喜んでくれると分かっていたなら、俺が作った下手くそなリボンじゃなくて、店に売っているもっと見た目も作りも可愛い感じのリボンでも買えば良かったかなと、ちょっとそんな風に思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る