第258話・伝えたい想い×聞きたい想い
十一月も下旬を迎えた天気の良い朝。いよいよ俺達三年生の
一年生や二年生の時は準備の為に朝早くから起きて学園へと向かったけど、今年はコスプレコンテストをやるだけだから、特に準備するような事は無い。だから今年はいつも通りの時間に起き、のんびりと着替えをしている。
「今年で最後か……」
制服に着替えながら思わず口にした言葉に、異様な寂しさを感じてしまう。どんな物事にも終わりはやって来るものだけど、いざその時が来ると、やっぱりどうしようもなく切ない気持ちになる。
せっかくの楽しいお祭りの初日だというのに、テンションを低くしたまま着替えを終えて部屋を出て行く。
朝飯はパンとご飯のどちらにしようかと考えながらリビングへ行くと、ソファーで挟まれたテーブルの上に、食事とメモ紙があるのが見えた。
「何々、『他のクラスの準備を手伝うから、先に行ってるね』――か」
置いてあったメモ紙には、杏子からの簡素なメッセージが書いてあった。
それにしても、しっかりと俺の分の朝食を用意してくれている事がありがたい。普段は甘えん坊な妹だけど、こういうところは本当に気が利くし、できた妹だと思える。
妹の気遣いに感謝をしつつ、テーブルの上に置いてあった料理を持って台所へと移動し、電子レンジで冷めた料理を温めてからソファーへと戻ってゆっくりとそれを味わった。
杏子の用意してくれていた朝食を食べ、いつもの様にのんびりと向かった学園に辿り着くと、学内は既に活気溢れる生徒達によって騒がしい様子を見せていた。そんな浮かれた様子の生徒達を見てどこか取り残された様な気分を感じつつ、自分の所属するクラスへと向かう。
そして文化祭開始前のホームルームで先生から諸注意を受けた後、いよいよ俺達三年生にとって最後となる文化祭は始まった。
俺達と愛紗達のクラスが合同でやるコスプレコンテストが行われるのは、お昼を過ぎた14時頃。それまでは自由に文化祭を見て回る事ができる。
愛紗とはコスプレコンテスト後に一緒に文化祭を回る事にしているし、杏子もコスプレコンテストまでは愛紗達と一緒に居ると言っていたから、俺もクラスメイトの誰かと一緒に文化祭を見て回ろうと思っていた。
「渡、コスプレコンテスト開始まで一緒に回らないか?」
「わりいな龍之介。今日は鈴音と一緒に回る事にしてるんだよ」
「あっ、そうだったんか。分かったよ」
「おう。わりいな」
渡はいつもと違って素直にそう言うと、嬉しそうに顔を綻ばせながら秋野さんと一緒に教室の外へと出て行った。
本来ならリア充に対して苛立ちを感じるところだけど、秋野さんと渡の恋愛には俺も少なからず協力をしたから、どちらかと言えば上手くいっている様子を見て良かったと思える。
リア充に対してそんな風に思えるようになった自分に対し、俺も大人になったなと感じながら、適当に暇そうな奴を見つけて文化祭を回る事にした――。
結局、あれから茜やまひろ、美月さんと言った面々と一緒に文化祭を回る事になり、それなりに楽しい時間を過ごした。
そしてお昼も過ぎ、14時開始のコスプレコンテストを四十分後に控えた頃、衣装に着替えてコスプレコンテストの会場へと向かっていた俺と愛紗は、とあるトラブルに遭遇して困り果てていた。
「ここではこれ以上汚れの落としようがないですね……」
「まいったな……」
コスプレコンテストの会場へと移動をする最中、俺はココアを持って移動をしていた子供とぶつかってしまい、それが衣装の白い部分へとかかって茶色く汚れてしまった。
すぐに色が染み込まないようにと処置はしたんだけど、それも大した効果は無く、汚れた衣装を見ながら俺と愛紗は途方に暮れていた。
