第252話・言えない×悩み
俺にとって高校最後になる文化祭は、コスプレコンテストに決定した。内容としてはありきたりの様にも感じるけど、それを楽しめるかどうかは結局自分達次第。
てな訳で俺は、くじ引きで決まったコスプレコンテストのパートナーである愛紗と一緒に優勝を目指してコスプレ衣装を何にするか連日検討している訳だが、これが思ったより苦戦している。
その理由の一つが、コスプレコンテスト出場に関する衣装の件。
今回のコスプレコンテストに際し、衣装はコレに限定します――みたいな規定があれば考えるまでも無く楽だったのだけど、流石にそこは自由を重んじる我が学園の校風に毒された生徒達。見事にそんな型にははまらず、衣装はご自由にどうぞときたもんだ。
自由という言葉はとても響きが良いものだけど、実際に自由にどうぞとなれば、迷う事が多くなるのが現実。選択肢が多いというのも考えものという事だ。
そして今回の衣装選びが難航しているもう一つの理由が、選ぶ衣装をことごとく却下していく愛紗だ。コスプレをするのが恥ずかしいのはよく分かるんだけど、こうも片っ端から却下されると、いよいよ選びようが無くなってくる。
「却下です」
「愛紗よぉ……気持ちは分からんでもないが、そろそろ衣装を決めないとやばいぜ?」
夕暮れ時。駅前にあるワクワクバーガーの二階で、渡から借りた最新コスプレカタログを見ながら俺は肩をすくめる。
そろそろ衣装を決めなくては、コンテストに間に合わなくなる。なぜなら今回のコスプレ衣装は、二人で協力して作る事にしているからだ。
本当なら衣装を決めて売られている物を買えばいいんだろうけど、ちゃんとしたコスプレ用の衣装ってのは洒落にならない程値段が高い。
それなら安価な物を買えばいいと思うかもしれないけど、やはり安価なコスプレ衣装は作り物感が半端じゃないので、見た目にもちゃちに見えてしまう。それはコスプレコンテストでの優勝を遠ざけてしまうから無しだ。
「それは分かってますけど、でも……」
「何か理由があるのか?」
愛紗の恥ずかしがり屋な性格を考えれば、コスプレをしたくないのはよく分かる。だけど今の愛紗には、それ以外の理由がある様に感じていた。
「……私にはこういった衣装が似合わないからですよ」
「そうかな?」
その言葉を聞いて、再びコスプレカタログに視線を移す。
しかしどの衣装も、俺にとっては似合いそうにしか感じない。だから愛紗の言う、衣装が似合わないという言葉の真意がよく理解できないでいた。
「うーん……俺にはどれも似合いそうにしか見えないけどなあ」
「私が水沢先輩や美月先輩や朝陽先輩みたいだったら、こんな風に思わなかったと思うんですけどね……」
「えっ? それってどういう――」
「すみません、先輩。今日は帰りますね。ちゃんと衣装の事は考えておきますから」
「お、おい」
愛紗は元気無くそう言うと、自分の注文した品物が乗ったトレーを持って階段を下りて行く。
本当ならこの時に愛紗の後を追いかけるべきだったんだろうけど、その時に見た後ろ姿はどこか後を追う事への拒絶を感じさせ、俺は愛紗の後を追う事ができなかった。
× × × ×
愛紗の中にどんな思いがあったのか、その思いとは何だったのか。それが分からなかった俺は、あれからずっと夜まで悩んでいた。
しかしどれだけ悩み考えても、その答えは一向に見えてこない。
そんな答えの見えない思考の迷路に迷い込んでいた俺が苛立ちを隠せないでいると、途端に携帯が着信を知らせるメロディを奏で始めた。
「誰だいったい……由梨ちゃんから? はい、もしもし?」
「あっ、夜分遅くにすみません、龍之介さん。由梨ですけど、今お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫だよ。どうかしたのかい?」
「あの、単刀直入にお聞きしますが、今日お姉ちゃんと何かありましたか?」
「えっ!?」
その問い掛けに思わず心臓がドキッと大きく跳ねたのが分かった。
自分の心音がまるで耳のすぐ横から聞こえてくる様な気がする。それ程に俺はこの質問に対して動揺していた。
「……愛紗が何か言ってたの?」
