第253話・思わぬ×呼び出し

 愛紗の妹である由梨ちゃんから、色々な話を電話で聞いた二日後の日曜日の朝。

 相変らずコスプレコンテストで着る衣装が決まってなかった俺は、どうしたものかと自室のベッドに寝転がりながら、コスプレカタログを見て悩んでいた。


「うーん……これも露出的にマズイかなあ……」


 コスプレ衣装カタログを見ながら、愛紗が納得してくれそうな――いや、愛紗がコンプレックスを感じなくて済むような衣装を一生懸命検討していた。

 俺としては最初から思っていたように、どの衣装でもちゃんと似合うと思うんだけど、愛紗の低身長コンプレックスは相当なもの。だから、なるべく身長のある人が着て似合いそうな衣装は避けるように衣装を選んでいる。

 しかしそういった事を考えて衣装選びをしていると、段々本来のコスプレコンテストを楽しむという目的から離れている感じがしてくる。

 自分のやっている事と考えている事、そしてやりたい事に酷く矛盾を感じ始めていたその時、机の上に置いてある携帯が着信を知らせるメロディを奏で始めた。


「はい、もしもし? どうかしたの? 由梨ちゃん」

「あっ、龍之介さん。お休みの日にすみません。今はお時間よろしいでしょうか?」

「うん。大丈夫だよ」

「良かったです。実は折り入ってお話したい事があるのですが、これからお会いする事はできないでしょうか?」

「今から?」

「はい。お電話でお話しするような内容ではないので、できればちゃんとお会いしてお話をしたいんです」


 由梨ちゃんと知り合ってからそれなりに経つけど、この様なお願いをされるのは初めてだった。どうしたものかとは思うけど、由梨ちゃんがこの様な事を言ってくるのだから、結構重要な話なんだとは思う。

 それに今は考えも煮詰まってる状態だし、先日は愛紗の事で世話にもなったし、そのお礼も兼ねて由梨ちゃんのお願いを聞く事にした。


「分かったよ。それじゃあ、どこで待ち合わせしよっか?」

「ありがとうございます。それではお願いする身で恐縮なんですが、そちらの最寄り駅から二駅先にある、弥生やよい駅に来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「弥生駅? 分かったよ。それじゃあこれから着替えて向かうね」

「ありがとうございます。では、弥生駅の改札前で待っていますね」

「了解。それじゃあまた後でね」

「はい。よろしくお願いします」


 由梨ちゃんとの通話が切れてすぐに着替えを始め、それなりに身支度を整えた後に急いで自転車に乗って最寄り駅へ行き、待ち合わせ場所である弥生駅へと向かった。

 それから電車に乗って弥生駅のホームへと着いた頃には、電話を切ってから30分程が経っていた。

 思ったよりも遅くなったなと思った俺は、急いで階段を駆け上がって改札口へと向かう。


「あっ、由梨ちゃん! 遅くなってごめんね」

「こんにちは、龍之介さん。遅くなんてないですよ。わざわざご足労いただいてありがとうございます。これ、往復の交通費ですので受け取って下さい」


 そう言って白い封筒をこちらへと差し出してくる由梨ちゃん。

 やり方の違いはあると思うけど、こういう律儀なところは姉の愛紗とよく似ている。


「そんな事しなくていいよ」

「いいえ。こちらからお呼び立てして来ていただいたんですから」

「本当にいいって。それにこの前は由梨ちゃんに世話になったしさ、そのお礼だと思ってもらえればいいから」

「……分かりました。それではこれは、別の使い方をする事にしますね。お気遣いありがとうございます」

「いやいや。それで、話したい事って何かな?」

「あ、はい。ちゃんとお話しする場所も決めていますので、こちらへどうぞ」


 にっこりと笑顔でそう言うと、由梨ちゃんは先頭に立って歩き始めた。

 そんな由梨ちゃんの言葉を聞いた俺は、どこかのファミレスだか喫茶店だかに入ってお話をするんだろうと思って後をついて行ったけど、由梨ちゃんがそんなお店に入る様子は一切無く、唯一立ち寄った場所と言えば、小さな洋菓子店だけだった。