コスプレコンテストの開始まで残り三十分ほど。これでは新しい衣装を作る事はおろか、何か別の衣装を用意する事もできない。
高校生活最後の文化祭だというのに、このトラブルはあまりにもキツイ。そう強く思ってしまうのも、きっと愛紗と一緒に頑張ったからだと思う。
「せめて同じ様な衣装の替えがあれば良いんですけどね……」
「それだっ!!」
「えっ!?」
「昨日、愛紗から貰った衣装だよ! あれを着て出場すればいいのさ!」
「あっ」
「ここから俺んちまではそう遠くないし、今ならギリギリで戻って来れるからさ」
「でも……」
俺が昨日、愛紗の作ってくれた衣装を着て出場しようかなと言った時の様に、その表情を曇らせる。
いったい何がそんなに引っかかっているのかは分からないけど、せっかくの愛紗との思い出を、こんな形で台無しにしたくはなかった。
「愛紗が何で作ってくれた衣装を着て出場するのを嫌がるのかは分からないけど、どうしても駄目か?」
「…………」
その問いかけに対し、愛紗は考え込む様にして押し黙ってしまった。
理由が分からない以上、愛紗の許可無しにあの衣装を着て出場するわけにはいかない。しかしこのままでは、せっかくの俺と愛紗のコスプレコンテストの思い出が台無しになってしまう。
「頼む愛紗! 俺は愛紗とやるこのコンテストが最後になるんだ。だから愛紗と一緒に最高の思い出を作りたいんだよ!」
そう言うと愛紗は俺に背を向け、小さく息を吐いてから言葉を発した。
「……もう、先輩はいつもズルイなあ。そうやっていっつも私を惑わせるんだから……。分かりました。あの衣装を着て下さい」
「本当にいいのか?」
「はい。先輩の気持ちはよく分かりましたから」
俺のした確認の問いかけに対し、愛紗はこちらを見てからにっこりと微笑んで答えてくれた。その笑顔を見る限り、嫌々了承をしてくれたとは思えない。
「ありがとう愛紗! すぐに戻って来るから!」
「はい。待ってますね」
時間が惜しかった俺は、汚れたままの衣装で自宅へと走り始めた。
コスプレコンテストにおける俺と愛紗の出番は四番目。急いで走って自宅へ向かい、戻って来たとしても本当にギリギリのところだろう。
今までに無いくらいに全力で走り自宅へと向かう中、途中の信号に引っかかったりしない様に祈る。そしてそんな祈りが通じたのか、一つの信号に引っかかる事も無く、俺は自宅へと辿り着く事ができた。
そして机の上にある紙袋に入れたままの衣装を取り出し、急いで着ていた衣装を脱ぎ捨てて愛紗の作ってくれた衣装に着替えた。
「よしっ!」
愛紗お手製の衣装に着替えた俺は、右手で衣装用の帽子を掴んでから部屋を飛び出し、急いで
「――お待たせ愛紗!」
「あっ、先輩! 大丈夫ですか?」
愛紗の目の前へと戻って来た俺は、全力で走って来た影響で
「だ、大丈夫。それよりコンテストは?」
「私達の出番は次の次です」
「そ、そっか。良かったあ……」
何とか出番までに間に合った事に対し、安堵の溜息と共に身体から力が抜けていく。
「ちょっと待ってて下さい。すぐに飲み物を持って来ますから」
そう言うと愛紗は俺のもとを離れ、少ししてから飲み物を片手に戻って来た。
俺は愛紗が持って来てくれた飲み物に口をつけ、一気にそれを飲み干す。
「ふうっ……ありがとな、愛紗」
「いいえ。先輩、お疲れ様でした」
頑張った俺に満面の笑みを向けてくれる愛紗。
そんな愛紗の可愛らしい笑顔を見て、俺は思わずドキッとする。
「お、おう。大した事じゃ無いよ……」
「あっ、先輩、そろそろ私達の出番ですよ。早くステージ脇に行かないと」