「いいえ。お姉ちゃんは何も言っていません。ただ、帰って来た時からどうも様子がおかしかったので、龍之介さんなら何か知ってるかもと思って電話をしてみたんですけど、どうやら当たりだった様ですね」
まだ何も話していないというのに、由梨ちゃんはちょっと嬉しそうにして俺が何かを知っている前提の発言をする。
「俺はまだ何かを知ってるとは言ってないんだけどね……」
「あれっ? 違いましたか?」
「いや、違ってはいないけどさ……」
どうも由梨ちゃんと話していると調子が狂う。無意識にそのペースに乗せられていると言うか巻き込まれていると言うか、なぜか彼女の前では隠し事を出来る気がしない。
「それで、何があったんですか? 良かったら話してみて下さい。お姉ちゃんの事なら力になれると思うの」
考えの行き詰まっていた俺にとって、この申し出は正直ありがたいと思った。妹である由梨ちゃんなら、姉である愛紗の思考が理解できるかもしれないと思ったからだ。
「……実はさ――」
これ幸いにと、俺は今日の出来事を由梨ちゃんに詳しく話して聞かせた。
「なるほどなるほど。お姉ちゃんが暗い表情で落ち込んでた理由が何となく分かりました」
「ホント!? それでどういう理由なの?」
「実はお姉ちゃん、今回のコスプレコンテストはとても楽しみにしてるんですよ」
「えっ!? そうなの?」
「はい。龍之介さんとペアになるのが決まってから、毎日毎日とても楽しそうにしてましたから」
「そうなんだ。俺にはまったくそうは見えなかったけど……」
「妹の私が言うんですから、間違いありませんよ」
言っている言葉をそのまま表すかの様な、自信満々の声。
俺にはよく分からないけど、由梨ちゃんがここまで自信満々に言うなら間違い無いのだろう。
「それでさ、愛紗が落ち込んでた理由って結局何なの?」
「お姉ちゃんが身長の事でコンプレックスを持っているのは知ってますよね?」
「ああ、まあね」
「それが原因なんですよ」
「へっ? どういう事?」
「簡単に言うと、コスプレ用の衣装って見た目第一の作りじゃないですか。だからある程度の身長が無いと見映えし辛い衣装が多いと思うんですよね。だからお姉ちゃんは落ち込んでたんだと思うんですよ」
その話を聞いた俺は、なるほどと妙に納得をした。確かにコスプレ用の衣装は見た目第一の作りが多く、作りもそれなりに身長がある人向けが多い。
だから愛紗は俺の意見の数々を却下していたのだろう。それは愛紗が今日の去り際に言っていた、『私が水沢先輩や美月先輩や朝陽先輩みたいだったら、こんな風に思わなかったんですけどね』――という発言からも窺える。
俺は愛紗の低身長コンプレックスからくる悩みに気付いてやれなかった事に、強い自己嫌悪を感じていた。
「そっか……それじゃあ愛紗に悪い事しちゃったな……」
「そんな事ありませんよ。お姉ちゃんは龍之介さんが悪いなんて、一ミクロンも思ってないはずですから。むしろ自分のせいで龍之介さんの足を引っ張ってるって、そっちの方で落ち込んでる可能性の方が高いですね」
「そうなの?」
「はい。だからあまり気にしないで下さいね? 龍之介さんが気に病んでると、お姉ちゃんはもっと落ち込んじゃうので」
「そっか。分かったよ」
「あっ、そろそろお姉ちゃんがお風呂から戻って来るので、これで失礼しますね」
「うん。わざわざありがとね」
「いえいえ。私も原因が分かって良かったです。龍之介さん、ちょっと素直じゃないところもあるお姉ちゃんですけど、これからもよろしくお願いしますね」
「もちろん! 了解だよ」
「それでは失礼します」
「うん。またね」
プツッと通話の切れた電話を耳から離し、ベッドの上に置く。
さっきまでは思考の迷路に迷い込んで苛々していたというのに、今はとてもすっきりした気分だった。
「さてと……事情が分かったなら、後はどう対応するかだな」
とりあえず机の上に置いていたコスプレカタログを取りに向かい、俺は愛紗のコスプレ用衣装を再び考え始めた。
全ては愛紗と二人で出場する、コスプレコンテストを最高に楽しむ為。その為に俺は、力の限りを尽くそうと思った。
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