 そして立ち寄った洋菓子店でショートケーキを購入した由梨ちゃんに再びついて歩く事5分程。俺は一軒の民家前へと辿り着いた。


「さあ、遠慮無くどうぞ」

「あの、ここは?」

「ここは私とお姉ちゃんの自宅です」


 外門にあった表札には篠原と書かれていたのだから、ここが二人の自宅なんだろうって事は察しがついていた。だから由梨ちゃんの返答に対しての驚きはさほど無い。

 それよりも聞きたいのは、なぜ俺を自宅まで連れて来たのかという事だ。


「さあ、どうぞ」

「あ、はい。それじゃあお邪魔します」


 どういう事かよく分からないけど、由梨ちゃんの話もまだ聞いてないから、このまま帰る訳にもいかない。色々と分からない事だらけだけど、ここはとりあえず由梨ちゃんのお誘いに乗っておこう。


「私はお茶を淹れて来ますので、二階に上がってすぐの部屋の中で待っていてもらえませんか?」

「分かったよ」


 ケーキの入った小さな箱を持って廊下を進んで行く由梨ちゃんを見た後、俺は二階へと続く階段を上がって行く。


「二階に上がってすぐの部屋だったよな。お邪魔しまーす」


 由梨ちゃんに言われたとおりに階段を上がってすぐの扉を開けると、そこにはシルク素材の水色パジャマを着てベッドに座っている愛紗の姿があった。


「えっ? えっ!?」

「ななな何で先輩がここにっ!?」


 座っていたベッドからスッと立ち上がり、わたわたと慌てふためく愛紗。

 しかしこの状況に驚いていたのはこちらも一緒だ。だってこの部屋は当然、俺をここまで連れて来た由梨ちゃんの部屋だと思っていたんだから。


「いやあの……何て言うかこれは――」

「着替えるから扉閉めて下さいっ!」

「わ、わりいっ!」


 とりあえず言い訳をしようとしたのだけど、物凄い剣幕でそう言う愛紗の迫力に気圧されて急いで扉を閉めた。


 ――あー、ビックリした……。それにしても、愛紗のパジャマ姿を見たのは我が家に泊めた時以来だな。


「あれっ? どうしたんですか? お姉ちゃん、部屋に居ませんでしたか?」

「いやまあ、居るには居たんだけどね。部屋に立ち入れる状況じゃなかったと言うか何と言うか……」

「もしかしてお姉ちゃん、まだパジャマのままだったんですか?」


 その言葉に頭を縦に数回振る事で答えた。何となく声を出して答える事に抵抗があったからだ。

 そんな俺を見た由梨ちゃんは、はあっと小さく息を出してから湯気が立ち上るティーカップの乗ったトレーをそっと廊下へ置く。


「お姉ちゃん」

「あっ! 由梨が先輩を連れて来たの!?」

「だから出かける前に、ちゃんと着替えておいてねって言ったでしょ?」

「それは聞いたけど、先輩を連れて来るなんて一言も言ってなかったじゃない!」

「あれっ? そうだったかな?」


 由梨ちゃんは扉の向こう側から聞こえてくる愛紗の言葉に何度も首を傾げる。どうやら真剣に思い返している様だけど、愛紗がああ言ってるんだから、ほぼ間違い無く言ってないんだと思う。


 ――由梨ちゃんてしっかりしてる様に見えて、案外おっちょこちょいなのかもな。


 そんな由梨ちゃんを見て少し微笑んでいると、着替えを終えた愛紗が部屋から出て来て恥ずかしそうに顔を俯かせながら一階へと下りて行った。


「やっぱり俺が来たのってまずかったんじゃない?」

「えっ? そんな事無いと思いますよ?」

「そお? 今だって顔も合わせずに下りて行ったしさ」

「考え過ぎですよ。単純に寝起きの顔を見られたくなかっただけだと思いますから。さあ、部屋の中へどうぞ」

「あ、うん……」


 本当にいいのかなと思いながら、由梨ちゃんに続いて部屋の中へそろりと入る。自室というのは部屋の主である人物の性格やカラーが一番色濃く出る空間だけど、この部屋も愛紗という人物をよく表した空間になっていると思う。

 いつもの礼儀正しさをそのまま表したかの様な小奇麗で整った室内。本棚に並ぶ本は少しの乱れすら無く綺麗に並んでいるし、少し小さな机の上にある勉強道具や筆記具も使いやすそうに整えられている。