「そ、そうだな」
その言葉に反応して会場へ向かおうとすると、慌てていたからか、愛紗が俺の左手を右手でぎゅっ握り、力強く引っ張って走り始めた。
そんな愛紗の手から伝わって来る温もりに、俺はどうしようもないくらいにドキドキしていた――。
「コスプレコンテスト、盛り上がりましたね」
「そうだな。ああいうのって盛り上がり的にどうなるのかなって思ってたけど、案外みんな好きなんだな」
「そうみたいですね」
文化祭初日も終わった午後18時頃、俺は愛紗と一緒に学園から帰り始めていた。
コスプレコンテストが終わってから文化祭初日が終わるまでの間、俺はずっと愛紗と一緒に居た。時間で言えばほんの三時間ちょっとだけど、愛紗と一緒に居る時間は本当に楽しかった。
「私達の衣装も結構派手かなと思ってましたけど、みんなそれ以上でしたね」
「そうだな。あれだと逆に俺達が目立たないくらいだったかもな」
「ふふっ。そうかもですね」
今回のコスプレコンテストだが、俺と愛紗はこれからの時期を先取りしたサンタクロースコスチュームで挑んだ。
コスプレとしては何とも普通な発想かもしれないけど、このコンテストで恥ずかしがり屋の愛紗がミニスカサンタコスをしたのは非常に大きな収穫だったと思う。
「明日に出る結果はどうなりますかね?」
「そうだなあ、優勝できればいいとは思うけど。愛紗はどう思う?」
「私は……別に優勝してもしなくてもどちらでもいいです。先輩と一緒で楽しかったですから」
その言葉を聞いて、胸がドキッと高鳴る。
最近は不意に聞く愛紗の好意的な言葉に、この様にドギマギする事が多くなった。本人にそんなつもりは無いと分かってはいるけど、やはりそこは恋愛感情があるせいか、思ったように感情を制御できない。
「お、俺も愛紗と一緒で楽しかったよ。ありがとな」
「い、いえ……私こそ、ありがとうございます……」
暗くなった帰路を歩く中、お互いの間に少しの沈黙が流れた。
しかしこれは嫌な沈黙ではなく、ドキドキとしたむず痒い感じの沈黙だ。
「あ、明日も天気がいいといいよな」
「そ、そうですね」
沈黙の後はこんな感じで取り留めの無い会話をしつつ、お互いに帰路を歩いた。
そしてそろそろ愛紗が使っている最寄り駅へと近付いた時、俺はどうしても聞いてみたかった事があり、それを愛紗に尋ねた。
「あのさ、ちょっと聞いてみたかった事があるんだけど、いいか?」
「はい? 何ですか?」
「その……何で俺が愛紗の作った衣装を着て出場するのが嫌だったんだ?」
「それは……」
その質問に対し、愛紗は瞬時に表情を変えた。その表情はまるで、とても言い辛い事を隠している――と言った感じに見える。
「あー、言いたくないなら無理には聞かないけどさ」
「そ、そうじゃないんですけど……先輩、笑ったりしませんか?」
「笑うわけないだろ?」
「本当の本当に笑いませんか?」
「笑わないって」
「その…………見せたくなかったんです」
「えっ? 見せたくなかったって、あの衣装をか?」
「違いますよ。先輩があの衣装を着ているのを、他の人に見せたくなかったんです」
「どうして?」
「だって……あの衣装を着ている先輩は、私だけのものにしておきたかったから…………」
「へっ!?」
「そ、そういう事なんです! それじゃあ、私はここで失礼します!」
まくし立てる様にそう言うと、愛紗は一目散に駅の方へと走って行った。
そして俺はと言うと、愛紗と知り合ってから今までで一番の驚きを感じながら、その後ろ姿を見つめていた。
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