 しかしそんなしっかりと整った空間にアクセントの様に散りばめられた沢山のファンシーなキャラクターやぬいぐるみや小物達が、普段素直に可愛らしさを表現できない愛紗の不器用さを表している様に感じてしまう。


「あ、あんまりじろじろ見回さないで下さいね……」

「あっ、スマン……」


 部屋の中を見回しながら色々な考察をしていると、部屋の主である愛紗が戻って来てさっそく注意を受けてしまった。

 確かに初めて来た家の部屋に通されて、まじまじと辺りを見回してたら失礼だもんな。


「ところで、先輩は何で家に来たんですか?」

「さあ? その理由は俺も知りたいんだが」

「はっ? どういう事です?」


 こちらの返答に対し、怪訝そうな表情をしながら大きく首を横に傾げる愛紗。

 俺は由梨ちゃんに話があると言われて弥生駅まで来ただけだったし、まさか二人の自宅へ来るなんて思ってもいなかった。だからここまで連れて来られた理由を知りたいのはむしろ俺の方だ。


「お姉ちゃんも龍之介さんも、文化祭でやるコスプレコンテストの衣装はまだ決まってないんですよね?」

「決まってないけど、それがどうしたの?」

「実はね、私もお姉ちゃんの衣装について考えてたの。それでね、お姉ちゃんにはこれがいいと思ったんだよね」


 そう言うと由梨ちゃんは、机の上に置かれていた一冊のスケッチブックを取り出してページを捲り、描いてある衣装イラストを見せてきた。


「どうですか?」

「おおっ! 可愛い!」

「ですよね。お姉ちゃんはどう?」

「は、恥ずかしいよこんな衣装……」

「えー!? でもお姉ちゃん、小さな頃はこんな風になりたいって言ってたのに」

「そ、それは小さな頃の事でしょ!?」

「せっかくお姉ちゃんの為に考えて描いたのに……」


 乗り気ではない姉の様子を見て表情を暗くする由梨ちゃん。

 愛紗が小さな頃になりたかったものがこれとは、何とも子供らしくて可愛らしいと思うし、是非とも由梨ちゃんが描いた衣装を具現化して着てもらいたいと思ってしまう。絶対に可愛いから。


「なあ、愛紗。もう文化祭まで日は無いし、せっかく由梨ちゃんが考えてくれたんだからコレに決めないか?」

「でも……」

「恥ずかしいって気持ちとかは分かるけどさ、俺はこれを着た愛紗とコスプレコンテストに出たいんだよ。大丈夫! 絶対に似合うから!」

「…………わ、分かりました。先輩がそこまで言うならコレに決めます」

「おっしゃ!」

「やりましたね! 龍之介さん」

「もう。二人共、大げさに喜び過ぎだよ」


 しょうがないなという表情を見せながらも、どこか愛紗は嬉しそうにしている様に見えた。本当にそうだったら、俺としても嬉しい。


「それじゃあ、さっそく衣装作りに取り掛かりましょうか。お姉ちゃん、龍之介さん、買物に行きましょう」

「ちょ、ちょっと由梨、いくら何でもさっそく過ぎない!?」

「決まるものが決まれば、後は素早く実行あるのみじゃない。迷う必要なんて無いんだから」


 確かに由梨ちゃんの言う通り、これまで散々時間を使って迷ってたんだから、これ以上迷う事に時間を費やす必要は無い。後はただひたすらに、進む事に時間を費やすべきだろう。

 それにここで俺が迷う様な発言をすれば、せっかくの愛紗の決心がまたぐらつきかねない。言い方は悪いけど、愛紗の退路を断つ為にも、ここは素早い行動と決断が必要になる。


「うん。由梨ちゃんの言う通りだな。今から色々と選びに行こう」

「さすがは龍之介さんです。ほら、お姉ちゃんも行こうよ」

「わ、分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

「うんうん。あっ、それと龍之介さん、すみませんが、衣装が出来るまでの間はうちに来て手伝いをして下さい」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと由梨? いったい何を――」

「お姉ちゃんもしっかり龍之介さんと衣装を作ってね。私も出来る限り協力するから」


 聞く耳持たずなのか、単純に聞いてないのか分からない由梨ちゃんは、本当にマイペースに話を進めて行く。

 こうして俺は、なし崩し的にではあるが、衣装が出来上がるまでの間は愛紗達の家に通う事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る